艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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摩耶の場合(6)

 

 

カレー小屋再開から5ヶ月弱の金曜日、夕方の岩礁。

 

すっかり片付けも終わり、帰途に就いた面々は誰ともなく雑談をしていた。

「いや、ほんと、今週から7人体制にして良かったわ」

「今日1日で182体登録が増えたわよ。トータル986」

「もう1000体間近じゃん?」

「来週には間違いなく行くわね、1000体」

「東雲組も月曜から土曜までフルで対応してるけど、週に70~75体が限界なのよね」

「その中の艦娘希望の子は再教育もしてるから、寮の運用もかなりギリギリ」

「もう少し艦娘化が手分けして出来たら良いのですが」

「夕張、あんたなんか作れないの?」

「無茶言わないでよ・・録画映像解析しようにも、やってる事が速過ぎて追いつけないんだもん」

摩耶が意外そうな顔をしながら言った。

「へぇ、夕張でも解らないデータがあるんだな」

摩耶は素直な感想を言っただけだったが、それで夕張のスイッチが入ってしまった。

「・・・・そうよね。私がデータに負けるなんて、ありえないわよね」

「お?い、いや、アタシは単に感想を」

「・・・うん、もう1度頑張ってみる!だからサーバ買って!」

高雄がドドッとすっ転んだ。

「この前ラック1本分色々買って来たじゃない!あれを使いなさい!」

「しょうがないじゃない!データが重いんだもん!」

摩耶は夕張の背後に立つと囁いた。

「おやぁ、あれは今後の仕事の為じゃなかったっけ夕張さん?経費で買ったのに全部趣味用なのかな?」

夕張は滝のように汗をかきながら

「あ、あははは。そう!そうよね!すっかり忘れてました!」

「だよなー、あはははは」

「あははははは」

危ない危ない。摩耶さんにバレたら本気で破壊されかねない。

しょうがない。番組録画用のサーバから3台引き抜いて使うとしよう。

しかし、秒間30フレームで撮っても睦月の操作は残像しか見えない。

一体どれだけ高速に処理してるの?60フレームで間に合うかしら?

 

 

翌週、水曜日の朝。

 

「摩耶さーん!やったよ!」

ふらふら走ってくるテンションの高い夕張を見て摩耶はすぐに勘付いた。

「夕張・・・お前、徹夜だな?」

「まぁまぁ、そんな怖い顔しないでよ」

「そんな状態でランニングしたら倒れちまうだろうが」

「まぁ、ランニングしたら3~4日は寝てられそうよ」

「解った解った。今日は中止な。で、何がやったんだよ?」

「ついに睦月ちゃんと東雲ちゃんが何してるか解ったの!」

「マジか!?」

「うん!」

「で、それを出来そうなのか?」

「へ?」

「・・・いや、何をしてるか解ったんだろ?」

「うん!」

「だから、それを肩代わり出来るような機械は作れそうなのか?」

夕張は手をひらひらさせると

「無理に決まってるよ~あっはっはっは~」

と笑った。

「夕張、摩耶、おはよう。なんじゃ朝から?」

現れたのは散歩中だった工廠長だった。

「あ、工廠長。聞いてくれよ。夕張が睦月と東雲が何してるか突き止めたらしいんだけどさ」

途端に工廠長の目の色が変わった。

「なにっ!?あれを解析出来たのか!?」

夕張がビシッとVサインを出す。

「データにバッチリ収めました!150pのBBC製4Kカメラでね!」

「なんか良く解らんが」

「1秒間に150枚撮れるカメラって事よ」

「とりあえず工廠で話さんか?」

 

