艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file55:宝ノ獄

3月6日朝 大本営近くのソバ屋

 

「・・・は?」

小沢は少し前、白封筒を持って港に行った。2月6日から丁度1ヶ月目。

騙されたのでもたかが写真10枚だと気軽に行ったら、本当に茶封筒が置いてあった。

へぇ、本当なんだと意外に思いつつ白封筒と交換してきた。

そして、大本営に帰る前にとソバ屋に寄り、月見そばを頼んだ。

おやじさんがソバを茹でる様を見ながらビリビリと雑に茶封筒の口を破る。

そして、中を覗いて眉をひそめた。

5円玉位の、紺色の綺麗に輝く石が1つ。

宝石に詳しくはないが、指輪とかで見た事がある石に比べ、妙に大きいというのは解った。

これ、ハズレっていうか・・プラスチックのおもちゃか?

だよね、最初の1回で、こんな大きい本物くれる訳が無いよなあ・・・やっぱ騙されたのかあ。

小学生みたいな声だったしな。

・・・・・。

封筒から取り出し、手に持ってしげしげと見つめる。ひんやりし、石だと主張する重さ。

結構綺麗だな。まあ持ってるのも悪くないか。

でも、もし、もし本物だったら・・・・気になるなあ。

その時ふと、椅子の上にある新聞広告に目が留まった。

小沢はソバ屋を出た。蕎麦の味なんて気もそぞろで覚えていなかった。

辺りをきょろきょろと見回し、公衆電話を見つけると飛び込んだ。

手のひらにメモした番号をダイヤルする。

 

「はい、丸蛸宝石です」

「あっ、あのっ、鑑定をして頂きたくて」

「ソーティングですか。承りますよ」

「よ、良く解りませんが、真贋と種別を見て欲しくて」

「あっていますよ。質にでも入れるんですか?」

「ま、まぁ、そういう感じです」

「お越しくだされば1週間ほどで鑑定出来ます。費用は1万8百円です」

「いっ!?」

小沢は躊躇した。もし完全な外れなら大損ではないか。

でも、もし、万が一・・・損しても1回だけ。偽物なら諦めよう。そわそわし続けるより良い。

「わっ、解りました。お願いします。今OO駅の近くなんですが、どう行けば良いですか!」

 

 

3月13日昼 丸蛸宝石店

 

鑑定を頼んで1週間が過ぎた日。

小沢が店に着くなり、店長がいそいそと出迎えた。

先週、鑑定を依頼した時は事務員が適当に

「ハイハイ、お預かりしますねー」

といった感じで出迎えに来たくせに。

「いやいやいやいや小沢様、お待ちしておりました。さあさぁ奥へどうぞ。おい!お茶とお菓子をお持ちしろ!」

店長、手が擦り切れそうなくらい擦り合わせてるな。何だってんだ?

 

「サファイアの・・・本物・・・ですか?」

「はい。勝手ながらこちらで加熱非加熱の判別等、詳しい鑑定をさせて頂きました」

「えっ、いや、そんなお金」

「いえいえ、勿論当店で全額負担させて頂きます」

「は、はあ」

「それでですね小沢さん!あなた質に入れるって仰ってたでしょ?」

「えっ?え、ええ、良く覚えてましたね」

「ぜひ!うちで買い取らせてもらえませんか!業界最高値で買い取りますよ!」

こういう話はロクな事が無い。どうせ手数料だの何だので損するんだろう。

そうはいくか。

「で、私は幾ら貰えるんです?」

「ズバリ!45万円で如何でしょう!」

は?

小沢は目をパチパチさせたが、すぐ我に返ると切り替えした。

「で、手数料50万とかなんでしょ?」

「は?」

宝石屋の店長はきょとんとした。

「それじゃ詐欺じゃないですか。うちはそんな事しませんよ」

「じゃあ今良いですよって言ったら45万くれるんですか?」

「勿論です」

「手数料とか税金とかうんぬんかんぬん言って減らないんですか?」

「そういうのは全部差し引いた後の額です。差し引き前なら50万という所です」

面白い冗談だ。そこまで言うなら良いって言ってやろう。

変な奴が出て来たら一本背負いで投げ飛ばしてやる。

「解りました。売りましょう」

「ありがとうございます!こんなに早く決めて頂けるとは!さ、早速ご用意いたします!」

あ、あれ?

 

「ありがとうございました!またどうぞ、どうぞよろしくお願いいたします!」

店の外まで見送られたのは初めてだと、小沢は思った。

振り返るとまだ宝石屋の店長や店員が総出でにこにこして手を振っている。

初めてと言えば、財布が札でパンパンなんてのも初めてだ。

小沢はぎゅーっと頬をつねった。痛い。

たかだか写真10枚の代償が45万?3か月分の支給額じゃないか。手取りで考えれば半年分近いぞ。

まだ信じられん。どっかからドッキリ!とか言われそうな気がしてならない。

でも・・・今回俺は、ランキングのどれくらいなんだろう?

