水先案内録カイジ:ARIA×賭博黙示録カイジ   作:ゼリー

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よろしくお願いします。


第6話~訓練~

 本日は、カイジがARIAカンパニーで働き始めて、初めての休業日である。この休みを利用してカイジは、アリシアに町を案内してもらおうとしていたのだが、そのアリシアは、急な用事ができたらしく朝から出かけてしまっていた。なんでもゴンドラ協会の会合だそうだ。

 カイジは、朝食を食べながら何をしようか考えていた。

 

何すっかな・・・

まだゴンドラの練習は一人じゃ無理だしな・・・・・

 

 実はカイジ、数日前から朝の客が来るまでの時間、アリシアからゴンドラの乗り方を教わっていたのである。この水路がひしめく町では、なにかとゴンドラで動き回る必要があるとかで、ある程度は乗れた方がいいらしい。例えば買い物や大荷物を運ぶ時に乗れると便利だそうだ。

 

適当に一人でぶらついてみるかな・・・・

しかし・・・如何せんあまり金がないからな・・・・・

まあいいか・・・・

 

 ともかく町に出よう、そう考えたカイジは朝食を済ませ、隣に座っているアリア社長に声をかける。

 

「社長・・・オレちょっと散策してくるが・・・お前はどうすんだ・・・・」

「ぷいにゅ~」

「あっそう・・・・んじゃあな・・・」

 

 

 そういって立ち去ろうとするとアリア社長がまとわりついてくる。

 

「ぷいにゅ! ぷいにゅうー」

「あ・・・・? 弁当作れって・・・・?」

「ぷいにゅ」

「やだよ、んなもん・・自分で作ってくれ・・・」

「ぷぷぷいにゅ! ぷいにゅ~~!」

「うぐっ・・・・! わ、わかったっ・・・! 作るってっ・・・! 作りますから・・・っ!」

 

 勢いよく下腹部にタックルしてきたアリア社長に、(うずくま)って股間を抑えながらそう言うカイジ。情けなさ過ぎるぞカイジ。

 

「くそっ・・・! なんでオレがこんなことっ・・・!」

 

 カイジはぶつぶつ呟きながらキッチンに向かう。小さめのバスケットに食パンとハムを放り込んでアリア社長に渡す。

 

「ほらっ・・・これでようござんすかっ・・・!」

「ぷいにゅ!」

「そりゃどうもっ・・・・じゃあな・・・」

 

 ようやく納得したアリア社長を残して会社を出たカイジは、朝の陽光を受けてキラキラ光る海面を眺めながら河岸沿いに歩き始めた。カイジは春の空気を胸一杯に吸い込み、朝の雰囲気を存分に味わう。たまにはこうして散歩するのも悪くないなと考えながら遊歩道をしばらく歩いていると、何処からか声を掛けられる。

 

「――カイジ~! おーいカイジ~!」

「あん・・・・?」

 

 このネオ・ヴェネツィアでカイジに声をかけてくる人間なんて限られている。はて、誰であろうかと立ち止って辺りを見回すがそれらしき人影は見当たらない。

 

「此処よこ~こ!」

 

 後方から声がしたなと振り向けば、一際綺麗な建物の窓から顔を出している藍華がいた。こちらに手を振って呼んでいる。

 

っ・・・・! でけえ声出すなよっ・・・!

注目浴びちゃってるじゃねえかっ・・・・・・!

 

 気がつけば散歩中の老夫婦が、カイジと藍華を交互に見て微笑んでいる。カイジは恥ずかしそうに前を向いて、知らぬ存ぜぬとまた歩き始めた。

 

無視だ無視っ・・・・・!

