艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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不知火の場合(1)

 

現在。午前7時。

 

今朝は湿度が、少し高い。66%から70%位か。気温も上がりそうだ。

ケースの設置位置を8mm机側に近づけよう。

踏みしめる砂のサクサク感と水平線の霞み具合を見ながら、不知火は思った。

海原から朝霧が消え、日はきちんと顔を出し、空の色はすっかり蒼くなっていた。

朝食後の休息時間。めいめいが好きに過ごす時間。

不知火は島の散歩が日課となっていた。

今日は何が違うだろう。

 

「そうですか?会話との相関関係とか、湿度を細かく見ると、違いが見えて来て面白いですよ~」

 

3年前。ソロル鎮守府に引っ越してすぐの頃。

以前の鎮守府に比べ、変わり映えしない天気だから飽きますねと文月に言った時の答えだ。

だが、文月はぺろっと舌を出すと

「もっとも、これは龍田会長の受け売りですけどね」

と付け加えた。

しかし、不知火はこの言葉の意味をしっかり理解したとは言えなかった。

後半の湿度については、半年間、朝夕毎に湿度計を見て自分の感覚を正確に合わせていった。

だから今は大体5%以内の誤差で解る。

これが何の役に立つかというと、書類をケースへ弾いた時の放物線との関係である。

湿度が低い日は地面効果が増えて紙が長く滞空するので、書類ケースを遠めに置く。

湿度が高い場合は紙が湿気を帯びて重くなるので書類ケースを手前に置く。

どのくらいの距離で置くと収まりが良いかは経験則に基づいた相関関係図が頭の中で完成している。

だが。

前者の方はとんと解らない。

会話との相関関係とはなんだろう?

湿度60%と66%で感情が変わるとも思えない。

何を見落としているのだろう。

後者の方もそれだけなのだろうか?

そんな事をつらつらと考えながら、島を軽く一回りするのである。

 

おや?

 

島の裏側の浜辺を通りがかった時。

浜の少し高い所に誰かが居るのが見えた。

目を凝らすと、同じ事務方の黒潮であった。

「おはようございます、黒潮さん」

不知火は近づきながら声を掛けた。

黒潮はきゅっと振り返ると、

「おはよう不知火はん!今日もええ天気やんな~」

と、にっこり笑った。

しかし・・・

不知火は首を傾げた。

何故黒潮は私服なのだろう。

傍には大きなパラソルと寝椅子、クーラーボックス、本まで置いてある。

不知火は目を瞑って記憶を辿った。

朝食を取りながら読んだ新聞には金曜日と記されていた。祝日でもない。

うん、間違いない。

 

 今 日 は 平 日 だ。

 

「え、ええと、始業までには戻って来てくださいね?」

黒潮はきょとんとした後、手首をぱたぱたと振りながら、

「今日は土曜やろ不知火はん。いけずな事せんといて~」

不知火はぎょっとした。昨日の新聞を読んでしまったのか?

い、いや、昨日のエンタメ欄は間宮さんが限定どら焼きを売る話。

今日は提督が数回転がるほど派手に転んだのに怪我一つなかったという話。

一昨日は比叡がまたカレーを作るのに失敗したって話だった。

うん。間違いない。

大体、昨日一日日付印をあれだけ押して誰も間違いと言わなかったじゃないか。

合ってる・・・はず。え?違うの?

 

長考する不知火の様子に、黒潮は笑顔から次第に不安げな表情になると、小声で、

「え、ええと、今日は11日・・・・やろ?」

と言った。

不知火は顔を上げて、勝利宣言を行った。

「10日です」

黒潮の目が見開かれた。

「うち、寝ぼけて1日間違えてしもた!部屋と3往復して運んだのに、なんちゅうこっちゃ~」

そして慌ててパラソルを畳もうとして指を挟み、

「痛ったー!」

と言いながら指を口に咥えたのである。

不知火は安堵半分溜息半分の息を吐くと、ポケットから救急キットを取り出した。

「絆創膏、ありますよ」

黒潮はてへへと頭を掻きながら受け取り、

「すんまへんなー」

と言った。

不知火は寝椅子を畳み、クーラーボックスを肩にかけると

「手伝います。行きましょうか」

と言った。

「おおきに!」

にこっと笑い、パラソルと本を持つ黒潮と並んで寮に引き返す二人。

「土曜日は、いつもここで?」

「んー、いつもやないで。この時期だけ、ここで本を読むんよ」

「どうしてです?」

黒潮は少しだけ目を瞑って考え込むような仕草をした後、

「この時期だけ、なんか風が気持ちええんよ。暑うもなく、寒うもなく」

「そう・・ですか」

不知火は考えた。

自分は年中、同じ日課を同じ時間にきっちりこなすのが好きだ。

朝の散歩なんかがまさにそうだ。悪天候で中止すると負けた気分になる。

特定時期、それも風が気持ち良いからという理由の為に、これだけの装備を持って浜に来る。

思いつきもしなかった。

「海水浴するにはまだ寒いさかい、どなたはんも来ないんや。本を読むには都合ええんやで」

なるほど。

不知火は頷いた。

海水浴に適さない時期なんて誰も浜に来ないというのは自分の思い込みだった。

静かな浜で、心地よい風を感じながら椅子に寝そべって本を読む。

考えてみると・・・

「うん、良さそうですね」

黒潮はくすっと笑うと

「ほな、不知火はんも明日来る?」

「並んで本を読むんですか?」

「本じゃなくてもええけど・・・」

黒潮は苦笑いをすると、

「実は、一人だとちょい寂しいんよ」

「え?」

「部屋に居るとな、皆がようさん話しかけるし、物とか蹴りとか飛んでくるさかい、ちっとも読めへん」

「なるほど」

「せやかて浜で本を読んどって、気ぃ付いたら昼食の時間過ぎとったとかな、ちょい寂しいねん」

不知火は解る気がした。

「あー」

「誰か居ったら、「そろそろ昼ちゃうか?」って言ってくれそうやん?」

「二人で読み過ごしても、それはそれで笑い話になりますしね」

「せやせや!別にタイムキーパー役を頼みたい訳やのうて、一緒の目的で過ごしてくれる人が欲しいねん」

「部屋には居ないんですか?」

「面倒やとか、本なんて読まへんとか、ええから枕投げしよとか、全然やなあ」

不知火は空を見た。1回位付き合ってみるのも良いかもしれない。

「じゃあ、明日」

「晴れるとええなー」

不知火は指をすっと、西の水平線に向けた。

「あの辺りが澄んでいるので、明日は晴れます」

黒潮は目を真ん丸にすると

「さすが不知火はん!明日の天気も解るんかいな!気象庁の人みたいやん!凄いなあ」

不知火は少しだけ頬を染めると、

「ど、どうという事はありません」

と言った。

何だか明日が急に楽しみになってきた。

 

 


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