艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file10:中将ノ逆鱗

3月31日昼前、大本営通信所

 

「なるほど、事情は解った」

中将は通信機越しに、提督から報告を受けていた。

可哀想に。中将は表情を曇らせた。さぞ怖い思いをしたのだろう。

「それで、提督は鎮守府への編入と、後任への引継を所望するということだな?」

「その通りです」

「よく解った。ちょっと待て」

中将はスイッチを切ると隣を見た。

そこには大本営直轄鎮守府調査隊の隊長が同席していた。

隊長は貧乏ゆすりをしながらフンと鼻を鳴らした。

要するに気が触れた低レベル艦娘じゃないか、面倒なゴミだ。

「隊長、本来は鎮守府間の艦娘転属は認められない、これが原則だ」

「そうでありますな。こういう場合は司令官を拾ってきて、艦娘は鎮守府の秘書艦にする原則であります」

「おい、言葉に気をつけたまえ。司令官を侮辱するのは許さんぞ」

「これは失礼いたしました中・将・殿。それで、特例をお認めになるのでありますか?」

「今の響を新任の秘書艦として配置すれば、業務上困ることもあろう」

「気が触れてますからね」

「貴様っ!」

「敬意うんぬんより、正しい実態を表現して速やかに論議すべきではありませんか?」

「偉くなったものだな隊長」

中将は隊長が心底嫌いだった。しかし上層部とコネのあるこの男は余程の理由が無いと地獄に送れないのも事実だ。

いっそこいつをソロル送りにしてやりたい。

「繰り返しますが、気の触れた艦娘なんぞを新米司令官に預ければ鎮守府が機能不全に陥る」

「・・・」

「かといって、あの鎮守府は今日限りでしばらく司令官不在。調査結果によっては取り潰しです」

「・・・」

隊長は薄笑いを浮かべた。そうだ、良い処分場があるじゃないか。

「ああ、特例を発令するならこういうのは如何でしょうか?」

「なんだ」

「その艦娘の武装を解除し、ソロル送りにするんですよ」

「て、提督と一緒にか?」

「そうです。そんなにその艦娘が大事で、治療が必要なら、謹慎中でヒマな提督がやればいい」

「き、貴様っ!」

「あの提督は育成能力が高いと太鼓判を押されたのは中将殿ではありませんでしたかな?」

「そうだ」

「でしたら再度戦線に立てるよう、役立つ艦娘に再教育頂こうじゃありませんか。」

「・・・・・・」

「使い物になる形に戻ればそれで良し、その前に深海棲艦に食われてもたかが駆逐艦」

中将は謹慎を承認した半年前の自分を心底後悔した。このクソ豚野郎。本性を現しやがったな。

「・・・よし」

中将は再びスイッチを入れた。

「提督、待たせてすまない。今、鎮守府調査隊長と調整した」

「はい」

「すまないが、その艦娘、響君といったな、その子を連れて行ってくれないか?」

「・・・・は?」

隊長がマイクをひったくった。

「艦娘の装備は解除してもらうぞ。表向きの理由は任務不遂行による謹慎だからな」

「なっ・・・」

マイクを奪い返すと、中将は言葉を続けた

「すまない。隊長は口が悪いが、表向きはそうだ。そして君の身の安全の確保の為もある」

「・・・・」

「君の説明を信じれば、響君は司令官や仲間を失って不安定になっている。」

「はい」

「万が一、君を敵と誤認して砲撃するような事があれば問題になる」

「ですから」

「それに、だ。今君が居る鎮守府は明日以降しばらく提督不在だ。騒動に対処出来ない」

提督は溜息をついた。この石頭め。

喉元まで「うちの艦娘は自立運営出来る」と言いかけたが、加賀がそっと提督の肩に手を置いた。

目で加賀に礼を言う。ありがとう。君が居てくれて良かった。

「それでは、ソロルには響に乗船していけば良いですか?」

「いや、船は手配済だ。君はそれに乗ってもらう。響君はついてきてもらう」

「兵装解除した響で反逆するとでもお思いですか?」

「悪いが、逃亡の可能性は否定できないのでな」

「よく解りました。ご命令のままにいたします」

「そうしてくれ。船は本日1800時に鎮守府に到着する」

「艦娘達に伝えたいのですが、出航と調査隊到着は?」

「船の出港は2000時を予定しているが補給次第だ。調査隊は翌4月1日の1200時に到着予定だ」

「解りました。調査隊の方々に粗相の無いよう出迎えさせます」

中将は一つ咳払いをすると、

「必要無い。調査はいわば監査だ。手心を加えるような疑いをされぬよう、艦娘も任務娘も自室で待機せよ」

と言った。

隊長のあからさまな舌打ちが聞こえた。こいつ、仕事でも汚い事をやってるのか?

「承知いたしました。中将殿、お別れです」

隊長は不愉快そうにどすどすと通信室を出て行ってしまった。

バタンと勢い良く閉まる扉の音に、中将の中で何かがパチンと弾け、高速で思考回路が働き出す。

調査隊を信用するしかなかったが、し過ぎていなかったか?

調査結果、大和が幾度も訴えた事、無実を訴える司令官達、そしてソロルの自決率の高さ。

鎮守府の存続・廃止判断、それに取り潰された鎮守府の艦娘や装備はどうなった?備蓄資材は?

全部調査隊の報告書越しにしか見えてないではないか?

ぐるぐる嫌な仮説が出来上がっていく。

隊長の薄笑いが浮かぶ。

嫌な汗が出てきた。まさか。

「・・・中将殿?」

「提督」

「はい」

「君はあくまで異動だ。心せよ。絶対に早まるな。銃は渡さん」

「ど、どういうことでしょうか?」

「響君の兵装は必ず用意する。わしが何とかする。今更かもしれぬが、もう一度わしを信じろ」

そういうとスイッチを切った。

大和は口が堅い。やれやれ、人間より艦娘が頼りになるとは情けない。

中将は弱った足腰に鞭を入れた。大和に、大至急伝えねば。

 

鎮守府でスイッチを切った提督は、任務娘と加賀を見た。

二人とも肩をすくめた。

つられて提督も肩をすくめた。

あの短い間に、何かあったのか?

なんだろう、これまでと変わる予感がある。

提督は任務娘を見た。

「頼みがある」

「なんでしょうか?」

「今日は出来る限り通信室に居てほしい」

「お安い御用です。今日はこちらで作業します」

「頼む。それと、加賀」

「なんでしょう?」

「お前、疲れてるな?」

不意を突かれてギクッとなってしまった。

「怒ってるんじゃないんだ。ただ、疲れているのなら、きちんと休みなさい」

「あ、はい」

「沈むなよ。離れたとしても、お前は私の大切な宝物なのだから」

 

任務娘は加賀が耳まで真っ赤になったのを初めて見たと赤城に語り、赤城は目をキラキラさせて続きを促した。

その時点で加賀に見つかり、「二人とも記憶を失いなさい」と砲撃されながら追い回されるのであるが、それは少し未来の話。

 




薄幸すぎる任務娘さんに幸あれ。

任務娘「えっと、急展開してお姫様扱いとか・・」
作者「無いです」
任務娘「・・・刺してやる」


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