艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file97:姫ノ島(24)

11月30日夜 洋上、船室内

 

大将は中将から、提督が深海棲艦と手を結んだ事を聞かされた。

「な、なんと、そういうカラクリか」

「私も作戦全容はまだ確認しておりませんので、本人に聞いた方が早いかと」

「確かに、万一通信中に漏れたら大混乱になりかねんから、行くしかないな」

「何を見ても、驚かないでくださいね」

「そんなに見るもの聞くもの驚きに満ちているのか?ある意味楽しみだな」

その時、秘書艦が音も無く部屋に入ってきて、大将の傍にすっと寄ると、

「明日のお仕事は持ってきたから、寝る前に済ませてね」

といいながら、書類の束を3つ、すとんと置いた。

「お酒はハンコの後ね。じゃ、寒ブリでつまみをこしらえてくるからね」

そしてとことこと部屋を出て行った。

秘書艦を眼で追い、パタンと閉まるドアを中将は呆然と見ていた。

そして大将に視線を戻すと、規則正しくハンコを押している。

「あ、あの」

大将は書類から目を逸らさず、しかし砕けた調子で言った。

「なんだい?」

「そ、その、3つの意味は」

「あぁ。今やってるこの束は何も見ずにハンコを押して良い束」

「この束は引っかかるからハンコを押さずに読め、という束」

「この束は突っ返すから、見ても見なくてもどっちでも良いという束、だ」

「そ、そこまで仕分け済みですか」

「だからこの束を押してる間は普通に会話出来るって寸法だ」

「なるほど」

「そして、彼女は「酒はハンコの後」と言ったろう?」

「・・・あ」

「つまり、読むのは帰る時で良いってことだ」

「・・・凄いですね」

「それに、寒ブリは私の大好物だ。そしてここは急に決まった予定外の船内だ」

「ど、どこまで見透かしてるんでしょう」

「大本営のありとあらゆる、隅から隅まで承知してるだろうよ」

「はあ」

「さて、そろそろハンコ押しも終わる、ということは」

ガチャリ。

「寒ブリの刺身とみぞれ鍋を持ってきたわ。中将さんは端麗辛口で良かったわね?」

「えっ!?は、はい、その通りです」

「書類にかかるといけないからこっちに用意するわ。そこで手を洗ってね。御飯は軽めにしとくわね」

見る間に用意されていく様子に、中将は思わず大将を見た。

大将はにこりと笑うと

「ケッコンカッコカリも、良いもんだぞ」

と言った。

 

 

12月1日朝 ソロル鎮守府

 

「いやほんと、ここが無事で良かったよ」

姫との大戦闘が終わると、提督は戦没者の慰霊碑を立て、旧鎮守府を引き払った。

提督は言った。

戦闘に加わった大多数が重傷を負っており、早々に治療してやりたい。

だが、戦闘で命を散らせた艦娘も、深海棲艦も、そして妖精も、今後も弔いたいと。

工廠長が旧鎮守府跡を整地しなおし、大きく立派な慰霊塔を建てた。

これなら背の高い草が生えても見つかるじゃろう、と。

全員で手を合わせ、黙祷を捧げると、慰霊塔の一番上に、ぽうっと火が灯った。

小さくて柔らかい、丸い火だった。

そんな構造にはなっていないんじゃがと工廠長は呟いたが、提督はにっこりと笑い、

「また来るからね」

と言うと、声に応ずるかのように少し大きくなり、また戻った。

その火は、鎮守府正面海域の入り江の入り口からでも良く見えた。

「いつ来てもすぐ解るように、という事なのかのう」

湾を後にする途上で、工廠長は切なそうに呟いた。

提督は

「何があったのか、自分が轟沈した事も解ってない子が居るのかもしれませんね」

「お盆の時期には、行かんといかんな」

「年中行事が増えましたね」

「そうだな」

隊に属さない深海棲艦からの攻撃を警戒し、無事だった軽巡と駆逐艦が周囲を固めた。

しかし、ソロルへの道のりは波も穏やかで潮の流れも良く、至極順調だった。

まるで誰かが守護してくれているかのようだった。

 

