艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

111 / 526
file65:阿武隈ノ名前

10月20日夕方 鎮守府迎賓棟、虎沼の部屋

 

「はー」

虎沼は阿武隈に案内され、虎沼にあてがわれた部屋に入るとぽかんとした。

壁といい柱といい、調度品は落ち着いた配色だが、見るからに高そうだ。

手触りの良い柱やドアなんて生まれて初めてだ。

「凄いなあ。阿武隈もこんな部屋に住んでるのかい?」

「今はね。ここは来賓が泊まる部屋なんだって」

「うわぁ、来賓待遇なんてされた事ないからなあ」

「豪華だよねえ」

「見た目は地味だけど高級感溢れるって凄いよな」

「シックだよねぇ」

「・・・あ、阿武隈」

「なぁに?」

「最初に言っとくけど、うちは並以下の家だからな。こんな豪華な部屋は無いぞ」

「どこでも良いよ。お父さんと暮らせれば楽しいし」

「・・・」

「どうかした?」

「なんというか、まだ半日だけどさ」

「うん」

「阿武隈が、実の娘のように思えて来たよ」

「そっか」

虎沼はそっと膝をつき、阿武隈をそっと抱きしめると、

「お前は、頼むから私を置いて死なないでくれ」

と言った。

そうだよね。お父さんは奥さんと娘さんを一度に亡くしてるんだよね。

「・・・・うん、解った。お父さんも長生きしてね」

「ははは・・解った。うん、解ったよ」

虎沼は、静かに泣いていた。

 

 

10月21日午前 鎮守府提督室

 

コンコン。

「どうぞ、開いてますよ」

本日の秘書艦当番である扶桑が声をかけると、阿武隈と虎沼が姿を現した。

「おはようございます」

提督が声をかけた。

「おはようございます。良く眠れましたか?」

「はい。おかげさまで」

「ま、ま、どうぞこちらへ」

その時、再びノックする音が響いた。

「どうぞ、開いてますよ」

「失礼します!研究班、参上致しました!」

「お、待ってたよ。さあ座りなさい。話を始めよう」

 