 

「何シカトしてんのよ! 今こっち見たじゃない! おーいカイジ! そこの黒い制服着てるおとこ~!」

 

~~~~っ!

くそっ・・・! なんの恨みがあってあんなことしやがるっ・・・・!

 

 カイジは声を振り切るように猛ダッシュしてその場から離れた。

 大きく開けた場所まで来ると、ふ~と一息ついてその場に座り込むカイジ。初日にへたり込んだ場所と奇しくも同じ彫像の下であった。

 

余計な運動したせいでっ・・・・喉が渇いたな・・・

 

 カイジはチャリチャリと音のするポケットを漁る。手を出すと中から小銭が出てきた。これは何度かの外食の際、アリシアからもらった軍資金の余りである。カイジはアリシアに返そうとしたが、お小遣いとして取っておいてと言われ、ありがたく頂戴したものであった。これがある程度溜まると、カイジはすぐさま煙草を買いに行った。その時、300年未来にまだマルボロがあるのかと驚いたのは余談だ。ともかくその余りがまだ幾らか残っていた。

 

これでなんか飲み物でも買うか・・・

 

 そう決めたカイジは、サン・マルコ広場をぶらつく。右手に見える宇宙港からは観光客がパンフレットを片手にきょろきょろと出てくる。前方を見上げれば大鐘楼が屹立しており、その奥にはサン・マルコ寺院が荘厳な雰囲気を放ちながら鎮座していた。

 カイジは小広場(ピアツェッタ)から広場(ピアッツァ)の方へ向かった。広場の方には、カフェがあり屋外にテーブルを出して朝の喫茶を楽しむ人々が大勢いた。

 カイジは、その中の一席に座って喉を潤すことにした。

 

「サイダーをくれ・・・」

「かしこまりました」

 

 寄ってきたウェイターにそう注文したカイジは懐からマルボロを取り出して咥える。火をつけてゆっくりと煙を吸い込む。吸い込んだ煙を鼻から勢いよく吐きだし、また吸う。一本吸い終わるとサイダーがやってきた。グラスを手に取ると一気にあおる。

 

「かぁ~~~~~っ・・・!」

 

くぅ~~っ・・・!沁み込んできやがるっ・・・体に・・・・!

そしてこれまた・・・・・煙草がうまいっ・・・!

 

 二本目の煙草に火をつけると恍惚とした表情を浮かべるカイジ。タバコを吸い終わるとテーブルに置かれた伝票を確認する。瞬間青ざめるカイジ。

 

「は・・・・?」

 

 そこにはカイジの所持金を越える値段が記載されていた。

 

なんだこれっ・・・!ぼったくりじゃねえかっ・・・・!

人の足元見やがってっ・・・・くそっ・・・!

どうするっ・・・?フけるかっ・・・!?

 

 先日、感動の余り「奇跡だ・・・・っ」と感心した人間のする考えではない犯罪じみた事をしようとするカイジ。やはり、そう簡単にこの男の性根は変わらないのが現状であった。

 すると、イスを引き立ち上がってズラかろうとするカイジの背中を誰かが叩いた。

 

「あひっ・・・! 違うんですっ・・・! ちょっとトイレにっ・・・・!」

「なにがトイレよ、このお馬鹿! 人のこと無視してくれちゃって!」

「っ・・・・! ってお前かよ・・・・ふぅ・・・驚かせやがって・・・・・」

 

 店員に逃げようとしていることがバレたかと思って必死に言い訳をしたカイジだったが、そこにいたのは藍華であった。

 

「私で悪かったわねっ!」

「まったくだっ・・・!・・・・・・・! そうだっ藍華・・・!金貸してくれっ・・・!」

「はぁあ?いやよ、なんで私が貸さなきゃなんないのよ」

「頼むっ・・・!後生だからっ・・・・!」

「いーやっ! 無視するような男には貸しませーん!」

「・・・・っ! てめえっ・・・! もとはと言えばお前がっ・・!」

「なによ?」

「あんな往来で・・・・っ! でけえ声出すから悪いんだよボケっ・・・!」

「それがどうしたのよ?」

「もういいっ・・・! いいから金貸してくれよっ・・・! ちょっとっ・・・ちょっとでいいんだってっ・・・・!」

「お金を借りる人間の態度じゃないわね」

「何でもしますからっ・・・! お願いしますっ・・・・!」

 

