艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file101:姫ノ島(28)

12月1日夕方 ソロル鎮守府入口の港

 

提督が目を開けると、自分の部屋だった。

窓から入る日の光は黄昏色で、倒れた時間と随分違っていると気付いた。

むくりと起き上がると、傍らの椅子に座ったまま、長門が寝息を立てていた。

出発から帰還まで、私以上に活躍し、大破までしたんだ、疲れているのも無理はない。

「お疲れ様。でも、そのままだと風邪を引くぞ?」

そっと頭を撫でると、眠ったまま長門が微笑んだ。

「女の子と言うか、立派な大人の美人さんなんだが、そう言ったら怒るかな」

撫でても長門が目を覚まさないので、提督は撫でながら呟き続けた。

「もうすぐLV99か。一式用意してあるんだが、ケッコンカッコカリ、受けてくれるかなあ」

ぴくりと動いたので手を放すが、再び寝息を立て始めたので、また頭を撫でる。

「人生でこういう事を言った経験が無いからな。ええと、なんて言えばいいんだ?」

「書類揃ったからヨロシク・・・じゃ仕事みたいだしなあ」

「飲み会の後で酔ったフリしてポケットにねじ込む・・・ムードが無いとか言って怒りそうだなあ」

長門はぴくりと反応したが、提督はすっかり長考モードに入っていた。

「うーん、大きなぬいぐるみに書類括り付けて枕元に置いとこうか」

「長門だからなあ。ぬいぐるみばかり見て書類捨てられそうだ。なんかありありと光景が思い浮かぶ」

ぴくり。

「参ったなあ・・・本当に思いつかん。陸奥に頼んで渡してもらおうかな。羊羹1本で」

その時。

「だああああああ!もおおおおおおおお!」

「なっ!長門!起きてたのか!?」

「まったく!さっきから聞いてればなんだ軟弱者!男ならスパッと言わんかスパッと!」

「ひっ、人の独り言を狸寝入りで聞いてる方も聞いてる方だろう!」

「良い事言ったら起きて受けようと思ってたのにロクでもない方法ばかり!起きるに起きられん!」

「えっ?」

「なんだ!」

「良い事言ったら・・・受けてくれるのかい?」

「あっ」

提督がにこっと笑った。

「武士に、二言は無いよね?」

ポストもかくやと言う程全身真っ赤になった長門は天井を睨みつけると

「陸奥ぅぅぅぅぅぅぅぅ!全然ダメではないかぁぁぁぁぁ!」

と、叫んだ。

当然、翌朝のソロル新報エンタメ欄はこの記事が1面ぶちぬきで載ったのは言うまでもない。

新聞を片手に艦娘達がきゃあきゃあ大騒ぎとなり、長門がそこらじゅうで質問攻めにあった日。

一方で。

扶桑が真夜中に山城を従え、藁人形を持って島の奥の森に入って行ったとか、

金剛が赤城や加賀と並んで間宮のバケツパフェをやけ食いしていたとか、

なぜか摩耶が超不機嫌だったとか、比叡がいつになくご機嫌だったとか、

色々な噂話が飛び交った。

確認されている事実は、長門と提督が揃って腹を壊した事くらいである。

それは長い移動中、温度管理不徹底だった栗羊羹が元凶と言われているが、二人は黙したままである。

 

それから3ヶ月が過ぎた。

 

「ようやく、陸奥の番だねえ」

ル級は肩をすくめて、

「モウ誰モ、ル級ッテ呼バナイカラ、今更ヨネ」

と、言った。

「さ、始めますよ~」

睦月はすっかり慣れっこになった作業を始めた。

 

