「おとーさーん! ひーまー!」
「わかったからレヴィ、カウンターの上でゴロゴロ転がらないの。はしたないよ」
「はーい……」
僕の注意を聞いて、素直にカウンターから降りてくれるレヴィ。
現在僕が経営する喫茶店『翠屋・ミッドチルダ店』はまったくお客さんが来ずにガラーンとしてる。いつもこのお昼時の時間帯には結構入ってくるんだけど、今日は休日だから仕方ないか。
「しかしどうするのだ父上? これだけ客が来ないと我もヒマで仕方ないぞ」
「お父様、私もです」
「うーん……どうするっていわれてもねぇ……」
さすがに、こればっかりはどうしようもないからなぁ。
「なんでしたら私がそこらへんの通行人をルベライトで拘束して無理矢理……」
「お願いだからやめてねシュテル」
「冗談ですよ」
真顔で何て物騒な冗談を言うんだこの子は。
「とぉーー!」
「うわぁ!?」
すると急にレヴィが僕の背中に飛びついてきて、そのままヨジヨジと僕の体を上り始める。
「レ…レヴィ?」
「ヒマだからおとーさんと遊ぶことにした!」
僕の体をよじ登りながらそう宣言するレヴィ。とりあえず、僕の髪を掴むのはやめてくれないかな? 地味に痛い。
「おー! 高ーい!」
体をよじ登ってきたレヴィは最終的に肩車と言う形に落ち着いた。
「レヴィ貴様!! 父上のてっぺんは王たる我の席ぞ!! 早々にどくがいい!!!」
「へっへーん! 早い者勝ちだよ〜♪」
「おのれ塵芥!!!」
僕の頭上と足元で言い合いを始めるレヴィとディアーチェ。それはそうと……
「シュテル? 君は一体何をやっているのかな?」
二人が口喧嘩を始めた辺りから僕の左足に引っ付いているシュテルに問い掛ける。するとシュテルは若干涙目で僕の方を見上げて言った。
「……仲間はずれは
………何この可愛い生き物? あぁ、僕の娘か。
どうやらシュテルは僕の体に引っ付いてるレヴィと、そのレヴィと口喧嘩をしているディアーチェを見て、自分だけ仲間外れにされていると思ったようだ。この子意外と寂しがりなところあるんだよね。そこがまた可愛いんだけど。
にしても、この状況はどうしようか……頭上にはレヴィ、右腕にはディアーチェがぶら下がり、左足にはシュテルが引っ付いている。
今はお客さんがいないから大丈夫だけど、もしこんな状況でお客さんが来たら変な誤解を──
カランコローン
刹那……来店時に鳴るベルが、店に響く。
何て間の悪い……
と思っていたら……
「あっ! バンチョーだ!」
「よおチビッ子ども。相変わらず父ちゃんと仲いいな」
「やぁハリー、また来てくれたんだね」
「おう! また来たぜ店長!」
来店してきたのは何人かいるこの喫茶店の常連客の一人……『ハリー・トライベッカ』だった。
「ハリーさん、また来たんですか?」
「貴様も相当ヒマなようだな、アバズレ娘」
「来てやったんだからありがたく思えよっ! そしてそっちのバッテンはアバズレ言うな!!」
僕らにとってはお馴染みとなったこのやり取り。因みにバッテンって言うのは、ディアーチェが着けてる髪留めの形の事だよ。
「それでハリー、注文はいつもケーキセットでいいの?」
「おう、それで頼むわ」
「了解。それじゃあレヴィ、そろそろ降りてくれる?」
「はーい!」
聞き分けのいい返事と共に、僕の体から飛び降りるレヴィ。それを確認したあと、僕は早速準備に取り掛かった。と言っても、作ってあるケーキを皿に乗せて、セットの紅茶を淹れるだけなんだけど……
「ん? そう言えばアバズレ娘、お前の取り巻き共はどうした?」
「だからアバズレ言うなって……リンダたちなら今日はみんな用事があるとかでいねぇよ」
