艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file17:ヲ級ノ溜息

4月1日朝、岩礁

 

「ええと、ここで、合ってるわよね?」

五十鈴がポカンとした表情で示された到着地点を見つめる。

指定された位置と100%あっているが、ソロル本島はまだ先だ。

ここは単なる、浅瀬に囲まれた小島、というより、岩だ。

「どうしてこの場所が今まで鎮守府として成り立ってたのかしら。大本営もザル過ぎるわね」

「で、でも」

と口を挟んだのは、夕雲だ。

「あそこに、建物があります」

本当だ。すっごい小さい、家というか、小屋、がある。

 

「お邪魔します~」

武器を構えたまま夕雲が入る。言葉と装備のギャップが面白い。

5分ほどして、表に出てきた夕雲は異常無しと伝えた。

それにしても、と五十鈴は思った。

妙に新しい。まるで新築のよう。

それに、なんか小さい通路らしいものが沢山ある。艦娘にも人間にも小さすぎる。妖精用?

「これがその、そこそこ能力のある鎮守府ってことかな?」

提督が笑っている。笑うというより、笑うしかないという感じで。

「よく解らないわ。ただ、建物はないと聞いていたのよ」

「神様がくれたのかね」

提督はそう呟いたが、あながち間違っては居なかった。

もっとも、その妖精は自分達の海水浴や釣りの休憩所として作ったわけだが。

 

五十鈴達は「鎮守府」を調べたいといって、中に入っていった。

しばらくかかりそうだと判断した提督は、大きく伸びをしながら岩の上を歩き始めた。

響が後ろをついて歩いてきたが、ふと提督の前に飛び出す。

「どした?響」

「提督、あれ」

指差す方角を見ると、黒い物が見えた。

「ヲ級か・・・ヲ級か!?」

敵の主力空母、ヲ級である。しかも色から判断するに、flagship。最強である。

ところがそのヲ級は、顔を上げてちらりとこちらを見ると、すぐに目線を下げてしまった。

「て、てて、ててて提督。五十鈴達を呼んでこよう」

響が震えるのも無理は無い。当たり所が悪ければ響は一発轟沈しかねない。

だが、提督はじいっと見ていた。

わ、私が動かねば。動かねば。響はそう思うのだが足が全く動かない。腰が抜けていた。

「ねえ」

「ぴぎゃあああああああ」

響が「人生最大の失態だ、クールキャラで売ってるのに」と、しばらく落ち込むほどそれは大きな声で、驚いた原因を作った五十鈴はその声にのけぞるほど驚いた。

それは大きな声で驚いた原因を作った五十鈴は、その声にのけぞるほど驚いた。

「どうしたのよ?」

「あぁ、いや、変なヲ級が居るんだ」

提督が目をそらさずに言った。

「変なヲ級?」

「あぁ。」

「さっさと攻撃すれば良いじゃない」

「いや、多分あのヲ級、兵装を持ってない」

「は?」

「それになんだか、妙に暗い雰囲気なんだ」

「深海棲艦だって不幸の1つ2つあるのかもね。あたし達には関係ないけど」

「いや」

「へ?」

「ちょっと話を聞いてくる」

「ちょ、ちょちょちょちょちょちょちょちょ」

「何だ?」

「何だじゃないわよ。正気なの?」

「おかしいように見えるか?」

「おかしい以外の何者でもないわよ?敵なのよ?高レベルの。人間なんてひとたまりもないわよ」

「いや、どうしても気になるんだ」

「じゃ、じゃあ私達も行くわよ」

「いや、いい」

「なんでよ!?」

「兵装を持ってるからだ。刺激しかねん」

「頭痛くなってきた。あなたを深海棲艦から守る為の兵装なのよ?使わなきゃ意味ないじゃない」

「まぁ、あれだ。カンだ」

「ちょ・・・行っちゃった」

夕雲がとことこ歩いてきて、途中からぎょっとした表情で駆け寄ってくる。

「た、たた、大変です!提督の先にヲ級が!」

「五十鈴はもう知らない」

夕雲の頭の上に大きな?マークがついた。どういうこと?

