艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file85:姫ノ島(12)

11月27日0時 仮設鎮守府通信棟

 

「あっはははははは!てっ!提督ってば!予想の斜め上で宙返りするわね!あっ、あはっ!あははははは!」

五十鈴が笑い転げる声を聞きながら、長門はむっつりと顔をしかめた。

「まったく。本当に笑い事ではない。提督の再教育をしてほしいくらいだ!」

「こっ、これから・・・なっ、長門が・・・保護者・・おっ、お腹痛い!あは、あははははは!」

「提督の保護者なんて勘弁してくれ・・・」

「でっ、でもね、私も、中将の保護者って言われてるわよ」

「えっ?」

「大将から、中将の面倒は君がしっかり見てくれ、保護者なんだからって言われたもの」

「大和ではないのか?いや、大和でも変だが」

「大和は優し過ぎるからダメ。甘やかしちゃうもの」

「我々は一体何歳の人間の面倒を見てるのだ・・・・」

「鎮守府幼稚園って言ったら?」

一瞬、提督と中将が園児服にスモック姿というのを想像した長門は顔を歪めると、

「かっ・・可愛くない・・・」

「あぁ笑った。まさか開戦前夜に最前線からネタ満載の報告を聞くなんて思わなかったわ」

「こっちは溜息しか出ない」

「でも、長門の声は元に戻ったわね」

「・・・そうか?」

「ええ」

「非常に認めたくないが、提督の放送を聞いた後、足の震えが止まったんだ」

「・・・」

「なんというか、恥ずかしい事じゃないというか、怖くて当たり前なんだと思えてな」

「トイレについて行ってあげないといけないものね・・・ぷっ・・ふふふふふ」

「もう勘弁してくれ・・・あまりにバカバカし過ぎる」

「そうね。提督渾身の満塁ホームランね」

「・・・どういう事だ?」

「確かに、提督の言った事はバカバカしいわ。」

「うむ」

「でも、もし、怖いのはたるんでるからだ!なんて叱られたらどうする?」

「・・・もう、怖いとは言えないな」

「それで、怖くなくなる?」

「いや。黙って怯えているだろう」

「司令官が部下から怖いと相談された時、一番多い反応は励ます事」

「・・うん」

「次が叱る事。この2つ、どっちをされても部下はますます怖くなるの」

「そう・・・・だろうな」

「正解のセオリーは認める事。部下が怖いのを、そうだねって言ってあげる事」

「認める、か」

「で、でも、俺の方がもっと怖いから・・トイレ・・あははは!だめ!お腹!お腹捩れる!」

「・・・・」

長門は大きな溜息を吐いた。確かに満塁ホームランかもしれないが捨て身過ぎるだろ。

「それを館内放送ねえ。提督、根性あるわねえ。」

「根性?」

「きっと漫才師になれるわよ!」

「本当にあの提督について行って良いのだろうか?不安になってきた」

「あら、何を言ってるのよ長門」

「な、何がだ?」

「ちゃんと尻に敷いてあなたが教育しないとダメよ」

「・・・大本営の最高艦娘としてその発言は良いのか?」

「だって私、中将の保護者だし」

「・・・意外と気に入ってるのか?」

「早く大和に譲りたいと思ってるけどね。あの子は中将好きだから」

「そうらしいな」

「あら、長門も気づいてたの?」

「ずっと前に本人がぽろっと、な」

「へぇへぇへぇ、後でカマかけてみようかしら」

「じょ、情報源をバラさないでくれよ!?」

「大丈夫。とある南の島で自白したんでしょって言うから」

「丸解りじゃないか!何の伏せ字にもなってない!」

「誰から聞いたなんて言ってないわよ?」

「1人しか・・・あ」

「何よ?」

「あの時、そっちの重巡艦娘が4人居たな」

「・・・あー、なるほど。ソロル移動直後の日ね?」

「うわっ!なんて記憶力が良いんだ!」

「なるほどね。へぇー」

「と、とにかく、内緒だ。内緒だからな!大和に殺される」

「大丈夫でしょ」

「重巡達を速攻で口止めした時の迫力を見てないからそんな事が言えるんだ」

「へぇ・・じゃあ、本気なのね。くふふふふふ。今日はネタ満載ね。御代りはもう良いわ」

