艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file103:姫ノ島(30)

3月10日午後 大本営病院内特別病棟

 

提督が見守る中、東雲によって五十鈴の意識空間に連れて行かれ、五十鈴を見つけた中将。

そっと、五十鈴の傍の地面に立った。

中将と、階段の上の方に座る五十鈴は、ほとんど同じ目線だった。

中将はふと、五十鈴の見ている方を見た。

そこには少し大きな水溜りがあり、太陽の光が、周囲の花が、キラキラと映りこんでいた。

「綺麗だな」

「・・・・・ええ」

五十鈴が始めて返事を返した事に、中将は叫びたい気持ちだった。

もう3ヶ月も耳にしていない、五十鈴の声。

どれだけ聞きたかった事だろう。

「・・・こんな所まで、私を笑いに来たの?」

「誰も、誰一人として、五十鈴を笑ったりなどせんよ」

「嘘。碌な指示も出来ないまま、世界一の艦隊を沈めた愚か者よ」

「1つ訂正だ」

「何?」

「あれは、世界一の艦隊ではなかったのだよ」

「え?」

「世界一の艦隊は、提督の艦隊だ」

「・・・」

「提督は、あの忌々しい島に、山を崩して襲い掛かった」

「・・・」

「森から艦隊砲撃を行い、岩を打ち込み、発電施設を砲撃した」

「・・・」

「そして」

「・・・なによ」

「全員に、ダメコンを持たせたんだ」

「!」

「実際、山城は砲撃中に爆撃機の特攻にあった」

「・・・」

「じゃが、ダメコンを積んでいたおかげで生き残った」

「・・・」

「五十鈴はダメコンを乗せろと主張しておったではないか」

「・・・」

「だが、その主張を通してやれなかったのは私のせいだ」

「ち、違う。違うわ!私が敵方の航空戦力をもっとよく見て、慢心しなければ!」

「無茶を言うな」

「えっ?」

「提督ですら、敵が発艦させた後に爆撃機の存在を知ったのだぞ?」

「・・・」

「知らないものに備えられるわけがあるまい」

「・・・」

「そして、雑音だらけの大本営と違い、提督の鎮守府は提督の意志だけで動ける」

「・・・」

「もしあの艦隊を、五十鈴が五十鈴だけの意志で動かせば、絶対に違う結果になった」

「嘘・・・嘘よ・・・あたしのせいなのよ・・・」

「五十鈴っ!」

中将は五十鈴の手首を掴んだ。

「ひっ」

「もう良い。もう良いんだ。五十鈴。お前は、お前は、本当に、よくやったんだ」

中将の目に涙が溢れた。

「もう自分を傷つけてはならん。大本営全ての失態を一人で背負わんで良い。」

五十鈴の目が揺れ始めた。

「頼む。頼む五十鈴・・・私の・・・傍を・・・離れないでくれ」

「・・・えっ?」

「五十鈴。お前の居ない世界はねずみ色のモノクロだ。何の色も、味も、香りもない」

「・・・」

「ただ時計が針を回し、ただ明るくなり、ただ暗くなる」

「・・・」

「お前が傍に居るからこそ、梅の花を、桜を、紅葉を、愛でる気になる」

「・・・」

「お前が居るからこそ、私は仕事を、あの国を、守ろうと思えるんだ」

「・・・」

「あの国を守りたいんじゃない。私は、お前と、傍に、居たいのだ・・・」

「・・・」

「頼む。私と一緒に、戻ってきてくれ。二度と、二度と、離さんから」

五十鈴は目をつぶると、くすっと笑った。

「私のパートナーだった提督は皆大出世したわ。」

「ん?」

「あなたはどうなるのかしら?楽しみね」

五十鈴が優しく、少し悪戯っ子の目で見つめていた。

中将は五十鈴を抱きしめた。

「ちょっ!」

「うるさい・・・もう離さん」

「・・・ええ。離さないでね」

 

「くぉぉぉぉぉ」

「きゃあああああ」

病室で3人の様子を見守っていた提督は、東雲が唸り、睦月が恥ずかしげに叫ぶのに首を傾げた。

今までこんな反応無かった気がするよ?

何があったというんだい?

