艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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さて、研究班はネタがかなり集まってます。
まずは班長である高雄のお話から。


高雄の場合(1)

 

 

1年前、姫の島事案の少し後。鳳翔の居酒屋。

 

「うー」

高雄は飲み干した1合升をコトリと置くと、唸り声をあげた。

目がどろーんとしている。

「ここのところ、ずっと湿っぽい酒を飲んでるわね、高雄」

一緒のテーブルで飲んでいた足柄が話しかける。

「なんて言うかね・・・引っかかってるのよ」

「おっ、空いてるじゃん。ほら」

同じく飲み仲間の隼鷹は1升瓶の栓をきゅぽんと開けると、高雄の升に注いだ。

「ありがと・・・」

「引っかかるってのは、姉妹の事?」

「んー、そうじゃなくて」

「言いにくい事か?」

「ちょっとね・・」

「提督が変だという事に気づいたとか?」

「最初から知ってるわよ」

「恋人が欲しいとか?」

「今更よ」

「なんだ、ついに悟りの境地に入ったのか?アタシは諦めてないぜ?」

高雄はがっと升を掴むと、くいっくいっと飲み干した。

「おおー」

「高雄は相変わらず良い飲みっぷりだねぇ・・・」

「うー」

「さっさと喋っちゃいなさいよ。楽になるわよ」

高雄は足柄を数秒間見つめた後、目をそらしつつ口を開いた。

「・・・・仕事の、事」

「仕事?カレー小屋に飽きた?」

「そっちは摩耶が楽しそうだから良いの・・・」

「深海棲艦を艦娘に戻す方は、東雲組がやってくれるんだろ?」

「・・・・・。」

 

東雲組。

もちろん東雲と睦月を指した単語である。

東雲と睦月の二人が見つけ出した、深海棲艦の艦娘化手順。

高度過ぎて二人以外出来ないが、従前の艦娘化より遙かに確実な方法だった。

東雲はまだ慣れないと言って慎重に作業をしていたが、最近では10分弱まで下がってきていた。

東雲と二人三脚で対処しているのは専属オペレーターの睦月である。

睦月は練習の果てに運任せの開発ではなく、開発装置の妖精と話して目的の物を作れるまでになった。

「朝起きたら、朝食の前に発子ちゃんとお喋りしながら、これを何個か作るのが日課なんです」

と言いながら、兵装庫に三式ソナーを積み上げる。

こういう睦月だからこそ元修繕妖精で、かつて深海棲艦を建造していた東雲と話しながら作業が出来る。

研究班も3割の成功率を誇ったが、1体辺り最長で数週間かかり、成仏する方が多い。

かたや東雲組は10分もあれば100%艦娘化を実現する。

東雲と睦月が艦娘化を任せられたのは自然な流れだった。

 

