艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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平日は帰ったら突っ伏して寝てしまってます。
今日は雨の日曜なので、書けるだけ書いてみますね。




天龍の場合(1)

 

 

3週間前、鎮守府教室棟。

 

「天龍さん、良いかしら?」

天龍がかけられた声の方を向くと、妙高が紙とバインダーを持って立っていた。

その表情と持ち物から天龍はピンときた。

「出たか?」

妙高は肩をすくめた。

「ええ、2回目よ」

天龍は手を差し出した。

「解った。後は俺がやる」

「ごめんなさい。一応、今までの経緯はこのバインダーに入ってるわ」

天龍は「村雨」と書かれたバインダーと一緒に受け取った1枚の紙を見て言った。

「おおぅ、こりゃ解りやすい意思表示だなあ」

妙高も頷いた。

「かといって、標準カリキュラムを変える訳にはいかないのよ・・・」

「カリキュラムは正しいさ。他の奴はそれで巣立ってんだ。でも100%は救えないってことだ」

「最近、天龍さんの負担が増えてるわよね。応援を考える?」

「いや、大丈夫」

「そう?」

「いざとなれば龍田にお話してもらうさ」

妙高は頷いた。

「最強ね」

天龍は頷き返した。

「劇薬だけどな」

 

 

放課後。

 

教室で天龍は、一人の受講生と机を挟み、向かい合って座っていた。

 

「・・・・お前、わざとだな?」

天龍は先程妙高から受け取った答案用紙をひらひらと揺らしながら尋ねた。

答案用紙に書かれた採点結果は0点。

清々しい程、名前以外何一つ書かれていない。

村雨はぷいと顔をそらすと、そのまま黙ってしまった。

天龍は目を細めた。

後をスムーズに進めるには、ここが最も大事な場面だ。

 

姫の島の事案後、教育班の役割はかなり様変わりした。

事案前は普通の鎮守府から受講生を募る事が多かったが、今は「元」深海棲艦が相手だ。

前も転売艦娘の再教育をやっていたので、クセのある生徒の経験が0という訳ではない。

だが、東雲によって深海棲艦から艦娘に戻った子達は、以前に比べてクセの強い子が増えた。

天龍は村雨の教育課程が記されたバインダーをペラペラとめくりながら言った。

 

「なぁ村雨。」

「・・・」

「普段は常に上位に居るお前が、おさらいの卒業検定で1問も解らないって事はないだろ?それも2回も」

「・・・」

天龍は村雨の瞳に少し動揺の色が現れたのを見逃さなかった。

そのまま村雨をじっと見ながら、言葉を切った。

辺りはすっかり夕方で、棟の外では艦娘や深海棲艦、元艦娘の人間が入り混じって遊んでいる。

静かな教室の中にも、時折きゃあきゃあという声が木霊していた。

ちらちらと天龍と外を見る村雨。

天龍はふっと一息つくと、机に肘をつき、両手を組んだ。

「こういう事をする奴は、お前が初めてでもねぇしな。」

「・・・・」

「じゃ、これから俺が言う事がお前の思いと違うなら、ちゃんと言えよ」

半信半疑の表情をありありと出したまま、しばらく天龍の目をじっと見た村雨は、渋々頷いた。

天龍は村雨の目を見たまま話し始めた。

「まず、うちの抜けた提督は信用出来る」

・・・こくん。

「授業が終わった後、皆と遊ぶのは楽しい」

・・こくん。

「寮生活は慣れてるから平気」

こくん。

「授業内容は過去の事を覚えてたから割と楽勝だった」

こくん。

天龍はにっと笑った。よし。

「間宮の飯はまぁ悪くない」

「・・・すごく」

天龍は聞こえにくかったかのように、気だるそうに返す。

「んー?」

「間宮さんのご飯は、凄く、好き」

「旨いか?」

こくん。

「卒業した後、配属先の鎮守府の司令官や艦娘と、今のように仲良く出来るか心配だ」

・・・こくん。

「卒業の検定を通っちまうと、すぐにここから出なきゃいけない規則は知ってる」

こくん。

「補習なんて簡単だ」

こくん。

天龍はわざと囁くような声に切り替えて身を乗り出し、

「だから、補習上等で白紙を出した」

こ・・・ぴくっ!

