艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

119 / 526
file73:中将ノ吐息

11月13日午前 岩礁の小屋

 

 

「うむ、やはり400位だったんだね」

「ソウナル。ウチノ成仏組ガ多少多カッタンダケド」

「ウチガ全員希望シテシマッタンデナ。スマナイ」

「いやいや、流血が避けられるのはありがたい事だよ」

「そういえば、提督」

「ん?何だい高雄」

「東雲さん達が作業を始めたら、私達は解散なんですか?」

「いや、そうでもなかろう。リ級さん」

「ン?」

「まだ深海棲艦自体は居るんでしょ?」

「勿論。最大派閥ノ駆逐隊ハ健在ダシ、小軍閥モ沢山居ルシ」

ル級が言葉を継いだ。

「他ノ海域カラ来ル深海棲艦モ居ル」

「私達ガ全員居ナクナッテモ、コノ海域デ大体4割位ダ」

「わお」

「小軍閥は特に動向が見えないから、実際は3割位かもね」

「と、いうわけだ。だから全然希望者が途絶える事はなかろうし、窓口は開けておきたい」

「なるほど」

「まぁ、艦娘に戻りたいって子は東雲と睦月に任せても良いかもね」

「探索作業がなくなるのは楽になって嬉しいです!」

「とすると、夕張のデータはお役御免って事かしら?」

「うっ」

提督が肩をすくめた。

「直近では無くなるかもな。一旦整理して、必要な時に取り出せるようにしたらどうかな?」

鳥海が眼鏡をきらりと光らせて薄く笑うと

「HDDの中のお片付けですね・・頑張りましょうねぇ」

「ちょ、鳥海さんの笑顔が怖い・・・怖すぎる・・・」

「やっと解ってくれたね夕張ちゃん」

「うん、解ったよ島風ちゃん」

手を取り合って震える二人を尻目に、提督は鳥海達を向くと

「引き続き、この二人の面倒を見てやって欲しい。頼む」

「お任せください!」

「継続ってんなら気合入れてカレー作らないとな!」

「摩耶、意外とカレー小屋気に入ってるのか?」

「まぁな。愛着のある職場って奴だ!」

提督はにっこり笑うと

「ありがとう。引き続きよろしく頼む」

と言った。

「ソレデ提督、一度ニ引キ渡ス数ト搬入日ハ?」

「そうだね、搬入は水曜で良いよ。丁度東雲ちゃんの打ち合わせがなくなるだろ?」

「デスネ。こちらも都合が良いです」

「引渡しについては・・・高雄」

「はい」

「研究班で窓口やるとしたら、どのくらいなら可能だい?」

「そうですね・・一度に大勢というよりはコンスタントに少数が良いでしょうね」

「例えば?」

「水曜と金曜を除く平日の朝、桟橋の所で6体ずつ。数は睦月ちゃん達の疲れ具合を見ながら加減するわ」

「どうかな?」

「ソウネ。最初カラ大勢ヲ渡シテモソチラガ困ルダロウッテ思ッテタシ」

「最初ハソレクライダロウナ」

「ジャア戦艦隊ト整備隊デ3体ズツデ良イカシラ?」

「整備隊カラ先ニ初メテモ良イゾ?コノ件デハ世話ニナッタシ」

「ウウン。レ級ノアドバイスガ無カッタラマダ四苦八苦シテタト思ウワ。ダカラ貸シ借リ無シヨ」

「解ッタ。ソウイエバレ級ハドウシテルンダ?」

「加古かい?うちには元々古鷹が居るし、加古は建造出来てなかったから姉妹仲良く働いてもらう事になったよ」

「ソウカ」

「ソレハ何ヨリダ」

「しかし、毎日6体ずつ400体となると、本格的に派遣や移籍を恒常化させんといかんなあ」

「ソウダナ」

「まぁ、その辺は大本営と話すよ。とりあえず、まずはそんな感じで動き出そうじゃないか」

「ジャア、来週ノ月曜カラヨロシク頼ム」

「よし!じゃあ艦娘化第2弾、始動だな!皆、よろしく頼む!」

「はいっ!」

 

 

11月13日午後 大本営通信棟

 

