艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file102:姫ノ島(29)

3月10日午後 大本営病院内特別病棟

 

「五十鈴、調子はどうだね」

五十鈴の手をそっと握ると、中将は優しく話しかけた。

「外はそろそろ、五十鈴の好きな梅の花が咲き始めるよ」

「去年の今頃は、五十鈴と約束していた花見が雨で中止になったなあ」

「来年で良いではないかと言ったのは私だった・・・・」

中将はぎゅっと、五十鈴の手を握った。

「五十鈴。わしに約束を果たす機会をくれんかのう・・・・」

中将はこの3ヶ月で10歳は年老いた気分だった。

実際、元々白かった頭は確実に白さが増していたし、明らかに痩せていた。

大和は大層心配していたが、原因ははっきりしていたし、痛いほど解るので、何も言えなかった。

 

コン、コン。

中将は涙を拭うと、

「はい!」

といった。看護師だろうか?

ガラガラと開いた戸の先には、提督が居た。

「中将殿・・・」

「提督か。久しぶりだな」

「随分お痩せになりましたね」

「はは。五十鈴から少し痩せろと散々言われておったからな・・・・」

「そう、でしたか」

「ところで、今日は五十鈴の見舞いに来てくれたのか?」

「正確には、違います」

「と、言うと?」

「おいで」

提督が促すと、東雲と睦月がおずおずと入ってきた。

「ええと、この子達は?」

提督は頷くと、言った。

「艦娘にとって、最強のドクターと、そのオペレーターです」

中将の表情が変わった。

「どういう事だね?」

「この子は、あの戦いの後、鎮守府で会ってるんですよ」

「う、うむ?記憶に無い。すまん」

「東雲ですよ」

「うん?東雲君は確か、駆逐艦のような被り物をして、東雲色の髪をしていなかったかな?」

「さすが中将です。でも、その後私と旅行した帰りにこうなりまして」

「!?」

「東雲はこっちが正しい、元の姿なのだそうです」

「・・・」

「それが鎮守府を巻き込んだ戦いで海の底に沈んだ」

「・・・」

「艦娘が深海棲艦になるように、東雲もあの姿になっていたのです」

「そうだったのか・・・可哀想にな・・・」

中将は優しく東雲の頭を撫でると、東雲はにこりと笑った。

「東雲は、妖精に戻ってからも深海棲艦を艦娘に戻し続けています」

「ほう」

「そして、艦娘に戻った後の子達の治療もするようになりました」

「治療?」

「ええ。特に心の問題を、です」

「心の、問題?」

「戦闘で敵方からかけられる恨みの言葉、激しい戦闘の情景、沈み行く僚艦の言葉」

「・・・」

「艦娘達はそういった事に晒され続けている。だから心を閉ざすものも居る」

「・・・」

「東雲は、そういった者達の心に話しかけ、癒し、許し、時に忘れさせる」

「・・・」

「五十鈴さんの状況は断片的に聞いてます。体調は回復してるのに、目を覚まさない、と」

「その通りだ」

「もしそれが、五十鈴さんが自らを責め続けているのなら、周りの声を届けてあげたい」

「周りの、声?」

「ええ。嘆願書が出たこととか、大将の言葉とか、中将がどれだけ献身的に来ているか、と」

「ば、ばかもの。わしの話は良い。」

「そういう事が出来るのは、私が知る限りではこの二人しか居ない」

「・・・」

「中将、この子達に、五十鈴さんに話しかけることを許可頂けませんか?」

中将は東雲の目をじっと見て、話しかけた。

「この子はな、おじさんにとって、かけがえの無い艦娘なんだ」

「うん」

「おじさんが君のように小さい子に願うのは本当に済まないと思う。だが」

中将は地面に正座し、手をつくと

「今は藁をも縋りたい。頼む。助けて、やってくれ」

東雲はこくんと頷くと、

「うん、やってみる。きっと、思いを解ってくれると思う」

そして睦月を振り返ると、

「始めましょ?」

と言った。

世界でたった一人。

東雲という極めて繊細な、極めて高度な仕事が出来る妖精を操れるオペレーター、睦月。

共に手を取り、笑い、ケンカし、泣き、食べ、学ぶ。

そんな二人は、中将が発する思いは本物だとすぐに見抜いた。

ならば。

「中将さん、お願いがあるの」

「な、なんだね?」

「東雲ちゃんの右手を、両手で握って」

「こ、こうか、ね?」

「それで、目を瞑って」

「うむ」

「もし、目の前に五十鈴さんが出てきたら、正直に思いを打ち明けて」

「・・・・」

東雲が言った。

「恥ずかしがって違う事を言ったら、もう二度とチャンスは無い」

「!」

「絶対に、約束して。正直に言うと」

「・・・わ、解った」

東雲が黙って左手を睦月の方に伸ばした。

それはいつもの、作業を始める合図。

睦月はにっこり微笑むと、両手でその手をとった。

東雲と睦月は目を瞑り、長い長い言葉を呟き始めた。

中将はぐにゃりと意識が歪むような感覚に襲われた。

 

ここはどこだろう?

湿地帯のような地面に、沢山の花が咲いている。

周囲を見回すとあちこちに池や水路があり、奥には風車が2台動いている。

空は青く澄み渡り、気候は穏やかで優しい。

サクサクと、草を掻き分けて歩く。

中将は1つの予感がしていた。

きっとここに、五十鈴は、五十鈴の魂が居ると。

橋の袂を、深い草むらの中を、水路を、くまなく探す。

やがて近いほうの風車小屋にたどり着くと、階段を、内部を、屋根を探していく。

ややぬかるんだ地面に何度も足を取られ、裾に泥が付くが気にもせずに。

ついに、中将は叫んだ。

「五十鈴!五十鈴!居るのは解っておる!五十鈴!」

叫びながら、歩きながら。

2つ目の風車小屋の周囲をぐるりと。

「五十・・・」

中将の視線の端に、小屋の裏の階段に腰掛け、雑草の長い茎を手に持って。

遠くを見る五十鈴が、居たのである。

 

「い、五十鈴」

中将はそっと、足音さえ憚るように近づいていった。そっと。

五十鈴は遠くを見つめたまま、全く答えようとしない。

こちらを見ようともしない。

死んでいるのかと思うほどだ。

だが、中将はそうではないと信じていた。

五十鈴を必ず取り戻すと。

 

 




矛盾点のご指摘がありましたので一部修正。
ありがとうございます。

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