艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file66:最後ノ桟橋

10月21日午後 鎮守府工廠

 

「ほぅ、人間に戻ると本当に普通の中学生だな」

「なんで中学生限定なんですか!女の子って言ってください!」

「飴食べる飴?ぐるぐる巻きの」

「引っぱたきますよ提督!」

名前も無事決まった後、工廠長に確認したところ、人間に戻る最も確実な手段は解体だと解った。

そこで工廠内で阿武隈の解体式が行われ、あっという間に阿武隈は人間、つまり虎沼恵になったのである。

とはいっても、靴が普通の靴になった以外は、艤装を下ろした時とさほど変わってない。

更に幼くなった感じがするのは彼女の名誉のために黙っておく。

工廠長が口を開いた。

「さて、ええと、恵さん、だったの」

「はっ、はい!」

「たった今から、人として生きる事になる」

「はい」

「海の上には立てないし、重油やボーキサイトおやつを口にすれば毒になる」

「はい」

「深海棲艦にはまるで歯が立たないし、転んだだけで怪我するし、治すのに修復バケツは使えない」

「・・・」

「人間になった事を実感する為に、これより桟橋から海原に立ってもらおうと思う」

「え?」

「着替えは用意してある。しっかり実感すると良い。靴は脱ぎなさい」

「は、はい」

 

桟橋。

この鎮守府で生まれた艦娘達が最初に行う訓練が、この桟橋の上から海の上に立つ事、である。

艦娘にとって海は陸と同じか、より速く動ける「場所」である事。

この訓練をする前の艦娘を除けば、それがあまりにも自然な事なのだ。

だから今更海に立てませんと言われても、今一つピンとこない。

虎沼に手を引かれた恵は、桟橋の端に立った。

海面は今までと同じように、そこでゆらりと揺れている。

「さぁ、気を付けてな。間違いなく立てんからの」

「は、はい」

理屈では分かっているが、感覚が否定してしまう。だっていつも通り、その波間に左足を・・・

「うひゃっ!」

乗れなかった。

階段を踏み外したようにズブリと水中に潜り込んでいく足。右足も滑る。水中に引きずり込まれる!

