ワード、図書館と電話

制限時間、3時間

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ちょいとしばらく書いてないんで、リハビリ作品をば


短編【図書館×電話】

 ――初めて本に触れた時のことを、すでに私は覚えていないが、ここを最初に訪れた時のことだけは酷く鮮明に覚えている。

 

 恥ずかしい話にはなってしまうが、周囲よりも多くの古典文学に触れているという、ただその一点のみで、自身を文学少年と気取っていた時期があるのだ。今思い返せば頭を抱えたくなるような、学生時代の一場面である。

 

 そんな私は些細な、それこそほんの気まぐれ程度に軽い気持ちで、街一番の図書館に足を運んだ。今となっては動機は覚えていないが、当時好意を抱いていた女の子の気を引くための、些細な話題作りだった気がしないでもない。

 

 ある種不純な動機でそこを訪れた私ではあったが、にも拘らず。足を踏み入れた瞬間、ただただ息をのむばかりであった。否、それ以上に……目の前の世界が急激に広大したような錯覚すら覚えた。いま思えば私はこの時から、図書館という場所が持つ魔力に引き寄せられていたに違いない。

 

 ――そこには、全知を彷彿とさせるほど大量の……知の宝庫ともいうべき光景が広がっていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 司書として、あるいはそれ以外として。私が図書館に訪れるたびにひしひしと感じるのは、偏に圧倒的なまでの物量……つまりは存在感である。

 

 ひとたび入室してしまうと、児童書から専門書といった一般的なものから、あるいは古文書の写本などといった一体誰が使用するのだ、純粋に疑問に感じるような本まで、様々な本が厳かに鎮座している。多くの人が手を伸ばすような本から、開館以来ただ一人として開いたことのない本もある。

 

 しかし、それらすら全体のほんの一部にしか過ぎず、きっと一生をかけても読みきることが難しいであろうありとあらゆる本が揃っているのだ。情報が……人一人が抱え込むことが不可能なほど大量のそれが、あつ。そこに感動を覚えるのは、きっと私だけではあるまい。

 

 今もこうしてカウンターの仕事をこなしつつ本を読み、未知を既知にしていくことが堪らなく楽しく、我ながら年甲斐もなく夢中であった。

 

 

 

 ――そんな中のことである。

 

 

 

 傍らに置かれた電話機が、珍しくその音を鳴らし始めたのである。一つの公共施設でありながら、図書館という場所にかかってくる電話というのは意外と少ないもので、私が担当している時間にかかってくるのはこれが二週間ぶりといったところだった。

 

「……はい、こちら〇〇市立中央図書館です」

 

『……あ、あのー、おとーさんいますか?』

 

「……和?」

 

『あ、おとーさんだー!』

 

 驚いたことに、受話器の向こうから聞こえてきた声は、聞き間違えることなどない、愛しい娘のものであった。利発な子ではあるが、小学校低学年ということもあり、仕事場に電話をかけてきたのはこれが初めてのことである。さすがは私の娘だ、すでに文明の利器に精通し始めているとは。素晴らしい。が、私が担当でないときに電話をされるのは少々まずいだろう。

 

「……和、これはお父さんのお仕事場のお電話だから、今度からはお父さんの携帯に直接かけなさい。いいね?」

 

『はーい!』

 

「いい返事だ。……で、急に連絡なんてしてきて、どうしたんだい?」

 

『えーっとね? のどかね、ほしいご本があるの!』

 

「……なるほど」

 

 どういった理由かと思えば、つまりは私にその本を借りてきてほしいということか。これは私が図書館勤めであることを考慮しての電話だろう。実に合理的な判断だ、家の娘はやはり頭がいい。

 

「それは何ていうご本なんだい?」

 

『えーっとね? エトピリカになりたかったペンギンってご本だよ!』

 

「……分かった、父さんがそのご本を持って帰るから、お家で待ってなさい」

 

『やたー! ありがとーおとーさん!』

 

 と、カシャン、と通話が切れる。私としては仕事など二の次にして、もう少し娘と話してもよかった気がするが、和も宿題などで忙しいのだろう。本当に残念だが、語らいは家に帰ってからのこととなったようだ。

 

 さて。娘の喜ぶ顔を想像しつつ、私の足が向かうのは児童書のコーナーだった。本のタイトルからして、それで間違いないとの判断からである。

 

「……むう?」

 

 しかし。多少量が多いとはいえ、そんなに幅広いスペースであるということもないコーナーの中に、しかしながら私は目的の題名を見つけ出すことは叶わなかった。

 

――何度探してみても、見つからないのである。

 

 探し方に粗がある、わけでもないだろう。幾度となく確認した今、それは非常に考えづらい。純粋にないのである。ふと我に返って、最近設置された本の貸与状況を閲覧できるパソコンにて調べてみるが、そのリストにもやはりエトピリカになりたかったペンギンというタイトルは該当しない。

 

 

 

 ――つまるところ。私が完全だと思っていたこの図書館も、一人の娘の小さな願いすら叶えられない、不完全なものでしかなかったのである。

 

 

 

 ……その事実に、全身を鈍器で殴りつけられたかのような衝撃が走った。

 

 全知などない、そんなことは当たり前であると頭の中では理解しているが、なぜか私は言いようのない寂しさのようなものを感じずにはいられなかったのだ。

 

「……」

 

 そこから先のことは、あまり記憶に残っていないが……気が付くと、仕事を終える時間となっていた。本当に気が付いたら、といった表現が適切なくらいに、ぼうっとしていたようで、同僚からは心配され、カウンターに持ち込んだ本も、ほとんど読まずじまいであった。大切な何かが砕けてなくなってしまったような喪失感を感じずにはいられなかった。

 

 そして、いつになく重い足取りでの帰り際に、図書館を振り返ってみた時……私は初めて、あれだけ大きく、壮大な存在感を放っていたこの図書館が、ひどく小さく見えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余談ではあるが、目的の本は市内の大型書店の児童書コーナーにてあっさりと見つかった。それを渡した時の娘の満開の笑顔は、本当に愛しく、見ているこちらが笑顔になってしまうほどに私の心を完璧に捉えて離さないのだった。

 

 図書館が云々はどうでもよくなった。私の娘は可愛い、うむ、それで充分である。

 

 




受験もそろそろ終わりなんで、ながらく、なっがーらく! 書いてなかったメインもちょこちょこ更新していく予定です。話大幅に変わったけど、もう内容覚えてる人なんていないでしょうし、また0から頑張りまっす。

よろしくでー!


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