艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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摩耶の場合(1)

 

 

現在。金曜日のカレー小屋。

 

「はーい、次!カレーは甘口か辛口か?」

摩耶の掛け声は、深海棲艦の間ではすっかり馴染んだ光景であった。

だが、姫の島事案の前と今では幾つかの変化があった。

 

 

時は遡って1年前、姫の島事案の直後。

 

姫の島事案によって、この鎮守府で唯一被害を受けたのがカレー小屋だった。

島が岩礁の上に乗り上げた為、丸ごと潰れてしまったのだ。

提督が再開すると表明した為、摩耶は鳥海、島風、夕張と共に様子を見に来たが、

あまりの潰れぶりに誰も声が出なかった。

「こ、これは、建て直し・・だよなあ」

「岩礁もかなり削れましたね・・水没箇所が増えてます」

摩耶と鳥海の呟きに、島風が

「あたしの勘だけど、出来るなら復元した方が良いと思う」

と言ったので、摩耶は工廠長を呼んでくる事にした。

 

「見事にぺったんこだのう」

「真っ平らだよな」

「むしろ陥没しておるのう」

岩礁に来た工廠長は、杖の先でつんつんと小突きながら呆れた表情で言った。

摩耶は返事しながら、夕張が眉をぴくぴくさせてスネているのに気付いた。

夕張、違う。あたし達が言ってるのはあくまで小屋の事だ。お前の事じゃない。

「ま、無くなった物はなさそうじゃの」

というと、杖でコンコンと岩を叩きながら何事か呟いた。

すると小屋は空気を入れられたゴムボートのようにぷくぷくと元通りに復元し始めた。

周辺の岩も削れた箇所が戻り、海面から顔を出したのである。

「すげぇ!さすが工廠長!」

摩耶は感心しながら見入っていたが、ふと夕張を見るとカメラを回していた。

さっきまでスネてたのに切り替え早いな。

「これで元通りじゃが、変えたい所はないのかの?」

「外観は変えない方が良いって島風が言うんだよ」

「ふむ。それも一理あるな。内装はどうじゃ?コンセントとかガス栓とか足りとるか?」

「んー、復活させた後、どれくらいお客さんが戻るかも解んないし、とりあえずこれで良いよ」

「復活は今週金曜からか?」

「その予定」

工廠長が返事をしようとした時、遠くの海面から水柱が上がった。

「・・・紛争が酷くなれば、来たくても来られなくなるかもしれんのう」

「戦火が拡大しなきゃ良いんだけどな」

「もし被弾したら遠慮なく相談に来い。すぐ直してやるから」

「サンキュー、送ってくよ。じゃ鳥海、悪いけど食器とか一応洗っといてくれ」

「解ったわ。ほら、島風、夕張、手伝って」

「うぇーい」

「はーい」

 

その日の夕食時。

 

「洗ってる最中も戦闘してる風だったのか?」

「ええ、遠くだけど、何回か水柱が立ってたわ」

「ふぅん」

合流した鳥海達から報告を聞いた摩耶は渋い顔になった。戦ってる最中にカレー食いに来るだろうか?

始める前に提督と相談した方が良いか、ちょっと姉貴に聞いてみよう。

「そうね、確認を取った方が良いと思うわ」

研究室に戻ると愛宕が居たので、摩耶は状況を打ち明けて相談した。

「やっぱそうだよな。作る量も考えなきゃいけないよな」

「それもあるし、貴方達の身の安全をどう確保するかも、ね」

摩耶は一瞬きょとんとして、おおっと驚いた顔をした。

「そうか!戦闘地域だもんな!」

「そうよ、紛争地帯なんですもの」

愛宕は苦笑しながら答えた。摩耶は本当にカレー小屋の事になると集中しすぎるきらいがある。

「提督室には高雄姉さんが居る筈よ。報告してくるって言ってたから」

「サンキュー。じゃあ行ってくる!」

 

