ユーノ君が私たちの前から姿を消して……二年の時が過ぎた。
ユーノ君が無限書庫を辞めていなくなったって初めて聞いた時は、本当にショックだった。
私だけじゃない……小さい頃から一緒だったフェイトちゃんとはやてちゃん、それにクロノ君も…みんな驚いてた。
最初はユーノ君を探しに行きたかったけど、スクライアの一族は様々な次元世界を渡り歩いている一族だから、異世界移動に特別制限とか設けられてるわけじゃない。そんなユーノ君を探し出すのは、ほぼ不可能に近いと……クロノ君に説明された。
それでも僅かな希望を持って、有給などを取ったりして、ミッドチルダ中を探し回った。フェイトちゃんやはやてちゃん、シグナムさんやヴィータちゃん達も協力してくれたけど……それでもユーノ君は見つからなかった。
そのうち有給を使い切ってしまって、ユーノ君を探しに行く事自体が困難になってしまった。
どうしてユーノ君は辞めてしまったんだろう?
どうして誰にも言わずに姿を消してしまったんだろう?
悩みを抱えていたのなら、どうして私たちに相談してくれなかったんだろう?
限りない疑問が私の心を支配する。
私たちは……ずっと友達だったのに……
「どうしてなの? ユーノ君……」
自宅のベッドの上で……私は腕で目を覆いながら小さく問い掛けるけど……その問いが返ってくる事は……なかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふわぁぁあ~~~」
……眠い。
やっぱり徹夜で新メニューのアイデア何か考えるもんじゃないね。睡魔に襲われてまともなアイデアが出て来ない上に、深夜のテンションになって訳のわからないアイデアが出てきたりする。
最終的には新メニューが『タコさんパフェ』になっていた。自分で考えといてなんだけど、何だよ『タコさんパフェ』って……
当然この新メニューは却下。結局僕は3時間ほどしか睡眠をとっていないので、もの凄く眠たい。
それでも喫茶店を休むわけにもいかないので、気合でベッドから体を起こし、いざ朝食を作ろうとしたらディアーチェに……
『そんな眠気でフラフラな状態で料理など作れるものか! 今日の朝食は我が作る! 父上は表の掃除でもしてくるがいい!!』
と怒られたので、現在僕は喫茶店の前を箒で掃き掃除しています。
「ふわぁ……」
それでもやっぱり眠い……無限書庫で働いていた頃は徹夜なんて当たり前だったから、何ともなかったのになぁ。
……いや、これが普通か。
「あふ……」
それよりもこの眠気をどうにかしないと……さっきから僕、欠伸しかしてない気がするし……
「ふあ………ん?」
欠伸をかみ殺しながら掃き掃除をしていると、道の向こう側から誰かが走ってくるのが見えた。
「ハッ…ハッ…ハッ……」
その正体は、フードを深く被って一心不乱にランニングをしている一人の少女。あれは……
「ジーク、おはよう!」
「あ、ユーノさん! おはようございます!!」
僕が声をかけると、ランニングを中断して礼儀正しくお辞儀をして返してくれるジーク。
彼女は『ジークリンデ・エレミア』16歳だけど、一昨年のインターミドル世界代表戦の優勝という経歴を持つ女の子だ。うちの喫茶店の常連客の一人でもある。
「朝からランニング? お疲れ様」
「いえ…日課やから、やらへんと逆に落ち着かんのですよ」
「そうなんだ。でもそんなに深くフードを被ったら周りが見えづらいでしょ?危ないよ?」
「だって……目立つの
あそっか。世界最強の称号を持つジークは有名だから、目立っちゃうんだ。
……意外と恥ずかしがり屋さん?
「それでも、そんなに深く被ってランニングなんてしたら結構蒸れるでしょ? はい、これタオル」
「あ…ありがとうございます」
ちょうどタオルを持っていたので、ジークに渡してあげると、ジークは汗を拭くために被っていたフードを脱ぐ。その瞬間、彼女の顔と長いツインテールが露になった。
……あんな長い髪、どうやってフードの中に入れてたんだろう?
