今回のヒロインは凛とイリヤです。ハサン戦やっと終われる。
では。
「さて、そろそろアサシンも痺れを切らす頃合いだ。……もう治療する箇所は無いはずだがな、美遊」
未だ倒し切れぬアサシンたちが潜む森。
その一角に構えられた強固な結界の中で。
少女たちと向かい合う赤い外套の男は、地に突き立てていた白の剣を握った。
(――――時間切れね)
凛はこれ以上の治癒行為による引き延ばしは不可能と判断した。僅かに眉を下げてこちらを見やる美遊に合図を送って、こちらへ下がらせる。
元々、フェイカーへの治療時間を利用した尋問タイムだったのだ。少々強引な手段を使って情報を訊きだしたのも、フェイカーが美遊の好意からくる治癒を無碍にしてまで、乱暴はしまいと見越してのこと。
その見通しが立つ程度には、フェイカーの人間性を理解していた。意味も無く暴れたり、理不尽な怒りによって子供を傷つけはしないだろう、と。
しかし、治療が終わった今、フェイカーに大人しくしている理由は無くなった。
(『意味のある』力の行使は、ためらわずに行いそうだから油断できないのよね)
まだフェイカーに訊きたいことはあるが、結界にちょっかいを出してきているアサシンも気になるところでもある。フェイカーから少なからず情報を引き出せただけでも良しとしよう。……実のところ、訊きだした情報を整理したい気持ちもあった。
「今日のところはこれで勘弁してあげるわ。『バーサーカー』のカードの回収まで、美遊の好意を無駄にしないことね」
せっかく治した傷をまた開くようなことはするな、と念のため釘をさしておく。
それは、アサシンやバーサーカーに単独で戦いを挑むことだけではなく――――凛たちと敵対する真似をするな、という意味も込めている。……せっかく治療した相手に攻撃魔術を向けるのも馬鹿らしい。
凛は美遊を労わるように、ぽんぽんと頭をなでると、続けてイリヤにも目を向ける。
「イリヤも長時間、こんな高ランクの結界を張り続けて、疲れたでしょ。早いところ、このアサシン戦を終わらせましょう」
何でも無いように振る舞うイリヤたが、足元がふらふらしており、疲労がたまってきているのは一目瞭然だ。無制限の魔力タンクがあろうとも、魔術の行使は気力や体力が消耗する。特にこういった基点や補助となる道具の無い結界は、じわじわと気付かぬ内に削られるのである。魔術を使い慣れていない素人同然のイリヤであれば尚更だ。
凛はアサシンの攻撃に備え、宝石を取り出した。
恐らく結界を解いたなら、全員に対して攻撃が来るだろう。自分に対する攻撃くらいは迎撃して見せなければ、時計塔の首席候補の名が傷付く。
ルヴィアも同様に準備を整えていたのだが――――、宝石を装備し終えた次の瞬間、
「これで終わりとは思わないことですわね。あなたに訊きたいことは、まだまだたくさんありましてよ!」
ビシッとフェイカーに指を突き付けた。
(ちょっと! この流れでそれを言う!?)
