艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file58:幸運ノ前髪(後編)

10月15日昼 鎮守府食堂

 

「そういえば不知火さん、今日はどうして艤装をつけてるんです?」

食堂の奥に場所を確保した一行は、楽しそうに料理を食べ進んでいた。

「あぁ、これは文月の指示なんです」

「文月さんの?」

「ええ。実は先日、時雨さんがたまたま工廠で元の兵装をつけたら起き上がれなくなりまして」

「へっ?」

「工廠長から、あまりに長い間兵装をつけないと筋肉が落ちるんじゃないか、と」

「そういうものなの?」

「解りませんが、それで月に1度、兵装を背負って仕事する事にしたのです。ただ・・」

「なんかあったの?」

「恥ずかしい話、凄く重くて・・・それに、艤装が書類に引っかかったり入り口にガツンと」

「新人の艦娘が良くやるアレね・・って、貴方達LV30超えてるじゃない」

「そうなんです。だから、月1といわず、もう少し背負ったほうが良いかと思い始めて」

提督はふーむと腕を組んだ後、

「人間に戻るかい?私はそれでも構わないが」

と言った。

不知火はパッと目を輝かせた。

「えっ、それは、あの、提督の娘として認めて頂け」

「ぅおっほん!」

加賀がわざとらしく大声で咳払いをした。

たった今、この食事会の謝罪の念は消えました。本気で行かせて頂きます。

 

「そっ、それにしても本当に良かったね、戻れて」

提督は加賀の背後に燃えさかる般若の気配を感じ取り、素早く話題を切り替えた。

「はい!何だか景色が輝いて見えます!」

「後は手続きをして、人間に戻るだけだね!」

「あっ、あのっ、今更ですけど、ありがとう、ございます」

「礼なら夕張達に言いなさい。そうだ。帰る前に1度、虎沼さんとここで会うと良い」

「本当ですか?」

「折角南の島に居るんだ。遊んで帰ってもバチは当たらんよ」

「わ、私、しばらくここで働きます」

「えっと、どうして?」

「私、前の鎮守府で、補給してもらうだけで役に立てなかったのが心残りなんです」

「うん」

「だから、ここでも、艦娘に戻してもらうだけ戻してもらって、何も貢献出来ないのは苦しいです」

「そうかな、夕張」

「んー?」

「今回の事で、研究班は直す実例が1つ出来たんだから、色々参考になっただろ?」

「今日の事を取り逃したのは大失態でしたけどね」

「でも、君達は覚えているだろう?」

「そうですけど。データは残せなかったし」

「君達が記憶してる事を文章として書き残すことも、データじゃないのかな?」

「・・・あ」

「阿武隈」

「はっ、はい!」

「さっきは行き過ぎだけど、夕張達は今後も、深海棲艦を艦娘に戻す活動をしていく」

「・・・」

「それは君と同じように、喜びを得る艦娘を増やす事になる」

「喜びを・・得る」

「うん。今後成功する手がかりにする為、今日君に起きた事を、夕張達に残して欲しいんだ」

「・・」

「時間は戻せないけど、覚えているうちにどんな小さな事でも良いから話してあげて欲しい」

「・・・」

「どれが役に立つかは解らないけれど、きっと積み重ねたら正解にたどり着く」

「・・・」

「力を貸してくれるなら、それを頼みたいな」

「私の記憶が、役に・・立つんですか?」

「間違いなくね」

「・・・ゆ、夕張さん」

「なぁに?」

「さ、さっきはゴメンなさい。この後、もう1度研究室に行きます」

「え?」

「それで、朝から夕張さん達とした事を1つ1つ思い出してみます」

「・・・」

「何か言ってない事とか、私だけが知ってる事があるかもしれませんし」

「・・でも、良いの?結構辛い事話してたよ?」

「ううん、もう大丈夫。今、提督さんに、私を認めてもらえたから」

「ん?阿武隈は立派な軽巡だぞ?それがどうかしたか?」

「えへへ・・・だから、夕張さん、付き合ってくれませんか?」

「もっちろん!徹夜してでも付き合っちゃうわよ!」

「あっ、明日もちゃんとやりますから、夜は寝かせて・・欲しいです」

「仕方ないわね。じゃあ、時間が勿体無いからさっさと戻りますか!」

「はい!」

「それにしても定食美味しかったです。御馳走様!」

「私までご馳走様というのは久しぶりだなあ」

不知火はぎょっとした顔で提督を見た。

「えっ、提督のおごりではなかったのですか?」

「その予定だったのだが給料日前で手持ちが小銭しかないんだ。すまない」

不知火は背筋に嫌な汗をかいたが、他の面々はご機嫌だった。

「研究室の祝勝会だしね!」

「高いの食べさせて頂きました!」

「じゃ、研究室に戻りましょう!」

「はい!頑張ります!」

「あ、あの、ええっ?」

目を白黒させる不知火に、加賀が涼しい顔で言った。

「ここは提督室のカードで払っておきますね。不知火さん、領収証は研究室付で良いのかしら?」

不知火が目を見開いた。牛煮込みハンバーグの最後の一切れをごくりと飲み込む。

あ・・この食事・・・加賀さん・・・まさか・・・

その時になって、龍田の休日特別講座の一コマが思い出された。

 