そんなに気合い入れて撮った写真でもなかった。

もっと気合い入れれば、もっと重要そうな写真を撮れば・・・あるいは・・・

 

 

7月6日朝 大本営近くのソバ屋

 

「・・ひひっ、ひゃっひゃっひゃっひゃっ・・むぐぐぐ」

小沢はこみあげてくる笑いを、片手で必死に押し殺した。

片手しか使えないのは、もう片方の手は茶封筒を握っているからだ。

茶封筒の中には色とりどり、大小幾つかの石が入っていた。

3月の衝撃的な結果を受けて、小沢はトップランカーになる為にはどうしたら良いか必死で考えた。

寝る間も惜しんで考えた。大事とは何か、重要だと判断してもらうとは何か、価値とは何か。

結果として、「審判が良く解る」という事を思いついた。

写真をいつ、どこで映したか、用語には注釈をつけ、毎週掲示される内容は毎週撮影した。

1ヶ月に提出する量はどんどん増え、6月に出した枚数は100枚を超えた。

その結果が、今朝届いたこの茶封筒であった。

努力するだけ認められる。しかもこんなに生々しい価値として。

先月の報酬も幾つかの宝石商に分散して鑑定を頼み、総額580万強だった。

一度に沢山持ち込むと値切られるのではないかと思い、分散したのだ。

現在の累計、881万。

先月より今月は明らかに多い。総額が1000万に乗るのは間違いない!

「天ざるお待ち」

「あいよっ!ありがとう!」

パキンと箸を開くと、勢いよく啜り始めた。

今日は非番にしてもらってる。今日は遠い宝石商に持ち込んでやる!

 

 

7月16日昼 大本営宿舎

 

「へっ、へへっ、へへへへっ」

小沢は銀行の通帳を見て満面の笑みを浮かべていた。

総額、1574万円。

エントリーから僅か3ヶ月で1500万超え。

これなら、家の頭金になるぞ。

だが違う。まだだ、今月も良いネタを送っておいた。多分トップランカーになれる筈だ。

3000万溜まったら家を現金で買ってやる!

一方で、隣室の住人は首を傾げていた。

なんか最近、小沢が機嫌が良い。今日はくぐもった笑い声が聞こえる。気色悪いなあ。

掃除夫の仕事ってそんな楽しいとも思えんし、恋人でも出来たのか?

浮いた話1つ無かったのに。

 

 

8月20日昼 大本営宿舎

 

「来た来た来た来た来た来たぜ来たぜぇ一気に来たぜコラァ!」

小沢は通帳を持つ手が震えていた。

記載された金額は2586万円。ついに今月は1000万円を超えた。

もう普段の金銭感覚とあまりにもかけ離れており、完全にゲーム感覚になっていた。

そして、今月は初めて封筒に1枚の紙が入っており、

「トップ20入りました!オメデトウ!」と書いてあった。

しかし、小沢は逆に目が点になった。

ちょっと待て、これでまだ上位20位の中に入っただけだってのか?

一体最高位は幾ら貰えるんだ?

メラメラとモチベーションに火が点いた。こうなりゃトップに立ってやる!

でも、と我に返った。

今でも指を咥えて見つめていたあの家が買える。買ってしまうか。

買っちゃうだって俺!家買っちゃう?買っちゃうの俺?うしししししし。

しかし、小沢の妙な浮かれ具合や夜遅くまで何かをやってるという話は次第に伝わり始めていた。

 

 

8月31日夕方 大本営近くの焼き鳥屋

 

「はぁ・・お前、何で土下座してるの?」

小沢は電話で呼び出された焼き鳥屋に出向き、開口一番そう言った。

職場の同僚が背広姿のいかにも極道風の面々に土下座していたのである。

「おぅ、お前さんがコイツの知り合いか」

「お、小沢、すまん、助けてくれ、た、頼む」

同僚は真っ青になっている。何をしたんだ?

