11月27日夜明け 大本営通信棟
五十鈴は首を傾げていた。
開戦から1時間。
あんな急ごしらえの作戦にも関わらず、偵察隊からの報告は慢心しかねない程の上々ぶりだった。
よたよた上昇してくる敵航空機周辺を軽く機銃で撃てば、回避行動で失速するらしく全く登って来ない。
地上の砲陣地はぐいんぐいんと回っているが、龍驤の差配に翻弄されているのか全く撃ってこない。
天山は高々度から放物線かつ1発勝負で投下するゆえに着弾精度は極めて雑な物だった。
しかし、落としているのが800kg爆弾であり、多少外れても被害を与えられる。
既に幾つもの砲台と格納庫の1つから火の手が上がっている。
更に、帰還した天山が持ち帰った写真から、敵の砲台数や配置など、島の状況が明らかになっていた。
なのに、天山の攻撃はまだ半数残っているのである。
現時点で天山や震電の墜落は確かにあった。
しかし、撃墜はたった4機。調整不良による不時着の5機すら下回っている。
不時着機の搭乗員回収は駆逐隊が済ませたが、搭乗員は仲間の報告を聞いて大変悔しがっているそうだ。
このまま主力隊を呼び、高高度から大空爆を行えば、まさかの大勝利となるのか?
自らの問いに、五十鈴は首を振った。
勘は警報を鳴らし続けていた。
何故ならこんな戦力しかない相手なら、遠征艦隊が瞬殺された理由が解らないからだ。
同時刻 姫の島指揮官室
「レーダー調整完了、敵ガ見エマス!7500m付近デス!」
「高性能爆薬榴弾への換装完了!8000m自発設定完了!」
「最高速形態ヘノ装備換装完了!発進シマス!」
姫はニヤリと笑った。
「ショータイムヨ。始メナサイ」
同時刻 偵察隊待機海域
「こちら天山4-C小隊・・・・何か、様子が変です」
龍驤は返事を返した。
「なんや?4-C?何が変なんや?」
しかし、応答は無かった。
雑音にゾクッとした龍驤は、即座に全体発信に切り替えた。
「天山隊!応答可能な機体は答えてや!何があった!」
「こ、こちら・・・天山6-A小隊」
「どうしたんや!」
「く、空中で大爆発発生。目の前に居た天山4、天山5中隊が・・消えました」
「なんやて!?」
「あ・・・」
「なんや!」
「ほ、砲門が・・・」
「砲門が何や!?」
「一斉に、こっちを向きました」
「阿呆な事言うてないで逃げろ!」
しかし、応答は無かった。
龍驤は首から足まで鳥肌が立った。あれだけの追加装甲を施した天山が消滅?
ハッとしてスイッチを切り替える。
「瑞鳳!」
「なに?こっちは震電達に連絡が取れなくなってるの!」
龍驤は確信した。
「天山隊!全機撤退!装甲が効かん攻撃が始まった!繰り返すで!全機離脱!爆撃中止!はよ逃げろ!」
瑞鳳も回線を開いた。
「震電隊に緊急指令!最高高度まで上がって四散し全機離脱!繰り返す!緊急!全機空域離脱せよ!」
すると、瑞鳳の無線に応答があった。爆発音が背後で鳴り続けている。
「こ、こちら震電21号機・・・」
「どうしたの?」
「私は、こ、高度11000mに居ましたが、7500m近くに居た機体は爆発にて、ほぼ全滅しました・・・」
「貴方だけでも即時撤退しなさい!急いで!」
「て、撤退・・・します・・・・」
霧島が眼鏡をくいっと上げた。
「震電の撤退開始を確認。全艦輪形陣を解除。駆逐艦1班を先頭に複縦陣体制を取りなさい」
「榛名と私でしんがりを務めます。龍驤と瑞鳳は着艦対応を継続しなさい。全艦、大本営へ航行開始。」
榛名は呼びかけた。
「五十鈴さん、聞こえますか?」
大本営の通信室で、五十鈴は苦い顔をしていた。
「ええ、聞こえているわ。出来るだけ情報を集めて頂戴。帰還搭乗員は確実に回収してね」
五十鈴はふうと溜息を吐いた。
やはり、だ。
何らかの理由で島が体制を整える前に攻撃していたが、反撃体制が整ったのだ。
反撃前に格納庫1つと幾つかの砲台を潰せたのはまさに僥倖だった。
反撃が始まるや、一瞬で相当な犠牲が出た。それも7500mの高度で。
空域での爆発と言う表現から、三式弾のような弾を想像した。
それにしても、と、五十鈴は機体選択に胸をなでおろした。