その直後。

 

「う・・・」

五十鈴が目を覚ました。

「いっ!五十鈴さん!気がつきましたか!」

だが、五十鈴は途端に顔を真っ赤に染めると、もじもじし、壁のほうを向いてしまった。

「?」

提督は頭の上に巨大な疑問符の付いたままだった。

提督は目覚めた東雲と睦月に

「なあ、何があったんだ?」

と聞いた。

東雲は、やっと目覚めた中将の頬に、睦月は五十鈴の頬に、それぞれ人差し指をぷにぷに押し込むと

東雲が中将の声色を真似て、

「私と一緒に、戻ってきてくれ。二度と離さん」

続けて睦月が、五十鈴の声色を真似て、

「ええ。離さないでね」

そして二人手を取ると、

「ぎゅむー」

といいながら抱きついたのである。

 

茹でダコのように真っ赤になり、湯気が立ち上る五十鈴さんと中将って、レアな絵だなあ。

青葉と夕張連れて来れば良かった。

事情をすっかり理解した提督は、ニマーっと笑い、

「ケッコンカッコカリは良いものですよ、中将、五十鈴さん」

というと、東雲と睦月がきゃあきゃあ言いながら提督にしがみついた。

中将は鬼のような形相で、

「やっ!やかましい!やかましいぞ!絶対生涯の秘密だぞ!喋ったら島流しだからな!」

呼応するかのように五十鈴も提督を指差しながら

「それだけじゃないわよ!ええ、もう、深海棲艦だらけの海に放り込むわ!放り込むんだからね!」

しかし。

提督、東雲、睦月の3人はこれ以上ないくらい邪悪な笑みを浮かべると、順番に、

「私と一緒に、戻ってきてくれ。二度と離さん」

「ええ。離さないでね」

「ぎゅむー」

五十鈴は両手で顔を覆いながら、

「いやああああああ!不覚!私の生涯最高の不覚よ!」

中将は目を真っ赤に血走らせて、

「やめい!繰り替えすな!恥ずかしくて死にそうだあああああ!」

と、叫んだ。

提督はふふっと笑うと、

「良いじゃないですか。収まる所に収まった、という事ですよ」

その時。

「あ、あの、病室ではお静かに・・・」

と、注意しに来た看護師は、起きて顔を手で覆っている五十鈴を見て、

「せっ!先生!先生!五十鈴さんが意識を取り戻しました!」

 

3ヶ月もの間眠り続けていた五十鈴は、すっかり筋肉が細くなっていた。

ゆえに、日常生活に支障が無いところまでリハビリが必要と指示された以外は、問題は無かった。

「リハビリはお二人でやれば良いんじゃないですか?」

提督がにこにこして言うのを、主治医は首を傾げながら応じた。

「確かに付き添いの方が居ると、効果が上がりますから、私もお願いしたいですが・・・」

にひゃりと東雲が笑うと

「夫婦の共同作業」

と、ぽつりと言った。

ボンと真っ赤になり、恐ろしい形相で振り返る五十鈴と中将。

提督は必死に笑いをかみ殺しながら、東雲に

「こっ、こら、隠してるつもりなんだからバラしちゃかわいそうでしょ」

と、言った。

「提督・・・そろそろ用事があったんじゃなかったかね?」

「アラ残念。それなら用事を優先し・て・く・だ・さ・い・ね」

提督は今日だけは中将の睨みも怖くないと思ったが、良く文月が

「楽しいと思ったことに、お代わりを求め続けてはいけませんよ」

という言葉を思い出すと、

「よし、じゃあ東雲、睦月。「用事」を、済ませに行こうな」

と言うと、

「では中将、五十鈴さん、またいつか」

と、頭を下げたのである。

しかし、睦月が手を振りながら、

「末永くお幸せに~」

と言ったので、看護師の2人は察してしまったようである。

 

提督は病棟を後にしながら言った。

「これで全員だ。よし東雲、睦月!何でも奢ってやるぞ!」

東雲がキラキラした目で

「フグ!」

と言った。

「し、東雲さん?どこでそんな不吉な単語を覚えたのかな?」

「龍田さんが、提督が奢るって言ったらそういえば良いよって言った」

あんの軽巡!何を吹き込んでやがる!

