艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

121 / 526
file75:姫ノ島(2)

11月24日夜 某海域 駆逐隊本拠地

 

「フザケンナヨ!ドコノドイツダヨ!」

珍しく言葉を荒げたボスであるロ級の態度に、報告に来たチ級は後ずさった。

遠征の帰りに艦娘の一行と接触・交戦し、軽く撃退したflagshipの軽母ヌ級が、

「変ナ艦船ガ居ル」

と言って偵察機を飛ばしたが程なく撃墜された上、多数の航空攻撃を受け、

「皆!水中ニ逃ゲテ!僕ハ無理ダ!振リキレナイ!ウワアアアア!!」

という通信を最後に轟沈してしまったのである。

更に僚艦達は全速力で海中に逃げたにも拘らず、大型爆雷の連続攻撃を浴びて轟沈したというのだ。

このヌ級はロ級と古くから駆逐隊を率いた、ロ級の一番の理解者であり戦友だった。

ヌ級が、精鋭艦隊が、通常の艦娘との戦いではありえない程の猛攻撃を受けて消滅してしまったのである。

「カ、艦娘ガ、ココマデ執念深ク攻撃スルトハ思エマセン」

チ級はゆっくり、そっと説明していった。

「マタ、モンスターガ出タ可能性ガアリマス」

ロ級は怒りの表情から絶望の表情に変わった。

「ウソ・・ダロ・・・」

しかし、ロ級は言葉と裏腹に、それしか考えられないという結論に達していた。

長年ロ級が深海棲艦として轟沈せずに生きてこられた理由の1つに、冷静な戦況判断能力があった。

あくまでも勝てる戦を仕掛け、負け戦はどんな手を使ってでも逃げる。

負け戦の代表格がモンスター、つまり規格外深海棲艦との交戦だった。

過去、規格外に強い深海棲艦は少数だが、数えるほどには出現した事があった。

自ら深海棲艦を生み出し、大部隊を形成し、勝手になわばりを作るモンスター。

たまたま選ばれた海域に住んでいた深海棲艦は着の身着のまま海域を逃げ出すしかなかった。

ロ級も過去、モンスターが出た海域に居た事があった。

ヌ級の知らせに全速力で逃げだし、途中、疲れて動けないというヌ級を懸命に曳航して難を逃れた。

文字通り手を取り合って生きてきた戦友を殺したのがよりによってモンスターだというのか。

セオリーに従えば、ここに留まるのも危険だった。

モンスターは血に飢えてるから群れの臭いをかぎつけてくる。

部下が大勢居るゆえに命令が達しにくく、計画外行動には鈍くなる。

速やかに指示を発し、海域を捨て、遠くに逃げねばならない。

 

しかし。

 

ロ級はギュッと目を瞑った。

このまま一番の戦友を葬った奴を放っておくのか?

逃げて、逃げた先で自分を許せるか?

 

ダ チ ヲ 殺 シ タ 奴 ヲ 逃 ス ノ カ ?

 

硬直するチ級に、3回深呼吸したロ級は、伝えた。

「私ハ、モンスターヲ討チニ行ク」

「ハイ!?」

「皆ニ死ネトハ言エナイケド、ヌ級ノ敵討チヲ手伝ッテクレル子ガ居ルナラ、広場ニ集マッテト言ッテ」

「ハ、ハイ」

「他ノ子ハ5分以内ニ発チ、コノ海域ヲ捨テテ外ニ出テ、1ヶ月ハ戻ルナト言ッテ」

「5分!?」

「チ級」

「ハイ」

「君ガ脱出組ヲ率イテ。密集スルト一気ニヤラレル。出来ルダケ艦同士距離ヲ取ッテ海底ヲ進ムンダ」

「ボ、ボス・・・」

「折角補給隊カラ帰ッテ来テクレタノニ、オ別レダネ。君ハ友人ダカラ生キテ欲シイ。楽シカッタヨ」

「・・・」

「サァ、早ク行ケ!モンスターハ絶対ニ情ケ容赦シナイカラ!」

「ミ、皆ニ伝エマス!」

 

 

同じ頃。

 