「で、何が解ったんじゃ」

「東雲ちゃんは1秒間に60回以上情報を返してきてるわ」

「ううむ」

「で、睦月ちゃんは1秒間に50個以上の命令を発してるの」

「平均的な妖精で10程度、熟練者で20じゃから、もう神の領域じゃのう」

「それを10分間絶え間なく続けてる。命令数はおよそ2万5千から3万」

「気が遠くなるのう」

「かなりの頻度で同じ命令が出てくる。恐らく状況を確認してるんだと思うんだけど」

「様子を見ながら慎重にやっとると言っておるし、間違いないじゃろう」

「そして残念な事に、同じ艦娘に戻る場合も、同じ深海棲艦から戻る場合でも命令が違う」

「どういう事じゃ?」

「例えばイ級から吹雪に戻るのと、リ級から吹雪に戻るのでも違う」

「ううむ」

「そしてイ級から吹雪、イ級から白露に戻るのでも違うの」

「なんと・・・規則性が無いのか」

「ええ。ただ、最初のごく短い所は皆一緒。だから睦月ちゃんと東雲ちゃんは確認結果を見て処理を変えてる」

「パターンはあるのかの?」

「まだ上手く取れたデータが15ケース位しかないから、パターン解析までは出来てないわ」

「しかし、東雲と睦月はあの短時間でとんでもない事をやっとるんだのう」

「改めて偉大さが解るわね」

「ええと、結論的には自動化は無理なんだな?」

「現時点では少なくともこれを装置化しようとしたら鎮守府より大きな機械が必要でしょうね」

「それを普通の妖精で操るなら数十、下手すれば百の単位でオペレーションする事になるじゃろう」

「・・・東雲組、凄ぇなあ」

「ほんとにそうね」

「しかしまぁ、夕張も大したもんじゃのう」

「へ?」

「良くここまで分析したもんじゃよ。わしは横で見てても速過ぎて解らんかった」

「じゃあ夕張のデータを見れば、工廠長や熟練妖精なら支援可能なのか?」

「同じケースなら操作は出来るじゃろうが、3万もの命令となれば1体で1日仕事じゃし、耐えられる装置がない」

「うわー、東雲も神様クラスって事かあ」

「そういう事になるのう。どちらが欠けても絶対に出来ん作業って事じゃ」

摩耶はふと、ぽつりと言った。

「偶然でもなんでも1発で艦娘に戻した提督って、恐ろしい強運の持ち主だよな」

「・・・そうじゃのう」

「普段はぼけーっとしてるのにね」

「夕張に言われたら御仕舞じゃのう」

「なによー」

「ま、出来る出来ないはともかく、やり方を分析出来たのは大きな進歩じゃろうて」

「わーい」

「提督にも報告したら良いじゃろう」

「そうかな?」

「価値を解るかどうかは別じゃがな」

「・・・ですよねー」

 

「・・・えっと、つまり、睦月は凄く早口って事?」

提督が苦し紛れに放った答えに夕張ががくっと頭を垂れたのは言うまでもない。

「ポイントそこじゃありません!」

「で、でも、1秒間に50命令出してるんでしょ?」

「そうですけど!」

「私は普通に喋っても早口言葉で舌噛むからな!」

「威張らないでください!」

摩耶が助け舟を出した。

「とりあえず、工廠長が見てても速すぎて解らなかったのに、夕張は解析出来たんだから偉いって言ってたぜ」

「なんだ、そういうことならそうと言ってくれれば」

「さっきから言ってるじゃないですか!」

「だって150pとか60フレームじゃブレるとか言われても解んないんだもん」

「しくしく・・・頑張ったのに」

「よしよし解った夕張。今日と明日の休暇を許す」

「へっ?」

「徹夜とか、それに近い状態が続いてるだろ?ゆっくり寝なさい」

「何で言わないのに解るんですか?」

「こういう事があると寝食忘れて没頭するだろ?それと、朝早いのに目の下にクマが出来てるしな」

「・・・へぇー」

「なんだ?」

「意外と見てるなあって」

「まぁね。とにかく工廠長が認めたのなら凄い事なのだろう。その150なんとかは」

「150pカメラです!」

「と、それで分析出来た夕張が、な」

「う」

「ゆっくり休め。な?あ、これも持って行きなさい」

「やった!栗蒸し羊羹ゲット!」

「じゃあ金曜日、カレー小屋の準備には間に合うように起きるんだぞ」

「はーい」

 

夕張がパタンと閉めて出て行くと、提督は摩耶を向き、

「摩耶、色々大変な状況にもめげずに良く頑張って指揮しているな。ありがとう」

「えっ?」

「高雄達のみならず、金剛達も差配を褒めていた。私も安心して任せられる」

「い、いや、ええと・・」

「そうだ。これを人数分持ってきなさい。日向、手提げ袋を出してくれ」

秘書艦当番だった日向は溜息を吐きながら提督を見た。

「・・・なぜそんなに栗蒸し羊羹を持ってるんだ」

「売ってたから?」

「もういい・・・・摩耶、これで良いか?」

「サンキュー!日向、助かるぜ」

 

摩耶が研究室に帰る足取りは軽かった。

姫の島事案の後、姉貴達も食品工場や研磨所の立ち上げに夜遅くまで頑張ってた。

アタシはただカレー小屋を運営してるだけだって思ってたけど、提督も周りの皆も褒めてくれた。

こういうのって嬉しいな。

 

研究室のドアを開けると、山城達が蒼龍達と打合せを行っていた。

「今週は60体受入OKって事ね」

「そうね。艦娘希望で教育課程を受けてる子の内、2人が卒業検定で落ちちゃったの」

「妙高達の卒業検定は厳しいからねえ」

「というわけで、62体じゃなくて60体で」

「解ったわ」

摩耶はにこっと笑うと、

「皆!提督から差し入れ!栗蒸し羊羹だぜっ!」

と言いながら部屋に入って行った。

 

 


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