カイジっ・・・・!圧倒的懇願っ・・・・!

テーブルに額を擦りつけっ・・・!ひたすらに懇願っ・・・・!

屑っ・・・・!まごうことなき屑っ・・・・!

それもサイダー一杯の為というから始末に負えないっ・・・・・!

 

「わ、わかったわよ……どれくらい?」

「この差額だけでいいんだ・・・・っ! 頼むっ・・・!」

 

 藍華はカイジが出した小銭と伝票を見比べる。

 

「アンタ……これっぽっちも払えないの……?」

 

溜息をついて不憫そうにカイジを見つめる藍華。カイジはうるんだ瞳で上目遣いをしている。

 

「キモイからその顔やめて」

「はい・・・・」

 

 藍華は伝票を持っていくと会計を済ませて神妙にしているカイジのもとへ戻ってきた。

 

「ありがとうございますっ・・・! 給料が入ったら必ず返しますっ・・・!」

「これくらい良いわよ別に……それよりアンタ、さっき何でもするって言ったわよね?」

「へ・・・? そんなこと言ったっけ・・・・」

「今さっき言ったわよ! ボケてんの!?」

「じょ、冗談冗談・・・・っ! 殴るなってっ・・・・!」

「ふぅ……アンタと話してると疲れるわね」

「で・・・何が要求だよ・・・・? 命に関わるようなことは御免だぞっ・・・・!」

「なんでいきなり命のやり取りになるのよ! どういう思考回路してんのよアンタっ!」

「御託はいいから・・・! さっさと言えよ・・・」

「ゴタクってアンタがっ! ……はぁ……ツっこんでるとキリがないわね……」

「・・・・・・・・」

 

 カイジが黙ると、藍華はふぅと息をついて静かに話しだした。

 

「あのね、私のゴンドラの訓練に付き合ってほしいのよ。私まだペアだからお客様乗せる事は出来ないんだけど……お金をとらない知り合いなら大丈夫って晃さんが言ってたの。それに晃さんも午後から付き合ってくれるらしいから、アンタは一応お客様の代わりってことでお願いしたいの」

「ふ~ん・・・・・」

「どう?」

「そのあきらっつうのは・・・・アリシアさんの知り合いの人か・・・・?」

「そうよ。よく知らないけど……で、どうなのよ?」

「オレは乗ってるだけでいいのか・・・・・?」

「うん、乗ってるだけで構わないわ」

「・・・・仕方ないっ・・・一肌脱いでやろう・・・」

「ってなんでアンタが偉そうなのよっ! カイジ……アンタあたしの事ナメてるでしょ? いい加減にしないと……」

 

 拳をあげてカイジを威嚇する藍華。

 

「い、いやっ・・・! すいませんっ・・・!」

「もうっ……まあそういうことだから1時になったら姫屋の前に来てちょうだい」

「どこにあんの・・・・? そこ・・・」

「さっき通ったじゃないアンタ! 馬鹿なの、ねえ? 馬鹿なの? 私さっき顔出してたよね? 覚えてるわよね?」

「あ、ああっ・・・! あそこねっ・・・オーケーオーケー・・・! 了解・・・!」

 

 ガッテンとばかりに手を打つカイジを睨みつける藍華。藍華は去り際に恐ろしい台詞を吐いてカイジを震え上がらせた。

 

「もし来なかったら……無銭飲食未遂のことアリシアさんに言うからね」

 

気付いてやがったこのアマ・・・・っ!

 

「あ、あああ~っあ藍華さんてば・・・・! やだな~っ・・・オレがそんなことするように見えるのかな~・・・・!」

 

 天地神明に誓ってそうにしか見えないだろう。しかし、カイジは勿論すっぽかすつもりはなかった。先日アテナと食事をした際、ゴンドラで店まで行ったのが思いのほか愉快であったから、今回もペアとはいえ街並みをゴンドラから眺められるのは楽しみであった。

 それにその晃という女性も気になった。十中八九、初日にカイジを運んでくれた人だろう。お礼を述べる丁度いい機会だとカイジは考えたのだ。

 

それじゃ・・・・時間までもう少しぶらついてみるか・・・・

 

 カイジは藍華と別れてから、サン・マルコ広場を後にして町の内部の方へ歩き始めた。細い路地を気の赴くままに適当に進んでいく。

 