(やっぱり空気読めない人ですね~)
ルビーにも呆れられる馬鹿である。
戦闘中の余計な雑念は取り除いておくのがベストだ。戦闘後にもまた尋問が控えていると知ったなら、フェイカーはそのまま姿を眩ます可能性が高い。アサシンのカードを回収した後も、バーサーカー戦に備えて、もう少し話を付けたいのだが。
そんな思考を巡らす凛を尻目に、ルヴィアはキリッとした顔でフェイカーを見つめている。どうやら気になる情報はとことん毟り取るつもりらしい。アレは絶対に気が済むまで退かない顔だ。
そんなルヴィアを見やり、フェイカーは剣を片手に心底からと思われる溜め息をついた。
「何故そんなに興味が湧くのか、不思議でしょうがないな。君たちの知的好奇心とやらは底なしなのかね」
そのままわざとらしく肩を上げるフェイカー。
こちらの諦め悪さを揶揄するような言葉に、ルヴィアのコメカミがピクリと引き攣る。
「フェイカー、あなたは信用と信頼の実績っていうモノがすっぽ抜けているようですわね。命を預けるかもしれない相手のことを知って、信頼に値するか計るのを無駄と仰るのかしら?」
ルヴィアの口上に乗るのは癪なのだが、この意見には凛も全面的に賛成だ。
一般人の、それも小学生のイリヤスフィールと美遊を巻き込んだ手前、判断を誤ることは許されない。
しかし、仮にもクラスカード回収に関しては、共に背を預ける仲となるのである。ある程度の意思疎通をとり、双方の信頼を築き、そしてフェイカーの目的によってはそちらの都合も考慮してもよいというのに――――この男は。
「あんたがもう少し協力的に自分のことを説明してくれたなら、こっちもあんたのことを理解して仲良くやろうっていう気になるのよ。疑問ばかり増やされたんじゃ、たまったもんじゃないわ」
「……君たちに理解してもらって仲を深めたところで、何になる? 君たちとはクラスカード回収後、二度と会うことも無いのに?」
大真面目に言うフェイカーに、凛のもう何度爆発したかもわからない怒りの火床が、また勢いよく燃え上がる。
――――どうしてこの男は、自ら他人からの理解を打ち捨てるような真似をするのか。
凛はフェイカーの泰然と構える立ち姿を視界に収め、拳を握りしめる。
フェイカーの言動に、自分の怒りの沸点が低くなっているのは、自覚している。先ほどの尋問だって、怒りの勢いに任せて突っ走ってしまったと、多少反省もしている。
だが、おかしな話、何故か受け流せないのだ。
それはこの男の鼻に付く態度や――――妙に馴れ馴れしい距離感のせいかもしれない。フェイカーの手の上で弄られているような話の流れや挑発の仕方。そして『凛たちが不用意に攻撃するはずも無い』と語る背中。まるで凛たちのことをよく知っているような、一方的な信頼感。そんな素振りが所々に見え隠れするから、調子も狂う。
(思えば、名前を尋ねたのは美遊だけだったわ)
他にも、凛とルヴィアの会話から、このクラスカード回収の背景を把握したりと、数百年前の過去から来た人間にしては、魔術協会に関して妙に詳しかった。
一体何年前からこの時代にいるのか、と疑問も湧くのだが――――
それよりも。
今の凛を苛立たせている原因は。
(やっぱり、コイツの存在自体が気に障るのよね)
フェイカーには大層な目的があるのだろう。――それを貫き通す意志の強さは感じられる。
この男は性根から腐った悪党では無いのだろう。――そのくらいの人をみる自信はある。
けれど。
コイツは自分以外を頼らない。それだけの強さを持っている。
だから自らの目的を一人で成し遂げようとする。
他人に理解を求めず。頼らず。必要とせず。
たった一人で。
(そのくせ、他人の命は救っておいて。……矛盾しているのよ)
他者を拒絶しながらも、他者を救う男の有り様に、凛は苛立ちを隠せないでいた。
「クラスカード回収後は二度と会わない? この狭い魔術社会、ばったりと鉢合わることもあるかもしれませんわよ」
ルヴィアはフェイカーの言葉尻を捉え、今後の可能性をぶつける。
黒化英霊とも渡り合うフェイカーの実力を考えれば、その可能性も無くはない。
特出した能力の持ち主は、早々隠居を決め込まない限り、魔術社会では良くも悪くも目を付けられやすいのだ。
しかし、フェイカーは嫌味な態度を崩さず、返答を投げ返す。
「クラスカードは、英霊の宝具を一時的に顕現する機能を持つ礼装だ。―――あくまでも『英霊の宝具』であるからな。よく考えれば『抑止』が働くまでもない。
……よって、私がこの後、関与することも無かろう」
煙を巻くような、迂遠的な言い回し。聞いているのはそんなことでは無い筈なのだが、フェイカーにとってはこれが適当な答えらしい。
「それ、説明になってないわ」
凛は荒れ模様の感情のまま、憤然とフェイカーに突っかかった。
「……そもそもね、あなた何様のつもりなの?
一応、前にあなたの目的の建前は聞いたわ。『冬木の地に起きた歪みの解決』。そうでしょう?」
凛の、宝石を握る手に力が入る。硬質な石のこすれる音が決壊の合図だった。
「――――通りすがりのあんたには全然関係ないじゃない! しかも偉そうに一人で解決しようとして、自業自得の傷を負って。馬鹿でしょ!
