艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file67:袖ノ下

11月12日午前 某海域

 

「エ!?」

戦艦隊の隊員達は絶句した。

本日の出撃任務を終え、全隊員が揃ったのを見計らって全隊員が招集された。

全招集とは大規模攻撃かと高揚して集まってみれば、戦艦隊を解散するという。

 

「エ、エット、ボス」

「ウン」

「何故デスカ?理由ガサッパリ思イツキマセン」

「規模モ大キク、成果モ上々、統率モ取レテル、内紛モ無イ」

「マタ、ソノ日暮ラシノ軍閥ニ戻ルノハ嫌デス」

 

ここで混乱の理由を説明しておく。

深海棲艦は昔、大部隊というか組織という物がなかった。

轟沈時の僚艦や同じ鎮守府の者同士が数体で集まり、それぞれで行動していた。

行動が元の鎮守府や仲間達をそっと見たいという頃はそれで問題なかった。

しかし、復讐という目的が加わり、艦娘との戦いになった時から不都合が生じた。

なぜなら艦娘が戦う時は鎮守府、つまり国家の海軍を相手にする事になる為、多勢に無勢となるからだ。

無謀に戦を仕掛け、艦娘に連敗して鬱屈した気持ちになり、他の深海棲艦に八つ当たりする者が出てくる。

艦娘と戦う為、あるいは理不尽な攻撃から身を守る為、深海棲艦達は集まって軍閥を作りだした。

ただ、数名程度の軍閥では他の軍閥から容易に戦いを仕掛けられ、気が抜けない。

その為、気の合う軍閥は結託し、さらに大きな隊を形成していった。

戦う代表が駆逐隊であり、戦わない代表が整備隊である。

ただ、駆逐隊は海に浮かぶものを見つけたら客船でもゴミでも沈めるという無差別さがあった。

一方で整備隊は護衛隊を除けば武装さえさせないという徹底した厭戦ぶりだった。

どちらも極端過ぎると困った深海棲艦は、はぐれ艦隊となったり、新興派閥を構成する事になる。

戦艦隊も新興派閥の1つだった。

戦艦隊は「なすべき相手に皆で復讐、他には手を出さない」であり、多くの深海棲艦にとって塩梅が良かった。

その為、実力のある大規模な隊として一目置かれる状態となり、新興派閥ながら幹部会にも呼ばれるようになった。

認められた隊に所属していれば他勢力から戦いを仕掛けられなくなり、隊員は平和に過ごせる。

だから皆で組織を維持しようという機運が起こり、内紛も起きにくくなっていった。

要するに、所属する深海棲艦にとっては居心地の良い大事な組織なのである。

ル級は両手を挙げてざわめきを鎮めた。

「マァマァ、コレカラ言ウ事ヲ聞イテ欲シイ。路頭ニ迷ワセルヨウナコトハシナイ」

多くの視線がル級を見たが、最初は不安げに、次第に驚きのものへと変わっていった。

 

 

11月8日昼 某海域

 

一昨日に日向からちゃんと後始末をしてこいと言われた後、ル級は戦艦隊の扱いを迷いに迷っていた。

昨晩は久しぶりにあの悪夢からは解放されたが、今度は戦艦隊の行く末に悩み、目覚めは悪かった。

隊員達を放り出すような真似はしたくなかったし、安住の地を奪うのも心苦しかった。

だが、これだけ大規模な隊を任せられる後任となると、物凄く少なかった。

実力、人気、決断力、そういう諸々で隊員が納得する後任は誰かと考えた時、レ級が浮かんだ。

レ級は底なしに能天気で、戦力は高く、勘も鋭く、戦術にかけては天才肌だった。

しかし、レ級はル級から後任の相談を受けた所、とんでもない事を言い出した。

「僕モ一緒ニ行ク!皆ニモ話セバ、皆デ鎮守府ニ行コウッテナルヨ!」

と。

ル級は呆けたような顔をしたまま絶句した。

考えてもみなかったのである。

しかし、聞いて初めて、その可能性が高い事に気が付いた。

戦艦隊は轟沈して深海棲艦になった物の比率が高い。

そして、自分も含めてだが、再び艦娘に戻れるなどとは思ってもいない。

だからこそ恨みがあり、特定の「復讐すべき相手」が居るのである。

そして一方で、いつか討たれる事は受け入れつつも、それまでの間の安住の地を求めているのだ。

それが戻れる方法が見つかったと聞かされ、ボスが行きますと説明されたら、自分もと思うかもしれない。

いや、思うに決まってる。

頭の中でシミュレートするうちに、レ級が言った事が恐ろしく可能性が高いように思えてきた。

しかし、確かタ級は時間がかかる大変な作業だと言っていた。

ル級はごくりとつばを飲み込んだ。

戦艦隊全員で鎮守府に行ったら受け入れてくれるだろうか?

そして全員終わるまでどれだけかかるだろうか?

「ネ、ネェ、レ級」

「ナンダイ?」

「艦娘ニ戻ルノハ、時間ガカカルシ、作業ガ大変ラシインダ」

「フウン」

「ダカラ長イ間、順番待チガ必要ニナルシ、ソノ間、皆ノ世話ガ要ルト思ウ」

「一度ニ、ドーント、戻ルッテノハ出来ナイノカナ」

「多分」

「ウーン、モウ少シ詳シイ話ヲ聞キタイナア。誰ガソノ話ヲ知ッテルンダイ?」

「整備隊ノタ級カ、ボスノリ級ダ」

「タッチャンナラ、友達ダカラ聞キヤスイヤ。聞イテクル!」

「エ!、ア、他ノ隊員ニハマダ内緒ネ!」

「解ッテル~」

見送りながら、ル級は先程までとは別の事を悩み始めた。

順番待ちの間の深海棲艦の生活、どうしよう。

今は艦娘が戦闘で落として行った資源を補給源にしているが、鎮守府に救いを求めるのに戦闘継続は不条理だ。

補給隊に嫌だと言って断った資源掘削を復活させないとダメかもしれない。

まあ採掘の道具はそのままだし、戦闘しないなら時間もある。

警備班と作業班に分ければ交代勤務も出来るだろう。

連続採掘をすれば余剰分も出る。そうなれば鎮守府への手土産にもなるか?