キュルル……
「ん?」
「はうっ!!」
すると、どこからか妙に可愛らしい音が鳴った。ジークが慌ててお腹を押さえている所を見ると、どうやら鳴ったのは彼女のお腹のようだ。
「ジーク、まだ朝ごはん食べてないの?」
「は、はい……ランニングが終わってから食べよー思いまして……」
「………ひょっとして、またジャンクフード?」
「うっ……!」
図星か。この子、料理とかはあまりしないのか何かとジャンクフードばっかり食べている。
「しょうがないな……今ディアーチェが朝食を作ってるから、食べていきなよ。ジャンクフードばっかりじゃ、体に悪いからね」
「で…でも……」
「い い ね?」
「は…はい……」
うん、素直でよろしい。じゃあ早速ディアーチェに報告しないと。
《ディアーチェ、ちょっといい?》
《どうした父上? 朝食ならもう少しかかるぞ》
《その朝食の事なんだけど、もう一人分追加してもらっていいかな?》
《うん? 何故だ?》
《店前でジークと会ってね。朝食まだだって言うから誘ったんだ。それに、この子は放っておいたらジャンクフードばっかり食べるからね》
《ジークが? ふむ……承知した。我に任せておくがいい》
《お願いね》
そこまで言って、僕は念話を切った。これでよしっと。
「あ…あの……やっぱり迷惑なんとちゃいます?」
「全然。むしろ大歓迎だよ。それにご飯は大勢で食べた方がおいしいからね♪ほらほら、入った入った」
「は…はい……ほんなら、お邪魔します……」
そんな会話をしてから、僕はジークを家の中に招き入れてあげた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ただいま~」
「お邪魔します」
リビングに入ると、エプロン姿のディアーチェが迎えてくれる。
「おお、父上にジーク。今しがた朝食が完成したところだ」
「ありがとうディアーチェ。シュテルとレヴィは?」
「シュテルならば先ほど起きたところだ。レヴィにいたってはまだ眠っておる」
「そっか、じゃあレヴィを起こして……」
ガチャ
「うー…まだ眠いよシュテるん……」
「いけません。私たちには父上のお手伝いをするという大事な仕事があるのですから」
……くる必要はないようだね。どうやらシュテルがレヴィを起こしてくれたみたい。
「おはよう二人とも」
「お父様、おはようございます」
「おはよー……ってあれ? ジークがいる!」
「あ、本当ですね。おはようございますジークさん」
「う、うん。おはようシュテル、レヴィ」
「さっき表で会ってね。一緒に朝食を食べる事にしたんだ」
「ホント!? ボク、ジーク大好きだから大歓迎だよ!!」
「わっ!!」
そう言ってジークに向かって飛び付くレヴィ。うーん、こうして見ると…この二人髪型が似てるから姉妹に見えなくもないね。
「お前たち! さっさと席につかぬか!! 我がせっかく作った朝食が冷めてしまうであろう!!」
四人でほのぼのとしていたらディアーチェに怒られたため、慌てて朝食が並んだテーブルに座る僕ら。
「それじゃあ……いただきます」
「「「いただきまーす!」」」」
「い…いただきます」
お決まりの合唱をして、さっそく朝食にありつく僕たち。
「あ…おいしい」
「ふふん♪そうであろう。なにせ、王たる我が作ったのだからな。マズイ訳がなかろう」
ジークがポロリと漏らした呟きに、ディアーチェが得意気に鼻を鳴らす。確かに、ディアーチェの料理は美味しいんだよね。正直に言うと僕以上にね。それでも日頃からディアーチェに料理を任せないのは、僕の父親としてのプライドだ。
「ってコラ、レヴィ」
「んむ?」
「またそんな乱暴に食べて……口の周りも汚れてるよ」
レヴィの周囲には食べカスが散乱していて、さらに口周りは盛大に汚れていた。
「ほらジッとして……」
「んー」
あまりにみっともなかったので、僕はナプキンでレヴィの口の汚れを拭き取ってあげた。
「ありがとー! おとーさん!!」
「今度はもっとゆっくり食べるんだよ?」
「はーい!!」
気持ちのいい返事と共に、再び乱暴に食べ始めるレヴィ。
……僕の話聞いてた?
「お父様、言っても無駄かと」
「その通りだ。こやつには学習能力というものが皆無なのだからな」
「……それもそうだね」
「んむぅ?」
僕たちの会話の意味がわからないのか、一人首を傾げるレヴィ。
「やれやれ……」
そんなレヴィに呆れながら、ふと視線を移動させると、黙々と朝食を食べているジークが視界に入った。
「そう言えば、ジークも今年のインターミドルに出るんだよね?」
「あ…はい」
「今年はどう? 最後までやれそう?」
ジークは去年のインターミドルで途中欠場してしまっている。その理由は…彼女は決まった住居を持っていない為、ちゃんとした食生活を送れないホームレス同然の生活をしていた。それが原因で、去年は最後まで戦えずに途中欠場してしまった……ってハリーから聞いた。
「はい……去年はヴィクター……友達と当たる前に欠場してもーたから、今年は去年や一昨年以上に頑張らんと……」
「そう……頑張ってね、応援してるから」
「んんー」
僕がジークの頭をクシャクシャっと撫でてあげると、ジークは気持ち良さそうに目を細めていた。あぁ、こういうところも、ちょっとレヴィに似てるなぁ……
とまぁそんなこんなで朝食は終わり、現在僕たちはジークの見送りをしている。
「ご飯、ごちそうさまでした」
「うむ、我の料理が食いたくなったらいつでも来るがいい。その時はうぬの好きな、おでんでも作ってやろう!」
「また来てねジーク!」
「いつでもお待ちしております」
「食生活には気をつけるんだよ?ジャックフードばっかりじゃ体に悪いからね。本当に厳しくなったら、いつでもうちに来てもいいから」
「はい! ありがとうございます!!」
そう言ってジークは深くお辞儀をすると、再びフードを深く被って「それじゃあ!」と言い残して、ランニングしながら行ってしまった。僕らはそれを、手を振りながら見送った。
「……さてと、お店の準備を始めようか!」
「「「はーい!」」」
ジークが見えなくなったのを確認して、僕達はさっそくお店の開店作業を始めた。
……それにしても、ジークは本当に大丈夫だろうか?
