艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file57:幸運ノ前髪(中編)

10月15日昼前 鎮守府研究室

 

大隅はきょとんとした顔になり、聞き返した。

「す・・スッキリ?」

「そうよ。辛い話はね、皆にぜ~んぶ話すとスッキリするわよ!」

「アタシだって別の鎮守府に行ったらなりかねない話だからな!他人事とは思えないぜ!」

「そうですよ、酷い話は皆にぶちまけて、皆で文句言いましょう!」

しかしそこに、ネガティブモードになった高雄がぽつりと、

「重巡て・・世間じゃ帯に短し襷に長し、戦力不足で燃費だけ悪いって言われてるのよ・・・ね」

との一言に、大隅を取り囲む重巡の3人がズーンと暗くなって俯いた。

さらに蒼龍と飛龍が、

「うちらも前の鎮守府じゃ、一航戦に比べてショボイとかいつも比較され続けたよね」

「弱いとかすぐ被弾するとか、弾除けやらなくて良いんだよ~とか言われてさ」

「当たりたくて当たってるんじゃないってのよ」

と追い打ちをかければ、夕張が

「私なんて同型艦さえ居ないから・・ね・・誰もデータの素晴らしさを解ってくれない・・」

と返し、

「アタシだって同型艦居ないし、誰も追いつけないから全力出せないし、どうすれば良いの・・・」

と、島風がぽつりと呟いた。

そして一瞬の後、

「はぁ~あ」

と、研究班全員が溜息を吐いた。

一気にダークな雰囲気になった事に大隅が慌てて、

「みっ、皆さんはちゃんとここで仕事してるじゃないですか!立派な仕事ですよ!」

と、バタバタと手を振ってフォローしたものの、すっかりダウナーの空気に支配されていた面々は

「えー」

「だって未だに成仏ばかりで艦娘に戻した事無いですし・・提督は1回で・・ぶつぶつ」

「アタシなんてカレー作って配ってるだけだぜ。喫茶店のバイトかっての」

「それ言ったら私なんて皿洗い専門なんですけど?」

「人間になって働く時は皿洗いと案内のバイト経験ありますって言って良いかな・・」

「もう週に1回カレー運ぶ運送屋って呼んでください・・艦載機何ヶ月も積んでません・・ははは」

「ここで日がな一日書類整理って、体の良い島流しだったのかしら・・燃料使わないし・・」

「データ解析してもこんなに上手く行かないとさ・・・モチベーション下がるよね・・・」

と、死んだ魚のような目でぽつぽつと答えを返した。

大隅はきょろきょろと室内を見回した。

こっ、これはあかん。本気でヤバい方向だ。そうだ!提督!提督呼んでこよう!

暗黒の雰囲気が充満しつつある研究室から、大隅は勢いよく飛び出した。

しかし、ドアの外は眩しくて足元が良く見えない。手をかざしてもあまり遮れない。

なんか変な眩しさだなあ。日が登ったからかな?

そんな事より早く、早く提督に知らせないと!皆がこのまま落ち込んじゃうのは嫌だ!役に立つんだ!

 

「どうぞ、開いてますよ」

本日の秘書艦である加賀は、ノックの音に答えながらドアの方を見た。

珍しいノックの仕方ですね。誰でしょう?

ドアを蹴破る勢いで入ってきた大隅は、ぜいぜいと息を切らしながら言った。

「てっ、提督さん!・・はぁ、はぁ・・あのっ!」

しかし、加賀はこちらを向いて呆気に取られている。

「どうした加賀、誰が来・・・」

提督まで書棚の陰からにゅっと顔だけ出したまま、ぽかんとした表情で見ている。

わっ、私、髪ぐしゃぐしゃかな?あ、前髪!崩れちゃってるの?!恥ずかしい!

提督が我に返った顔で口を開いた。

「え、ええと・・・・阿武隈」

「やですよ提督、ここでは見た目似てないから大隅でって言ったじゃないですか」

「お、お前・・気付いてないのか?」

「私の前髪の事はどうでも良いんです!それより研究室の皆が落ち込んじゃって大変なんです!」

「前髪じゃなくて、お前・・・」

提督と加賀が同時に壁の鏡を指差した。

「んもう、なんですか・・・・へ?」

鏡に映った自分の姿は、阿武隈だったのである。

 

「うあぁぁぁぁもぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

夕張が柱に頭をガンガンぶつけた。

「一生の不覚っ!一生の不覚っ!一生の不覚ぅぅぅぅぅぅ!うおおおおぉぉぉ」

そんな夕張を無言でよしよしとなだめる島風。

そうだよね、散々苦労した時の動画だけ残ってて戻った瞬間だけ撮れて無いなんて。ツイてないね。

対照的に残りの面々は喜びに溢れていた。

「本当に良かったわねえ、阿武隈ちゃんに戻れて」

「方法なんてどーでもいいんだよ。戻りゃ良いんだよ戻りゃ!」

「毎週毎週カレー運んだ甲斐があったわ・・泣けてくるよ」

「提督に追いつく準備が整いましたわっ!」

「これで私に続いて2人目の誕生ね!仲間が出来て嬉しいわあ」

「そっか、これで相談を受けた時に、複数の子が艦娘に戻りましたって言えるんだね!」

阿武隈がくすっと笑った。

「複数って・・2じゃないですか」

「1じゃないんだから複数で問題ないでしょ!」

「えー、なんか詐欺っぽいですよ~あははははは!」

嬉々として喋っている阿武隈に提督が声をかけた。

「大隅さんだった頃に比べて、今は体の調子とか、気持ちの変化はあるのかな?」

「戻って嬉しいって気持ちで一杯なんで良く解んないです!」

「それもそうだな」

「あ、でも」

「何?」

「前髪が整ってるか、すっごく気になります!」

「髪形も変わったからね。元々阿武隈だった時にはそうだったのかな?」

「うーん、そうですねえ。そんな気もします!」

「話し方は明るくなったね」

二人の間に夕張が割り込んだ。

「ストップ!その話、ちゃんと撮らせて」

「ひっ!」

夕張の目が爛々と輝いている。復活早いな。

「今度は絶対にカメラを止めないからね。さぁ、私の質問に全てYESで答えなさい!」

「のっ、NOと言える日本人を目指します!」

「質問に全部答えた後で目指しなさい!さぁYESと言え!」

「なんだその嘘発見器的脅迫は」

「あれは全てNOです提督」

「鋭いな加賀」

「当然です」

「さぁ第1問!いつ戻った?」

「え、ええと、解りません」

「島風!バケツで水かぶせたれ!」

「んなことする訳無いでしょ・・何言ってんの夕張ちゃん」

「解りませんてどういう事だああああ!」

「ひぃぃぃぃぃ!ほっ、本当に解らないんです!命だけは!命だけは勘弁してえ!」

「言えぇぇぇぇぇぇ言わないとくすぐり倒すぞおおおおおお!」

「いやあああああ」

提督と加賀は研究室にくるりと背を向けた。日が随分高く昇っている。

「さ、帰ろうか加賀」

「間もなくお昼ですね」

「今日の日替わり定食は何かな」

「親子丼です」

「お、良いじゃないか」

言いながらさりげなく立ち去ろうとする提督に、夕張に押し潰されながら阿武隈は叫んだ。

「ちょっ!あはははは!てっ!提督っ!たっ、助けて・・うひゃひゃひゃひゃ」

提督はわざと自然な風を装いながら、傍に居た愛宕に声をかけた。

「愛宕達も一緒に食べないか?阿武隈の復帰祝いに昼飯おごってやってもいいぞ」

一気に愛宕達の目が輝く。

「えっ!本当ですか!特上定食食べたいです!」

「私も!」

「上握り!」

「鰻丼!」

「焼き肉定食大盛り!」

「私、天ぷら御膳!」

「あ、私もそれ!」

提督は真っ青になった。まるで食堂の高い物順リストのようだ。

「・・・全く遠慮ないな君達」

「今日だけは!今日だけはっ!」

提督はふと、財布を取り出して真っ青になった。

ヤバい。給料日直前だった。

キリキリキリと加賀を見る。

「・・加賀様」

「こういうケースでは、一般交際費の対象として認められません」

「加賀さぁん」

「泣きそうな声を出してもダメです」

「・・・一緒に食べないかね?」

「秘書艦の買収は違反です」

「あんみつをデザートにつけようじゃないか」

「うっ・・・」

「赤城と仲良くボーキサイトおやつ2人前。どうだね?」

「やりました」

歩きながら加賀は超高速で考えていた。

説得相手は事務方。最終的には文月だ。

自分が添削を受け、龍田の一番弟子を相手に何と言って説得すれば良いんだ?

何を言っても手の平で転がされた挙句、

「まだまだ、精進が足りませんね~」

と言われて却下されるのがオチだ。

そこに、不知火が通りがかった。

「あら、こんにちは。珍しい組み合わせですね」

加賀の目がキラリンと光った。

「不知火さん、お昼まだでしたらご一緒しませんか?」

「そうですね。何か皆さん嬉しそうですし、お話聞かせてください」

「好きな物を注文して良いそうですよ」

「えっ?随分景気の良い話ですね」

「大隅さんがついに、研究室の面々のおかげで阿武隈さんに戻ったのです」

不知火はぱあっと目を輝かせた。

「それなら一緒に祝わせて頂きます。良かったですね」

加賀は内心手を合わせた。何とか上手くやってください。ご武運を祈ります。

 


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