 

 

「おはよう」

「・・・・」

提督はヲ級の傍まで歩いていくと、声をかけた。

しかしヲ級はちらりと見るだけで、また海原の方に目を向けた。

やっぱりだ。提督は確信する。この深海棲艦は兵装を持ってない。恐らく艦載機も。

「隣、座るよ」

「・・・・」

「先に自己紹介する。私は鎮守府で提督をやっていた。昨日までね」

「・・・・」

「でも、今日から捕らわれの身だ。ここでね」

ヲ級がちらりとこちらを見る。

「だから私は、はぐれ者だ」

「・・・・」

ヲ級はまた目線を外すが、聞いているようだ。

「私は君から見たら敵かもしれない。でも、私は君が敵に見えなかったんだ」

「・・・エ?」

「君は、私と同じく、何かに苦しんでいるように見えたんだ」

「・・・・」

「私も昔、大きな失敗をした。取り返しのつかない失敗を」

「・・・・」

「それを償う為に必死にやったけれど、今、それをどう評価していいか解らない」

「・・・・」

「沈めてしまった艦娘達は、私をどう見ているのか、とね」

「沈メテ、シマッタ、ノカ?」

「そうだ。愚かな間違いを犯し、轟沈させてしまったんだ。大切な、大切な仲間を」

「オ前ニトッテ、艦娘ハ仲間ナノカ?」

「あぁ。大本営は違うと言うが、背中を預け、苦楽を共にする仲間だ」

「・・・・ソウカ」

「深海棲艦にとっては、どうなんだい?」

「仲間ト、思ッテイタ」

「思っていた?」

「アア。デモ、解ラナクナッタ」

「何があったんだ?」

 

五十鈴、響、夕雲は呆気に取られていた。

「ねぇ、響」

「なんだい?」

「あなたの提督は、深海棲艦とも世間話するの?」

「私は着任したばかりだから」

「そっか、そうよね」

「あ、あの」

「なに?」

「そもそも、目の前の光景が異常だと思うのですけど」

「そうね。見ているけど受け止められないって感じかしら」

「私もそう思う」

「え、えっと、砲撃します?」

「提督に当たっちゃうわよ」

「そうですよ・・・ね」

「まぁ、見てるしかないわね。この珍事を」

 

しばらく口を閉じていたヲ級が、口を開いた。

「提督」

「ん?」

「私ハ、艦娘ダッタ」

「やはり、空母だったのかい?」

「ソウダ。蒼龍ト呼バレテイタト思ウ」

「蒼龍か・・・良い船だ」

「アリガトウ。デモ、私ハ売ラレタ」

「は?」

「深海棲艦ニ、売ラレタンダ」

驚愕した目で提督はヲ級を見た。売られた?!

