艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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摩耶の場合(5)

 

 

カレー小屋再開から4ヶ月少々過ぎた金曜日の夕方、提督室。

 

「夕張、お疲れじゃん?」

「1人で100体分の手続きはさすがに可哀想ね・・・」

鈴谷と山城から口々に同情の言葉が出ると、夕張は虚ろな目のまま、へへっと笑い、

「私、結構・・・頑張ったよ・・・」

と弱々しく答えた。

摩耶はふぅと溜息を1つ吐くと、

「解った解った。今日頑張った褒美に没収してたサーバラック、1つ返してやる」

と言った途端に夕張の目に光が戻り、シャキンとしたかと思うと

「奥の奴ですよね?やった!明日オフなんですよ!電気街行ってきます!」

と、出て行こうとしたので、摩耶は夕張の襟首をガッと掴んだ。

「くえっ」

「提督の話は始まってもいないが、どこ行くんだ?」

「じ、事務棟で外出手続きを・・・」

「話が終わってからな」

「それじゃ受付閉まっちゃうー」

提督は溜息を吐くと、

「比叡、夕張の明日の外出手続き、時間外でも受けてやれと事務方に頼んでくれ」

「はーい・・・あ、文月さん?比叡です。えっと・・」

夕張が提督を見て

「ついでに明後日有休欲しいなあ・・なんて」

提督はにっこり笑って見返すと

「来週から調査隊と索敵支援隊に手伝ってもらおうと思う。定時までにまとめられたら認めようじゃないか」

夕張がカッと目を見開いた。

「あと12分ですね!任せてください!さぁとっとと決めてしまいましょう!」

摩耶が提督を見ると、提督と目が合った。そして二人はそっと、肩をすくめた。

しかし。

 

「東雲ちゃんは現時点で1日何体なら疲れを残さずに処理できる?」

「んー、15体は大丈夫」

「睦月ちゃんも良い?」

「良いです!」

「OK!調査隊の響ちゃんは小屋で暮らした事もあるし、島風と相談をお願いしたいわね。それで・・」

驚異的にテキパキと捌く夕張を見て、他の面々は呆気に取られていた。

さっきまでの力尽きた夕張はどこに行ったんだ?

まるで原稿を読むかのごとく、淀みなく編成理由を説明していく。

こうして瞬く間に決まった編成内容を、比叡が書き取ったのである。

 

カレー配布対応 :摩耶、鳥海、伊19、伊58

艦娘化受付   :愛宕、夕張、鈴谷、熊野

見学相談受付  :高雄、島風、響

研究班事務方  :山城、木曾、陽炎

 

提督はふむと頷いた。

「皆の特性を良く見てるな。しかし、ここでもついに事務方登場か」

夕張は腕を組みながら言った。

「件数が増えれば書類作業に没頭出来る人が居ないと困るのはどこでも一緒よ」

「ま、そうだな。しかし島風と響か。意外な二人だが、なるほどな」

「島風ちゃんはずっとやってきたし、響ちゃんは小屋暮らししてたでしょ」

「あえてタイプの違う二人を置き、高雄にまとめさせるか。ふむふむ。良い提案だ」

「どう?」

「・・・摩耶、何かあるか?」

「いーや。普段からこれくらい働いてほしいなって事くらいだ」

うんうんうんと頷きまくる研究班から提督に向き直った夕張は腕時計をぺしぺしと叩きながら、

「4分前!」

「ううっ」

「有休っ!!」

「仕方ない・・解った。許可するから申請してきなさい」

「いやっほぉぉぉぉぉ」

猛然と事務棟に駆けていく夕張を見て、摩耶は

「提督、1カ所だけ直して良いか?」

「ん?」

「ここ」

「・・・・高雄、どうだ?」

「きっとその方が良いと思います」

「解った。運用してみて他も変えたければ変えて良い。比叡、直してくれるか?」

「じゃあ、掲示用の編成表として大きく書きますね」

 

 

翌週金曜日。

 

「あれえっ!?」

すっとんきょんな声を上げたのは勿論夕張である。

目線の先にある班編成表には、こう書かれていた。

 

カレー配布対応 :摩耶、夕張、伊19、伊58

艦娘化受付   :愛宕、鳥海、鈴谷、熊野

見学相談受付  :高雄、島風、響

研究班事務方  :山城、木曾、陽炎

 

高雄型4姉妹の中で一番情に厚い愛宕の班に自分を入れた筈なのに・・何故?