ソロル鎮守府に戻った後、提督は真っ先に入渠計画を練った。

提督が

「大解放無制限ですよ~こんな時に使わずしていつ使う!」

と涙ながらに入渠を要する全ての艦娘に高速修復材を適用。

東雲に聞いたところ、

「効キマスヨ」

という事だったので、生還し、負傷していた深海棲艦にも適用。

すっかり在庫はすっからかんになってしまったが、文月が

「またお使いに行って来れば良いのですよ~24時間体制で」

というと、駆逐艦と軽巡の面々がびくっとし、

「そろそろ東の海も恋しいですよね~?」

というと、潜水艦の面々がびくりとなった。

その上で

「鎮守府の根底を支えるのは駆逐艦、軽巡、潜水艦の使命ですよ。頑張りましょうね~」

と、ニコニコしながら早々に旅立たせたのである。

「ふ、文月、休む時間はあげるんだぞ・・・」

と提督が言うと、文月はにっこりと笑い、

「大丈夫です。でも、皆さんの奮闘で命を繋いだからには、私達も出来る事はしないといけません」

と言い残すと、事務方の面々を連れて事務棟に入っていった。

そこに、一番に入渠を終えた長門が髪を拭きながら出てきた。

「ちゃんと治療されてきたな。良かった」

「当然だ。バケツも使ってもらったしな」

「・・・良かった」

「てっ、提督、何を急に泣いてるんだ?」

「ほっ、他の、鎮守府には本当に申し訳ないが、それでも、うちの艦娘達が生き残ってくれて嬉しい」

「・・・・」

「こんな戦況で、こんな事は他の誰にも言えない。だが、私は」

提督は長門の肩に手を置くと

「長門が、皆が、目の前で轟沈したら、生きていく自信が無い」

「・・・・」

「本当に、本当に、帰ってきてくれて・・・ありがとう」

静かに嗚咽する提督の背中を、長門はそっと撫でつつ、1つの事実を告げた。

「提督。提督なら、主力隊の兵装を削ってでもダメコンを持たせただろ?」

「・・・当然だ。長門達全員に持たせただろ?」

「そうだな。だが、あの子達は持っていなかった」

「!?」

提督は信じられないという表情で目を見開いた。

長門は続けた。

「確かに、あの航空機の爆撃は一発轟沈も当然という代物だった」

「しかし、何度も爆撃したわけではなく、1度に全部投下していた」

「つまり、扶桑班の山城が受けた特攻と同じようなものだ」

「山城が散々兵装を積むと駄々をこねたのに、提督は絶対ダメコンを積めと言って命令した」

「渋々従っていたが、あの後、山城は提督に頭を下げていた」

「え?見てないよ」

「提督が後ろを向いてる時だったし、騒然としていたからな」

「えー」

「まぁ、つまりそういう事だ。提督は油断無くダメコンを持たせたから、山城はここに居る」

「・・・・」

「扶桑の機嫌が良いのも、自分が戦果をあげたからじゃなく、山城がようやく提督の理論を受け入れたからだ」

「まぁ、山城は納得しきってないって感じではあったな」

「うむ。表立って反論するものは居ないが、心の底から全員納得していたわけではない」

「・・・まぁ、そうだろう。それぞれ持論があるだろうからな」

「だが、今度の戦いで、提督の理論の正しさは証明された。山城によってな」

「・・・そうだね」

「ふふ。早々に演習を再開したいな。皆が強く記憶してる間に。もっと強くなれそうだ」

「長門」

「なんだ?」

「長門が言うのだから本当だと思うが、もしそうなら、ダメコンは必須にすべしと進言したいな」

「まぁ、いつか中将が来るか、会う事もあるだろう。その時に言えば良い。私も力を貸すぞ」

「良いね、長門が傍に居れば勇気が出るからな」

長門が少しスネた顔で言った。

「・・・女の子として扱って欲しいのだがな」

提督はにっこり微笑んだ。

「もちろんさ」

 




姫の島シリーズが24話を超える事が確実になりました。
ちょうど24話で収めて「2シーズンモノですね!」ってコメントしたかったのに。
でも36話までは書けません。
そろそろラストですよ!

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