艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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不知火の場合(2)

 

現在、とある金曜日。午前。

 

カツン!

 

不知火は眉をひそめながら席を立った。

おかしい。

今日は上手くケースに入らない。

首を捻って1分ほど考えた後、原因に辿り着いた。

しまった、設置位置を8mm机側に近づけてない。

湿度は・・・うん、変わってない。

いけないいけないと思いながら調整し直す。

・・・・・ぃよし!

落ちた紙をケースに置くと、席に戻った。

うん、綺麗に決まるようになった。こうでないと気持ち悪い。

ピシピシピシと指で書類を弾きながら、不知火は明日の事に思いを馳せた。

飲み物は何を持って行きましょうか。

コーヒー?紅茶?ジャスミン茶?温かい方が良い?冷たい方が良い?

あ、読了してない本が無かったかもしれません。

ナマゾン超特急で頼んでもここまで4日かかりますから、今からじゃ間に合いません。

仕方ない。ソロル新報を朝イチで買うと衣笠さんに頼んでおきましょうか。

あ、新聞がガサガサすると迷惑でしょうか?

そもそも風が強かったら新聞は読み辛いですね・・

 

「不知火さん、不知火さん」

 

不知火はぽんぽんと肩を叩かれて我に返った。

「えっ!?あっ、何でしょう・・・」

そこには文月が居て、

「次の書類を頂きたいのと・・・あと、ケースから溢れてますよ?」

「ああっ!?すみません!」

文月は小首を傾げた。珍しい事もあるものだ。

 

 

「さ、先程は失礼しました」

 

不知火は文月に謝った。

昼食時。

他の事務方の面々は食堂に行くが、文月と不知火は事務所に残ってお弁当を広げる。

昼休みに訪ねてくる艦娘が居る以上、誰かは残らなきゃいけない。

ただ、そこまで他の事務方に頼むのは可哀想だという二人の気遣いであった。

ちなみにお弁当は昼夜共、時間直前に鳳翔が店から運んできて二人のロッカーに入れてくれる。

最初は自炊していたのだが、提督が

「それじゃあんまりにも可哀想だ。せめて美味しい物を食べなさい」

と、提督が鳳翔に頼み、ポケットマネーで払ってくれている。

鳳翔のお弁当は毎回違って、どれも美味しい。

当然、こんな事がバレたら大騒ぎになるので他の艦娘達には内緒である。

わざわざ自分達で買ったお弁当箱に詰めてもらい、事務所ではなくロッカーで受け取るのはその為だ。

だから二人はハッキリ言って提督に甘い。

以前、龍田から、

「事務方が甘やかすから、提督がいつまでもへっぽこなんですよ~?」

と、くすくす笑われながら鋭く指摘された。

二人は真っ赤になって俯いてしまったが、龍田は

「でも、だからこそ提督らしいとも言えます。まぁ最悪、私が出ますから好きにやりなさいな」

と、にこにこしていた。

だが二人はそれを、

「もしお前達が取り返しのつかない下手を打てば提督を消すぞ」

という指示と理解した。だからこそ毎日緊張感を持って取り組んでいる。

一所懸命とは、1つの所に命を懸けると書く。

二人はこの意味を重々理解していた。いや、させられた。

 

「いえいえ、別に大失敗した訳じゃないですし・・・でも珍しいですね」

「あ、あの、明日が楽しみで」

「明日?」

そこで不知火は文月にすっかり話して聞かせた。すると文月は

「楽しそうですね!私もお邪魔したいなあ・・・」

と言った。

「聞いてみましょうか?」

「良いんですか?」

不知火はにこっと笑うと

「文月さんと一緒に居るのは楽しいですから」

と言った。

 

大判焼きを片手に帰って来た黒潮に確認すると、

「大歓迎やで!3人も居たら楽しいやろなあ。なんや用意せんとなあ」

と、にこにこしていた。

 

 

土曜日、8時過ぎ。

 

 

「今日はここ!ここや!」

 

黒潮の言う位置、方向に寝椅子を並べ、パラソルを広げる。

不知火が持参したクーラーボックスにはジャスミン茶の入ったボトルとコップが3つ。

文月はどっさりと文庫本を持ってきて、

「読みたい物があればどれでもどうぞ!」

と言った。

不知火は言葉に甘えて、小説を1冊借りた。

しかし。

 

「く、黒潮さん・・・それは・・・?」

 

文月と不知火は、黒潮がバッグから取り出した物に目が点になった。

 

しっかりしたツインバーナーのガスコンロ。

ボール、卵、粉、水、それに・・・

 

「タコ!?」

「せやで!明石もんや!もう塩揉みして茹でてあるからすぐ行けるで」

 

黒潮はタンタンタンと手際良く切り揃えると、

「せや、これ忘れたらアカンなー」

と、バッグからたこ焼き器を取り出した。

 

「・・・・・・・」

 

不知火も文月も、ページを捲っていたが内容がさっぱり頭に入らない。

何故なら。

たこ焼き器の中で、じゅうじゅうとタネが焼け、香ばしい匂いがふわふわほわりと漂うからだ。

朝食は食べてきたが、じゅるりと涎が出る。

そして。

「焼けたで!ネギとマヨかけてもええか?」

こくこくこくと頷く2人。

ネギを鷲掴みで乗せ、ソースとマヨネーズと青のりをたっぷり。

「ほな、召し上がれ!」

 

ぷすっ!

外はちょっとカリっと、中はしっとりぷるっぷる。爪楊枝でしっかり蛸を貫いて安定させるのがセオリー。

ほわわんと湯気の出る1つをゆっくり持ち上げる。

乗ったネギ達がこぼれないよう、手を添えて口に運ぶ。

そーっと・・・はもっ。

 

・・・はふはふはふはふ!

あっ!熱っ!熱っ!あふっ!

落さないように口をすぼめつつ、熱気を外に逃がす。

たこ焼きとは、この食べる姿がタコに似てるからというのが語源・・じゃないか。

「・・・・どうや?」

「美味いですね!」

「これはプロの犯行ですね」

二人の絶賛に黒潮は頭を掻きながら

「たまたま、たまたまやで~?気にせんといて~な~」

といいながら、たこ焼きを口に運び、満足げに頷いた。

「ほな、次いくでー」

 

 

「・・・けぷっ」

 

11時半。

 

朝からずっとたこ焼きを楽しんだ3人は、焼いては平らげ、焼いては平らげていった。

黒潮はたこ焼きにこれほどのバリエーションがあるのかというくらいの風味を披露した。

そして3人で3時間近く舌鼓を打ち続けた結果、皆様お分かりの通り、

 

「の、喉元までたこ焼きが居ます」

「お腹一杯なのです~」

「うーわ、ちと食い過ぎたわ~」

 

という状態だった。

黒潮は1種類をせいぜい6個くらいしか焼かなかった。理由を聞いたら

「食べ残したらお天道様に叱られるんやで~」

と言う。だからたこ焼きは綺麗に無くなっていた。

 

 


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