言い間違えたか?!いや、そんな筈は無い。そこは慎重確実に比叡さんへ伝えた筈。

摩耶はジト目で夕張に声を掛けた。考えてる事が丸解りだ。

「何変な声出してんだよ夕張」

「うー、あれー、おっかしぃなぁ」

「提督の承認印が押してあるだろ」

「そ、そうなん・・だけど・・」

ちなみに。

結局貰った有休なんかでは全然足りず、昨夜まで機器を入れては設定を変えていた。

もちろん機器のほとんどは趣味の為だが、高雄達には今後の仕事の為と言ってあった。

「ほら、掃除手伝え」

「変ねぇ・・こんな筈ないのに・・・」

摩耶が夕張に近づくと、背後から耳元で

「サーバラックの一番下に置いてある外付HDD、趣味用だよな?」

びくっとした後、そっと振り返る夕張が見た物は、笑顔で箒を差し出す摩耶だった。

がくりと首を垂れつつ箒を受け取った。色々ツイてない。

その時、伊19と伊58が竹箒を手に戻ってきた。

「外掃き終わったのね!」

「テーブルは並べる順番とかあるのでち?」

「おう!並べる場所の地図を書くから、その通り頼むぜっ!」

「はーい!」

摩耶は深く頷いた。素直な部下って良いなあ。

そして溜息をつき、振り返る事なく言った。

「夕張、次は3.5のカプセルを用意してるが、放り込まれたいか?」

箒を持ったまま舟を漕いでいた夕張は、それを合図にきびきびと動き出した。

 

そして開店を迎えた。

 

金曜昼時の岩礁で、2本の行列はすっかりお馴染みになっていた。

1本は摩耶が配るカレー行き。夕張、伊19、伊58は洗い物係だ。

1本は愛宕達が応じる艦娘化受付行き。事務方を含め7人体制で応じていたので円滑に進むようになった。

見学相談受付は行列が出来る程ではなかったが、ちらほら来ていた。

今週は20体が見学を希望し、相談は3体だった。

最後の相談に対応したのは響だった。

「一人デ戻ルノハヤッパリ寂シイノデ、他ノ子ニモ来テモラッテ良イデスカ?」

「友達が居るなら皆連れて来ればいいさ。人間にも艦娘にも戻れるから、好きに選ぶと良い」

「アマリ広メナイ方ガ良イデスカ?」

「噂になれば広まるんだし、別に内緒の話でもないさ。気にしなくていい」

「ア、アリガトウゴザイマス。ジャア誘ッテキマス」

「道中気を付けて」

「マタネ!」

響は手をひらひらと振って見送った後、受付の行列を見てはたと気づいた。

あれ、内緒にしてくれって言った方が良かったのかな?

3秒考え、軽く頷く。

うん、提督はそんな事言わないさ。

その時。

 

「ごめーん!今日はここで辛口カレー終わりー!後はカレーラーメンか甘口だけー!」

 

摩耶が手を合わせて辛口売り切れを宣言したのを、班のメンバーはぎょっとして聞いていた。

今まで毎週増量しており、閉める頃でも甘口も含めれば何とか班員分くらいは残して終わっていた。

鳳翔にはドラム缶のような寸胴鍋に作ってもらっているが、今日は更に大鍋1つ追加した筈。

それが閉店前に無くなった?ついにこの日が来たか。

班員は暴動が起きるかと思ってヒヤリとしたが、深海棲艦達の反応はというと、

「アー、今日ハ多イシ、並ブノ遅カッタカラナー、マタ来週」

「良イヨ摩耶サン、今日ハラーメン頂戴」

「僕ハ元々甘口希望ダカラ」

といった穏やかなものだった。

深海棲艦側もこの小屋を大事にしている。

そんな雰囲気を感じ取れたので、摩耶はニコッと笑った。

「あいよっ、カレーラーメンお待ち!」

 

 


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