艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file61:タ級ノ依頼

11月6日朝 某海域

 

「スマナイ。本当ニ、スマナイ」

リ級は驚いた。前の日の未明まで寝続けて帰ったル級が、またぐったりしている。

カ級に事情を聞くと、帰って眠った所、再び悪夢を見たらしい。

沢山寝られて安堵した後だっただけに、その失望と恐れおののく姿は周りが心配するほどだった。

そして、結局また一睡も出来ないまま今に至ってしまったのである。

どうしたら良いか。リ級もさすがにお手上げだった。

今日は金曜日。あまり借りばかり作るのは好きではないが、頼むしかない。

これはいよいよ、あの子を嫁に出さないといけないかしら、ね。

ヘくちっ!

リ級が見つめる先で、タ級は小さくくしゃみをした。

 

「よーっし!今日も張り切ってカレー売るぜ!」

「売ってないよ摩耶ちゃん」

「いーんだよ!お客様に対する気持ちで頑張るんだよ!」

「本当にバイト感覚になってきたね」

鳥海は微笑ましく光景を眺めていた。

先月、ホ級を阿武隈に戻せたという出来事があって以来、研究室の雰囲気が急速に良くなった。

一丸となって取り組めばとんでもない難題でも何とかなる。そんな空気だった。

そして、島風や夕張が熱心に掃除や準備、後片付けに関わるようになった。

やる気に満ちているというのは良いものですね。今日も張り切って掃除しましょう!

竹箒を持ってサクサクと掃き進めた、その時。

眼前の水面がブクブクと泡立ったかと思うと、タ級が姿を現したのである。

 

「・・・え、ええーっ!?」

タ級から事情を聞かされた鳥海達は考え込んでしまった。

轟沈する夢にうなされる深海棲艦を何とかしてくれないかって・・・・

目を瞑って考えていた摩耶がカッと目を見開いたかと思うと、

「奇怪な相談は奇怪な人に頼むのが一番!」

「だ、誰の事言ってるのよ。私は違いますからねっ!」

「んなもん提督に決まってるだろ!ちょっと行ってくる!」

 

ふえっくしん!

うー、最近寒くなってきたから風邪引いたかな。

風邪なあ・・・風邪・・・うーん・・・

そして秘書艦当番である長門に向かって言った。

「なあ長門、鍋焼きうどんの作り方知ってる?」

「・・・解らん」

「そうだろうね」

「ならなんで聞いた?暖まりたいのなら主砲1発撃ってやろうか?」

「飛んでくる砲弾で暖まるかもしれないが次の瞬間に粉微塵になるから止めてください」

「んー、今日は金曜だから昼飯はカレーだぞ?」

「カレー鍋焼きうどん・・・いかにも軍服めがけて飛んできそうだよな」

「合体させるな。誰もそんな事言ってない」

「そういや岩礁にも行ってないな」

「まだ仕事が残ってるだろ。そもそもまだ10時半じゃないか」

「はあい」

提督は考えた。プチ脱出って面白そうだよな。

長門は察した。プチ脱出とか考えてそうだな。

提督と長門は顔を見合わせ、フフフフフッと笑いあった。

 

「よっし、これで朝来た分の査読と承認終わりだな!」

「・・・・・。」

「どうした長門、具合でも悪いのか?」

「い、いや・・おかしいな・・ぶつぶつ」

「じゃあ、私は、これで」

「何を名取みたいな事を言ってる!まだ11時過ぎじゃないか!」

「だから、昼ごはん食べに行くんだってば」

長門はジト目で提督を見た。

「神田か?築地か?それとも大阪とかいうのか?」

「どこまで昼飯食べに行くんだよ私は!そんな所まで行かないよ!」

ますますジト目になった長門が口を開きかけた時、提督室のドアがノックされた。

「どうぞ!」

長門ははっとして後ろを見た。脱出の支援艦隊か?

 

「提督、ちょっと頼みが・・・ひっ!」

摩耶は提督室に入るなり悲鳴を上げた。長門が恐ろしい形相でこちらに主砲を向けていたからだ。

「な、なに?アタシ、何かしたか?」

「これから何をするつもりだ?支援艦隊か?白状しろ!」

「え?え?え?何?」

「長門、私は何も頼んでないよ。カレー食べたいといってから部屋も出てないじゃないか」

「いーや!提督はどんな妖術を使うか解らん!」

「妖術ってなんだ。私は妖怪か?」

「妖怪の方がまだ質が良い」

「妖怪より質が悪いって言われたよ。どうしたら良いかな摩耶?」

「とりあえず、夫婦喧嘩ならアタシの用件の後でやってくれよ」

「おぉ、そうだな。先に聞こうか。長門、いい加減に仕舞いなさい。何も頼んでないから」

「・・・・・本当だな?」

渋々長門が主砲を仕舞い始めた時、摩耶が言った。

「で、提督、悪いんだけど岩礁来てくれないか?」

長門がぴくんと反応した。

「提督っ!貴様油断させて騙し討ちとは卑怯だぞ!」

「なっ!?ホントに何もしてないって!」

「なら何故こんなタイミング良く摩耶が岩礁に来いって言うんだ!」

「本当に知らん!」

「次はあれか?カレー鍋焼きうどんの試食でもしてくれって言って連れてくのか!」

「はぁ?何だそれ・・・あ、でも、冬のメニューに良いなそれ」

「提督ぅぅぅぅぅ!」

「違っ!本当に!本当に知らないから!」

「一体何なんだよ・・・とにかく説明聞いてくれよ・・・」

 