大本営が用意させた流星は装甲は厚く、実用上昇限度は8950mに達する。
可能なら命中精度を完全に諦めて最高高度で爆弾を落とす空爆という手もある。
さすがに震電の12000mには敵わないが、7500mでさえ危険と解った以上は登れるほど望ましい。
加えて、流星の機動力は極めて高い。天山を上回り、零戦に匹敵する。
信じがたい事だが、敵の地上砲台は電探と協調制御されている可能性がある。
でなければ砲門が一斉にこちらを向くなどという悪夢が起こる筈がない。
どうっと椅子にもたれる。
この流れなら、遠征艦隊が次々消えた理由も納得できる。
最初弱いと見せかけ、行けると思って近づいた途端に強い武装で攻撃されたのだ。
見つけてから轟沈までは非常警報を発信出来ないほどの短時間ではなく、攻撃すら出来るほどだったのだ。
ただ、相手が弱々しいので轟沈させてから報告しようと油断し、至近距離から強い武器で攻撃され、瞬殺された。
なんとえげつない戦法だろう。
龍驤は歴戦の勘で即時撤退させ、艦隊が充分離れていたから生存出来たが、艦隊まで近寄っていたら全滅だ。
五十鈴は島の航行状況を見た。まっすぐ鎮守府を目指している。速度も全く変わっていない。
到達はあと1時間後という所だ。
五十鈴は通信機のスイッチを入れた。
「提督か長門は居るかしら?」
しかし、返って来た声は別の物だった。
「あ、あの、古鷹です。長門さんと提督に言われて、ここを任されています」
「おはよう古鷹。状況は聞いていたわね?」
「・・はい」
「大至急提督に伝えて頂戴。敵は7500mまでの攻撃機を中隊単位で殲滅させる力がある」
「は、はい」
「あと、敵の攻撃が弱くても、それは囮。絶対に深入りしちゃダメ」
「はい」
「これから主力艦隊は攻撃策を練り直します」
「はい」
「鎮守府正面海域に入った敵を背後から攻撃するつもり」
「はい」
「最後。敵が鎮守府海域に到達するのは後1時間後だと思うわ」
「伝えてきます!加古!ほらしっかりして!今からあなたが聞いてるの!任せたわよ!」
「お願い、ね・・・」
五十鈴は通信機のスイッチを切り替えた。
「龍驤」
「・・・なんや?」
「航空機の状況は?」
「うちの天山は18機を格納済整備中、3機が不時着、2機が帰還中、25機・・・未帰投や」
「帰還中の機体回収に全力を挙げて。全機のデータを集めて送って。主力隊の命綱よ」
「わ、わかってる・・・あ、あのな、五十鈴」
「作戦は私の責任。話は大本営で全部聞く。だから急いでまっすぐ帰って来て頂戴。解ったわね?」
「・・・解った」
「瑞鳳」
「はい」
「航空機の状況は?」
「震電43機中・・・回収済は1機、不時着は2機、帰投中が5機・・・未帰還・・・35機です」
五十鈴は息を飲んだ。天山は空爆後順次帰投させたが、震電は迎撃の為に留まらせた。
装甲の差もあった。しかし、ほぼ壊滅は予想以上の惨状だ。
「き、帰還中の機体回収に全力を挙げて。データも送って」
「・・・6機しか・・残りませんでした」
「瑞鳳、私を責めるのは帰還後に。今は主力隊と提督の鎮守府の為に力を貸して」
「ち、違います・・怒ってるんじゃないんです。まだ、何が何だか解らなくて」
「体勢を立て直すために、貴方に帰還する震電が撮影した情報が必要なの」
「ちゃ、着艦次第回収して送ります。」
「頼むわね。それと、霧島、榛名」
「お任せください。龍驤と瑞鳳が変な事しないように駆逐艦で周囲を固めてます」
「・・・助かるわ。大本営までの航行差配は霧島に任せていいかしら?」
「ええ。御心配なく!」
「五十鈴さん、榛名です」
「・・・なに?」
「この戦いは、互いに兵装が解らないから、腹の探り合いで、騙しあいです」
「・・・そっか。向こうも解らない・・・そうよね」
「戦果はあげました。負傷するのは艦娘として解ってます。」
「・・・」
「勝利を、提督に。五十鈴さん、まだ始まったばかりですよ!」
「・・・・榛名、ありがとう。そうね、弱気になったら負けね!」
「はい!」
「貴方達は絶対帰って来て!お願いよ」
「解りました!」