あんたは危険な事件に、わざわざ自分から首を突っ込むほどのお人好しなの?!
いえ、お伽噺の正義の味方(ヒーロー)にでもなったつもり?!」
凛の怒涛の口撃がビリビリと空気を震わせる。
突如爆発した凛の怒声に、ルヴィアも美遊も、そしてふらふらのイリヤでさえ呆気にとられ凛を注視する。
さすがのフェイカーも面を食らったようで、目を真ん丸にしていた。
眉の険が取れたその表情は、誰かを思い出させたが―――、そのイメージを掴む前に、フェイカーの顔が奇妙に歪んだ。
「――――そうだったら、よかったのにな」
それは自嘲なのか、後悔なのか。それとも決して手の届かぬモノへの憧憬なのか。
複雑な色が混じったその貌は――男の内心を推し量るには、凛たちには難解過ぎたが――どこか泣きそうにも見えた。
だが、それも一瞬のこと。
見えない仮面をつけるように、褐色の大きな手が置かれると、たちまち元の皮肉屋の顔が現れた。
「……私の目的は、君が言った通り『冬木の歪みの解決』で間違いない。まあ、純粋なる善意では無く、多少の私情も混じっているがね」
「その私情を私たちに説明する気は?」
「無いな。だが、君たちを害するようなものではないから、安心したまえ」
未だ『ウソ発見器』モードのルビーを見るが、アンテナの先は緑のまま。
どうやら、本心らしい。
フェイカーの上からの言い方に、軽くイラッと来るものの、凛の怒りの炎はほぼ鎮静していた。先のフェイカーの表情、あれで調子が狂ったようなのだ。一度、怒りを爆発させてしまったのもよかったのだろう。イリヤたちには恥ずかしい姿を見せてしまったが、とりあえず頭は冷えた。
(怪我の功名みたいだけど、言質は取れたし。結果はオーライよね)
********
(凛さんのあの様子……まさかフェイカーさんに惚れちゃったとかそんな感じ?!)
凛の怒りの爆発に、イリヤが抱いた感想はこれである。
相手を心配する念を怒りで表すとは……あれはどう聞いてもツンデレ少女の台詞だ。
イリヤは、次いでなんとなく揺れる視界にルビーをおさめ、口元を引き攣らせた。ルビーの五芒星の横、金の輪の内側に『●REC』の赤文字を発見してしまったのだ。
(コレ、後で凛さんが可哀そうなことになるフラグだ)
今までのシリアスムードが続いたのだ。恐らく後でその鬱憤を晴らすことを選んだのだろう。今は真剣にネタの回収に勤しんでいるとみた。
(……私、今日はなんかの役に立っているかな)
アサシンをだいたいやっつけたのはフェイカーさんだし。
美遊はフェイカーさんの治療をしたし。サファイアも美遊のことよく助けてるし。
凛さんとルヴィアさんは、フェイカーさんから上手く情報を訊きだしているし。
ルビーだって、ウソ発見と結界の構築と、重要な役をこなしているし。
(よく考えてみれば、私ってあんまりいる意味無くない!?)
