艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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高雄の場合(6)

 

姫の島事案から5カ月後の事務棟、文月の席。

 

文月はようやく顔を上げると、高雄に話しかけた。

「ほんと、この2ヶ月大変でした・・・打ち上げ会でもしましょうか」

「そうですね。良くまとまったなあって内容ですものね」

文月と高雄の口から、思わず溜息が出て、互いに顔を見合わせるとへへっと笑った。

「高雄さんが居てくれて、ほんと良かったです。私だけでは倒れてました」

「そんな、文月さんが仕切ってくれたから、ここまでこれたんですよ」

二人は間違いなく死闘を戦い抜いた戦友だった。

 

きっかけは、リ級達整備班が作る水産加工品の売れ行きだった。

 

提督は

「あれはリ級達が育てたブランドなんだから、うちが邪魔したらいかんよ」

といって、一切経営に口出ししなかった。

しかし。

高雄はリ級から商品開発の相談を受け、鳳翔や間宮と積極的に交流会を設定したりと、協力を惜しまなかった。

その結果、味の良さ、品質の高さ、企画センスの良さが世間で評判になるのに時間はかからなかった。

表沙汰になるのを避ける為、全く宣伝していないのに、注文はじわじわ増えていた。

タ級は納入者として世界各国に飛び回る毎日を過ごしていた。

予想外の需要増加と、段々と減っていく従業員。

困り果てたリ級は艦娘に戻る部下達に、引き続き手伝ってくれないかと頼んだ。すると、

「良いですよ、御仕事楽しいですし」

「陸に戻っても就職先無いかもですし」

と、あっさり残ってくれる子も多かった。中には

「それなら艦娘のままの方が運ぶの便利ですよねっ」

と、艦娘のままの子も居るくらいだ。

並行して、リ級は提督に相談した。

「一時的ナ流行ガ終ワルマデ、工場ヲ使ワセテクレナイカシラ?寮ハ返シテ、自分達デ家ヲ建テルカラ」

提督は今更という顔で笑いながら答えた。

「変な遠慮しなくて良いよ。それにそれ、本当に一時的な流行なのかなあ?」

そして工廠長を呼び、居住棟や風呂屋、それに食堂を作らせ、

「ここを社宅として使えば良いよ。頑張りなさい」

と言って引き渡した。リ級は礼を述べた後、

「建設費ハチャント売リ上ゲカラ返スワネ」

と言った。

やがて、この工場に、整備隊を始め、艦娘や人間に戻った深海棲艦達が次々就職しだした。

こうして従業員は確保出来たが、ついに注文は受け切れずに断るしかない状況となっていた。

工場増やしても良いよと提督は言ったが、リ級は、

「嬉シイケド、原材料ノ漁獲高モアルシ、増産デ品質ガ下ガッタラ台無シダシ、味モ落トスワケニハイカナイワ」

と、増産を拒否。交代体制を固めるなど、従来以上に厳格な品質を維持する策を取ったのである。

 

 