にしても路地と橋が多いな・・・・

迷ったら帰るのが面倒になるな・・・・・・・

 

 それもそのはず地球にあったヴェネツィア共和国は、もともとアドリア海のラグーナに浮かんでいた多数の島嶼(とうしょ)が寄り集まって出来た都市国家であったのだ。それゆえ、島と島を繋ぐ橋が多く見受けられる。さらに各島には各生活道路があり、それが寄り集まってこれだけ多くの路地(カッレ)が生まれたのだ。

 各島は広場(カンポ)を中心にして生活をし、時代が下るとヴェネツィア全体の中心部としてサン・マルコ広場を設けた。つまりヴェネツィア共和国は多核的国家であると同時に、より高次元の核を持つ中央集権国家でもあったのだ。勿論、ネオ・ヴェネツィアでもその町づくりを踏襲している。

 そんな事情を露知らずカイジは町をふらふらと歩いている。薄暗い路地を抜け、広場へと出るとまた路地に入っていく。それを繰り返していると意図せずにサン・マルコ広場まで戻って来ていた。

 

そろそろ帰って昼飯でも食べるかな・・・

間に合わないと藍華が本気でキレそうだ・・・・

 

 カイジはサン・マルコ広場を抜けてスキアヴォーニ河岸をARIAカンパニーの方へ歩いて行った。途中、姫屋の位置を再確認し、会社へと戻った。

 アリア社長は朝言っていた通り、出かけているようであった。カイジは食パンにレタス、ハム、チーズを挟んで昼飯を済ませた。ARIAカンパニーの屋内は禁煙だか、外のデッキの客から見えないところであれば吸ってもいいとの御達しをアリシアから受けていたカイジは、デッキでコーヒー片手に一服し、すぐさま姫屋に向かった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 時間ちょうどに到着したカイジは、姫屋の前でぼーっと待っていたが、10分ほど経っても藍華たちは現れなかった。苛々し始めたカイジは、姫屋に入って呼ぶことにした。

 吹き抜けになっているエントランスに入ると、城を思わせる雰囲気に圧倒される。カイジは以前、藍華から聞いた事を思い出し、流石老舗といったところだと感心した。

 

「あの~なにかご用ですか?」

 

 仕事を終えて戻ってきたウンディーネに声をかけられた。

 

「えーと・・・・藍華を呼んでくれないか・・・・・」

「……」

 

 ウンディーネは疑わしげな眼でカイジをみる。慌てて補足するカイジ。

 

「訓練の手伝いを頼まれているんだ・・・・! えーと・・・あきらっていう人と一緒にっ・・・・・・!」

「晃さん?」

「――あゆみ~! お昼いこ……あ、すみません!」

 

 仕事から帰ってきた別のウンディーネがカイジに気付きしまったとばかりに頭を下げる。

 

「とりあえず今確認してきますね」

「ああ・・・頼む・・・・・」

「失礼します」

 

 そう言うと二人で階段を上っていった。それから待つ事20分、ようやく藍華たちがやってきた。

 

「なによカイジ、もう来てたの?」

「ざけんなっ・・・! 30分も待ってんだよこっちはっ・・・・・!」

「そう、悪かったわね」

「おまっ・・・・! っち・・・まあいい・・・んでそっちの人は・・・?」

「紹介するわね、こちら訓練をみてもらう私の先輩の晃さん。プリマのウンディーネよ」

「晃・E・フェラーリだ、よろしく。カイジ君だったな……何日か前にサン・マルコ広場で倒れていた……」

「その節はっ・・・! 本当に・・・・・・すみませんでした・・・っ! ありがとうございます・・・っ!」

「――ARIAカンパニーで働いてるんだってな、藍華から聞いたよ」

「え・・・? あ、はい・・・・」

 

 晃は、数日前カイジをARIAカンパニーに運んだ時、眠っているカイジの人相をみて危ない印象を持っていた。翌日の夜、藍華から事の顛末を聞き、それは一層深まった。しかしその後、何度かカイジと会っている藍華の話や、アテナの話を聞く限りそこまで危険視する程の人間ではないことを知った。

