艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file63:虎沼ノ準備

10月20日昼 鎮守府入口の港

 

「・・・・・。」

虎沼はきょろきょろと周りを見渡した。

洞窟内では沢山の人(?)が作業をしており、カーンカーンという鉄のぶつかり合う音がする。

奥の方では少女らしき人影が「よっし!3連続三式キタコレ!」などと叫んでいる。

島の上の方では大勢が動く気配がするし、「イチ、ニ!イチ、ニ!」という号令も聞こえる。

10月とはいえ日本とは明らかに違う気候。

カラッとしているが、3シーズン用のスーツでは暑すぎた。

虎沼は額の汗をぬぐった。

送って来てくれた艦娘は「待っててくださいね!」と言ってたが、この後どうなるのだろう。

 

 

10月18日夜 虎沼の自宅

 

補給隊の仕事が目に見えて減り始めた頃から、虎沼は副業の準備に動いた。

鋼材相場への参戦。

鋼材置き場に小さな事務所を建て、市場にアクセスする為の機材やインフラを整備した。

9月中旬、補給隊の解散連絡を受けて準備を加速させたが、潤沢ではない予算に四苦八苦した。

それらがやっとまとまり、準備が整ったのである。

これからが本当のスタートではあったが、虎沼は感無量だった。よし!これから頑張ろう!

そう思いながら帰ってくると、家の郵便受けに厚い封筒が届いていた。

親展や速達の指定、差出人に海軍の文字を見て虎沼は嫌な予感がした。

まさかあの鋼材を差し押さえるとか言ってくるんじゃあるまいな。あ、それは税務署か?

部屋に戻り、着替えもせず畳に座る。厚みはあるが重くは無い。

ビリビリと開封して取り出してみると、「招待状」と記されたカードが入っていた。

招待状?

虎沼の頭の上にハテナマークが点いた。

海軍に招待されるような貢献をした覚えはない。

もし艦娘取引に加担している事がバレたのなら、今頃逮捕されてる筈だから逆だ。

あ。

艦娘といえば大隅。人間に戻る為の入院(?)先が決まったのかな?

海軍ならありえるかもしれない。

カードを読み始めた虎沼は呆気に取られた。

果たして大隅の件だったのだが、相談があるので迎えの船に乗って来てほしいという。

それで招待状なのか?

よく解らんが、入院の保証人になってくれとかならお安い御用だ。

集合日時は・・・へ?19日の2000時って・・・明日じゃないか!

ま、まぁ、私は無職だし、準備は今日で終わったし、明日から急ぎの用件も無い。

行けると言えば行けるな。軍隊さんはいつもこうだよ。しょうがないなあ。

行先は・・ソロル鎮守府?

ソロル?どこだ?東南アジアの方だったかな。

あ!軍隊と言えば何着ていけば良いんだ?

営業用のスーツは着潰してボロボロだからさすがにみっともない。

うーむ、明日1着買ってくるか。

 

 

10月19日午後 市街地

 

「そりゃそうだよな」

虎沼は苦笑いした。日本で10月下旬といえば、店では冬物が幅を利かせている。

むしろ冬物すらバーゲンになりつつある。

スーツも例にもれず、夏物なんて売れ残りが数えるほどしかない。

一応袖を通してみたが、どこのチンピラだよという風情で、売れ残るのも納得という代物だった。

なんで濃紫の布に銀の糸でスーツ縫おうと企画したんだよ。会社潰れるぞ・・・

こんなの着て行って大隅が鎮守府内で肩身の狭い思いをしたら可哀想だ。

仕方がない。ソロルが赤道直下でない事を祈って、バンカーストライプの3シーズン用を買うか。

「すみません」

「いらっしゃいませ」

「このスーツ欲しいのですが、特急裾上げでどれくらいかかります?」

「お待ちくださいね・・・今なら1時間ほどです」

「じゃあお願いします」

「採寸しますので更衣室へどうぞ」

 