村雨が半分頷いたまま固まり、上目遣いに天龍を見た。

天龍は片方の眉を上げながら、あらあらといった様子で

「喋らなければボロは出ねぇと思ったのに。・・・・違うか?」

と言った。

村雨はがくっと頭を垂れた。

 

クセの根底にあるのは強い不信感だ。

ちゃんと仕事をしたいとは思う。だから艦娘に戻る事を希望する。

だが、轟沈に至った経緯が邪魔をして、司令官や同僚、さらには講師も信じきる事が出来ない。

心を許した相手に裏切られた、とても怖い記憶があるからだ。

LVを1に戻せば全ての記憶を取り去る事が可能だし、実際に処置した事もある。

しかし、LV1にした後、何もかも忘れてしまった子の有様を見て、天龍は処置に反対するようになった。

なぜ艦娘に戻って仕事をしたかったのかとか、楽しかった思い出とか、大事な事まで忘れちまうから、と。

だから天龍は教育班が標準カリキュラムでは受け止めきれない子を専門に引き受ける事にしていた。

たとえば、普段は優秀で真面目なのに、卒業検定だけ何度も白紙で出したりする子とか。

 

天龍はわざと大きな溜息を吐きながら話し続ける。

「あのなぁ、俺が今まで何人の、それもお前みたいなクセのある艦娘を相手にしてきたと思ってんだよ」

「・・・・」

「俺は確かに轟沈の経験はネェよ。だけど、轟沈経験のある奴等を教えて来たし、その後も沢山知ってる」

村雨ががばりと顔を上げて天龍を見た。

「不安になるのは当たり前だ。だから、俺達は送り出す時に必ずお前らに約束するんだ」

「・・・なんて?」

天龍はにやりと笑うと、

「もし異動先の連中に心底ムカついたら、いつでも向こうに黙って帰ってこいってな」

村雨が目を見開いた。

「そっ!そんな事したら軍規違反じゃない!」

天龍はにやっと笑った。

「んな事知らねぇ。それに、この約束は提督の承認を貰ってる」

「なっ!?」

「もし監禁されて脱出出来なきゃ非常通信してこい。特殊部隊引き連れて、力ずくで迎えに行く」

「ち、鎮守府同士で戦闘するって言うの!?」

「ならねぇよ。うちの球磨多摩コンビは知ってるな?」

「あ、あの、鉄の鎧みたいなの着て毎朝走ってる人達?」

「そうさ。あの二人が本気でキレたら50人位艦娘が居る鎮守府でもモノの1時間で制圧する」

「・・・」

「真夜中に音も無く艦娘共をふん縛り、司令官の喉元に鉤爪当ててコンバンワだ」

「そ・・そんな・・」

「嘘だと思ってるか?」

「だ、だって、無理よそんなの・・」

天龍は懐から2枚の写真を取り出した。

「ナイショだぜ・・・ほれ」

村雨は写真に写った光景を見て目を見開いた。

「・・・なっ・・・・・・」

「信用してくれたか?」

「し、司令官が7色モヒカンになってる・・・」

「うちの卒業生を延々とイジメてくれたからな。またやったらこの写真ばらまくって言っておいた」

村雨はふと我に返り、

「相手が大本営に訴えたらどうするのよ・・・」

天龍は軽く首を傾げると

「俺達さ、大本営には大きな貸しがあるんだわ」

村雨は絶句した。

天龍はにっと笑うと、

「だから、お前はどこに行こうと俺達が付いてるって事を忘れなきゃ良いんだ」

と言いながら、ぐっと親指を立てた拳を突きだした。

村雨はちらちらと天龍を見て、目を伏せると

「でも・・こ、ここに・・・・・もう少し・・だけ・・」

と言い、口をつぐんでしまった。

天龍はそのまま村雨の頭をぽんぽんと撫でながら、

「ま、卒検落ちたのは事実だ。補習は3週間。俺が受け持つ」

村雨は意外そうに天龍を見た。天龍は片目を瞑ると

「しっかりダチの赴任先と連絡手段聞いとけ。あと・・・白星食品の競争倍率は3.1・・だったかな」

と言った。

村雨は眉をひそめた。後半の意味は何だ?

数秒後、ハッとした顔で肩をすくめる天龍に向かって言った。

「募集要項ください!」

「んー・・・卒業検定0点で落ちた奴が受かるかねぇ」

「出来ます!やってやります!」

天龍は真面目な顔に戻った。

「下手な鎮守府より規律の厳しい会社だってのは知ってるな?サボれるようなトコロじゃねぇぞ?」

「はい!」

天龍は村雨の目の前で人差し指をすっと立てた。

「補習期間中の入社試験は1回きり。最終週の水曜に試験、結果発表はその金曜だ」

「・・・」

「補習時間で試験対策してやるから、落ちんじゃねぇぞ!」

「はい!」

天龍は村雨を見た。村雨は真っ直ぐ見返してる。迷いはなさそうだ。

こいつは特に算術に長けてる。

ビス子の奴、経理担当探してるって言ってたからな。

丁度良いだろうが、試験はイカサマ無しの一発勝負。しかも難しいと来てる。

未来を自分で掴めよ村雨。手ぇ貸してやるからさ。

 


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