「フ~グ!フ~グ!」

東雲と睦月の無邪気なコールに、

「わ、解った。帰ったら鳳翔の店で頼もう。な」

と、折れたのである。

慢心ダメ、絶対。

提督は心の中で呟きながら、預金残高を必死に思い出していた。

 




はい。
お疲れ様でした。
姫の島シリーズ完了でございます。
そして私は、筆を置きたいと思います。

だから今回のあとがきは全体のネタにも触れちゃいます。

「艦娘の思い、艦娘の願い」を書く前のグランドデザインは、第1章だけの予定でした。
それも15話くらいのショートで終わらせようとしてたんです。
とんだ大脱線というか兵站広げ過ぎというか。
ニコ動で説明してますが、元々MMDで艦これドラマを描くとしたらどんな背景が必要なのかを考えるために真剣に短編を1本書こうとしたんです。
それが真相。
1章は表計算ソフトでシナリオとタイムテーブル書き起こしながら、後半で矛盾が無いようまとめて行きました。
何でこんな無茶な短時間でこんな事してるのこの子達と泣きそうになりました。
やらせたの私ですね。はい反省。
ただ、悩み苦しんだおかげで、本来の目的だったソロル鎮守府のディテールはしっかり出来たので、無事に3Dモデルも公開と相成りました。
ですから本来は、1章で役割は終わってたんです。

でももうちょっと書きたいなと甘えさせて頂き、仕切り直して書いたのが第2章です。
第2章だけで103話。
途中のfile41がおさらい講座でしたので、それを抜いて102話。
まさかのfilenoダブりが2回もあって102になったのは内緒です。
ただ、今回で大長編となった姫の島シリーズは完了。
これで(私が覚えている)全ての伏線を回収したと思っております。
色々広げようと思えばまだ広げられますけどね。

ちなみにロ級は最初から曙の設定でした。
ただ、彼女の場合は大変台詞に特徴がある。ありすぎる。
なのでいつ出すか、どう出すかはかなり悩んでました。
必死に考えてあれくらいという残念仕様の脳ミソなので勘弁してください。
勘弁といえば、ほんと誤字脱字の多さはすみませんでした。
結局最後まで指摘を受けては直すという感じでした。
教えてくださってありがとうございました。

私は元々シナリオ書きさんではありません。
実を言えば小説を書くことも得意ではありません。
手を動かさずにあれこれいう人になりたくないので、手を出している。
それが真相です。
私の趣味はMMDという小さな界隈で、背景を細々と作ることでございます。
今でもだいぶ出ていると思いますが、素人がいつまでも話の兵站を広げると碌な事がありません。
文月さんいわく、「お代わりは求めすぎるな」というやつです。
だから皆さんにお気に召して頂いている間に、完成扱いにしちゃいます。

正直、第2章を書いたのは、付けて頂いた評価のあまりの高さゆえでした。
もうちょっと書いても皆付き合ってくれるかな・・・ほんとかな?
そんな気持ちでございました。
書き終えた2014/5/23夜時点で調整平均7.84。
ほとんどが7点以上に集中するという信じられない状況です。
8点超えたら3章行くかと思ってたのも懐かしいお話。
今から行くわけないとタカを括ってますw

そうそう。
私は素人で、これを糧にプロを目指す事もありません。
だから単純に高評価で喜び、低評価で泣きます。
よって、
ずっと読んでくださり、感想を書いてくださった方。
高く評価してくださった方。
そして、仕方ねぇなと誤字や誤りを指摘して頂いた方。
本当にありがとうございました。

ほんとに、ほんとにありがとう!!




・・・なーんて言ってたのが5月23日の深夜だったわけですが。
5月28日現在、調整平均8.73、平均8.31。
人生で初めて3度見しちゃいました。

ご祝儀で調整平均8.01位になっちゃったりして~・・とか思ってました。
でも8.73まで行くと、さすがに「ありがとう」で終わらせられないなと。

ええ。3章書こうと思います。
計画だけはありましたので。
3章は書き方というか、視点を変えます。
5%位楽しみにしててください。

一応、ここまででも読み切りではありますので、気長にお待ちください。

と、今更書いて誰か気付いてくれるのかしらと。
金曜までに誰にも気付かれなかったらそっと戻しておこう。そうしよう。

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