店員に裾を測ってもらいながら、虎沼は考えていた。

Yシャツは何枚買っておこう。

あれ?そういえば何日間なんだ?集合日時しか書いてなかった。

そもそもソロルに着くまでに何日かはかかるよな。船便だもんな。

「それではあちらでお会計を」

虎沼は店員について行きながら、束売りの白Yシャツと下着、そしてネクタイを掴んだ。

とりあえず1週間分、あと紺のネクタイなら大抵大丈夫だろ。

あれ、大きい旅行鞄あったっけ?洗剤や歯ブラシもストックあったかな。

「こちらが引換券になります。それでは1時間後、16時にいらしてください」

まずい!もう15時じゃないか!仕上がったら帰宅して荷造りして・・間に合うのか?!

「よっ、よろしく頼みます!」

虎沼は日用品コーナーに駆け出した。

 

 

10月19日19時58分 港

 

「あっ、お客さん!御釣り御釣り!」

「取っといてくれ!」

虎沼はタクシーに叫び返すと、全力で桟橋に走った。

くそ、1週間分の物を詰めたカバンが重い!でも捨てる訳にもいかない!

どこだ?どこに船が来てる?

桟橋まで辿り着いたが、船は見えない。

時計を見ると、20時丁度だった。

「ぜはー、ぜー、はー、えほっえほっ!」

普段運動なんてしてない上に、ここのところ毎日、事務所の机や棚を設置してたからな。

筋肉痛で走るのはきつい。

しかし、20時に集合と書いてあって20時に来たからと言って、もう居ない筈がない。

虎沼は改めて招待状を見る。もう矢印が指し示すド真ん中の位置。絶対ここだ。

「す、すみませぇ~ん」

人の声に桟橋を振り返るが、誰も居ない。あれ?

「こっちです~お待たせしました~」

海の方から声がする?

虎沼が声の方に目を凝らすと、真っ暗な海に2人の艦娘と、曳航している舟の姿があった。

それが間近まで来たとき、一人が声をかけた。

「あ、え、えと、お名前確認して良いですか?」

「虎沼です。迎えの方ですか?」

「はい。私は名取と言います。こっちが時雨ちゃん・・じゃなかった、時雨さんです」

「僕は時雨。よろしくね」

「ど、どうも。初めまして」

桟橋の上と海面で少しぎこちない挨拶が終わった後、名取が船を寄せた。

「じゃ、じゃあ、この船に乗ってください。私が引っ張りますので」

「・・・あの」

「はい?」

「ソロルまでは何時間位なんですか?長いなら、トイレとか行った方が・・良いですよね」

ちらりと虎沼は舟を見た。

屋形船っぽい外観だが、全長は短い。どうみても1テーブルあれば良い方だ。トイレがあるかも微妙。

これで外洋に出るというのか?

「中にお手洗い付きの部屋がありますよ。あ、今、限界ですか?」

ええい、ままよ。

「それなら大丈夫です。よろしくお願いします。ソロルにはいつ頃着くのですか?」

時雨が答えた。

「明日の昼前頃だと思うよ」

「荷造りで駆けずり回ったので、少し寝てても良いでしょうか?」

「大丈夫。あと、途中1度中継地に寄港する。けど、下船は出来ないよ」

「はい、軍事上色々制約があるのは存じてますので」

「助かるよ。明日の朝食は航行中になるから、舟の中で食べて欲しい」

「解りました。道中お世話になります。よろしくお願いいたします」

酔い止めに水。準備はしてあるさ!

 

 

10月20日昼 鎮守府入口の港

 

拍子抜けするほど揺れなかったなあ。

工廠に仕舞われていく、乗ってきた舟を見て虎沼は首を傾げた。

あんなに小さい舟で外洋なんて出たら文字通り3次元に揺すられてゲロゲロになるかと思ったのに。

世間一般の常識とは違うのかもしれん。軍の技術は凄いなあ。

その時、研究室と書かれたドアが開き、少女が姿を現した。茶色の髪。まだ幼い感じだ。

あの子も艦娘なのだろうか。

あれ?こっちを見て手を振ってる。

「おっ!お父さん!お父さぁん!」

虎沼はぽかんと口を開けた。誰?

 

 





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