3月31日昼前、鎮守府
今日で、ここともお別れか。色々あったな。
鎮守府の外れに一人訪れていた木曾は、古びた木の桟橋を撫でた。
「ここから初めて海の上に出たんだったな。あれは怖かった」
提督に
「最高の勝利を与えてやる」
と言ってA勝利を持ち帰り、その立ち居振る舞いからダンディと評される木曾だが、実はかなり乙女である。
今一人で歩いてるのは、感傷に浸って涙を流したいものの、仲間が持つイメージを壊してはいけないという配慮だった。
ふと、桟橋の先を見ると、なにやら白い物が浮いている。
「・・・なんだろう、あれ?」
木曽が近づいていく。
「あきつ丸さんは余計な心配しすぎです」
まるゆは無事鎮守府に到着した事に胸を張った。しかし。
「お前、誰だ?」
ぎょっとして見上げると、眼帯をした怖そうな人が桟橋に立ってこちらを見ている。
え?え?この人が不知火さんなの?
「え、ええと、まるゆです。ここであってますよね?」
木曾が疑いの目を向ける。そもそもこんな艦娘見たことが無い。深海棲艦が潜水艦に化けた?
「お前、潜水艦か?」
まるゆは木曾の目が険しくなった事に怯えていた。鎮守府間違えた?というか私、潜水艦?
「あ、あの、まるゆは潜航輸送艇で、潜水艦じゃないんですけど、潜れるというか・・・」
木曾は疑念を深めていた。
「潜水艦なら潜れるだろう?潜ってみよ」
「えっ、えっと、えっと」
潜れば良いのでしょうか?不知火さんの居る鎮守府まで逃げましょう!
と、思ったまでは良かったのだが、まるゆの潜行の様子を見て沈没したと勘違いした木曾は、思わず助けてしまう。
「お、おい!沈没するぞ!」
「え?え?まるゆはいつもこの潜り方ですよ?」
そこに、笑いをかみ殺した不知火が現れた。
「木曾さん、すみません。その方は敵ではありません。ご安心を」
木曾は振り向いた。なんか不知火に見せてはいけない姿をみせた気がする。
まるゆは地獄に仏といった表情で不知火を見た。
「し、不知火さんでありますか?」
「ええ、私が事務方の不知火です」
「申し遅れました。初めまして、陸軍開発部のまるゆです。兵装の件で伺いました!」
「陸軍だったか。これは失礼した」
恐縮しながら桟橋の上に引き上げる木曾。
「いえ、あの、説明が下手でごめんなさい」
水飲み鳥のようにお互い頭を下げる木曾とまるゆを、不知火はそっと写真に収めた。
軽巡・雷巡の方に緊縮策を説得するのは、木曾さんに働いてもらいましょう。
「まるゆさん、申し訳ありません。最近、変な深海棲艦が出るので警戒してるのですよ」
不知火がフォローした言葉に、まるゆが驚いたように言葉を継いだ。
「あ、やっぱり海軍殿もご存知なんですね、あのヲ級を」
ヲ級?
木曾がまるゆの肩を掴んで揺さぶった。
「何か知ってるのか!教えてくれ!やつらは一体!」
まるゆの頭ががっくんがっくんと前後に揺れている。不知火はそ知らぬ風でシャッターを切った。
美味しい。美味しいです木曾さん。もっとです。
「す、すまない。本当にすまない」
工廠の奥、寄せ集めの机と椅子が並ぶ場所。ここは事務方と陸軍開発部が交渉する場所だ。
そこで木曾は、まるゆに平謝りしていた。
まるゆはまだふらふらとしている。揺さぶられすぎて目を回してしまったのだ。
不知火がお茶と羊羹をまるゆの前に置いた。
「遠路、そして色々お疲れ様でした。召し上がってください」
「わぁ、これが間宮羊羹ですね!いつもあきつ丸が美味しい美味しいと自慢するので楽しみにしてました!」
そう。普段の交渉はあきつ丸が来るのであるが、たまたま手が離せなかったのでまるゆが代わりに来たのである。
運があるのか無いのかよく解らない。
「それで、ヲ級の事なんだが」
一心不乱に、満面の笑みで羊羹を食べるまるゆを木曾が促す。
まるゆは名残惜しそうに羊羹を飲み込むと、話し出した。
「まるゆは今日、開発部からソロル沖を経由してこちらまで来たんです。その方が戦闘海域を避けられたので」
ここでまるゆはちびりとお茶を飲んだ。なんかリスみたいで可愛いなと木曾は思った。
「ところが岩場にヲ級が居て。慌てて潜ろうとしたんですが、なんだか様子がおかしかったのです」
「というと?」
「えっとですね、体育座りのような格好をしてて、こちらをちょっと振り向いて、すぐ向き直っちゃって」
「は?」
「それで頭を垂れてました。なんか落ち込んでるようなオーラ全開でした。だから全力で逃げてきました」
えっと・・・
木曾と不知火は顔を見合わせた。落ち込んでる深海棲艦?
