艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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摩耶の場合(3)

 

 

1年前、カレー小屋再開日の夕方、提督室。

 

「ほほぅ!カレー曜日は停戦日か!凄いじゃないか!金剛達もご苦労だった!ありがとう!」

報告を聞いた提督は拍手をしながら言った。

「間違いなく摩耶達の功績だな!これは何か祝いをしないといけないね!」

「あ、いや、祝いはさ・・深海棲艦達からこんな物貰ったんだ・・・」

横断幕や花束、宝石を見せる摩耶に、提督は

「まさに摩耶達に対する評価の結晶だ。受け取っておきなさい」

と、ニコニコ笑って頷いた。

「そういえば、今日聞いた事なんだけどさ」

摩耶は眉をひそめた。

「ん、どんな事だい?」

「戦闘をしたくない軍閥の奴らが、艦娘や人間に戻りたいって相談して来たんだ」

「良いんじゃないか?」

本日の秘書艦である加賀がハッとした声で制した。

「待ってください。その数は?」

摩耶が頷いて答えた。

「ざっと聞いただけでも、希望者はこの海域の6割近く居るって言うんだ」

 

提督室が静寂に包まれた。

 

「確か・・・事案の前、戦艦隊と整備隊全員で大体海域の3割とか言ってたよな」

「ええ」

「650体で3割だから・・およそ2000体か」

「でも、事案で相当犠牲になりましたよね?」

「約1500体参加して、残った子はここに居るから・・・500体の6割として300体か」

「今日聞いた限りだけどな」

「よし。こちらとしても受け入れたいんだが、作業に時間がかかる。順番待ちになると伝えなさい」

「いつから始める?」

「基本的には整備隊と戦艦隊が終わってからだ。恐らくは3~4ヶ月かかるだろう」

「そこまで伝えて良いか?」

「伝えるなら5ヶ月と言っておいてくれ。早まる分には喜ぶだろう」

「そっか」

「それまで停戦してくれると良いんだがな・・・」

「今は交渉相手というか、まとめ役が居ないからなあ・・・」

コン、コン。

「はい!」

「提督、アクセサリーノサンプルガ出来タカラ・・・何シテルノ?」

「陸奥か。ちょっと困った展開になっててな」

 

「フウン。ジャア、カレーニ働イテモラッタラ?」

ル級の言葉に全員が首を傾げた。

「カレーが働く?」

「ソウ。海域ヲ決メテ、来週モカレー食ベタカッタラソコデハ戦闘禁止ッテ言ウノ」

「DMZみたいなもんか」

「ソウネ。タダ、300体ガ住メル海域全体ヲDMZ指定スルノハ無理。ダカラカレーデ言ウ事聞イテモラウノ」

「怒らないかなあ」

「私カラ言ッテアゲマショウカ?」

「出来るの?」

ル級はきょとんとした。

「私、一応戦艦隊ノボスナンダケド?」

提督はル級の様子を見て、ふぅと溜息を吐くと言った。

「解った。その件は陸奥に任せて良いかな?」

「イイワヨ。ジャア来週ノ金曜日、一緒ニ行クワ」

「無理するんじゃないぞ?」

「エエ」

「護衛付けるか?」

「別ニ難シイ話ジャナイカラ良イワヨ」

「慢心してないな?」

「大丈夫ヨ」

「・・・ダメコンは持ってけ」

「疑リ深イワネ・・マァ、良イケド」

 

 

再開翌週の金曜日。

 

いつもは真っ直ぐカレー小屋に並ぶ行列が、扇型になっていた。

要の部分には1枚の立札があり、ル級と護衛の部下達が看板を挟むように立っていた。

看板にはこう書かれていた。

 

 戦艦隊ト整備隊ノ有志ニヨリ、艦娘ニナル方法ヲ試行中。

 期間ハ約5ヶ月ヲ予定。

 試行期間中、コノ小屋カラ半径25km圏内デハ戦闘ヲ禁ズ。

 1週間ノ間ニ戦闘ガ起キタ場合、次ノ週ノカレー提供ヲ中止スル。

 