 

「タッチャーン!」

そう呼ぶ声にタ級は書類から顔を上げた。

レ級か?最近は珍しい客ばかり来る。

「久シブリネ。元気ソウデ何ヨリ」

「堅苦シイ挨拶ハ止メテヨ。ソレヨリ教エテ」

「チットモ堅苦シクナイワヨ。ソレデ何?」

「150体ノ深海棲艦ヲドーント艦娘ニ戻シタインダケド、パパット出来ナイ?」

「・・・ハ?」

タ級はレ級の質問が一瞬飲み込めなかった。

「エ、ア、ナニ?」

「エエトネ、戦艦隊ノ皆ヲ艦娘ニ戻シタイノサ」

タ級は目を白黒させた。

「全員!?」

「全員。デ、艦娘ニ戻スノニ長イ順番待チダト可哀想ダカラサ、良イ方法無イカナッテ」

タ級は完全に固まってしまった。

確かに艦娘に戻る成功例はこの目で2例見ている。

しかし、逆を言えば2例しか見ていない。

それに150体が一気に応募するというのか?

「オーイ、タ級?大丈夫カ?オ疲レカイ?」

はっとすると、レ級が目の前で手を振っている。

ちゃんと説明しなければならない。

「ア、アア、イヤ、エエトナ」

「ウン」

「今マデ成功シタノハ、2例シカナインダ」

「ドノクライノ内?」

「大体200体クライ」

「他ノ子ハドウナッタノ?」

「7割ハ戻レナクテソノママ。3割ハ成仏シタ。」

「最悪ソノママ、3割ハ昇天、モシカシタラ艦娘?ッテ感ジカア」

「ソウナンダ。ダカラ、マダ確立シタ方法トハ言エナイヨ」

「何カ、戻レナイ理由トカ、ポイントガアルノ?」

「ソコマデハ解ラナイワネ。研究班ニ聞カナイト」

「研究班?」

「艦娘ニ戻ソウト、相談ニ乗ッテクレテル艦娘達ヨ」

「ヘェ、手ヲ貸シテクレル艦娘ナンテ居ルンダネ~」

「ウン、色々世話ニナッテルノ」

「タ級ノ友達ナラ友達ダネ。ヨッシ!研究班ノ子ニ話ヲ聞イテクル!」

「マ、待ッテ。研究班ノ子トハ水曜カ金曜シカ会エナイノヨ」

「今日ハ日曜ダヨ・・・」

「次ノ水曜日、一緒ニ行ク?」

「モウチョット、早クナラナイ?」

「私達ハ、研究班ニ頼ンデル立場ダカラサ」

「ソウカア。ジャア水曜マデ待ツシカナイカ」

「ル級サンハ、コノ事知ッテルノ?」

「ウン」

「ジャア、水曜日ニハ、ル級サンモ一緒ニ、来タラ良イト思ウヨ」

「ソウダネ、ソノ方ガ話ガ早イヨネ!」

「マズハ150体モ、オ願イシテ良イカッテ問題ガ、アルンダケドネ・・・」

「200体ッテノハ、ドレクライノ期間デノ話ナノ?」

「1年以上ヨ。週ニ2~3体ノペースダモン」

「ウワ!ソレジャア何カ手ガ要ルネ」

「手?」

「承知シテモラウ為ノ手、袖ノ下サ!」

「袖ノ下・・ネエ」

「相手ガ艦娘ッテ事ハ、司令官ガ親玉ダロ?」

「ソウヨ。ボスハ提督。気ノ良イオジサン。」

レ級はタ級をじっと見た。

「・・ナニヨ?」

「タ級、ホノ字?」

タ級は一瞬で真っ赤になると、バタバタと手を振りながら

「ソッ!ソウダ!ソロソロボスヲ迎エニ行カナキャ!」

「ジャア一緒ニ行クヨ」

「ナンデヨ!」

「チョットオ話シタイシ。良イデショ?」

「ウー」

タ級はにこにこするレ級をジト目で見た。この子は時折とんでもない事をする。

ただ、結果的には的を得た行動なので、誰も文句を言わないのだが。

でも、タ級は嫌な予感しかしなかった。そしてこういう予感は大概当たる。

「ホラ、早ク行コウヨ!」

「変ナ事言ワナイデヨ?」

「僕ハ1度モ変ナ事ナンテ言ッタ事ナイヨ?」

「・・・無自覚ッテ怖イワ」

「黄昏テナイデ、行コウヨ~」

レ級にぐいぐい引っ張られ、タ級はしぶしぶ腰を上げた。

 

 




カタカナ再変換の方法を教えてくださり、ありがとうございました。
うちのテキストエディタに同様の機能があったので、今回から活用しています。
作業効率アップ!黒野良猫さん、ありがとうございます!
同様に誤字とか矛盾とかそっと教えてくれる皆様、感謝しております。
最初から無きゃ良いんですけど・・すいません。

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