そうそう……ハリーの周りにはいつもリンダ、ルカ、ミアって言う友達がいるんだよね。今日は三人とも不在だけど。
「ねぇねぇ! バンチョーバンチョー!!」
「ん? 何だレヴィ?」
「バンチョーは今年のDSAA出るの!?」
興奮気味にハリーにそう尋ねているレヴィ。
因みにDSAAって言うのは、『|DSAA《ディメンションスポーツアクティビティアソシエイション》公式魔法戦競技会』。全管理世界から集まった10歳から19歳までの若い魔導士たちが魔法戦で競い合う大会で、『インターミドル・チャンピオンシップ』とも呼ばれている。
「まぁな。オレはたしか今回予選シード枠で出場だ」
そう言えばハリーは去年のインターミドルで都市本戦5位だったっけ。
「へぇーいいなぁ~ボクも出たいなぁ~」
そう言ってチラリと僕のほうに目配せしてくるレヴィ。でも当然答えは……
「ダメだよ」
「えーーーっ!! なんでさぁ!!?」
「前にも言ったでしょ? インターミドルにはたくさん強い人が出てくるの。それこそ、レヴィたちじゃ歯が立たない程のね」
「でもでも! ボクたち、魔力ランクはAAランクだよ!!」
「魔力のランクで決まるほど甘い大会じゃないよ。それこそ多くの経験がモノを言うんだ。まともな戦闘経験のないレヴィじゃ、よくて地区予選の二回戦あたりまでかな」
「そんなのやってみなきゃわかんないじゃん!!」
「確かに当たる人によって結果は変わってくるかもしれないけど……ダメなものはダメ」
「ぶぅー……」
「諦めろレヴィ」
「そうですよ、お父様を困らせてはいけません」
むくれるレヴィを励ますように言うディアーチェとシュテル。
本当はそれ以上に、この三人を出場させたくない理由があるんだけど……まぁその理由は僕の個人的なものだから言わないでおこう。
「はい、お待たせ」
「おう! サンキュー」
ハリーが座っているカウンター席にケーキと紅茶のセットを置くと、ハリーは早速フォークを使ってケーキを食べ始める。
「うん! うまい!! やっぱここのケーキはいいなぁ、甘さも丁度いいし」
「そう言ってもらえると作り甲斐があるよ♪」
いや本当に、こうやって僕が作ったケーキを美味しそうに食べて貰えるだけで嬉しくなる。あの人たちの下で必死に修行した甲斐があったなぁ……
「おーい店長? 何遠い目してんだ?」
「あーいやちょっと……過去の苦行をね……ハハハ」
「? まぁいいや。ケーキを持ち帰りであと三つくれ。あいつらにも買ってってやらねぇとな」
「そう言うだろうと思って、準備しておいたよ」
そう言って僕は事前に準備しておいたケーキの入った箱を見せる。
「さっすが店長♪」
丁度ケーキを食べ終えたハリーは紅茶を一気に飲み干すと、勢い良く席を立つ。
「ごちそうさま! 金は置いとくぜ」
「ありがとうございました。インターミドル、頑張ってね」
「もちろん! 今年こそあのヘンテコお嬢様をブッ倒してやるぜ!!」
ヘンテコお嬢様? 誰だろ? ハリーのライバルかな?
「またなチビッ子ども」
「じゃーねーバンチョー」
「またのお越しを……」
「ふん……来たければ来るがいい」
「三人によろしくね」
僕らの見送りを受けながら、ハリーは「じゃーなー!」と言い残して、お店を出て行った。
「さて、それじゃあ片付けようか」
「「「はーい!」」」
ハリーを見送ったあと、さっそく後片付けを始める僕たち。すると……
ドドドドド……
「ん?」
「どうかしましたか? お父様」
「いや、何か地響きみたいなのが……」
ドドドドドドド!!
店の外から聞こえる地響きのような奇妙な音。それは段々とこの店に近づいてくる。
キキィィイイ!!
そして、ちょうど店の前でブレーキ音と共に止まり、そして……
カランコローン!