「よ、400体の艦娘化・・・だと?」

「はい。ですから異動を計画的に行う必要が出てきました」

中将は提督の報告を聞いて絶句した。

深海棲艦の中で艦娘に戻ることを希望している者が居るというのは知っていた。

しかし、そんなに都合の良い展開は少数で留まるだろうと勝手に思い込んでいたのである。

それが3体の成功例が流れただけで400体もの希望者が並んだ。

中将はぽつりと言った。

「そんなに、艦娘に戻りたがっていたんだな・・・」

提督も顔を曇らせると、

「そうですね。我々は今まで、そんな願いがあるとは全く知らなかった」

「だが、知ってしまった以上は、叶えてやりたい。いや、叶えなくてはならんな」

「はい」

「解った。提督、艦娘に戻す事に成功し、異動の準備が出来た子は全員こちらに送りなさい」

「教育も含めて準備完了という事ですね?」

「うむ。ただ、経験があり、教育が不要という場合は強制はしない」

「解りました。あと、1つ報告が」

「なんだ?」

「その中に、我が鎮守府で轟沈させた子が1人居ます」

「なんと・・・」

「その子は、うちで引き取って良いでしょうか?」

「勿論だ。ああそう、他にも提督が引き取りたい子が居るなら引き取って良い。差配は一任する」

「ご配慮感謝します」

「うむ。それにしても、そんな大量の深海棲艦を艦娘にどうやって戻すんだ?」

「それにつきましては・・・・」

提督は東雲と睦月の話をした。

「そうか。あの虐待を受けていた睦月君がそこまで成長したか」

「はい」

「それに、鎮守府ごと焼け出された妖精が深海棲艦の生みの親とはな・・・」

「ええ」

「どちらも不幸な経緯を背負っているな。最大限の配慮をしてやりなさい」

「はい。あと、戻す作業で弾薬と鋼材が必要なのですが、特に弾薬が不足してまして」

「ふむ。必要量を言ってきなさい。定期船で運ばせよう」

「助かります。深海棲艦側も鋼材やボーキサイトを持って来てくれる事にはなったのですが」

「なにっ!?」

「えっと・・・何か?」

「し、深海棲艦が・・・艦娘に戻る為の鋼材を補助してくれるのか?」

「ええ、何でも頼みっぱなしは嫌だと言いまして」

中将は額に手をやった。頭の中で深海棲艦の定義がどんどん崩れていく。

「提督」

「は、はい」

「どこまで深海棲艦と仲良くなってるのかね・・・」

「とはいっても、協力者は固定してますし、その協力者も今回の作戦で全員艦娘になってしまいます」

「うむ」

「そして400体を艦娘に戻してもなお、この海域だけで3割にしかならないといいます」

中将はごくりとつばを飲み込んだ

「そ、その海域だけで、まだ800体以上居るというのか」

「残念ながら」

中将はくらくらしてきた。殲滅なんて先のまた先の話ではないか。

「ですから、今後も協力してくれる者には全面的に支援していかねばならないと思っております」

「そうだな。まぁ、信じてはいるが、提督」

「はい」

「君が深海棲艦の側になって我々と敵対するなよ・・・頼むぞ」

「ご心配なく。私は中将へのご恩を忘れてはおりませんので」

「ありがとう。では、異動希望数が解ったらまた連絡してくれ。手続きは開始しておく」

「それでは」

ぷつりとスイッチを切ると、中将は大和を振り返った。

「400体、か」

「毎日の建造数を考えれば充分紛れ込ませられる数字です」

「その通りだ。逆を言えば、それに見合うほど轟沈した艦娘が居るということだ」

「総数はあまり増えていませんからね・・・」

「艦娘が轟沈することの無いよう徹底することが、実は終結への早道なのかもしれんな」

「策の1つとして有効だとは思いますが、既に沈んだ者達も沢山居りますので」

「その子達を全て提督が拾えるとも思えんしなあ」

「出会ってくれれば良いとは思いますけどね」

「・・・とりあえず、手続きを頼むよ大和」

「お任せください」

中将は窓から外を眺めた。

深海棲艦。最初に誰がそうなり、何故ここまで戦火が拡大してしまったのか。

何となく予感めいたモノの中で一番悪いシナリオが、正解と言われつつある気がする。

人間が船を、いや船魂を、成仏出来ない程の怨嗟で水底に引きずり込まなければ。

そんなに恨ませたのは、つまるところ、人間同士の裏切りや敵対だ。

艦娘はありとあらゆる意味で被害者ではないか。

中将がいつになく遠い目で窓の外を見ているのに気づき、大和が声をかけた。

「大丈夫ですか、中将?」

「あぁ、大和。大丈夫だ。大丈夫。」

「そうですか・・・」

「・・・大和」

「は、はい?」

「船魂として、大和として呼ばれるのは、戦うのは、辛くないか?」

大和は意図を考える為に少し言葉を切ったが、やがて

「物として生まれ、魂が宿るほどに丁寧に作られた事には感謝してますよ」

「うむ」

「そして、その目的がたまたま敵国の艦隊と戦う為だった」

「うむ」

「私自身は敵国にも艦隊にも何の恨みもありません。けれど、作ってくださった方が望まれるのですから」

「その結果、怨念によって海底に引きずり込まれてもかね?」

「そこに関しては、やっぱり嫌ですよ。正直に言えば」

「そうだろうな」

「でも、元々船として作って頂けなければ、私は魂としてこの世に来る事も出来なかったんです」

「・・・。」

「役割を全うし、正々堂々戦って轟沈するなら本望ですよ。」

「そうかね?客船とか、戦艦以外の船の方が良かったのではないかね?」

大和はくすっと笑うと、

「戦艦だからこそ、降りかかる火の粉を自ら払い、仲間を助けられます」

「・・・・。」

「平和な世の中の客船なら、それはそれで良いですけどね」

「いつかこの戦いが終わったら、豪華客船に改造してやろう。約束だ」

「あら、良いですね。楽しみにしています」

「すまんな大和。つまらない弱音を吐いてしまった」

「いいえ。中将の優しいお気持ち、嬉しかったです。では、手続きしてきますね」

「うむ」

大和の後姿を見ながら、中将は紙巻煙草に火をつけた。

この事を考え出すと、どうしても禁煙が出来ん。弱いものだな。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。