「あの」
まるゆがおずおずと不知火を見て言った。
「お代わりを・・・」
もう羊羹食べたのか!いつ食べきった!?
不知火は心の中で突っ込みながら皿を受け取ったが、はっとした。
あ、つい受け取ってしまいました。意外とやる子?
「ふえええふえええ、凄いですよ凄いですよこれは!予想以上です!」
まるゆが資材置き場にある「出てきちゃった陸軍兵装」を見て驚きの声を上げた。
木曾は「これ以上居るとなんだか邪魔しそうだからな」と帰っていった。
「全部欲しいです!」
不知火は心の中でほっと息をついた。まず第1段階は成功。
「そうですか。ありがとうございます。助かります」
「ただ・・」
と、まるゆは表情を曇らせた。
「おっきい、です、ね」
「そうですね。戦車とかもありますし」
「まるゆ一人で持って帰るのは厳しいです」
「大量にありますからね」
「えっと、それじゃあ先に取引内容をまとめてしまって、交換は後日あきつ丸と伺います」
不知火が顔を曇らせる。
「それがですね、置いておけるのは明日の1100時までなのです」
「ええっ!?」
「1200時に監査が来るので、見つかる前に処分しなくてはならないのです」
「そっ!それは!一大事です!これは陸軍が頂かなくてはいけません!」
「では早々に取引をまとめましょう。今は使用中ですが、通信施設も後で使って頂いて構いませんよ」
「交渉はまるゆに一任されているので、応援だけ呼ばせてください」
「解りました」
不知火とまるゆは兵器毎の取引内容を早いペースで詰めていった。
不知火が密かに内心でビビる程の累計になっていくが、まるゆは眉一つ動かさずふんふんと言っている。
陸軍は新装備の開発に本当に注力しているようだ。
やがて、まるゆが顔を上げた。
「了解しました。全てそちらの条件で構いません!」
「確認を取らなくて大丈夫ですか?」
「はい。資源でのお支払いは助かります。開発部にある備蓄でいけますから」
「こちらも助かります。あと、資源の納品場所なのですが・・・」
まるゆと不知火は程なく握手をし、通信棟に入っていった。
「うひゃっほう!でかしたぞまるゆ!後でカステーラを2切れ遣わす!」
「ありがとうございます!」
「よし、私もすぐ向かう。輸送準備を頼む!」
「了解です!」
陸軍開発部で、通信機のスイッチを切ったあきつ丸はバンザイをした。
開発出来るアテもないのに、物資だけ渡されて上層部からせっつかれてた兵器が全部揃うなんて!
しかも物資払いなら開発したのに物資があるというおかしな事になることも無い!
期末で予算は使い果たしてたからまさに渡りに舟!なんて気配りだ!
ギリギリだ。ギリギリすぎるが間に合った!
頭痛の種が全部消えた!
これで来年度も開発が続けられる!
これぞ天恵!感謝します神様仏様文月様。
さぁ急ごう。最優先事項だ!
まるゆはビート板持ってバタ足で泳いでるという方に300ペソ。