艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file59:二人ノ阿吽

11月1日午後 鎮守府提督室

 

「そうかそうか、順調に来始めたか」

提督は安堵の表情でほっと一息吐いた。

毎月月初は各班からの報告が相次ぐ事になるが、今は広報班の時間だった。

秘書艦当番である赤城が口を開いた。

「それで、異動と派遣とどちらの要請が多いのですか?」

衣笠が答えた。

「そうですね、両方興味を持つ司令官が多いですが、最終的には異動が多いですかね」

青葉が継ぐ。

「一定期間のお手伝いだと帰る時に寂しいとか、折角鍛えるのだからずっと居て欲しいと」

「どちらの意見も妥当ではあるな。手塩にかけて育てるものだしな。」

「今月中に私達が建造した艦娘達はほとんど異動する事になります」

「そうか。あの子達はLV1からずっと教育を受け、教材の作成等にも手を貸してくれたんだよな」

「はい」

「異動先で楽しく過ごして欲しい。本当にそう思うよ」

「送別会を早めにやっておきますか?」

「そうだな。行先は皆違うし、時期も別れるから、揃っているうちにしてあげようか」

「手配しておきますね」

「うむ。さすが赤城だ」

「派遣の方は講師役としての期待の他、自分が使いこなせるか知りたいという話もあるんですが」

「それ、役に立つか事前に試したいって事じゃないのか?」

「はい。少し艦娘として大事にしてくれるかという点で気になりました」

「契約違反ならばちょっと第1艦隊連れて御挨拶に行かないといけないねえ」

「目が座ってますよ提督?」

「んー?球磨多摩にちょっと引っ掻いてもらうだけだよ」

「鉤爪で?」

「YES」

「・・・ちっとも穏やかじゃないです。断っておきます」

「そーかー、残念だなー」

「棒読みです提督」

「となると、やはり異動プランメインで展開した方が良さそうだね」

「私達も同意見です。後は私達が事後巡回しても良いかなと思ってます」

「なるほど、異動後の様子を取材とか理由もあるし、私が動くよりは騒ぎにならないか」

「はい。元々鎮守府を巡ってるわけですから、ついでに回れる範囲で回れば負担も少ないです」

「広報班としては人員は足りてるかな?」

「記者の数と印刷要員が足りません!」

「それはソロル新報の話でしょ。却下です」

「しょっちゅう座敷牢に入れられるから取材が滞るんです!」

「座敷牢に入れられるようなエグい取材をするから悪いんです!」

「この前の不知火さんと提督の熱愛も握りつぶされましたし!」

「だから人聞きの悪い事を言わない!一般交際費にしてくださいって事務方と話してただけだ!」

「普通の交渉なのになんで不知火さんがうるうる泣きながら抱き付いてるんです?」

「ふっ。青葉、何度も私が同じ手に引っ掛かると思うなよ。煽ってもノーコメントだ」

「ちっ。飛ばし記事書いてやる」

「また今夜も座敷牢で大根おろし食べたいの?」

「衣笠ぁ、あなたが敵の味方してどうするんですか!手伝ってくださいよ!」

「手伝ってるでしょ。まともな記者活動をしてくれるのを応援してるだけです」

「エンタメ欄はソロル新報の一番人気のコーナーなんですよ!」

「青葉が書きたいってだけでしょうが!」

「違います!エンタメ欄に良いネタがあると発行部数が急増しますもん!」

提督は溜息を吐いた。確かに女の子だから噂好きなのは解る。ゴシップ物は特に。

ただ、鎮守府内では確実にネタ切れになる。だからより過激な方向に走るようになる。

それは読者側もそうだろう。

・・・ん?

