艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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高雄の場合(5)

リ級が天ぷらを初めて鳳翔達に卸した日の夜。

 

「・・・んふ~♪」

高雄は口に広がる美味しさに思わず唸った。

ここは鳳翔の店。連れはいつも通り隼鷹と足柄である。

店のカウンターには霧島と榛名が居て、榛名は天ぷらを口に入れると目を丸くした。

「榛名、感激ですっ!このさつま揚げ、鳳翔さんの手作りですか!?」

榛名の問いに鳳翔は首を振ると、

「私では無理ですね。リ級さん達が作ったんですよ」

隼鷹はやり取りを聞きながら天ぷらを箸でつまみ上げた。

「確かに、これは本土でも相当な料亭行かないと出てこないレベルだぜ・・ウマイわ・・」

足柄がくいっと升を開けると頷き、

「飲み込むのが勿体無いわよね」

「だねえ」

榛名が空になった皿を指差して言った。

「鳳翔さん!御代わり良いですか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

 

高雄は皿をじっと見た。

焼き網で軽く焦げ目をつけた天ぷらが数種類、同じ形に切り揃えられて並んでいる。

皿の端には窪みがあり、大根おろしの入った出汁醤油が入っている。

九谷焼の平皿が華やかさを添え、見た目からして食欲をそそる。

リ級達の傑作を鳳翔が仕上げるとこんなにも素晴らしくなるのか。

次の1切れを取り、手を添えつつそっと口に運んだ。

大根おろしの中に僅かに生姜が混ぜられている事に気付く。実に良いアクセントだ。

「・・・んー♪」

あ、これは枝豆入りだ。これは日本酒に合う。間違いなく。

升を傾ける。

美味しいなあ。あれこれ考えるより味わおう。美味しい。それでいいじゃない。

「ぷはっ!鳳翔さん!お酒頂戴!」

「早っ!高雄、今夜は飛ばすねえ」

「だって天ぷら美味しいんだもん!」

「飲み過ぎに気をつけろよぅ。また摩耶に叱られるぞ」

「はぁい。でも、鳳翔さん、もう1杯!」

 

 

翌朝。

 

ぐ・・おぉぉおおぉぉ。

激烈な頭痛と耳鳴りの中、高雄は目を覚ました。

頭の中でヘビメタのライブが開催されている。

ドコスコ叩きまくっているバンドの皆さん、今は静かな時間が良いなあ・・

お願いだからHanger18は止めて・・・

「み・・水・・」

やっとの事で布団から上半身を起こす。

頭痛が更に悪化する。頭の中で5万人のファンがアンコールを叫んでいるかのようだ。

「うぅぅ・・・」

天ぷらを一口、日本酒を1合という単位でぐいぐいやってしまった。

もう間違いなく飲みすぎだという所から更にお代わりを頼んだ記憶がある。

なんか嬉しくて、お開きにしたくなかった。それを差し引いても調子に乗り過ぎた。

周りを見ると、愛宕達はまだ眠っていた。

時間は夜明け前。まだ皆を起こすのは可哀想だ。

そっと抜け出して、台所に行く。

 

シャー・・・コポポポポポポッ!

手の中のコップで、水道の水が溢れている。

 

二日酔いのときの水の飲み方。

手は腰に!

コップの淵を軽く咥えたら!

顔を思い切り上に上げて!

一気に飲み干す!

それを3回!

・・・・うっ・・・3杯目は飲み辛いけど、飲まないと後がもっと辛いから、頑張る。

 

コップ3杯の水を飲むと、高雄は少しだけ回復した。

どうせこの状態で朝食は取れないから、ちょっと浜風にでも当たってこよう。

愛宕宛てのメモを残すと、そっとドアを閉めた。

 

サク・・サク・・ヨロヨロ。

夜が明けたばかりの砂浜を踏みしめながら歩いていると、ずっと先に何かが見えた。

高雄は何度か瞬きをした。二日酔いで残像でも見えてるのかな?