長門はドキドキしていた。姫より殺気立った大和の方が怖い。

「さて。最新の状況だけど」

「へっ?あ、ああ」

「姫の島がそちらに着くのは夜明けの前後でほぼ間違いないわ。」

「うむ」

「うちの艦隊は高速戦艦と軽空母を主体とした偵察隊が行くわ」

「偵察?」

「出来るだけ島の兵装を調べて、大本営まで一目散に帰って来いって言ってあるの」

「先に敵の情報が手に入れば助かるな」

「あとね、主力隊にはそちらの伊勢と日向も加わったわよ」

「そうか。良く間に合ったな」

「受講生達を送り返すのを大本営で肩代わりしたのよ」

「なるほど」

「主砲は41cmを2門、瑞雲は全て晴嵐に積み替えておいたわよ」

「せ、晴嵐・・だと・・」

「もちろん、航空機開発部が以下同文、よ」

晴嵐。

まだ実験段階の機体であり、その意味で試製晴嵐とも呼ばれる。

水上機として大本営史上屈指の爆撃能力を有する攻撃機である。

急降下爆撃可能な頑丈な機体を9500m上空まで引き上げる能力を持つ。

提督の鎮守府では唯一扶桑が保有しており、伊勢は非番になると扶桑に

「ちょっとだけ、ちょっとだけ拝ませて」

と頼み、晴嵐の前で搭乗する妖精がポーズを決めるのを伊勢が拝むという微笑ましい光景が良く目撃された。

日向はというと

「瑞雲12型が最強だろ・・睦月に弟子入りするかな」

と言っていたそうである。

「じゃあそちらは偵察隊が大本営に帰って来てから本体が動き始めるのか?」

「それじゃ戦いが始まっちゃうわ。偵察隊は大本営と通信出来る装備を持たせてあるの」

「じゃあ、帰りつつ通信で」

「情報をどんどん送ってもらって、大本営でまとめて、貴方達と主力艦隊に送る」

「偵察隊の接敵はいつ頃なんだ?」

「夜明け1時間前よ。発艦は1時間半前」

「発艦出来るのか?」

「夜でも発艦は出来るわよ。着艦は馬鹿みたいに難しいけど」

「なるほど。終わる頃には日が登るから構わんという事か」

「そういう事。ただ、ちょっと気になる事があるの」

「何が?」

「偵察隊の龍驤はね、行方不明になってる遠征艦隊の1つの、本来の旗艦だったの」

「本来?」

「たまたま龍驤が直前の出撃で小破して、ドック入りしてる間に代理の子を立てて遠征に出たら」

「・・姫に滅ぼされたのか」

「龍驤もそう思ってる。何度も絶対偵察以外しちゃダメよって言い聞かせたんだけど」

「開戦の火蓋が切って落とされる可能性があるんだな」

「ええ。だから夜明け2時間前辺りから念の為通信回線を開いておいて頂戴」

「私達も既に準備で動き回ってる頃だがな」

「長門じゃなくても良い。誰か居てくれないかしら」

「うむ。提督に相談する。以上か?」

「ええ。それじゃあ・・・てっ・・提督に・・・ぷふふふふふ」

「よろしく言っておく」

プチッとスイッチを切った長門は、通信棟を出た。

11月の真夜中は寒い。だが、日の出前はもっと寒い。

長門は計画を思い出した。海原で待つ形じゃなくて良かった。

耐えられはするが、万一日の出を過ぎても延々来なければ必要以上に疲れそうだ。

 

「提督」

「お?どうした長門、トイレか?一緒に行くか?」

「それは提督だろう、まったく」

「で?」

「明日の夜明け前後、姫がここに来る」

「そうだね」

「その1時間前に、大本営の先発隊である偵察部隊が姫に到達する」

「うん」

「装備を見るだけ見て帰還するよう命令されているが、そこの龍驤がな」

「命令を蹴って敵討ちをするかもしれない、か?」

「御名答」

「ふーむ」

「だから、夜明け2時間前から通信所に誰かを詰めておいてほしいと言ってる」

「確かに状況は知りたいなあ」

「だろう?だが、その頃は」

「準備も含めればもう始めても良い頃だな・・・古鷹と加古を呼んできてくれ。寝てるだろうが」

「解った」

 




単位を1箇所修正しました。ご指摘ありがとうございます。

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