リ級を護衛しながら整備隊本拠地に向かっていたタ級達護衛班は、水底に真新しい破壊の痕跡を見つけた。

まるでクレーターのようにそこ一体だけが抉れており、威力の凄まじさを物語っていた。

海底資源採掘でもこんなに破壊しないなと眺めていると、ゴトリと岩が動いた。

「仲間カモ、シレナイワネ」

そう言ったリ級に頷くと、タ級達は岩をどかし、救助作業に入った。

しばらくして一体のカ級が見つかったが、酷い怪我を負っていた。

リ級が抱きかかえ、タ級が応急キットを取り出そうとした時、カ級が微かに目を開けた。

「シ・・シマ・・・」

「ナニ?」

「巨大ナ、島ノ、深海・・・棲艦・・・」

「・・・・」

「ト、遠クカラ、潜望鏡デ・・見タダケデ・・・空爆・・・」

そこまで言うと、カ級の目から光が消え、体が光に包まれると、跡形も無く姿を消した。

リ級はいつに無く険しい表情をしていた。護衛班は言葉を待った。

「・・・タ級」

「ハイ」

「全隊員ニ緊急警報。大至急鎮守府ヘ全員移動。出来ルダケ海底ヲ経由セヨ。装備ハ捨テロ」

「エ?」

「道スガラ説明スル。トニカク緊急警報ヲ!」

「ハイ!」

こんな怖い表情のリ級を初めて見るとタ級は思った。

実際目の前には恐るべき爆撃跡があり、深海棲艦の轟沈を見た以上、ただ事ではない。

「コッチヨ!」

リ級が案内する海底をタ級達は付き従った。

海中を航行する方が速いのに、何故走るのだろう?

 

 

少し後、再び駆逐隊の本拠地。

 

「チャント言ッタノカ?ソレニ、何デココニ居ル」

ロ級は広場に居るチ級を咎めた。一刻も早く離脱しろと言ったのに何をぐずぐずしている。

さらには駆逐隊ほぼ全員が広場に居る。正確に言えば広場に入りきっていない。

「モチロンデス、ボス」

チ級が頷いた。

「ボスヲ見捨テテ何ガ部下デスカ」

イ級が進み出た。

「私ハ大破シタ時、ボスニ助ケテモラッタ。恩返シスル!」

「ヌ級ノオカゲデ何度モ命ヲ救ワレタ!」

「ヌ級ハ優シカッタ!」

「駆逐隊ガアッタカラ軍閥争イニ巻キ込マレナカッタ!」

「モンスターガ何ダ!俺達ハ駆逐隊ダ!全テ駆逐スルンダ!」

「皆、殺ルゾ!ヌ級ノ敵討チダ!」

「オオオオオオオオ!」

地を震わせるような皆の叫びに、チ級は肩をすくめながら言った。

「ト、皆ガ言ッテ、誰モ行カナクテ。勿論私モ」

ロ級は溜息をついた。我が隊員ながらなんて血の気の多い奴等だ。知っていたけど。

顔を上げたロ級を、600を超える隊員達がまっすぐに見ていた。誰にも迷いは無い。

ロ級は顔を歪めた。誰も生き残れないかもしれない。本当に死地に導いて良いのか?

だが、それでも。

一瞬、脳裏にヌ級の怒った顔がよぎった。

お前なら逃げろって言うよな。解ってる。でもお前の居ない海底なんてつまらないんだよ。

ロ級は口を開いた。

「ヨシ、コノ戦イハ数ガ勝負ダ。今晩軍閥ドモニ声ヲカケロ。全備蓄資源ヲ使ッテ傭兵ヲ雇ウ」

隊員達はざわめいた。今までそんな手を使ったことが無かったからだ。

「ソシテ傭兵ト共ニ全隊員デ総攻撃ヲカケル。チャンスハ1回ダケダ。」

「駆逐隊ノ名ニカケテ、化ケ物ヲ仕留メテヤロウジャナイカ」

「ヨシ!各班資源ヲ持ッテ軍閥ヲ当タレ!明朝6時ニ集合ダ!」

ざっと隊員達が敬礼した。

ロ級は苦虫を噛み潰したような表情をした。

あの二人がこの特攻作戦に応じるとは思えないが、今生の別れだ。連絡はしてやるか。

 

 




誤字1箇所訂正しました。ご指摘ありがとうございます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。