「半径25kmッテ広クネ?」

「砲撃距離考エタラ仕方ナイダロ」

「ウッカリ範囲内デ戦闘シナイヨウニ気ヲ付ケルノガ大変ダヨネ」

「デモ、戦闘シタラ、カレー曜日ガ中止ニナッチャウンデショ?」

「原因ニナッタラ皆カラ袋叩キニ遭ウゾ。想像スルダケデ恐ロシイ」

深海棲艦達がめいめい話す中、1体がぽつりと呟いた。

「25kmノ中ニ居タラ、攻撃サレナイッテ事ダヨネ?」

全体が一瞬静まり返った。

「ソウ、カ」

「入ルナトハ、言ッテナイモンナ」

一体がル級に尋ねた。

「ナ、ナア、ル級サン・・・入ッテモ良イノカ?」

ル級はじろりと一瞥すると

「入ッテハイケナイトハ、書イテナイカラナ。静カニシテル分ニハ良イダロウ」

と、大仰に答えたのである。

深海棲艦達の間にどよめきが漏れた。

「私、戦闘スルノ嫌」

「魚取ッテ平和ニ暮ラシタイ」

「中ニ入ッテ、ソットシテヨウヨ」

「ア、ル級サン」

「ナンダ?」

「試行ガ無事ニ終ワッタラ、私達モ艦娘ニ、ナレル?」

再び場が静かになった。一身に注目を浴びる中、ル級はうむと頷き、

「ソノ予定ダ。楽シミニシテロ」

と、答えたので、深海棲艦達に再びどよめきが起きた。

その日、カレーを受け取りに来る深海棲艦達の表情は色々だったと摩耶は振り返る。

単純に嬉しそうな者、考え込む者、首を傾げる者、複雑な表情をしてる者。

色々な思いが渦巻きながら、運用は開始されたのである。

 

 

カレー小屋再開から1ヶ月後の木曜日。提督室。

 

「へぇ、戦闘自体が止んだのか」

「ソウダヨ!25km圏内ダケジャナクテ、海域全体デ戦闘ガ起キテナイノ!」

提督室に居るのは本日の秘書艦である赤城と、摩耶達カレー小屋の面々、ル級、そして整備隊のイ級達だった。

何故ここにイ級達が居るかというと、提督が、

「艦娘に戻るまでで良いから、海中の様子を教えてくれないか?もちろん危ない所は行かなくて良いよ」

と頼んだのである。

そしてイ級達が報告する度に一口羊羹を1本ずつ手渡し、

「そうかそうか。ありがとうな。また教えてくれるかい?」

といって帰したのである。

こうしてイ級達は毎日のように提督を訪ねては詳細な情報を伝えていた。

それによると、看板が立った翌日でさえ半径25kmではなく30km位先でしか戦闘は起きなかった。

間違って弾が飛びこんでしまう事を物凄く警戒したらしい。

しかし、元々小屋の25km圏内に海底資源鉱山、つまり重要な攻略拠点が集まっていた。

もちろんそれを見越してル級は指定したのだが、この事に後から気付いた軍閥達は

「アレ、ココマデ離レテ何ノタメニ戦闘スルンダ?」

「コンナ僻地要ラナイヨ」

「資源鉱山ヲ確保シタイケド、鉱山ノ周リデ撃ッタラ、カレーガ無クナッテ袋叩キデショ?」

「ダヨネ。ドウスレバ良イノ?」

「資源ヲ確保シタイノハ皆同ジデ、デモ戦闘ハ禁止ダカラ、エエト・・・アレ?」

と、軍閥同士で相談している姿が散見されたらしい。

数日前、ある軍閥の隊長がついにル級の真の狙いに気付き、

「フザケルナ!コレジャ勢力拡大出来ナイジャナイカ!カレー小屋ナンテブッ壊シテヤル!」

と、単身小屋を砲撃する為に突撃しようとしたらしいのだが、

「マアマア隊長」

「小屋ハ大事ナンダ、ソウ怒ルナ」

「勢力争イヨリ毎週ノカレーダゼ」

「ハイハイ連行連行」

「トックリト、カレーノ良サヲ説明シナイトナ」

と、数十体の深海棲艦達が隊長をどこかへと連れていった。

数時間後、げっそりとやつれた様子で帰って来た隊長は

「モウ小屋ヲ攻撃シヨウナンテ言イマセン。カレー美味シイデス。ガラムマサラ」

と呟きつつ、とぼとぼと帰って行った。

この話に尾ひれがついて深海棲艦達の間を瞬く間に伝わり、現時点では

「全海域で戦闘禁止、守れない者は外洋に連行され、カレー教のelite信者として改造される」

という風に伝わっているらしい。

イ級達の報告に、ル級はケロッとした表情で、

「アラ、ヤット戦闘ガ止ンダノ?マァ狙イ通リダカラ良イケド」

と言った。

摩耶が腕を組みながら言った。

「改めて思うけど、カレーの威力って凄ぇんだな」

ル級は肩をすくめて、

「ソウヨ。以前遠征ヲ指示シタラ、カレーガ食ベラレナイッテ拒否サレタ事モアッタワ」

「遠征拒否!?」

「以来ズット、出撃モ遠征モ金曜ノ昼ニカカラナイヨウニ調整シテタワ。結構面倒ダッタノヨ」

「うっかり休めないなあ」

「マァ、ソレダケ楽シミニシテルッテ事」

提督は頷いた。

「これで艦娘化希望の子達が巻き添えで轟沈してしまう確率は大幅に減ったね」

ル級が頷いた。

「漁業ヲシテル整備隊ノ安全モ確保サレルワネ」

「というわけで、摩耶、明日もよろしく頼むぞ」

「おう!任せときなっ!」

 

 


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