「どうした?東雲組が嫌いなのか?」

「ううん。東雲ちゃんと睦月ちゃんは凄く頑張ってるし、むしろ申し訳ないわ」

「申し訳ない?」

「ええ。私達がちゃんと艦娘化を成功させていたら、全部二人に押し付けるような事にはならなかった」

「・・・」

「私達だって精一杯試行錯誤した。提督の期待に応えたかった。でも結果として、役に立てなかった」

「んー・・・」

「戻せないと伝えた深海棲艦達は、驚き、腹を立て、それは悲しげに去っていった」

「・・・」

「私、研究班の、それも班長まで拝命したのに・・・・これじゃ、失格よね・・・」

足柄は肩をすくめると、高雄の額をピシッと弾いた。

「なーに言ってんのよ!」

「うー、なによぅ」

「大体、東雲ちゃんがここに来たのは研究班が深海棲艦と信頼関係を構築したからでしょ」

「・・それはそうだけど、でも」

「で!」

「はい」

「深海棲艦にあれこれ言われてるの、私初めて聞いたんだけど?」

「・・・誰にも言ってないもん」

「何で言わなかったのよ」

「提督に言えば心配かけるし、誰かがやらないといけない。他の子にさせるのは可哀想だったから・・・」

「辛くても頑張ってるじゃない。偉いと思うわよ」

「だけど」

隼鷹がずいっと身を乗り出した。

「あのさ、東雲ちゃんは元々建造妖精なんだし、深海棲艦作ってたんだから、専門家じゃん?」

「・・・・まぁ・・・ね」

「高雄は専門家じゃないし、そういう装備も無いだろ?」

「・・・」

足柄が言葉を継いだ。

「潜水艦相手なら、私達重巡は手が出せない。駆逐艦は戦える。だから重巡は無用かしら?」

「・・・・・」

「敵の重巡や雷巡が来た時に私達が駆逐艦を守れば良いように、得手不得手は必ずあるのよ」

隼鷹がとくとくと酒を注ぎながら言った。

「そうそう。高雄が出来る事をやればいい。それに、東雲組も今まで不幸続きだったらしいじゃん」

「・・・」

足柄がバシッと高雄の背中を叩いた。

「大丈夫!高雄が適した役があるわ!こんなに良い子なんだもん!」

高雄が鼻をすすりながら足柄を見た。

「・・・うー、足柄ぁ」

「もー、しょうがないわねえ・・・はいはい」

抱き付いて泣きだす高雄を、足柄はぽんぽんと頭を叩いた。

しばらくして高雄がそっと離れた時、鳳翔がテーブルに皿を置いた。

「だしまき卵、置いときますね」

「えっ?うちら頼んでないよ?」

鳳翔はにこっと笑うと

「サービスです。高雄さん、私も応援してますからね」

高雄はぐしぐしと目を擦ると、

「うん、ありがとう、鳳翔さん、ありがとう」

と答えたが、すかさず、

「アタシは?」

「私は?」

と、足柄と隼鷹からギラリと睨まれた。

酔っぱらいは絡みやすく、忘れやすいのである。

 

 

翌朝。

 

「あ・・たま・・・痛・・・」

布団から上半身だけ起き上がると、そのまま手を額にやり、目を瞑る。

自力で帰って来た記憶はある。

玄関を開けたら鳥海が両手を腰に当てて仁王立ちしており、

「姉さん!またこんな時間まで!あ!服に汚れが!シミになっちゃうからすぐ脱いでください!」

と、言われた記憶もある。

そして。

鳳翔の店で足柄に言われた事を、高雄は珍しく覚えていた。

俯いたまま、布団の端を見つめる。

「・・・・・」

本当に自分に適した役があるのだろうか?

提督が私を班長に指名して良かったと思ってくれる日は来るのだろうか?

「ほれ」

目の前に水の入ったコップがにゅっと出てきた。

「ありがと・・摩耶」

見なくても解る。こういう気配りが出来るのは摩耶の良い所だ。

「最近、毎朝そうだよな・・・何か悩みあるなら言えよ?」

「ん・・・」

「それと・・・服着ろよ。風邪引くぜ」

「うん」

コップの水を一息で飲み干すと、枕元を振り向く。

きっちりアイロンがかかり、畳まれた制服が置いてある。

間違いなく鳥海の仕事だ。

妹達は皆良い子だ。心配をかけてはいけない。

それは解ってるんだけど、この苦しさの出口はどこにあるんだろう。

 

ガチャ。

「姉さん、提督が研究班全員に朝食後来てほしいって言ってるわよ~」

「おはよ・・・愛宕・・・」

「あーあ、今朝もバッチリ2日酔いね。顔は洗った?」

「今から」

「おかゆ作ってあげるから、その間に支度しておいてね」

「うん」

愛宕が再び出て行ったドアの音を合図に、高雄は起き上がり、洗面所に向かう。

愛宕は高雄が二日酔いだと、食堂に行って土鍋一杯におかゆを作ってくる。

他の人は鳳翔のおかゆが一番と言うが、私にとっては愛宕のおかゆが一番だ。

なぜなら、おかゆという食事に、優しさという気持ちが沢山入っているから。

解ってる。だからこそ。

髪に櫛を通し、ボタンを留めていく。

自分が辛いと思う事を、妹達に押し付けたくは無い。

手袋を嵌めた時、愛宕が戻ってきた。手に土鍋を持って。

「ぱんぱかぱぁん!おかゆでーす!」

その後ろから、鳥海がひょいと顔を出す。

「お茶碗とか借りてきましたよ。皆で食べましょ!」

高雄はにこりと微笑んだ。

 


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