「相手と円滑な合意形成にはギブアンドテイクが不可欠ですね~」

「ここで質問。文月さん、比較的優しい案件の場合、どのように使いますか?」

「はい。先に利を得てから借りを後日早めに返します」

「時間の経過と共に期待値が利子のように増えますからね~。では、極めて難易度が高い場合はどうでしょう?」

「その時は、先に相手に利を渡して、身動きを取れなくします」

「うーん、半分正解ですね。では不知火さん、残りは解りますか?」

「えっ!えっ、ええと、ええと・・・すみません」

「では学んでいきましょうね。正解は、気付かれないようにする、です」

「き、気付かれないように利を渡す?どういう事ですか?」

「そうねえ、例えば事務方に来る依頼で一番NGにするのはなぁに?」

「ええと、税務上合致しない一般交際費の請求でしょうか」

「飲み会とか食事会とかね~」

「そうです」

「でも、不知火さんも一緒に喫食したとしたら、審査に手心を加えませんか?」

「そういう気配を感じたら誘いに応じませ・・・あ」

「はい、そういう事です。アウトかセーフか危ないなら、先に不知火さんを巻き込んでしまう」

「うわっ」

「厳密に言えば買収ですが、他の理由があればセーフですし、これでNGにすれば極めて後味が悪い」

「そ・・・そうで・・すね」

「こういう手を、テイクアンドギブ、とでも申しましょうか~」

「・・・・」

「皆さんも必要に応じて繰り出せるようになってくださいね。では次に移りますよ~」

 

ギギギギギと不知火は加賀を見た。

加賀は不知火を見つめてにっこり笑うと、

「では、一般交際費として落としてくださいね?」

と念を押し、不知火の前に領収証を置いた。

不知火はがくりと頭を垂れながら領収書を受け取った。

チェックメイト。気づきませんでしたよ加賀さん。さすが塾生NO2です。

ふふふふ。不知火は、不知火は燃えてきましたよ。

 

意気揚々と引き揚げる面々をかき分け、提督が不知火に近寄ってきた。

「不知火」

「何でしょうか提督?」

「すまん。加賀に泣きついたのは私だ。無理なら給料後に払うから言いなさい」

「あ・・」

「だから、阿武隈は素直に祝ってやって欲しい」

「・・・。」

「いかんな。頼んでおいて、なんか不知火が可哀想に思えてな。加賀を恨まないでやってくれ。すまん」

「・・て、ていとくぅ」

「おっ、おい、しがみついて泣くんじゃない!誤解され・・・」

パシャッ!

「決定的瞬間!青葉、見ちゃいました!不知火さんと提督の熱い抱擁!一言お願いします!」

 

よりにもよって最悪な人に最悪な瞬間を見られた。

不知火と提督は無表情になると、互いに顔を見合わせ、頷いた。

最優先事項の緊急事態だ。速やかに対処せねばならない。

 

「・・・不知火」

「はい」

「10cm高角砲実弾装填」

「出来てます」

「青葉」

「ひっ!?なんか蝋人形みたいですよ二人とも!」

「それ、消しなさい」

「ど、恫喝には青葉、屈しませんよ!」

「不知火、目標青葉、砲撃用意」

「待ってください!隅とはいえ食堂の中ですよ?!正気の沙汰じゃないですよ!」

「3」

「うそ!」

「2」

「解りました解りました消します消します!」

「今、すぐ、ここで」

「うぅぅぅぅ・・明日の朝刊のエンタメネタが・・・」

「1!」

「消しました消しました消しました!ほら!」

「・・・・・・うむ、消えてるな」

「提督」

「なんだ?」

「青葉のズボンのポケットにボイスレコーダーが」

「なっ!?何で知ってるんですか!・・・あ」

「消そうか」

「は、はぁい・・・」

しぶしぶデータを消し、立ち去る青葉を確認し、提督と不知火はガッと力強く握手した。

華々しい勝利!艤装を付けて今日初めて良い事がありました!

そしてふぅと溜息を吐くと、

「提督、事務所までご同行頂けませんか?」

と言った。

「解った。大人しく叱られるよ」

「不知火もご一緒します。ハンバーグの分」

「旨かったか?」

「大変美味しかったです」

「そうか。じゃあ、付き合ってくれ」

青葉は木の陰に慌てて隠れた。

おおおおおお。提督、不知火さんに告白!?ストレートに「付き合ってくれ」頷く不知火さん!?

これは売れる!売れますよ!

その時、青葉はがっしりと肩を掴まれた。

振り返ると衣笠が怒りに満ちた笑顔で立っていた。

「アンタは・・・また飛ばし記事書くつもりね・・・」

「ひいっ!」

「工廠長に青葉専用の座敷牢作ってもらったから、行きましょうね」

「何でそんなもの作ったんですか!やっ、やめっ!ぼ、暴力、暴力反対ですぅ~」

ずるずると引きずられていく青葉を遠くから見ていたのは龍田だった。

本当に、提督は隙がありすぎです。

不知火さんも、もう少し頑張りましょうね~

 

 




前回は本当にダークネスで救いも無かった訳ですが、正直ああいうのを書くと心理的にかなり大きなダメージを食らいます。
私は今回位の話を書く方が楽です。
龍田さんは有限実行の人ですから、この大規模な鎮守府を静かに支えてます。
龍田会は怖いだけじゃないのです。怖いけど。

というわけで、今後のシナリオも明るい方向に手を加える事にしました。
これ以上書くとネタバレになりそうなので、帰ります。

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