戦いを生きぬいた深海棲艦達(希望しなかった一体含む)は、一人、また一人と艦娘に戻っていった。

途中半月ほど、

「東雲一人で頑張ってるんだから、バカンスをあげます!」

と、提督が決め、睦月と二人で好きな所へ行って良しと、小遣いと休暇を与えた。

しかし東雲は

「外ハ良ク解ラナイシ」

と、工廠や研究室、島巡りや鳳翔の料理、間宮のおやつ、そしてお昼寝を堪能したらしい。

まもなく期間が終わるという頃、提督が温泉宿に連れて行き、帰りにアジフライ定食を食べて来た。

東雲は終始楽しげにはしゃいでいたが、帰り道、なんと東雲は普通の妖精に戻ってしまった。

睦月も提督も慌てたが、東雲は

「大丈夫ですよ、ちゃんと手順は覚えてますから」

と言い、休暇明けから深海棲艦達を艦娘に戻していった。

睦月は胸をなでおろしたが、提督は思った。

普通の妖精以上になってないかい?と。

一方。

艦娘に戻った深海棲艦は、そのまま人間まで戻る子が多かった。

それは、

「色々考えたんですけど、また戦って、恨んで沈むのは辛いから」

という理由が多かった。

提督はそうだねと笑顔で送り出し、後見人にもなったそうである。

人間になったうえで、事務方として働いている子もいる。

「これなら出撃する事はないし、皆と働くのは楽しいから」

と言って。

尚、駆逐隊のロ級は皆の予想通り曙として戻った。

全員から

「そうだよねぇ」

「うん、絶対そうだと思った」

「ロ級だけは賭けが不成立だったもんね」

「解りやす過ぎたよね」

「完璧だったもんね」

「私でさえ外さなかったぞ」

と口々に言われ、真っ赤になって提督を追い回したそうである。

ちなみに彼女も人間に戻ってしまった。

いわく、

「どっかでヌ級が生まれ変わってる気がするから、探しに行く!」

であった。

提督は連絡先を伝え、路銀をたっぷり渡すと、

「困ったらいつでも来なさい。見つかるまで応援してあげよう」

といって送り出した。

隠匿された大事件、姫の島事案。

提督の鎮守府はその為、表彰を受ける事も、提督が昇進する事もなかった。

龍田は大和に鬼気迫る勢いで圧力をかけ、抗議したそうだが、雷が

「秘匿案件だから功績として記録出来ないの。お願い。解ってあげて。大きな借りとしておくから」

と、とりなした。

3ヶ月という時間は、鎮守府でも、大本営でも、事案を過去の話題として押し流すに充分だった。

姫の島に匹敵するような規格外深海棲艦は出たわけではない。

だが、そこまで行かなくても、毎日沢山の深海棲艦と艦娘の戦いは続いていた。

新しく深海棲艦の棲む海域も見つかっていた。

誰もが、立ち止まってはいられなかったのだ。

 

無事ル級が陸奥に戻ると、睦月が提督を振り返り、

「これで全員、戻りましたね!」

と言った。

だが、提督は

「いや。あと一人、居る」

と、眉をひそめたのである。

「ええと、誰ですか?」

睦月と東雲が一生懸命思い出そうと視線を上に向けながら問うと、提督は、

「五十鈴さんだよ」

といった。

 

 

3月10日午後 大本営病院内特別病棟

 

「五十鈴さんへの面会ですか、珍しいですね」

看護師は訊ねてきた提督に向かってそう言った。

「珍しい・・・ですか」

看護師は台帳を見ながら

「ええ。中将が時折おいでになりますが、それ以外は・・・」

「そうですか。今日は面会可能ですか?」

「可能です。あ、中将が丁度お見えになってますね」

 

 

あの日。

五十鈴は主力隊全滅の報(正確には4隻残っていた)を聞いて、即座に自分を責めた。

あれ以上どうしようもなかったというのは、言い訳に過ぎない。

沈んだ者達はさぞ恨みに思うだろう。

言う通りに装備を変え、言う通りに行動し、たった20分で海の底に沈められたのだ。

五十鈴は常に持ち歩いていた護身刀を抜き、躊躇せず鳩尾を突いた。

薄れ行く意識の中で、微かに中将の叫び声がした気がした。

 

中将は血溜まりの中に倒れ伏す五十鈴を見つけた。

ごく、ごく僅かに脈があるのを確認した中将は、そのまま抱き上げて病院棟へ走った。

8時間以上を手術室で、その後2週間以上を集中治療室で過ごした。

しかし、体調は戻っていくのに、目を覚ます事はなかった。

大本営内では五十鈴に同情する声が圧倒的だった。

五十鈴が何をしたというのだ。

開戦直後なのだから差配で取り返しのつかないミスをしたわけでもない。

そもそも準備は開発部だのなんだのが横槍を入れまくってたじゃないか。

五十鈴が責めを追うのはお門違いだと、嘆願署名まで出た。

大将は全員に訓示した。

様々噂が出ているようだが、一切責めを負わせるつもりは無い、その理由が無いと。

大本営内ではしばらく、かなりの時間、五十鈴を心配する声があった。

しかし、1ヶ月、2ヶ月と過ぎていくと、次第に絶望視する論調が高まっていった。

もう目覚める事はない。

多くの人が、艦娘が、そう思い始めていた。

いや違う、いつか必ず目を覚ます。

大本営内でそう信じているのは、3ヶ月たった今、中将一人になっていた。

 


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