 とはいっても、実際に会って話してみないことには判断できない。故に、今回藍華にわざわざ頼んで、カイジを訓練に付き合わせたのだ、訓練の間中、カイジの人となりを見極めるために。

 

「どうだ? ARIAカンパニーは」

「大変良くしていただいてますっ・・・・!」

「ほう……その話はまた今度にしよう。とりあえず藍華の訓練だ、私も時間が限られているからな」

「それじゃあ行きましょう」

「うむ」

 

 三人は、ゴンドラ乗り場へと向かった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

「お客様、お手をどうぞ」

 

 ゴンドラ乗り場の前で客役をやらされているカイジ。着いた時、カイジが最初に乗り込もうとすると、横から藍華にチョップされアンタさっきの話もう忘れたの、と言われた。そこでようやく思い出すカイジ。藍華は溜息をついていた。

 藍華の接客の様子をみるために晃が初めに乗り込んだ。次に藍華が桟橋とゴンドラに足をかけてカイジを乗り込ませる。

 

「あ、ああ・・・・」

「気をつけてください」

 

 と、ゴンドラが揺れ、桟橋から少しずつ離れ始めた。

 

「うわっ・・・・・!・・・・・ふう・・・・おいおい危ねえぞ・・・」

 

 落ちかけるカイジであったが、咄嗟に晃が杭を掴み難を逃れた。

 

「すわっ!! お客様を誘導する時は、杭に掴まるか足で踏ん張るかして安全に乗せないと駄目だろう! もしお客様に何かあったらどうするんだ藍華!」

「すいません!」

「もう一度やってみろ、乗せるときは見苦しくないようにな」

「はい!」

 

す、すわっ・・・・?なんだそれ・・・・?

ていうか顔怖いなコイツ・・・・声もでかいし・・・・

 

「お客様、お手をどうぞ」

 

 何度もやり直しやっと上手くいくと次は水上実習となった。カイジは最初の乗り込む段階が長く、正直かったるくなっていただけにようやくかと嘆息した。

 藍華が漕ぎ始めて数分、町の名所を紹介していく。

 

「お客様、あちらに見えますのが――」

 

 藍華の説明を聞きながら町を眺めているカイジであったが、ふと視線を止めると目の前に座っている晃がじっとこちらを睨んでいる。カイジを睨みながらも藍華が紹介を間違えるとすぐさま大きな声を出して訂正をしている。

 

う、うわ・・・・・こええ・・・・

なんでこっち見てんだよっ・・・・・・こっち見んなよ・・・・

 

 晃の視線に射竦(いすく)められながらも、気にしない風に辺りを見回す。ちょうどマルコ・ポーロの生家が復元されている建物辺りであった。

 

「――として使われおります。近くにお越しの際は、是非お立ち寄りください」

「よろしい」

「やったっ!」

「お客様がいるんだぞ」

「……はい」

 

 喜んだのも束の間、(たしな)められすぐ気を引き締める藍華。晃は藍華を諫めながらもカイジを睨んでいる。すると、晃がカイジに問いかけた。

 

「藍華のガイドはどうだ?」

「え、えーと・・・・まあ・・・いいんじゃないっスかね・・・・」

「真剣に評価してくれないか? そうじゃないと藍華の為にもならないからな」

「はあ・・・・」

「で、どうなんだ?」

「説明はいいんですけど・・・・漕ぐのが速いかなって・・・・」

「ふむ。だ、そうだ藍華。確かに私からみてもお前はスピードを出し過ぎている。気をつけろ」

「はい!」

 

だから何でコイツはこんなに高圧的なんだよ・・・・・更年期かよっ・・・

いや、まてよ・・・?

一見若く見えるけど・・・実は結構いってるってパターンかもしれない・・・・・

あっ・・・!・・・・化粧か・・・・!未来の化粧は進んでやがるのかっ・・・!

納得だ・・・・それなら納得っ・・・!間違いないっ・・・!こいつは結構いってる・・・!

よくて三十路・・・・・下手すりゃ更年期っ・・・・・!

そうじゃないと説明がつかないっ・・・!オレが睨まれてる説明がっ・・・!

くわばらくわばら・・・・

 

