艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file56:幸運ノ前髪(前篇)

 

10月15日午前 鎮守府研究室

 

「そうよそう!忘れてたっ!」

「な、なんだ夕張・・遅刻してきたと思ったらいきなり大声出しやがって・・・」

夕張は数秒間棒立ちした後、憤慨する摩耶を無視して大隅の手を取ると、言った。

「全部話して!」

「は?」

「だから、全部!思いつくだけ!」

大隅は困惑した。何だろう?何かした私?

「え、えと、昨日冷蔵庫にあった麦茶飲みました・・・ごめんなさい」

「それは別にいいの!そうじゃなくて!」

「ほ、他は何も飲んだり食べたりしてないですよ?」

すっかり困り果てる大隅を見かねた高雄が言った。

「もう少し、何を話したら良いのか、何の為か、説明してあげなさいな」

「あ、そうか。ごめん。あのね、ヲ級ちゃんが蒼龍さんになる時に何をしたか考えてたんだけど」

「はい」

「前に居た鎮守府を見たいから、探して欲しいって言われたんだよ」

「そんな事があったんですね」

蒼龍が口を開いた。

「そうそう!夕張さんがあっという間に見つけてくれたの!」

飛龍が続いた。

「おかげで私は解体されずに済んだわ。感謝してるわよ、夕張さん!」

夕張の鼻が高く伸びた。

「へっへーん!でね、その時にどんな事でも良いから覚えてる事を話してって言ったんだ!」

「あ、だから全部話して、と」

「そういう事!さぁ、全部ぶちまけてください!」

「あ、あの、それは録画する必要があるのかな・・・カメラに向かって話すの恥ずかしいんだけど」

「メモ取るの大変なのよ!だからさぁ!ガンマイクに向かって!はっきりと!」

「ひっ」

その時、愛宕がポンと夕張の頭に手を載せた。

「だめよ夕張ちゃん。大隅さん怖がってるじゃない。思い出せなくなっちゃうわよ?」

「でも、アタシ速記苦手なんですよ。様子も納めておきたいし」

「私が書いてあげるから、ほら、マイクとカメラ仕舞って」

「はぁい」

愛宕は大隅の方に向き直ると

「じゃあ、覚えてる所からで良いから、ゆっくり、ね?」

「わ、解りました・・・」

大隅はしばらく考えていたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。

「私は、鎮守府で建造された軽巡の中では、かなり後の方だったんです」

「北上さんも、大井さんも改2まで進んでましたし、球磨さんや長良さんも皆70以上で」

「鎮守府は大きくて、艦娘も沢山居て、凄く活発でした。」

「阿武隈は私が初めてだったそうです」

「建造された当初は司令官さんも凄く喜んでくれて、演習も出撃も頑張って行ったんです」

「装備はすぐに強力な物に変えてくれて、私も頑張ろう・・・って」

「でも、段々と他の艦娘さんとのレベルの違いが問題になっちゃって」

「何度か出撃する度に中破した後、司令官さんにレべリングしておいでって言われて」

「その日からずっと、駆逐艦の子達と遠征をこなしてました」

「その遠征でも私が旗艦だと失敗する事が多かったので、駆逐艦の子達が旗艦をしてくれて」

「毎日遠征して、少しずつレベルも上がっていたので、いつかは戦線復帰出来るかなって」

「でも」

大隅が俯いたので、愛宕は手を止めて語りかけた。

「一気に全部話さなくても良いのよ。休憩する?」

大隅はしばらく黙ったままだったが、やがて愛宕の方を向くと、

「い、いえ、続けます。で、でも・・」

「?」

「っ・・手を、握っていて、くれませんか?」

と、蚊の泣くような声で言った。

愛宕は大隅のすぐ隣に移動すると、ギュッと手を握り、

「高雄姉さん、筆記者交代ね~」

「だろうと思った。良いわよ」

「大丈夫。愛宕お姉ちゃんが傍に居るからね。続けられるようになったら続けてね~」

「・・・」

大隅は愛宕に握られた手をじっと見た。温かくて、柔らかいなあ。

深海棲艦になってから手なんて繋いでない気がする。

あ、そういえば、艦娘の時にも、つないだ事、無かったっけ・・・

ぽろぽろと静かに泣き出した大隅を、愛宕はぎゅっと抱きしめた。

「何か怖い事を思い出したの?可哀想に・・・」

大隅は最初嬉しくて泣いていたが、次第に別の涙に変わっていた。

深海棲艦になっても、この胸部装甲は得られなかった・・・間近で見ると絶望的な敗北・・・

胸元に刺さるような視線を感じた愛宕はひょいと離れると、

「あ、ごめんなさい、苦しかったかしら?」

「ち、違います。何というか、世の中どう転んでも得られないものもあるなって」

「?」

「あ、いえ、その、続きを話しますね」

「はいはい、じゃあ手を握ってますね~」

「お、お願いします」

大隅は一息つくと、再び口を開いた。