「知り合いというか、同僚ってだけなんだが」

「まぁ、とりあえず話だけ聞いてくれや。コイツな、うちらから8万ツマンデるんだわ」

「いつ?」

「に、2ヶ月前だ」

「そうだな。うちらはエグ~いトイチとかと違って、月20%のやっすい金貸しや」

「や、安くないじゃないですか」

「それで良いって金借りたんはおんどれじゃろが!おう!?」

「ひぃ!」

「そんでな、1ヶ月の約束やったから、先月からいつ返すんだって聞いとるのにトンズラこきやがって」

「ら、ららら来月には必ず、必ず返しますから」

「トンズラこいてたヤツに信用なんかあると思うなよボケェ!」

小沢は溜息を吐いた。たかが8万借りる方も情けないし、そんなので大声張り上げる極道も大変だ。

「なあ、お兄さん」

「なんや?」

「今の時点で幾らなんだよ」

「追徴含めて15万じゃ」

「幾らなら手打ちしてくれる?」

「ほう、払うてくれるんか?」

「手打ちの額によっては。あんたもいつまでも手間隙かけるのも面倒だろ?絞れないよコイツ」

「・・・・」

小沢を値踏みするような目で上から下までじっと見た後、口を開いた。

「13万」

「11万5千」

「それじゃ経費が出んわ!」

「今証文返してくれるなら12」

「チッ!ええやろ」

小沢は財布から12万取り出すと、

「証文と今交換。俺、柔道の心得あるからな」

「わーってるよ」

「おい、この証文で全部だろうな?」

「あ、ああ。間違いない。それだ」

「じゃ、カネだ」

「ひぃふぅみぃ・・・確かにな」

「じゃ、これで仕舞いだ」

「ありがとうよ、お・ざ・わ・さ・ん」

「とっとと帰ってくれ。静かに焼き鳥食いたいんだ」

「へーへー、用は済んだから消えますよ」

「おやじさん、騒がせてすまない。ねぎまとレバー4本ずつ、あと熱燗2本くれ」

極道が出て行くと、同僚が小沢に土下座した。

「すまん。本当に、本当にすまん」

「月1万ずつ返してくれ。丁度1年だろ」

「ボーナスの時や余裕があったら出来るだけ先払い出来るようにするよ」

「滞らなければ良いよ」

「恩に着る。恩に着る・・・」

「店に迷惑だから土下座止めろ。一緒に食おうぜ。ほら」

小沢は泣きながらお猪口を傾ける同僚を見て思った。こいつは真面目に働いてる。

カネは大方、病気で伏せてる父親の為だろう。カネがかかるっていつも言ってるからな。

世の中、どんな良い奴でもカネがなきゃ御仕舞いだ。

俺も無駄遣いしないで出来るだけ長く多く稼がねぇと。トレジャーハンターの権利を使い切ってやる!

 

 

9月17日昼 大本営宿舎

 

「まだ、か・・」

小沢は1枚のメモを見ながら舌打ちをしていた。

8月に送った写真の対価は1500万を超えた。

それでもまだ「TOP10内に入りました!ヤッタネ!」のメッセージだったのである。

「あと、どう工夫すりゃ良いんだよ・・・」

頭を抱え込んだ小沢は気付いていなかった。

自室の壁に、コンクリマイクが付けられている事を。

小沢の話はついに憲兵の耳にまで届いていた。

夜な夜な何かをしているらしいという話。

家を買ったらしいという話。

困っている知人にポンと大金を貸したという話。

収集した情報から、何か違法行為に手を染めている可能性があると憲兵隊は睨んだ。

小沢は慎重に証拠を残さないようにしていたが、憲兵隊はその上を行った。

不在の時に自室を捜索、ごみ箱に千切って捨てられていたメモから機密情報流出に関与していると疑った。

そして、コンクリマイクと小型カメラにより、監視され始めたのである。

 

 

10月10日 憲兵隊取調室

 

「すると、何を撮影してこいといった指示はなかったんだな」

「はい」

小沢は取り調べには最初から素直に応じていた。

スパイの容疑がかけられている事、裁判で死刑になる重罪である事を知らされた小沢は、途端に意欲を失った。

確かにカネは大事だ。でも、カネの為に命を売っちまったらいけねぇや。

スパイってそんな大罪だったんだなあ・・・知らなかった。

「で、相手は見た事あるのか?」

「1度もありません。電話で連絡が1回来た後は、封筒でやり取りしてただけで」

「もし見たのなら、司法取引もあったんだがな」

「すみません。本当に見ていないのです」

「お前が始めたきっかけはなんだったんだ?」

「カネですよ。抽選で選ばれたら途方も無い金を簡単に手に入れられるって先輩から聞いて」

「その先輩は?」

「随分前に辞めましたよ。もう稼ぐ必要がなくなったからって」

「同じように関与してたってことか?」

「多分そうなんだと思いますが、実際に見た事は無いです」

「そうか・・」

「あの」

「なんだ?」

「俺は、死刑なんですよね」

「ん?まぁ、有罪が確定したらな」

小沢は憲兵隊の腰にあるピストルを見た。

 

ドスン!バタン!

 

パン!

 

「おい!何があった!入るぞ!」

入ってきた憲兵隊員が見たのは、床に座って呆然とする憲兵隊員と、血を流して死んでいる小沢だった。

「なにがあった?」

「有罪が確定したら死刑だという話をしたら、いきなりピストルを奪われて、自決したんだ・・・」

「・・・・有罪になる確率は少ない事も説明したのか?」

「い、いや・・・」

「それじゃ絶望して自棄になるのは当たり前だ・・・」

「・・・・。」

「この件、秘匿する。容疑者は取調べ中に発作を起こして病死。検死官にそう伝えよ」

「はっ」

「腰の物は取調室の外に置いておかねば危ないな」

「ルールを改正しますか」

「隊長には次第を伝えよ。死体はとっとと火葬してしまえ。骨は粉砕しろ」

「ははっ」

「弾を一緒に納骨するなよ。遺族がガタガタ騒いだら面倒だ」

「解りました。おい!死体袋もってこい!」

 

 




私が通常2編にする長さになりました。すみません。

深海棲艦側の協力者はどういう心理なのか。
きっかけは、経緯は、結果は。
そういう所も含めて、1回きちんと描写しておきたかったのです。

虎沼が極めて幸運、ともいえます。
逆に、先輩は逃げおおせたのだし、トップランカーは捕まっていない。
だから小沢さんが運が悪かっただけなのかもしれません。

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