 全く合理性のかけらも見当たらないふざけたロジックを展開しているカイジ。適当な理由を並べて安心したがる悪い癖だろう。地下ではこれで一度失敗している。が、直らないのがこの男、カイジなのだ。

 そんなどうでもいいことは放っておいて、ゴンドラは進む。

 

「よし、それじゃあ続けろ藍華」

「はい!」

「あの・・・・そろそろ降ろしてもらえませんか・・・・?」

「は? カイジ君はこの後何か用事でもあるのか?」

「いやっ実は坂崎って友達と呑むことになってるんですよ・・・・バ、バーで・・・!」

「そうなのか……それじゃあそのバーまで連れていってあげよう」

「そ、そんな・・・・いいです別にっ・・・!」

「嘘ね!」

 

 藍華はビシッとカイジに指をさしてそう言った。

 

「嘘だと? そうなのかカイジ君?」

 

 冷酷とも形容すべき激しい視線をカイジに向ける晃。

 

「はい嘘です・・・・すいません・・・」

「そうか、それじゃあいくぞ藍華」

「アイアイサー!」

 

 その後も、藍華はガイドをしながら漕いで行く。訂正の度、指南していく晃の大声は、トホホな状況で全くガイドを聞いていなかったカイジにまで飛び火していた。

 

こんの年増・・・・っ!オレがしたてに出てりゃ散々なこと言いやがって・・・っ!

恩がなかったら文句の一つでも言ってやったがっ・・・・!

くそっ・・・!救われたなっ・・・この年増・・・!

 

「――聞いてるのかカイジ! 今の藍華のガイドはどうだった?」

「はい、問題ないと思います・・・・・!」

「そうか……それじゃあそろそろ終わるぞ。姫屋まで戻れ藍華」

「はい!」

「それと、ガイドはもういいからお客様が楽しめるように丁寧に漕いでいけ」

「わかりました! それじゃ行きまーーす」

 

 姫屋まで戻る一行、その間はカイジは特にびくびくすることもなく普通に景観を楽しめた。何度か接触や戸惑う場面もあり、藍華の操舵はアテナほど優雅にはいかなかったがそれでも十分に眺める事が出来た。

 姫屋近くのゴンドラ乗り場へ到着し、ゴンドラを下りる。

 

「お客様、お手をどうぞ」

「悪いな・・・・」

「よし! これで訓練は終わりだ」

「ふ~~疲れた~~!」

「すわっ!! まだまだ実際にお客様を乗せるには程遠い」

「……はい」

「だが、今日はよく頑張った。これからも精進するように。……そうだな、まだ時間の余裕がある。軽くお茶でもしようか」

「頑張ります!」

「じゃあオレはそろそろ・・・・」

「カイジ君もどうだ? 一緒にお茶でも。今日の総括を聞いてみたいしな」

「そ、その・・・・オレ金ないし・・・・っ!師弟水入らずでっ・・・!」

「付き合ってもらったんだ、それくらい奢るぞ?」

「そんなっ・・・! 悪いですってっ・・・・! ハハハ・・・」

「カイジ~」

 

 この鬼教官と二人にするなとばかりにカイジをジトっとみる藍華。カイジはそれに気付きながらもやんわり異議申し立てをする。藍華は身ぶり手ぶりでアリシアさんにあの件を伝えるぞとカイジを追い詰める。

 

「っく・・・・! 御馳走になりますっ・・・!」

「それじゃあいきましょうか晃さん!」

「うむ、では行こうか」

 

 結局連れていかれるカイジ。肩をがっくりと落としながらだるそうに頭を掻くと、藍華と並んで遊歩道を歩いていく。その後ろを晃がついていく形となった。

 

「晃さ~~ん、いつものところですか?」

「……ほう」

 

 晃はそうだと答えた後、なにやら感心していた。カイジは藍華に小声で話しかける。

 

「おいっ・・・・! 聞いてねえぞっ・・・・!」

「あははは、まあいいじゃない奢ってくれるって言うんだから。御相伴に預かりなさいよ」

「ったく・・・・! それとなんでオレまで檄を飛ばされてたんだよっ・・・!」

「知らないわよ、大方アンタがぼけーっとしてたんでしょ?」

「・・・・・っ! 客なんだからいいだろっ・・・・別に・・・!」

「なにぼそぼそ話してんだ?」

 