「ど、え?なに?なんだって?」

「売ラレタ。ソシテ、コウイウ格好ニサレタ」

「そ、そんな」

「本当ノ事ダ。信ジテクレナクテモ、本当ノ話ダ」

「違う。君の話を信じていないのではない」

「エ?」

「仲間を売るような大馬鹿野郎が居る事に、怒ってるんだ」

「・・・・・」

「所属していた鎮守府の司令官に売られたのか?」

「イヤ。司令官ハ戦死シタト聞イタ」

「聞いた?」

「ソウダ。ソシテ、私達ハ深海棲艦ニ売ラレタ」

提督は胸を押さえた。

「大丈夫カ?」

「あまりに腹が立って胃が痛くなってきたよ」

「オ前ハ、怒ッテイルノカ?」

「あぁ。そうだ」

「何故ダ?私ハオ前ノ艦娘デハナイ。安心シロ」

「バカヤロウ。違うも同じもあるかっ!」

「ドウシタ?」

「そんな!仲間を引き裂いて売るなんて!許さん!許さん!許さん!」

「過去ノ話ダ」

「あ、あぁ、すまない。取り乱してしまった」

「イヤ、イイ」

「それで、何で今落ち込んでるんだい?」

「私達ハ売ラレル前のLvガ高カッタカラFlagshipニナッタガ、別ニ戦イタイ訳デハナイ」

「ふむ」

「デモ、他ノ深海棲艦達ハ、人間ニ物凄ク恨ミヲ持ッテイル」

「それはどうしてなんだ?」

「国ニ帰リタカッタノニ、無茶ナ命令デ轟沈サセラレテ、帰レナカッタ者トカ、

 卑怯ナ罠デ、敵ノ只中ニテ集中砲火ヲ浴ビテ沈ンダトカ、

 司令官ガ艦隊ヲ裏切リ、敵国ニ売ッタトカ、ソウイウ怨念ダ」

ヲ級が言葉を続ける。

「私達ハ船霊ダ。船ニモ魂ガ有ル」

「生マレタ理由ノ通リ、使ッテクレテ、沈ムナラ本望ダ」

「デモ、船ノ中ガ怨嗟ニ満チルト、成仏デキナイ」

「ダカラ、ソウイウ思イが強イモノガ、元々深海棲艦ニナッタ」

「デモ、深海棲艦ハ次々沈メラレタ」

「ダカラ、兵隊ヲ補充スル為、買ッテクルヨウニナッタ」

「丁度、反政府組織ガ資金ノ為ニ麻薬ニ手を染メルノト同ジ」

「最初ノ復讐トイウ意志トハ離レ、戦ウタメノ戦イニナッテイル」

 

ヲ級はここで一息ついた。提督は搾り出すように言った。

「そう、だったのか」

「ソウダ。デモ私達売ラレタ者達ハ、艦娘に恨ミハ無イ。戦ウノモ痛イカラ嫌ダ。

 デモ、ドウスレバ深海棲艦ヲ止メラレルカ解ラナイカラ、溜息ヲツイテイタ」

提督は、ぽん、とヲ級の肩を叩いた。

「辛かったな」

すると、ヲ級がしゃくりあげた。

「私、艦娘トシテ頑張ッタ」

「うん」

「ナゼ艦娘トシテ轟沈スル事モ出来ズ、恨ミモナイノニ敵ニナッテシマッタンダ」

「うん」

「仲間ニ会イタイ。モウ一度、艦娘トシテ働キタイ」

「うん」

「提督」

「聞いてる」

「艦娘ト私ハ、戦ワナイト、イケナイノカ?」

「んー」

提督は考え込んでしまったが、ヲ級はおかしそうに笑った。

「プッ」

「どうした?」

「提督ハ即答デ否定スルト思ッタカラ」

「何故?」

「ダッテ、私ハ敵ナンダゾ」

「しかし、艦娘に戻れないくらいなら成仏したいだろう?」

「ソウダナ」

「だとしたら、私達はどうするのが一番良いのかなと思ってな」

「オカシナ提督ダ。私ノ心配ヲシテクレルノカ?」

「うん。そうだな。その通りだ。でも、私は鎮守府でも守る戦い方を編み出したんだ」

「ナンダソレハ」

「仲間を1隻も沈めず、仲間を思い、互いに強くなって、笑いあい、励ましあう為に、だ」

「実現デキタノカ?」

「あぁ、昨日まではな」

「ドウシテ、昨日マデナンダ?」

「苦手な海域に出撃しなかったら、クビにされたんだ」

「ソ、ソリャ、提督ガ悪イナ」

「そうか?」

「ソウダ」

「そうかー」

「変ナ提督ダ。調子ガ狂ウ」

「茶でも飲むか?」

「ハ?」

「だから、茶でも飲むかと聞いてる。あの小屋だ。ここは寒い」

「エ?エ?エ?」

ぽかんと見上げるヲ級に手を差し伸べた提督は、にこっと笑った。

しばらく見ていたヲ級は、その手を取った。

「負ケタ」

「よし」

 

「ちょ、何やってんの提督?」

「あれ?手を繋いだ?」

「なんでこっちに向かって歩いてくるのよ!?」

スタスタ歩いてくる提督と、ひっぱられるようにつられてくるヲ級。

心なしか、ヲ級が嬉しそうな顔をしてるのがますます奇妙な光景だ。

「おーい!響~!」

「なんだ!?提督!」

「茶を!淹れてくれ!寒い!」

「へ?」

「皆の分!5人分!」

「ご、ごにん!?」

「早く~」

「え、あ、え、はい!」

小屋に走り出す響。

えっと、これ任務こなしてるの?ヲ級とお茶?え?