アサシンが攻撃してきた時だって何にも反応できなかったのに。足手纏いにしかなっていないかも、という昏い思いがイリヤの心に影を落とす。
実際には、ルビーを行使しているのがイリヤであって、イリヤがいなければ結界魔術を展開出来ないのだが、魔法少女仕様のせいなのか、魔術の負担がほとんど感じないおかげで「少し立ちっぱなしで疲れたかな」というのが、イリヤの今の認識であった。
故に、「自分も何かの役に立ちたい―――」。
その一心で、イリヤは張り切ってしまったのだ。
ルビーに向けた視線の奥、結界の外。
イリヤは見つけてしまった。
先の爆発で倒された木々の隙間に見えたもの。
(あれは、木の枝とかそんなんじゃなくて……)
意識を集中させ、焦点を絞る。
視力強化の魔術を重ね掛けし、暗い陰の奥を見通す。
イリヤは気付いていない。自分がルビーを通さずに魔術を行使したことを。―――内なる扉の鍵が、既に外れかけていることを。
強化された眼でイリヤははっきりと見た。
闇に紛れてしまいそうな暗い肌色。短い手足。
地面と平行に投げ出された肢体に力は無く。
かろうじて引っ掛っている衣服はボロボロで。
「女の子……?」
アサシンが潜む危険な結界の外。
そこに、イリヤと同じくらいの女の子が倒れていた。
「凛さんごめん! 結界、解除します!」
ルビーをわし掴みし、イリヤは叫ぶ。
結界が消え去ると同時に、ダッシュを開始。フェイカーを含めた他のメンバーを置き去りに、目標へと近づく。
この少女を助けることしか、イリヤの頭には無かった。知らぬうちに蓄積された疲労のせいで視野が狭くなっていたのかもしれない。しかし、いつ少女がアサシンに襲われるかもしれない状況で、相談などしていられなかった。
一刻も早く少女の下へ辿り着き、保護しなければ――――。
結界を解除したことで、凛さんたちにアサシンの攻撃が及ぶことも、考えない訳では無かった。しかし、復活したフェイカーさんもいるし大丈夫だろうと、思った。それだけ――みんなは強い。
「大丈夫?! ねえ、しっかりして!」
倒れた木々を踏破し、少女の下へ駆けつけたイリヤは、必死に声をかける。
恐る恐る抱き起してやれば、痛ましい身体の惨状が目に付いた。
「ルビー、この子を治して!」
「はいは~い。黒肌のロリッ娘ですね~。了解しました! ついでに魔法障壁も張りますけど、ランクが低くなるのは承知してくださいよ~」
ルビーは物わかりがいいことに、すぐに処置を開始する。その張り切り具合を見る限り、この少女はルビーの好みに合っていたようだ。
先ほどの結界よりは薄い桃色の障壁の内側で、イリヤは少女の手を握り、祈る。
(お願い、目を開けて!)
服越しであるが、少女が浅く息をしている感覚は、抱いた腕から伝わっている。
――まだ助かるはず。私が助けて見せる!
「あれ~? イリヤさん、この子――」
「あ、気が付いたみたい! ちょっと黙ってルビー」
薄目を開けた少女に、イリヤは何か言いたげなルビーを制して話しかける。
「大丈夫? もう心配はいらないよ。あなたは私が助けるからね!」
少女の顔にかかる乱れた前髪を、イリヤは優しく払う。白い何かの破片が零れたが、イリヤは気にしなかった。
少女の瞳は焦点が合わず、ぼんやりしているようだったが、イリヤの声に反応し、顔を僅かにイリヤの方へ向ける。
「―――…たい。いたいよ。……ココどこ? ……かえりたい」
掠れた声は、戸惑いに満ちていた。何故こんな状態になってしまったか、そもそも何故この空間に紛れ込んでしまったかも、少女は把握していないようだ。
「大丈夫。帰れるよ。私が帰してあげる」
イリヤは力強く頷き、少女の手を握り返した。
状況は悪いまま。アサシンはまだ潜んでいるはず。遠くで交戦している音も聞こえるから、凛さんたちの助力は届かない。
イリヤは考える。
この子を無事、帰すにはどうすればいいかを。
この子の願いを叶えるための方法を。
最善の方法は。
最善の結果は。
「――ルビー、シュート(速射)を用意」
心の内に浮かびあがった答えのままに、イリヤは呟いた。
「ん? どうしましたイリヤさん? 他のアサシンでも見つけました?」
突然のイリヤの要請に首を傾げるルビー。
だが、イリヤが返事をする前に。
パキンと結界が砕け散った。
続いて軽い飛翔音と共に飛来する黒いなにか。
それはまっすぐにイリヤの方へ向かってきて――――
トンッと。抱きかかえていた少女の胸に突き立った。
「え――――」
イリヤは呆然とソレを見た。黒く細長いそれは、イリヤの記憶にあるよりは短く、つまり残りは少女の中に埋まっているわけで……。
イリヤは面を上げ、それが飛来した方向に目を向ける。見据えた先にいたのは――――
厳しくも冷たい顔をした、フェイカーだった。
(……ここの記録はカットしておきますか)
by まだ録画を回していたルビーの最後の良心。