「よいしょっ!」

その時、自分の体がすいと引き戻された。虎沼が抱え上げたのである。

「はっはっは!恵は軽いな!」

恵はじっと虎沼を見た。見る間に涙を溜めていく。

「ど、どうした?痛かったか?」

「ち、違う・・・お・・・お父さん・・・ありがと・・・」

「んお?よ、よしよし、大丈夫。大丈夫だぞ。お父さんがついてるからな」

「海・・立てなくなっちゃった」

「人間なら当たり前だからなあ」

「そっか・・・これが、人間になるって事なんだね・・・良く解った」

「よしよし・・あー、スカート濡れたか?」

「ちょっと。でも、平気」

「着替えはあるぞい。ほれ、部屋で着替えると良い。装備と違うから服もすぐには乾かんぞ」

「そっか、海で服が濡れるのも、すぐ乾かないのも、人なら当たり前、なんですね」

「その通りじゃ。小さな事、大きな事、色々解っていてもという事はあるじゃろ」

「はい」

「最初の内は戸惑う事もあるじゃろうが、艦娘の最初と同じじゃよ」

「そっか・・艦娘の最初も、海面に立てるのが不思議で、怖かったです」

「そういうことじゃよ」

「工廠長さん、ありがとうございます!お父さんと、人として生きていけそうです!」

「うむ。うむ。」

パチ、パチ、パチ。

ふと見ると、提督と扶桑が手を叩いていた。

「おめでとう!これで君は人間に戻れたんだ!」

「良かったわね!願いが叶って、本当に良かったわね!」

次第に拍手をする手が増えていく。

「おめでとう阿武・・じゃなかった!恵ちゃん!」

「感無量よ!海に沈んだ所までしっかり撮ったからね!」

「人間でも艦娘でも関係ない!ずっとダチだからな!忘れんなよ!」

「たまにはお手紙くださいね~」

「今夜は祝杯よ祝杯!ちゃんと祝って送り出したいわ!」

「そうだなあ。これは交際費になりますか扶桑さん」

「まぁ、良いんじゃないでしょうか。でも、飲み過ぎはいけませんよ?」

「やった!鳳翔さんのディナー!」

「ダメです。上限オーバーです」

「よっし!足りない分は私が出してやろうじゃないか!」

「てっ提督!一人3500コインまでしか出ないですよ?大丈夫ですか?」

一瞬、見つめ合う提督と扶桑。頷きあった後、二人は高雄の方を向いた。

「・・・高雄班長」

「は?は、はい」

「酒抜きで鳳翔ディナーと酒有りで食堂で打ち上げ、選びなさい」

研究班全員が高雄を見る。勿論鳳翔ディナーだよなと言う目で。

「んなっ!?なんという残酷な二択をさせるんですか提督!」

「5」

「ちょっと!」

「4」

「え・・・ええ・・えええええ・・・」

「3」

「ねっ、ねえ愛宕!ディナーは美味しく飲んでこそよね?」

「私下戸だから」

「ちょっ!ここは空気読んでよ」

「2」

「ちょ、鳥海!」

「私、今夜は泥酔した姉さんをおぶって帰るの遠慮したいです」

「ええっ!?」

「1」

「・・・うー、解りました解りました。酒なしディナーで」

「はい決定。皆、鳳翔ディナーだぞ~」

「わぁい!すっごーい!」

「無茶も言ってみるものですね!」

「新設コースですよね?」

「はい。すいません特上コースは勘弁してください」

「うわーうわー、信じられないよー」

研究班は高雄・愛宕・鳥海・摩耶・夕張・島風・蒼龍・飛龍の8名でしょ。

それに、私、扶桑、虎沼親子、か。

一人1500コインの差額なので、合計18000コイン。

痛いけど、まぁ、仕方ないか。初の人間化だしな。

「ええと、丁度4名セット3枚かな?良かった良かった」

しかし、提督の肩をつんつんとつつく手がある。

振り返ると、工廠長がジト目で見ていた。

げっ!しまった!工廠長忘れてた!

「扶桑、鳳翔に聞いてみてくれないかな」

「1枚だけ5名扱いですね。お待ちください」

 

「はい、5名にするのは構いませんけど、今夜はコースを組める程仕入れてなかったのですよ・・・」

インカムでの問い合わせに、鳳翔は申し訳なさそうに答えた。

「それに、随分大人数ですけど、何の会なんですか?」

「阿武隈さんが無事人間に戻って、親元に帰られるんですよ」

「それは何とかお祝いしたいですね・・・交際費ですか?」

「ええ、交際費です」

「どなたですか?」

「研究班の方々、提督と私、工廠長さん、それに引受人の虎沼さんと恵さんです」

「恵さん?」

「あ、人間になった後の阿武隈さんのお名前です」

「なるほど」

鳳翔は面々を考え、在庫を見た。

そうか。

「コースではないですけど、ステーキを含む鉄板焼きと、幾つかの副菜で如何でしょう?」

「内容はお任せ致しますけど、美味しそうですね」

「それで御一人3500コインでなら、こちらも承れます」

「あら、それなら提督が喜びますわ」

「提督、まさか全員分の差額を出そうとしてたのですか?」

「ええ」

ふうと鳳翔は溜息を吐いた。人が好すぎます。

「皆さんには、こちらの仕入れの関係でディナーコースでは無いとだけお伝えください」

「解りました。無理言ってすみません」

「大丈夫です。それでは、お待ちしています」

仙台牛のヒレ塊をステーキに、良いイカがありますから小さなお好み焼きを作りましょう。

まだ少し暑いかと思って、かぼちゃのビシソワーズを仕込んでいて正解でした。

明太子のサラダと一緒に前菜として出せますね。

何か急いで用意した方が良い予感がします。鉄板焼き用の野菜も切っておきましょう。

予約がない日で助かりました。

 

「提督」

「どうだった?」

「仕入れの関係でディナーコースは無理だそうですが、ステーキと鉄板焼きで如何でしょうかと」

「ステーキ!」

「ステーキ!」

「肉!」

「さ、さっきよりギラついてないか君達?」

「皆!目標!鳳翔の店!突撃用意!」

「はい!」

「ま、待て!主賓は人間!人間だから!」

「提督!連れて来てください!」

速い。

夕張が他の面々について行ってる・・・だと・・・?

タービン爆発しないだろうな・・・

そして、取り残された研究班以外の面々は、苦笑しながら言った。

「研究班の方々の底力って凄いですわね」

「まぁ、ぼちぼち行くかの」

「ええ。さ、虎沼さん、恵ちゃん、行こうか」

「お願いします」

「お父さん!行こっ!」

そして、扶桑は提督の袖を軽く引くと、

「鳳翔さんが、交際費の上限で予算を組んでくれましたよ」

と囁くと、提督と扶桑はにっこり微笑んだ。

「よし、お腹空いた!扶桑、行くぞ!」

 




はい。明日から連休という方も多いのでしょうかね?
如何お過ごしでしょうか。
私は飛び飛びですが用事があり、ほとんど投稿出来ないと思います。
というわけで2日連続で多めに投稿しておきましたので、連休中にゆっくりご覧ください。


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