さて、そんな中、ついにリ級とタ級が艦娘に戻る順番がやってきた。

「ジャア、先ニ行クワネ」

と、リ級が艦娘化作業を経て、戻った姿は

「・・・・び、ビスマルク!?」

「これは予想外でした!」

「うわー、誰も居らん!胴元の龍田はんの総取りやわー」

と、口々に悲鳴が起きた。

リ級改めビスマルクは自分が賭けの対象になっていた事を知ると溜息を吐いたが、

「全くもう・・・でも、注目されるって良いわね」

と、にやりと笑った。

提督から

「艦娘に戻ったんだし、そろそろ増産して稼いだらいいじゃない」

と言われると、顔を真っ赤にして

「品質管理は厳にやらないといけません!規律が緩まないよう、これからもビッシビシ行きますからね!」

と答えると、ギャラリーからは

「あ、ドイツっぽい」

「うん、ドイツっぽい」

「ドイツやね」

「さっすが品質の国ドイツやで」

ビスマルクは顔を真っ赤にすると

「ドイツドイツ言わないでください!まったく!ほら、タ級も戻ってらっしゃい!」

と、ぶんぶんと手を振った。

「エー・・・ナンカ行キニクイナア」

と言いながらタ級は椅子に座る。東雲達は戻そうとするが、ギャラリーから

「ちょ!ちょっと待った!まだ投票が終わってないわ!」

と引き止められる一幕もあった。

そして戻った姿は

「は・・・浜風・・だと?」

「うそでしょ!この流れなら絶対レーベちゃんだと思ったのに!」

「この短時間で3万スってしもうたわ~たまらんな~」

「タ級が人間になった時に銀髪だから、ちとちよだと信じて疑わなかったのに!」

そんな事を口々に言われて浜風はしょぼーんとしていたが、提督がぽんと手を叩きながら、

「あ、浜風が大人になった感じ、タ級が人間になった時に似てる!」

と言うと、ぱあああっと明るい表情になり、提督にぎゅむっと抱き付いた。

提督は浜風の頭を撫でながら、

「で、二人とも人間まで戻るかい?」

と聞いた。

ビスマルクと浜風は顔を見合わせると、にっこり笑い、

「艦娘の方が商売に都合良いんで!」

と、声を揃えたのに対し、提督は

「堂々と副業宣言しないように。艦娘になったからには私の言う事聞いてもらうからね!」

「えー」

「えーじゃなくて・・・」

「提督の言う事聞くのは良いのですけど、今、工場を畳むと・・・」

「大勢の従業員が路頭に迷うんだよなあ・・・」

「はい・・・それが可哀想で可哀想で・・・・うっうっ」

提督はあからさまな泣き真似をするビスマルクをジト目で見て、

「・・・・謀ったね?」

「ドイツ人嘘ツカナイヨー、正直者ネー」

「目一杯嘘っぽいぞ、その台詞」

「日本語ヨクワカラナイ」

「都合良くドイツを前面に出したな・・ま、折角ブランドに育ったから続けて良いけど」

「ダンケシェーン!毎月の諸経費分はちゃんと納めるから認めて!お願い!」

「じゃあ詳細は高雄達と決めなさい」

と、言った。

 

それから1週間後の深夜0時。

高雄、愛宕、龍田、文月、不知火、ビスマルク、それに浜風は、壮絶な第6回会議を終えた。

ちっとも終わりが見えない会議。

その名を「白星食品基本契約内容検討会議」という。

 

白星食品というのは勿論、元リ級のビスマルクが運営する社名である。

 

深海棲艦、艦娘、人間が入り乱れ、鎮守府のど真ん中で運営する「会社」

ありとあらゆる事が異例づくめの中、前例無しなんて良い方。下手すれば軍規に触れる。

大本営に通信で相談した時、法務部の事務官は

「事情が事情ですからね・・・まずは基本契約と細則という案にまとめてください。審議します」

と回答され、続けて声を潜めて

「白星食品の蒲鉾、大本営でも超人気なんで、ぜひ継続の方向でお願いします。全力で応援します!」

と、言われた。

 

しかし。

ありとあらゆることを決めていかねばならない。

軍規と商売は相性が悪く、そこらじゅうで問題を引き起こした。

「艦娘が食品工場で働く場合の指示は「出撃」に相当するか」

「残業代は「夜戦手当」と同額で良いか」

「危険手当は付けるべきか否か」

1つ1つが小さく見えて根が深く、ちっとも終わりが見えない。

 

龍田も事態を重く見て参加したが、さすがに手に余り、大本営の雷名誉会長に相談した。すると雷は、

「私もこんなケースは経験無いからね・・こっちの審査は精一杯甘くさせるから、とにかく形にまとめて頂戴」

と、言うばかりだった。

後半は提督も秘書艦も会議室に連行され、教育班も全員駆り出されて文書化作業は進んでいった。

こうして2カ月を費やし、白星食品と大本営の基本契約、そして細則をまとめ上げたのである。

 


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