だが違った。近づいていくと、次第にはっきりと輪郭が見えた。ル級だ。

「おはよう」

「オハ・・エッ!?」

「どうかしたの?」

ル級は心配そうに高雄を見ながら

「顔色真ッ青ダシ・・・フラツイテナイ?大丈夫?」

「あ、あははは。これはその、二日酔いなの」

「酒ガ好キ?ソレトモ・・・」

ル級はじっと高雄を見ると

「何カ、辛イ事ヲ忘レタイ?」

高雄は苦笑いをすると、

「今日の場合は、その逆なの」

「逆?」

「隣、良いかな」

「エエ、構ワナイワヨ」

「よっ・・と。ええとね。ずっと前、私達が艦娘化を手掛けていた事があったの」

「東雲チャンノ前ヨネ?」

「そう。でも、私達は時間もかかるし、成功率も3割位だった。」

ル級は頷いて先を促した。

「だから7割の子には戻せない、つまり頼って来てくれた子を追い返す事になった」

「東雲ちゃんが来て、全員戻せるようになって嬉しかったけど、自分達の役割を見失ったの」

「でも、先日のリ級さんの加工場やル級さんの研磨場を調整したり出来て嬉しかったの」

「提督にも良くやってくれたって言ってもらえたし、天ぷらも美味しかった」

高雄は照れ笑いを浮かべると、

「だからいつもより多く飲んじゃって、この有様よ」

ル級は遠くを見ながら言った。

「私ハ、艦娘ニ戻ル方法ナンテ100%ナイト言ワレテタワ」

「私ガココニイルノハ、リ級ト高雄達ガ知リ合イデ、高雄達ガ艦娘ニ戻スノニ成功シテタカラヨ」

「ダカラ高雄達ノ努力ハ決シテ無駄ジャナイシ、私ハ感謝シテルワヨ」

高雄は俯いたまま頷いた。その時砂浜に、きらりと涙が1粒沁み込んだ。

「これから、まずは皆が艦娘に戻るまでの間、よろしくね」

「私モ及バズナガラ手伝ウカラ、皆デ窮地ヲ乗リ切リマショ」

「ええ」

二人はしっかり握手した。

 

 

姫の島事案後、復興開始から5カ月後の事務棟、文月の席。

 

「へぅぅぅ・・・」

深夜。

文月は自席に戻ると机に突っ伏した。

この展開は100%予想外だった。生きてて良かった。

高雄は文月にお茶を出しながら、

「やっと、終わりましたね・・・あとは大本営がなんと言ってくるか」

と言った。

激変から2ヶ月。

高雄は天井を何気なく見ながら、この間の出来事を反芻した。

 

 

姫の島事案後、復興開始から3カ月目。

 

大きく3つの事が起きていた。

1つ目は、島に山が増えた事である。

 

戦艦隊の深海棲艦達は、宝石の研磨班以外、手が空いた者は出来る限り採掘作業に従事した。

結果、ル級が陸奥に戻った時には研磨室の奥に、採掘された鉱石で山が出来上がっていた。

工廠長は

「さすがにハズレの確率が高くてもこれだけあれば生涯研磨出来るんじゃないか陸奥?わははは!」

と、笑っていたが、陸奥はジト目で工廠長を見ると

「本当に、生涯研磨し続けても全然足りないわよ・・・もう、皆頑張り過ぎ・・・」

と言った。

だが高雄は、陸奥が嬉しそうにしているのを見逃さなかった。

研磨室が出来てすぐの頃、高雄は採掘班の皆に、陸奥が研磨の仕事を望んでいる事を伝えた。

採掘に携わった深海棲艦達は宝石になる確率が恐ろしく低い事を知っていたし、

「ボスニハ本当ニ世話ニナッタカラ、恩ヲ返ス最後ノチャンス!」

といって、普段に輪をかけて猛然と採掘し、幾つもの鉱山を掘り尽くしたのである。

見た目は驚くが、まだこれは僅かしか影響がないから良い。

 

2つ目は研磨班の持続が決定した事。

研磨班の子達も、採掘班に負けず劣らず、最後の奉公と言って頑張った。

その甲斐あって良い値段で売れる物も幾つかあり、人間として陸に戻る子達にかなり裕福な路銀を持たせられた。

「陸奥さん・・本当に、お世話になりました。御恩は一生忘れません」

「落ち着いたら手紙出しますね!」

と、口々に言って旅立っていった。

そんな中、研磨班だった弥生は艦娘に戻った後、進路の希望を聞かれた時、

「研磨の技・・頑張って身に着けたので、出来れば活かしたい・・・です」

と、研磨班の続行を希望した。話を聞いた陸奥は、

「んー、弥生ちゃんは良い腕してるし、手伝ってくれたら嬉しいわね」

と返した。

提督は高雄から話を聞くと、

「研磨班として頑張れば良いよ。飽きた後で人間に戻るのも良いさね」

と、継続をあっさり許可したのである。

「例の基本契約がまとまったら、それに準じた形で手続きすれば良いよ」

高雄はがっくりと肩を落とした。

その基本契約が、3つ目。

高雄も文月も巻き込む最大の難関となっていくのである。

 

 




時間軸が読みにくかったので少し手を入れました。
ごめんなさいね。

誤字1箇所訂正。ご指摘どうもです。

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