「ええと、それじゃ聞き取りはしっかり終わったんだね?」

提督は夕張に話しかけた。

「はい。データもバッチリ頂きました!」

「基本的に、阿武隈を人間に戻した後は会えないから、そういう意味で大丈夫だな?」

「えっ?」

阿武隈はびっくりしたように提督を見たが、提督は優しい目で見返した。

「寂しいかもしれないが、民間人の周りを軍がウロウロして良い事なんてないさ」

「そ、それは・・・」

「ちなみに、虎沼さんはどのようなお仕事をされているのですか?」

「鋼材の取引です。実物も扱う事があります」

「すると、海運関係に縁がある訳ですね」

「そうですね。安全を考えれば陸路でしょうけど、コストを考えれば船便は捨てきれない」

「恥ずかしい話、軍はまだ日本近海の安全すら確保していません。お勧めはしかねますけどね」

虎沼はポンと阿武隈の頭に手を載せた。

「・・・そうですね。今までならともかく、今後は、ね」

「輸送先は、国外もあるのですか?」

「ありません。国内の東京から九州の湾岸工業地帯がメインでしょう。」

「ふうむ。軍艦での輸送はコストがかかり過ぎるが、護衛なら行けるかもしれんなあ」

「でも、護衛費用をお支払いする程の余裕は・・」

「扶桑」

「なんでしょう?」

「遠征にタンカー護衛があったよな」

「はい」

「そっと鋼材運搬船に書き換えておけないか?」

「大問題になると思いますわ」

「遠征かクエストに追加出来ないかなあ」

「・・・どちらも全鎮守府が対象ですから面倒でしょうね。独自演習なら簡単ですけど」

「虎沼さん、船便での頻度は?」

「何とも言えませんが、船を求めるような大型取引は年に数回だと思います」

「我々がその時、御一緒するのは問題がありますか?」

「普段も含めて、娘の知り合いと縁が残るのはありがたいですよ」

「ふむ。やり取りが郵便になるからちょっと面倒ですが、知らせてくれたら出向きますよ」

「ええっ?」

「そのうち阿武隈も人間の友達が出来て記憶も薄れていくでしょうが、それまで、もし必要なら」

「てっ!提督!」

「なんだい?」

「わっ!私っ!深海棲艦から人間に戻してくれた提督さんを!皆さんを!忘れたりしません!」

「そうですよ、私だって娘の恩人を忘れたりするものですか」

「・・・そう、ですか」

「はい!」

「まぁ、気が向いたら手紙を書いておいで。研究室宛でも、私宛でも良いから」

「はい!」

「夕張。そういう事だから縁は残るけど、あまり邪魔するのはいかんぞ」

「そりゃそうよね。私達は兵装持って上陸出来ないし」

「そうなんですか?」

「威力の強い武器だからねえ。普通は本土の軍港に入港して、兵装を預けた後に外へ出る感じよ」

「その後は移動するのに水路使うなとか名乗るなとか、うっとうしい規則があるんだぜ」

「うっとうしいって言わないの。大事な事なんだから」

「はあい。まぁそういう訳で、行く事は出来るけど、手続きが色々あるんだ」

「なるほど」

「だから今から来いって言われても無理だぜ」

「そ、そんな失礼なことしませんよ」

「アタシ達はかまわねぇんだけどさ。ゴメンな」

「いえ、縁が残るだけで充分です」

提督が立ち上がった。

「よっし!じゃあ阿武隈を人に戻して、虎沼さんに娘として引き渡そう!」

扶桑がハッとしたように声をあげた。

「あ!そうだ!」

「な、なんだ扶桑?」

「大変!お名前考えてませんでした!」

「は?」

 

「そ、そうか・・・人間になった時の名前か」

「苗字は虎沼で良いですけど、お名前が阿武隈じゃ・・・」

「うん、人間の女の子として虎沼阿武隈さんじゃちょっとゴツすぎるな」

「早口言葉みたいですよね」

「今まではどうしてた?扶桑たちに任せてしまっていたが・・」

「女の子が希望する名前を付けてあげたり、皆で考えたり、色々です。決まりもありませんし」

「後で考えるのでも良いの?」

「いえ、手続きの中で戸籍登録をする際に必要になるので、割とすぐ要ります」

「そうか。戸籍な。そりゃそうだ・・・・阿武隈」

「えっ!?きゅ、急に言われても思いつかないですよ!」

「ハイ!」

「なんだ夕張」

「ハイヴィジョンとか格好良くないですか!」

「・・・さて、虎沼さん」

「華麗にスルー!?」

「は、はい」

「なにか候補はありますか?」

「・・・」

虎沼はじっと阿武隈を見て、言った。

「私は以前、事故で妻と娘を一度に亡くしたんです」

「それは・・御気の毒に・・」

「再び突然失うのが怖くて、人と知り合うのも、友人も作るのも怖くなった」

「・・・」

「この子は、私が職を失って、本当に困ってた時に助けてくれました」

「お父さん・・」

「だから今度は私がこの子をちゃんと育てて、世に送り出してあげたい。幸せにしてあげたい」

「・・・」

「そう思えるような出会いを天が恵んでくれた。そう思うんです」

「・・・」

「だから、単純ですみませんが、恵の一文字でめぐみ、というのはどうでしょうか」

提督は問いかけた。

「どうかな、阿武隈」

阿武隈はにっと笑うと、

「恵って呼んでね!提督!お父さん!」

虎沼は涙ぐみながら阿武隈の頭を撫で、

「うん・・・うん・・・めっ・・恵・・・良く来てくれた。よく・・来て・・くれた」

「お父さん、今からこれじゃお嫁さんになる時は大変そうだなあ」

「もっ・・もう嫁入り!?どんな相手だ!お、おおおお父さんに紹介しなさい」

「喩えだってば」

「そ、そうか・・・そうか」

提督は他の面々と顔を見合わせ、クスリと笑った。

こりゃあ、阿武隈、いや、恵ちゃんと結婚する相手はお父さんの説得に苦労しそうだ。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。