 びくっと反応する二人。

 

「いや~やっぱり晃さんの指導は分かりやすくてありがたいなっていう話ですよ!」

「そうっ・・・! それそれっ・・・・!」

「それはいいが、もう着いたぞ」

 

 いつの間にか喫茶店に到着していたようだ。

 三人は店内に入り適当な席に腰を落ち着けた。ウェイトレスが注文を取りに来る。

 

「私はセイロンティーを」

「あ、私も同じものでお願いします」

「カイジ君はどうするんだ? 遠慮せず頼むといい」

「じゃ、じゃあ・・・コーヒーで・・・」

 

 かしこまりましたと残してウェイトレスが去っていく。

 カイジは、居心地悪そうに体をもぞもぞさせていた。数日前のアテナとの会食は、アテナのドジぶりと親しみやすさから、最終的に気の置けない話が出来たのだが、今回は別であった。

 晃はテーブルに肘をついてカイジに問いかける。

 

「付き合ってもらって悪かったな、礼を言う」

「いえ・・・・滅相もないっス・・・・」

「ありがとうカイジ、私からもお礼を言うわ」

「それで今日の藍華の実践はどうたった?」

 

 初めは晃の怒号とそのとばっちりで気もそぞろになり、あまり楽しめなかったカイジだったが、帰る頃は特に不自由なく楽しめた。勿論、アテナとは比べるほどではないが。

 カイジは、最初の部分だけ省いてそう晃に伝えた。

 

「そうか、まあアテナはあれでも水の三大妖精だからな。それに比べたら形無しだ」

「そうよ! これでも上手くなってきてるのよ」

「はあ・・・・まあ、本当に最後の方は楽しめましたよ・・・・」

「そう言われれば私も指導した甲斐があるってものだ。藍華はまだまだだが、それでものびしろはある、頑張れよ」

「はい!」

「ときにカイジ君、君は何故私に敬語なのかな?」

「うん、私も思ってたけどなんで敬語なのよ?」

 

 運ばれてきた紅茶を口に運びながら尋ねる晃と藍華。カイジはさも当然のように答えた。

 

「え・・・? だって当然じゃないっスか・・・? 晃さんのほうが年上でしょ・・・?」

「君は一体私を何歳だと思っているんだ?」

 

 晃は眉をぴくぴくしながらカイジに問いかける。

 年上だけならそう簡単に敬語は使わないカイジだが、明らかに人を威圧するオーラが出ている晃は別であった。カイジは更年期に近いだろうと考えていたが、とりあえず30位の方が相手も気分がいいだろうと答えた。

 

「三十路くらいじゃないっスか・・・・?」

「ぶぶっ~~~~っ!」

「うわっ・・・・! きたねえな・・・・!」

 

 藍華は口に含んでいた紅茶をカイジに思い切り噴き出す。カイジは迷惑そうに藍華を見やるが、その藍華は顔を真っ青にさせていた。

 

「カイジ君。私はまだ二十歳だ」

 

「は・・・・・・?」

 

 

 十秒間ほどシーンとなるその場。藍華は下を向いて目を瞑っている。カイジはポカンと晃を見つめている。その晃は満面の笑みでカイジの視線を受け止めている、手に持っていたミルク容器がつぶれていたが、そのことにカイジは気がつかない。

 

「二十歳だ」

「またまた~~っ・・・よしてくださいよっ・・・・! 冗談が上手いっスね・・・・! ていうかユーモラスなところありますねっ・・・!」

「カイジ、やめなさい」

「え・・・? いやいや・・・・二十歳ってっ・・・・! オレより下じゃないっスか・・・っ! なわけないっスよね晃さん・・・・・っ!」

「やめなさいカイジ」

 

 手を叩いて笑いながら喋るカイジを何とか止めようする藍華。が、晃の顔をみると、「あ、こりゃだめだ」と呟いてまた下を向いて目を瞑った。

 

「カイジ」

 

 ドスの聞いた声で晃が呼ぶ。

 

「はい・・・・?」

「私は二十歳だ。何か文句でもあるのか?」

「いやいや文句っていうか・・・・だって冗談でしょ・・・・っ?」

「冗談ではない。というか女性に対してその舐めた態度……きっちり教育しなくてはな・・・」

「は・・・?」