「ふうん、悪夢で寝られない深海棲艦ねえ・・・」

「医者に行け・・・とも、言えないしさあ・・・」

「うーん、でも人間や艦娘に戻りたい訳じゃないんだろ?」

「そこは聞いてないけど、聞いてないって事はそうだろうな」

「どうしたら良いか皆目見当もつかんな・・・」

「そうなんだよ。だから提督を呼びに来た」

「なんで?」

「変なコト大好きだろ?」

「一体どういう情報源から出た話なのかカレー食いながら2時間ばかりお話しようじゃないか」

「長ぇよ、カレーなんて5分で食える」

ふぅむと提督は腕組みをした。接触した深海棲艦は少ないが、共通する事は悩みを抱えてるって事。

悪夢もまた、悩みや心残りから来るものだろう。

だとすれば、話を聞いてみるのは1つの手がかりになるかもしれない。

「相手のクラスは?」

「Flagshipのル級。大きな部隊のボスらしい」

長門が口を開いた。

「幾らなんでも許可出来んぞ。もし部下と大暴れしたらどうするんだ」

「治してくれなかったって逆恨みされたら全部隊を率いてやって来るかもしれんぞ」

「前の鎮守府のようにか?」

「そうだ。あれも誰がやったか解らんしな」

「・・・最低でも護衛は付けるぞ」

「そうだね。戦艦相手となると長門には来てもらわねばなるまい」

「部下が来ることを想定すれば私一人では難しいぞ」

「今日は金剛4姉妹は居るんだっけ?」

「ON当番だからダメだ」

「あちゃ。そうすると、オフの戦艦は誰だ?」

「伊勢、日向、山城、扶桑だな」

「まんま第1艦隊じゃないか」

「それくらい連れて行って良かろう。個人的には全艦娘に招集をかけたいくらいだ」

「・・・解った。伊勢達に招集をかけてくれ」

「よし」

「摩耶、私達はいつ行けば良い?」

「最終枠にするから17時だな」

「17時!?昼食にもおやつにも遅すぎるだろ。それじゃ晩御飯じゃないか!」

「昼飯食べてから来れば良いだろ!」

「そっか、それもそうだな」

「じゃ、17時ちょっと前には来てくれよなっ!」

摩耶は岩礁に戻って行った。

 

「随分鎮守府の活動と遠い所まで来ちゃいましたね~」

扶桑が呆れたように言うと、

「お人好しにも程があるんじゃないの?提督」

と、山城が続け、

「まぁ、ヒマだったから良いけどね」

とは伊勢の弁で、

「朝の仮想演習サボっといてよく言うな」

と、日向が溜息交じりに言った。

長門が口を開いた。

「良いか、相手は相談しに来るとはいえFlagshipのル級だ。部下も居る可能性がある!」

「提督に身の危険が迫る恐れがある場合は、脱出組と迎撃組に分かれて対応する。」

「伊勢、お前が一番装甲が固いから提督を連れて脱出しろ!」

「いいよアタシは迎撃で。こういう時は夫婦で脱出するのが良いんじゃない?」

「えっ?」

「長門が奥さんでしょ?鎮守府の誰もが知ってるよ?」

提督が口を開いた

「私は初耳だけど?」

「だって年に何回も夫婦で旅行してるじゃん」

「あっ、あれは提督が脱出するから追っかけてるだけだ!」

「あー、なるほど。そう見えるのか。なるほどなあ。いやぁ照れるなあ」

「感心してる場合か提督!」

「長門は私じゃ嫌かな?」

「んなっ!?・・・い、いや・・き、キライでは・・・ない・・・」

「ひゅーひゅー、やっぱり夫婦じゃない!しっかり逃げなさいよ!」

「あぁ暑い暑い。冬なのに暑いわあ。壁に大穴開けて風通し良くしましょうか?」

「末永く幸せにな」

「結婚式の日取りは事前に教えてくださいね。藁人形送りますから」

「扶桑さんさりげなく怖いです」

「うふふふふふ」

提督は溜息を吐くと、

「出来るだけ有事にならないようにするが、万一の時はよろしく頼む。信じているぞ」

というと、艦娘達はピッと背筋を伸ばし

「解りましたっ!」

と、答えた。

 


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