ジークが去った方角を見ながら、僕の胸にそんな不安がよぎったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ありがとうございましたー!」
時間はお昼過ぎ。先ほど帰ったお客様でようやくお昼のラッシュが終わったところだ。この時間帯はそれなりに混むから大変なんだよねー。
「ふわぁあ……」
それはそうと…お昼のラッシュの緊張感が解けたせいか、今朝の眠気がまた襲ってきた。正直気を抜いたら立ったまま眠れそうだ。
「お父様…そんなに眠たいのであれば、奥で仮眠を取ってきてはどうでしょうか?」
「うん、そうしたいのは山々なんだけどね……」
でも、店主である僕がお店を放っといて眠るわけにはいかないでしょ。
「大丈夫です。お昼のラッシュを過ぎてしまえば、しばらくお客は来ませんから」
うーん…そうは言ってもなぁ……
「それに何より……お父様に倒れられては困ります。お店の為に…そして私達の為に、今は休んでください」
うっ……愛する娘にそこまで言われたら……仕方ないよなぁ。
「わかった。それじゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。その代わり、お客さんが来たらすぐに呼ぶんだよ?」
「承知しました。ではお父様、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
まったく……娘に心配されるなんて、僕も父親としてまだまだだなぁ。とりあえず今は寝よう。愛する娘達を困らせたくないしね。
部屋のベッドの上で仰向けに寝転がった僕は、すぐにまどろみの中に身を任せて、意識を手放した。
シュテルside
「シュテルよ、父上は眠ったか?」
「えぇ。私の巧みな話術によって、お父様を休ませる事ができました」
「シュテるんさっすが~♪」
「よくやったシュテル。褒めてつかわす」
「えっへん」
レヴィとディアーチェに褒められて、私は胸を張る。
「それにしても父上には困ったものよ。無理をしているのは誰の目から見ても明らかだと言うのに……」
「うんうん! おとーさん、ずっと眠たそうにしてたよね」
お二人の言うとおり、お昼のラッシュの間、お父様は平気そうな顔で働いていましたが…時折見えないところで欠伸をしたり、目をこすったりしていた。
「誰にも頼らずに無理をするところが、お父様の悪いところです」
「たまにはボク達に頼ってくれてもいいのにね?」
「まったくだ。しかし、父上が休んでしまえばこちらのモノよ。残りの仕事は、我らだけで片付けるぞ!」
そう…お父様に執拗に休むように言ったのはこの為。普段から無理をしがちなお父様にゆっくり休んでもらう為の作戦です。一人二人のお客様相手なら私達だけで対応できる。まぁ……さすがに厳しくなってきたらお父様を起こしますがね。
「ではさっそく仕事に取り掛かりましょう」
「うむ!」
「おー!」
そう言って私達は頷き合い、さっそくそれぞれの仕事に取り掛かった。
……と、意気込んだのはよかったのですが……
「見事に…客が一人も来んかったな」
時はすでに夕方。お父様がお休みになってから、すでに数時間は経過している。だと言うのに、その間お客様が一人も来なかったというのは驚きです。
「ぶー…つまんないの。せっかくおとーさんに褒めてもらうチャンスだったのに……」
「そう不貞腐れるものではありませんよレヴィ。むしろ結果オーライというものです」
お父様をゆっくり休ませるのが本来の目的なのですから。
「………そうでもなさそうだぞ」
「え?」
ディアーチェの呟きに、私が首を傾げていると、彼女は窓のほうを指差していた。そして窓の先には、人影が見えていた。
因みに窓はすりガラスですから、顔は見えません。
『………だね…』
『……当に…屋……て…ある』
『とり……って……ようや』
店前から聞こえる声を聞く限りでは、どうやら女性の三人組のようですね。おそらく仕事終わりのリフレッシュ目的でしょう。女性三人なら、私達で何とかなります。
「レヴィ、お迎えの準備を。ディアーチェはキッチンをお願いします」
「はーい!」
「わかっておるわ!」
カランコローン!
来た……!
「いらっしゃいませ……何名さまで…しょう……か……」
「え? あ…あれ……?」
「なっ……!!?」
来店してきたお客様を見て、私達三人は言葉を失ってしまいました。何故なら……
その三人の女性が……私達三人とそっくりの顔立ちをしていたのだから……
つづく