「青葉」

「何ですか提督。観念して単独インタビューに応じる気になりましたか?」

「そんな生贄みたいな事しません。じゃなくて、巡回先の鎮守府の様子を記事として書いたらどうだ?」

「だって司令官堅い人ばっかりなんですもん」

「司令官じゃなくても艦娘でも妖精でも良かろうに」

「あ」

「向こうの鎮守府に青葉が居る事だってあるだろう?」

「おお」

「勿論座敷牢は健在だから、変な飛ばし記事書いたら即入獄です」

「うえー」

「他の鎮守府に迷惑をかけないように、ちゃんと見聞きした事を書くなら許可します」

「・・・・。」

「ここで探し回ってもネタに困る日は近いだろう?」

「ま、まぁ・・・」

「どうかな?」

「そんな事言って提督、自分が取材を回避したいだけじゃないでしょうね?」

「いっ、イヤダナ青葉サン、ソンナコトナイデスヨ?」

「深海棲艦みたいな喋り方になってますよ提督」

「だってもう飛ばし記事で変な噂立てられるの嫌なんだもん!」

「あ、本音ぶちまけた」

「来たばかりの受講生から「お茶かけられるのが好きって、変わった趣味ですね」とかクスクス笑われるし」

「あの記事は良く売れました。今もまだ増刷してます。」

「だから!ちゃんと事実を書きなさい!ていうか増刷するな!」

「軍服が真緑になるまでお茶かけられたのは事実じゃないですか!」

「かけられるのと趣味として愛好するかは別な事くらい解るでしょ!」

「じゃあ趣味と性癖を今すぐ教えてください!」

「なんで性癖まで言わにゃならんのだ!私は至ってノーマルだ!」

「そんな人に限って踏まれるのは普通ダヨネとかロリ妻最高ですとか真顔で言うんですよ!」

「違います!文月は大事な娘です!そういう対象じゃありません!」

赤城と衣笠は肩をすくめた。提督は自爆し過ぎ。

肩で息をしながら提督は青葉を指差すと、

「とっ、とにかく、ソロル新報のエンタメ欄は今後他の鎮守府の事を書くように!」

「えー、目の前にネタの宝庫があるのにぃ」

「本気で発禁処分食らわせるぞ」

「横暴です!」

「横暴でも横棒でも横須賀でも構わん。これは命令です」

「しょうがないですねえ」

「おっ、言う事聞いてくれるのか。感心感心」

青葉はネタ帳を閉じながら思った。エンタメ欄と別に鎮守府の噂コーナーを作りましょう。

禁止されたのはエンタメ欄だけですからね。

衣笠がジト目で言った。

「青葉、新しい名前のコーナーで継続ってのは編集長として許さないからね」

「えっ!そんな事考えてたのか青葉!」

「なんでバラすんですか衣笠!折角丸く収まってたのに!」

「ちっとも丸くないよ!トゲトゲだよ!」

「宝は逃しません!」

「だめです!」

「あーもう!私の記事は禁止!禁止ぃぃぃ!」

「ソロル新報に死ねと仰るのですか!」

「私に頼らずやっていきなさい!」

「バンバン自爆する提督が目の前に居るのに他のネタなんて不自然極まりないじゃないですか」

赤城と衣笠は頷いた。指摘はもっともだ。協力はしないが。

「よし!じゃあこうしよう」

「何ですか提督」

「見聞きした事を、曲げずに、飛ばさずに、私の許可を得て書きなさい」

「面白い要素が全部飛んでるじゃないですか!タレ抜きの牛丼なんて誰が食べるんですか!」

「偽装のソースがかかりまくりって事じゃないか!」

「そのくらい皆解ってますから!」

「噂が独り歩きしてるんだよ!」

「75日で消えますよ!」

「増刷してるからいつまでも1日目じゃないか!」

「増刷しなかったらオークションで高値が付いちゃいますよ?」

「火を消してくれ頼むから」

「興味を持った人は大切な読者です!」

「そういや日曜版まで出始めたな」

「おかげさまで一日20部はコンスタントに出るようになりましたからね」

「文字通り私の噂でもってるんじゃないか!」

「次は50部、いや、100部目指しますよ!ゆくゆくは全国紙に!」

「やめてくれ。全国津々浦々に私の飛ばし記事なんて嫌過ぎる」

