VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた 作:七斗七
本日の私は毎月恒例の鈴木さんとの打ち合わせの為、ライブオン本社の事務所に訪れていた。
いやぁそれにしても今日は雲一つない快晴だ。廊下を歩く体も心なしか軽いしなんだかいいことでも起こりそうな日だな。勇気を出していつもはしない何かでもしてみようかな?
そう、例えば目の前の女の人みたいに廊下にぶっ倒れてみたり……
――ん? 廊下に倒れてる人――ですと?
!?!?
「ちょ、ちょっと!? 大丈夫ですか!? 意識はありますか!?」
「困るんじゃねぇぞ……」
「いや困るわ! なにどこぞの団長みたいなこと言ってるんですか!」
「すみません……確かこの奥に休憩室があったはず……そこまで肩を貸してくれませんか?」
「了解です。でも倒れるなんて、かなり体調が悪いんですか?」
「いや体調とかではなくて……ちょっとトラウマが……」
「トラウマ?」
「はい、実は……」
「ありがとうございます、やっと落ち着きました。お手を煩わせてしまい申し訳ないです……」
「いえいえ、倒れてる人がいたら助けるのが当たり前です。でも本当に病院とか行かなくて大丈夫ですか?」
「はい、ちょっと黒歴史が蘇ってしまっただけなので」
倒れている彼女を休憩室で横にさせた後、鈴木さんに何があったのかを報告した。とりあえず打ち合わせの時間は調整してもらえるみたいだ。
しかも驚いたことが判明した。休憩室に着くまでに軽く本人からも事情を聴き、その後鈴木さんにも確認をとって分かったのだが、なんとこの大人の色気溢れる女性、私と同じライブオン所属のVTuberのようだったのだ。
一体誰なのか、その前に彼女の経歴を説明しよう。この方はどうやら前に漫画家さんをしていたらしいが、何年かけても全くうまくいかなかったらしい。なのでもうこれ以上は限界だと感じ、いざ就職しようと決意したらしいのだが、新人として迎えるには流石に年齢が高く、漫画一本の知識しかない彼女を採用してくれる会社は少なかった。
結局膨大な数の面接に落ち、終いには就活そのものに体が拒否反応を示し始めてしまった。
今日も私と同じ打ち合わせで訪れたのはいいが、事務所を見て就活のトラウマを思い出してしまい希望の花状態となってしまった、というのが事の顛末だ。
さて、もうこの時点で察しがついた方も多いだろう。
彼女は四期生で最も謎な人物『山谷還』その人だったのだ。
「マネージャーの鈴木さんから聞いてびっくりしました、VTuberの方だったんですね」
「はい。山谷還こと『東雲奏(しののめ かなで)』と申します。マネージャーさんがいるということはもしかして貴方も……」
「認知してくださってると嬉しいんですけど、心音淡雪こと田中雪と申します」
「!? し、知らないわけないです! 私ったら憧れの大先輩になんて情けない姿を……」
「いえ、私はそんな大それたものじゃないですよ」
「何言ってるんですか! 淡雪先輩と言ったらVTuberで最も名の挙がる一人じゃないですか! 雲の上の存在と今話してると思うと……心拍数が大変なことになってきました……」
「そ、そうかな? えへ、えへへへへへへ」
知り合いが少ないのもあってそういった話をあまり耳にしてこなかったからはっきり言おう、今の私デレデレである。
明らかに自分より年上の方からこんなことを言われるなんてちょっと不思議な気分だが、嬉しいものは嬉しいのである! 慕ってくれる後輩最高!
「先輩なので敬語も大丈夫ですよ」
「ほんと? 私年下だよ?」
「年なんてただの数字です。それにそっちの方が還も嬉しいです」
「お、自分のこと還呼びってことは配信者スイッチ入った?」
「ふふっ、コラボ気分を味わいたいんです」
嬉しそうにそう語る姿は年上にふさわしい言葉なのか分からないが非常にかわいらしいものだった。
「事務所に来るのは初めてだったの?」
「はい。私の場合面接も特殊だったので……」
「特殊?」
「書類審査の段階で還の事情を知ってくれていた運営さんが、リモートかつ還と同年代の方が友達みたいにフランクな感じで面接するようにしてくれたんです」
「柔軟ですなぁ」
「ホントですよね。そんな会社なので今日も大丈夫だと思ってたんですけど……もう慣れたので次回からは大丈夫だと思います……」
「ううん気にしないで、私もちょっと境遇が似てる部分もあるから分かるよ」
その後は同業者ということで話も弾み始め、還ちゃんがどういう人なのかも少しずつ分かってきた。
「どうしてVTuberになろうと思ったの?」
「赤ちゃんになれるかと思いまして」
「え゛」
演技なのかなとも思っていたが、あれは本心だったのか……
「漫画も主人公が赤ちゃんなやつばかり描いて自己投影してました。登場人物が全員赤ちゃんの漫画を描いた時もありましたね」
「それが問題だったんじゃ……」
「でも今は自称赤ちゃんのやべーやつとか就職絶対拒否女とか言われてるみたいですけどね、ははは!」
「あぁなるほど……でも大丈夫なのそれ? トラウマなんでしょ」
「いえ、還が拒否反応を示す=笑いがとれる=還の人気が上がる=就職が遠ざかるに繋がるのでむしろありがたいですね。どんどんいじってほしいです」
「就職しないための根性がすごい」
「文字通り人生かけてVTuberやるつもりなので」
なるほど、きっと還ちゃんは変わり者ではあるけどすごく真剣に何かに向き合える人なんだな。
「それならコラボとかはしないの?」
これは私がすごく気になっていたことだ。なんと還ちゃんは今まで先輩はおろか同期とすら一度もコラボしたことがないのだ。
「コラボはしたくない?」
「いや、すごくしたいのは山々なんですけど……私ってすごい変わり者じゃないですか? コラボ相手に面倒をかけてしまわないか心配で」
少し寂しそうな表情でそう語る還ちゃん。
「それなら一切心配いらないよ!」
そんな彼女に向かい、私は言い切った。
「そもそもライブオンはそんなヤワな人じゃ受からない。還ちゃんが憧れって言ったのは酒飲んでキャラ崩壊して下ネタ叫んでの私なんだよ? 還ちゃんのことも皆受け止めて盛り上げてくれるよ!」
「そう……なんですかね?」
「まだ不安ならその証明に私ことシュワちゃんが最初のコラボになってやんよ!」
「ほ、ほんとです!?」
「うん! ライブオンがどれだけやべーけどあったけぇところか身をもって教えてあげる! そして更に人気になって今まで還ちゃんの才能に気づけなかったやつらを見返してやろう!」
……なんか熱くなりすぎて先輩風吹かせ過ぎの痛いやつみたいになっちゃったかもしれない……
まぁコラボに関しては喜んでくれてるみたいだからいっか!
「ママだ――」
そんなことを考えていたせいで、還ちゃんがそう小声で呟いたのを私は気づくことができなかった――