「カイジ、表に出ろ」

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

「ふぅ……これくらいにしておくか」

「あはははは……」

 

 屋外のテーブル席に移り、地面に正座させられみっちり説教を受けたカイジ。力なくうなだれてすんませんと何度も呟いている。

 

「だいたいなんで私の方が年上だと思ったんだっまったく」

「晃さんが落ち着いて大人びいてるからじゃないですか?」

「ふむ。どうなんだ?カイジ」

 

 正座のまま顔をあげるカイジ。そして口を開く。

 

「だって年上だと思うだろっ・・・・! じゃあなんであんなに高圧的なんだよっ・・・ずっと睨んでたしっ・・・!」

「確かにカイジの方をずっと見てましたね晃さん」

「・・・ああ~それはだな・・・」

 

 と、晃はカイジの人となりを判断しようとしていた経緯を話す。

 

「というわけで、今回の訓練はカイジの人間性の評価も兼ねていたわけだ」

「なるほど、確かにカイジって人相も悪いし、雰囲気もどことなく胡散臭いところあるしな~」

「あぁ・・・・?」

 

くそっ・・・!そんなのってありかよっ・・・・!

ほとんどオレ悪くねえだろっ・・・・!ざけんなっ・・・!

後悔させてやるっ・・・・!いつかっ・・・・!

 

「何か言いたいことでもあるのか?カイジ」

「いやいやっ・・・・何もない何もないっ・・・!」

 

 カイジは手を振ってへらへらしている。意気地ないぞカイジ。

 

「まあ、勝手に評価していたのはすまなかったな。ただ、今日一日見ていて信用まではいかなくても悪い男ではないということは分かったぞ。卑屈な感じというか、弱そうというか……女性に対して失礼ではあったが」

「はあ・・・・」

「真剣に客役もしていたし……そうだな、ここへ来る途中、藍華と並んで歩くときにきっちり水路側を歩いてたしな。そういうところは評価できる」

「はあ・・・・」

 

 まったくそんなつもりがなかったカイジは適当に相槌を打っていた。実際、客役も睨まれていたから真剣にやったし、水路側を歩いたことだってただの偶然であったのだ。どうやら褒められているようなのでカイジはそのまま曲解させておいた。

 

「だが、これからもお前のことをしっかり見ているからな。あのARIAカンパニーで働いているんだ、しっかりとした男でないといけないだろう」

「はあ・・・・」

「よし! それじゃあ私はそろそろお暇させていただこう。そろそろ予約の時間だからな。……会計は私が済ませておくからゆっくりしていっていいぞ」

「御馳走さまです!晃さん」

「どうも・・・・」

「うん、じゃあな二人とも!」

 

 晃はそう残して嵐のように去っていった。

 やっと正座から解放されたカイジは、へなへなとイスに腰を下ろす。

 

「お疲れ様ね~。でもあれは晃さんじゃなくったって怒るわよ絶対!」

「しかたねえだろっ・・・! 知らなかったんだからっ・・・! ざけんなっ・・・あの老け顔女めっ・・・・!」

「それ絶対言っちゃ駄目だからね。次はシメられるわよ間違いなく」

「・・・・くそっ! あんなのがプリマって・・・・っ! アリシアさんを見習えよ・・・」

「ああ見えて、晃さんもいいところあるのよ?」

「へえ・・・! そいつは是非御教授願いたいね・・・・・・・」

 

 その後も、日が暮れるまで二人は喧々諤々と喋っていたが、カイジが化粧の話をすると呆れを通り越して大笑いする藍華であった。

 

 

 カイジは藍華と別れて帰る途中も帰ってからもぷりぷり怒っていた。そのうちアリシアとアリア社長が帰ってきて夕飯を食べるまで怒っていたが、今日の出来事をアリシアに話すと「あらあら、ふふふ」と楽しそうに笑っていたので、まあいいかとカイジも笑うのであった・・・・。

 

 

第6話 終・・・・・・・・・・・・・・


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