「私があの日、遠征から帰って来たら鎮守府が賑やかだったんです」

「聞いたら初の大型建造で、矢矧さんが来たって」

「その後、次々と阿賀野さんと能代さんも来たんです」

「司令官は第1艦隊に戦艦3隻と阿賀野さん達を組み合わせて毎日毎日演習を繰り返して」

「あっという間に阿賀野さん達はLV50を超えて、伊勢さんとかと潜水艦討伐に出て行って」

「毎回華々しい成果を挙げて帰って来て、司令官も嬉しそうで」

「その間、私はひたすら遠征してましたけど、失敗も多くて、そんなにLVも上がらなくて」

「そのうち、遠征も鬼怒さんや長良さんが引き受けるようになり、格段に成功率が上がりました」

「私は毎日鎮守府の掃除をしたり、食堂のお手伝いをしてたんですけど」

「私・・・邪魔なのかな・・って」

大隅の手を、愛宕はぎゅっと握った。

「装備も・・補給も・・ちゃんとしてもらってるのに」

「私は失敗ばかりで、全然上手く出来なくて、期待に応えてないなって」

「わ、解ってたんですよ。自分でも、失敗が多いって。でも、どうしたら良いか解らなかった」

「それでも、どこかで、期待に応えたかった。役に立ちたかったんです」

大隅はそこまで一息に言うと、呼吸を落ち着けた。しかし、段々と声は震えてきた。

「そ、そんなある日、司令官に呼ばれて」

「他の人と・・兵装を交換して欲しいといわれて、頂いたのは・・最初に持ってきた兵装でした」

「それで・・それで、ひ、一人で・・遠征にいって・・欲しいって言われて」

「久しぶりの・・指令が嬉しくて、期待に・・応えたくて・・何にも疑わなかったんです」

「指令書にあった通りの・・・ばっ、場所に行ったら・・・無人島で、何も無くて」

「島を歩いていたら、きゅ、急に・・眠く・・なって」

「お、起きたら、手足の色や、艤装が変だったんです」

「慌てて海に自分を写してみたら、ホ級になってて・・」

「ふと見たら、チ級が居るんです」

「わ、私、どうして良いか解らなくて、呆然としてたら、チ級から、力を貸して欲しいって言われて」

「私、ず、ずっと、誰かに・・役に・・立つって、言われ・・たかった・・」

「それが・・たとえ・・・深海棲艦でも」

「ど、どうせ、深海棲艦になっちゃったし、こ、ここでも役立たずって言われたくない・・って」

「でも、でも、その後、補給隊の、活動が・・じゅ、順調に・・なるに・・つれて」

「わ、私と、同じように、艦娘から・・・深海・・棲艦に・・ひっく、なった、子達が」

「うっ、ひっく・・・かっ、悲しそうに・・・恨んでる目で・・私を・・ひっく、見るんです」

「騙したな・・・嘘だったんだ・・・止めて、戻して、返して、帰らせて・・・って」

「チ、チ級は・・気に・・するな・・ひっく・・我々の・・役に・・・立ってるんだって・・言ったけど」

「も、もう、本当に・・・ひっく、本当に・・嫌だった・・・可哀想で・・見てられ・・なかった」

「だから・・来る艦娘に、深海棲艦になっちゃダメ・・だよって・・虎沼さんに・・」

「ひっく・・言って・・もらって・・それで・・誰も・・来なく・・なって」

「リ級・・さんに・・助けを・・・求めて・・・そ、それで・・ここに・・・」

愛宕は優しく大隅の頭を撫でた。大隅はこらえきれず、愛宕にしがみついて泣き出した。

孤立。

大型鎮守府ではよくあるパターンだ。

艦娘が艦隊必要数の3倍を超え始めると、どうしても普段使われない艦娘が出てくる。

2艦隊なら12隻の3倍の36隻、4艦隊なら同72隻を超え始めた辺り。

特に、同艦種の中で1隻だけ遅れてきた子はLVが合わないので孤立しやすい。

また、あまり愛宕自身面白くないのだが、新型艦娘は司令官の注目を浴び、他が雑に扱われる。

阿武隈も決して古い艦娘ではないし、レア度も高い。今も迎えたくて建造に励む司令官は居る。

しかし、直後に阿賀野型が揃って登場では分が悪すぎる。

阿武隈はレア度があった為に、文字通りコレクションにされたのだろう。

挙句、何らかの理由で初期装備状態で売られ、深海棲艦にさせられたのだ。

そして役立たずと言われたくないという恐怖感と、善良な心の板挟みで苦しんでいたのだ。

この子を一体誰が責められるというのだろう。

大隅は泣きすぎてゲホゲホと苦しそうに咳き込んだ。すると、

「ほら、ティッシュ置いとくぜ」

「お茶、飲むと良いですよ。ちょっとぬるめに入れましたから飲みやすいですよ」

摩耶と鳥海が机の上にそっと置くと、愛宕が頷いた。

ティッシュを2~3枚取り、大隅に握らせた。

大隅が鼻をかむ間、愛宕はずっと撫でていたが、にっこり微笑むと、

「どうせなら、スッキリしちゃいましょうか?」

と聞いた。

 


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