「ユーノ店長!! 匿って!!!」
店の中に勢い良く、一人のシスターが入ってきた。
「ハァ……またかい?シャンテ」
僕が呆れた声でそう言うも、それを無視して店の奥へと身を隠す〝聖王教会〟のシスター……『シャンテ・アピニオン』。それと同時に……
『シャンテーーー!!! 今日と言う今日は許しませんからねーーー!!!』
もう一人のシスターがお店の前を物凄い勢いで走り去って行った。あれは確か……〝聖王教会〟の『シャッハ・ヌエラ』さんだね。
「……行った?」
シスターシャッハが通り過ぎたのを確認して、店の奥から出てくるシャンテ。
「……で? 今回は何をしたのだ? この不良シスター」
「ひっどーいディアっち! それじゃあまるで、いつもあたしが悪いみたいじゃーん!」
「みたい……ではなく、実際そうなのでは?」
「シュテっちも酷い!」
「そーだよ! 逆にシャンテが悪くなかった日なんてあるの?」
「レヴィっちが一番ひでーー!!」
うちの三人娘に言葉のリンチを受けて涙を流すシャンテ。フォローしてあげたいけど、実際娘たちの言うとおりだからなぁ……教会で何か問題を起こしては怒られて、その度にうちに逃げ込んでくるんだから……さっきのハリーとは違う意味での常連客だ。
「あたしはただ、騎士カリムの友人に出す予定だったケーキを間違って食べちゃっただけだよ!!!」
ドーン! っと効果音がつきそうな程、胸を張りながら言い切るシャンテ。
……うん、同情の余地なし。
「ストラグルバインド」
「えっ! ちょっ……うわっ!!?」
まずはバインドをかけて動きを封じて、最後は……
「シュテル、レヴィ、ディアーチェ……つまみ出して」
「「「はーい!」」」
愛する娘たちに捨ててきてもらおう。
「わーー!! 待って待って!!! 本気で待って!!!」
「……なんだ? 言い訳があるなら聞くぞ、不良シスター」
「手短に済ませてください」
「そーだ! 早くいえー!」
三人に担ぎ上げられながらも懇願するシャンテ。そんな彼女の頼みを律儀に聞いてあげる娘たち。何ていい子たちなんだ。
「いや…このまま外に放り出されたら、あたし確実にシスターシャッハに怒られる」
「知らん。自業自得だ」
まったくだよ。
「ぎゃーーー!! ごめんなさいごめんなさい!! もうしませんからそれだけは許してーーー!!!」
そう言って大泣きしながら懇願するシャンテ。
……ハァ、仕方ないなぁ。
「もういいよ三人とも、降ろしてあげて」
「……チッ、命拾いしたな」
「仕方ありませんね」
「ちぇ~」
口々にそうぼやきながらも、担いでいたシャンテを降ろしてあげる娘たち。同時に僕も、彼女を縛っていたバインドを解除する。
それを確認しながら、僕はケーキを二、三個ほど箱の中に詰めて……
「はいコレ」
シャンテに渡してあげた。
「え?」
ケーキの入った箱を突然渡されて呆然とするシャンテ。でも残念ながらそれは君のケーキではない。
「とりあえず、それを持ってシスターシャッハに謝っておいで。ケーキの代金はまた今度でいいから」
「ほ…本当にいいの?」
シャンテの問い掛けに静かに頷く僕。
「やったぁあ!! さすがユーノ店長!! だから店長大好き!!!」
「はいはいわかったから早く帰りなさい。あんまり遅くなるともっと怒られるよ?」
「はーい! それじゃあね店長、シュテっち、レヴィっち、ディアっち!」
「バイバーイ!」
「今度はちゃんとお客様として来てくださいね」
「とゆうか、二度と来るな」
ケーキの箱を持ってそそくさと出て行くシャンテを見送る僕ら。
そしてシャンテの姿が見えなくなったあと、三人娘全員がドッと息を吐いた。
「お父様……何だか疲れました」
「まったくだ。あの不良シスターが来るといつもコレだ」
「おとーさん! ボクお腹すいたー」
うーん……時間は三時前か……
「そうだね。時間もちょうどいいし、オヤツにしようか?」
「ホント!? じゃあボクはショートケーキ!!!」
「では私はモンブランを」
「父上、我はイチゴタルトを所望するぞ」
「はいはい♪ちょっと待っててね」
こうして……僕ら家族の日常は過ぎていく。
二年前のあの日までは想像する事すら出来なかった、ありふれた日常。
昔も色々と楽しい事はあったが、僕にとっては今が一番楽しい。
愛する娘に囲まれて……泣いたり、笑ったり、怒ったり……そんなどこにでもありそうな普通の日常……
それが僕たちの喫茶店『翠屋・ミッドチルダ店』日常だ。
つづく
おまけ
聖王教会
「あら? おいしいわねこのケーキ」
「ホンマや……シャッハ、これどこで
「すみません……このケーキはシスターシャンテが買ってきたケーキですので、どこのケーキかは……」
「あらそうなの?」
「はい……シスターシャンテが間違って食べてしまったケーキの代わりだと言って……」
「ほんなら、お店の名前だけでもわからへんか?」
「ちょっと待ってください……あ、箱に書いてありますね。えっと……『翠屋・ミッドチルダ店』と言う名前の喫茶店ですね」
「……………へ?」
おわり