「大丈夫です提督。私が掲載を許可しませんから」

「き、衣笠さんが仏に見える。拝んで良いですか?」

「拝むよりお布施ください」

「よしよし、持って行きなさい持って行きなさい。大納言羊羹をあげようじゃないか」

「わ!ほんとにくれるんですか!ありがとうございます!」

「その代わりよろしく頼むよ」

「お任せください提督サマ」

「おぬしも悪よのう」

「お代官様にはかないませんよ」

「ウッシッシッシ」

「ヒッヒッヒッヒ」

「あの、提督、衣笠さん」

「なんだね赤城さん」

「青葉さん、撮影してますよ?」

「いっ!?」

「あっ、赤城さん!シーッ!シーッ!大スクープ・・・あ」

「では衣笠さん」

「はい、押収して座敷牢ですね」

「察しが良くて助かるよ」

「お任せください」

「ちょ!何この癒着!だ、談合!談合です!」

「では提督、広報班、作業に戻りますね」

「青葉も衣笠も無理はしないように」

「お任せください。では、失礼します」

パタン。

 

ふぅと息を吐く提督に、赤城がにこにこと話しかけた。

「本当に、提督は青葉さんに甘いですよね」

「いやいや、そんな事ありませんよ?厳しく行ってますよ?」

「広報班の現状を考えたら座敷牢入ってもたかだか数時間、長くて半日。むしろ休憩ですよね」

「お、おや。そーかー。ぜーんぜん気付かなかったなー」

「目が泳いでますよ」

「うっ」

「だからこそ、衣笠さんも安心なのでしょうけど」

「・・・。」

「それで、提督」

「なんだい?」

「そろそろお茶にしましょうか?」

「ん?まだ2時半じゃないか。3時のおやつには早いだろ?」

「それまで、羊羹の現在の備蓄についてじっくりお話を」

「えっ?」

「先程出してこられた位置、この私とした事が哨戒不足でした!」

「いや、別に全部把握しなくても」

「索敵は戦果の命運を分けます!敵機を見逃したら大変です!」

「それはそうだけど、かと言って私の羊羹の備蓄量を赤城が把握しても嫌な予感しかしないよ?」

「失礼な!私は少しでもミスを減らすべく努力しようとしているのに!」

「はあ。で、どうしようというの?」

「訓練として15時までに室内の甘味を全て索敵しますから、答えあわせをお願いします!」

「答えをあわせたら?」

「もちろんおやつタイムです!」

「要するに大納言の羊羹が食べたいのね」

「狙いは本練黒蜜羊羹です!ありそうな気配がします!」

「変な方向に近代化改修しなくてよろしい。まぁ良い。久しぶりに訓練に付き合おうか。」

「頑張ります!」

「イベント出撃もそれくらい高いモチベーションで臨んでほしいなあ」

「艦載機発艦中に話しかけないでください!」

部屋中を飛び回る彗星と、1つ1つを制御する赤城を提督は眺めていた。

少し食い意地は張っているが、赤城は加賀と並び、押しも押されぬ最強の空母だ。

冷静な加賀と温厚な赤城、この絶妙な二人の会話が戦場で皆の士気を高める。

寝食を、時間を共にし、戦い続けてきた2人だからこその掛け合い。

阿吽の呼吸、しなやかに曲がる強さ。これこそ我が艦隊の強さの真髄だ。

うんうんと頷く提督を横目に、赤城は彗星に指示を飛ばした。

「羊羹5本目!引き続き手を緩めるな!効率よく探せ!」

提督はぎくりと目を開けた。えっ?もう5本目見つけたの?

ちらっと金庫を見て、すぐに視線を戻す。

金庫に隠した栗羊羹は長門さえ知らない筈だし、彗星も金庫には近寄ってなかった筈。

い、いや、うっかり言葉にしたら本気で全部食われる。最後まで黙秘しなければ。

赤城は提督から視線を戻した。どうやら5本は間違いなくあるようですね。

今は3本しか発見してませんが、あと15分の内には必ず見つけます!

まずは提督がチラ見した大型金庫を重点的に捜索しましょう!

見ているようで無意識に外していました。いけませんね!

 


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