提督棟の前で、高雄と包みを抱えるリ級に出会った。

「よっ!リ級さんこんばんは。姉貴、どこ行くんだ?」

「コンバンワ」

「間宮さんの所に営業よ」

「営業?」

「コレヲ売ッテ良イッテ、提督カラ言ワレタノ」

リ級がパッと包みを広げると、美味しそうな天ぷらが並んでいる。

「うわあ、これリ級さんが作ったのか?旨そうだな~」

「良カッタラ1ツドウゾ」

「じゃあこれ、頂きっ・・・・うっ・・うまっ!これホントに旨いな!」

「ウフフフフ」

「営業、上手く行くと良いな!」

「アリガト・・・アラ、ル級、ドウシタノ?」

摩耶が振り返ると、ル級が手を振りながら近づいてくるところだった。

「研磨場ノ方、準備終ワッタワヨッテ報告ヲネ」

「ル級さん、お疲れ。あ、そうそう、カレー小屋の方の外洋で、結構砲撃戦が続いてるみたいだぜ」

「ヤッパリ・・」

「これから提督のとこに行って、カレー小屋開けるのか、量をどうするか相談しようと思って」

高雄は顔をしかめると

「最悪・・誰も来ないかもね」

と言ったが、ル級は小首を傾げると、

「ンー、イツモ通リ用意シテ良イト思ウワヨ?」

と言った。

「まぁ、そんな事を提督に聞いてくる。じゃあ姉貴、リ級さん!しっかり売ってこいよっ!」

「解ったわ」

「ガッツリ売ッテクルカラネ!」

「ル級さん、一緒に行こうぜっ!」

「エエ」

 

「で、陸奥はなんでいつも通りで良いと思うんだい?」

提督は事情を聞き終えると、ル級に向かって聞いた。

「簡単ヨ。アノ子達ニトッテカレーハ大事なイベントダモノ。戦闘ナンカ止メテ走ッテクルワヨ」

「そうかあ?海域中で紛争やってんだろ?」

「ヤッテルワヨ。幾ツアルカ解ラナイ位ノ軍閥同士デ」

「だったら」

「ジャア摩耶サンニ1ツ質問」

「ん?なんだ?」

「小屋ニ近イ所デ1回デモ攻撃ガアッタ?」

「いや、アタシも鳥海が見たのも小屋から遙かに離れた沖の方だった」

「双方ニ相当ナ理由ガ無イ限リ、DMZ指定外ノ海域ナラ戦イガ起キル筈ヨ。DMZノ至近距離デモ」

「そっか、沢山の軍閥が内戦してるのに、なぜカレー小屋近海で起きないかって事か」

「エエ。タダ、再開スル時ハ普段ヨリ早メニカレーノ匂イヲサタ方ガ良イカモ」

「今日から再開しますよーって知らせる為か」

「ソウイウ事」

「だ、そうだ。摩耶、どうする?」

「いつも通り用意するのは全然構わないぜ?」

「解った。ただ、念の為、護衛は付けよう」

提督は本日の秘書艦だった比叡に向かって、

「比叡、討伐隊に護衛するよう伝えてくれるかな?」

「解りました!」

摩耶が両手を上げながら言った。

「こ、金剛達が護衛?なんか気が引けるぜ・・・そこまでいるか?」

提督はきょとんとすると、何を言ってるんだという顔をした。

「お前達は私の指示で紛争地帯に出向くんだぞ?必要なら第1艦隊でも出す」

摩耶は提督をまだ困惑の目で見ていたが、提督は大真面目な顔をして、

「私は私の大切な娘達をもう誰一人として沈めない。あ、お前達もダメコンを装備していけよ」

「お・・う」

摩耶が少し頬を赤らめて返事すると、比叡がニコッと笑って口を開いた。

「摩耶さん、金曜ですよね?集合時間を教えてください!」

「ええっと、早めだよな・・・だとすると、0900時で良いかな?」

「じゃあ金曜の0900時、小屋に近い方の浜で良いですね?」

「おう!」

「じゃ、姉様達に伝えます!」

「なんか悪いな。よろしく頼むぜ」

「出来れば・・・護衛を交代しながらカレー食べたいです。美味しいと評判なので!」

「まっかせな!ちゃんと用意しておくぜ!」

 

 


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