 

五十鈴達の所まで帰ってきた提督を、なんとも言えない目で見る五十鈴。

「私も長い事色々な経験をしてきたけど、まだ目の前の光景が信じられないわ」

「新たな可能性だ。こちらは正規空母のヲ級君。元は蒼龍さんだそうだ」

「あのね、提督」

「なんだ?」

「紹介するな!」

「なんで!?」

「ゆ、夕雲、あたし、おかしい?」

「私も熱が出てきました」

「ていうか、あたし達何の為にここに居るの?」

「送迎と鎮守府調査の為ですよ五十鈴さん」

「あ、そっか。提督の護衛は送る間か」

「ですね」

五十鈴は提督の方を振り返ると

「ねえ、帰っていいかしら?」

と聞いた。

「お茶飲んでいってくれよ、折角淹れさせてるのだから」

「解った。お茶飲んだら帰るわアタシ」

なんかどっと、どっと疲れた。

 

小屋の中は、妙な雰囲気だった。

提督とヲ級が隣同士に座り、ちゃぶ台を挟んで響、五十鈴、夕雲が座っている。

話して聞かせても良いかいと提督が訊ねると、ヲ級はこくりとうなづいた。

そして説明を1つ進めるたびに、提督は3人の誰かから茶を浴びる事になる。

 

「あのな、私は茶を浴びる趣味はない」

五十鈴が真っ赤になって怒り出す。

「色々な意味で無茶苦茶過ぎよ!頭フル回転しても追いつけないわよ!」

「だったら聞き終わってから飲みなさい」

「ショックで喉がカラカラなのよ!」

「解った。ちょっと休憩しよう」

そして提督はヲ級を見ると、訊ねた。

「私の言ったことで間違いはなかったか?」

「アア、チャント合ッテイタ」

「そうか」

「フフフ、面白イナ」

「何がだい?」

「提督、緑ノオバケダ」

提督はがくりと頭を垂れた。深海棲艦にオバケと言われた提督第1号だと思う。

2号を絶対作ってやる。

「少し、元気が出たか?」

「ア、アァ、ソウダナ」

「そうか」

そういうと、提督はヲ級の背中を撫でた。

「良かった」

ヲ級が提督のひざに、そっと手を載せる。

「ア、アノナ」

「なんだ?」

「アリガトウ」

「話を聞いて、茶を飲んだだけだ」

「久シブリニ、誰カト話セタ。ソレガ嬉シイ」

「じゃあ、また来れば良い」

今度は響が提督に緑茶シャワーを浴びせる。

「あっちいいいいい」

「なんて事を言ってるんだよ提督!」

「良いじゃないか話をするくらい」

「そういう問題じゃないよ!」

 

五十鈴と夕雲は、そっと席を立った。

なんというか、うん、響と提督、良いコンビだわ。きっと大丈夫。

「じゃあ提督、私達は帰るわね」

「あぁ、本当にありがとう」

「良いのよ。でも、聞いた通り恨みを持ってる深海棲艦も居るようだから気をつけて、響」

「了解」

「じゃあね。一応、大和には伝えておくわ」

「あ、中将には黙っててくれ」

「心配しないで。こんな事中将に報告したら私が入院させられるわ」

そして小屋には、提督、ヲ級、響が残った。

響は不思議な感覚を自分の中に感じた。

ヲ級が提督の膝の上に手を乗せてるのを見ると、なぜかチリチリとした物を感じる。

すっと響は立ち上がり、ヲ級と逆側に座る。

そして、提督のもう片方のひざに手を乗せる。

「ん?どうした?」

「何でもない」

「・・・・ヲ級さん?」

「ナンデモナイ」

そうですか。

 

えっと、何これ?

 




提督爆発シロ。

※ヲ級さんの元の名前を直しました。
 うちでは全スロット瑞雲乗せてるから空母と間違えたとかとても言えな(ry

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