VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた   作:七斗七

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匡・チュリリ|現在のライブオン1

 淡雪達が配信でライブオンたる在り方を誇示している――その裏では、並行するように『彼女達』の事柄が進展を迎えていた。

 その1人――五期生の宮内匡は、先日までメンタルバランスを崩し、危うい状態に陥っていた。

 匡はライブオンの活動を通して、自分の信念としていたものが、ただの自分の欲望の正当化だという事実を自覚せざるを得なかった。

 匡はクリーンなモノが好きだった。礼儀を纏い、ルールに従い、型にはまって生きる。そんな在り方を理想だと信じている。

 だからこそ、そのどれにも当てはまらないライブオンの在り方が気に入らなかったし、何よりライブオンのようなライバー達が人気を集めていることに危機感と焦燥感を覚えた。

 やがてその恨みが積もりに積もった結果、とうとう彼女は悪を正してやろうと正々堂々ライブオンに入り、アンチとして殴り込みをかけることになる。

 だが、それはすぐに躓くことになる、一期生の朝霧晴との出会いが原因だ。

 晴は匡のその信念を、匡の持つ極度の妄想癖を正当化しているだけだと指摘した。

 匡は否定したが、晴の話に考えさせられる点もあった為、最終的にしばらくライブオンの一員として活動し、自分を見つめ直す時間を設けることにした。

 それからというもの、ライブオンのライバーと活動を共にする中で、匡は常に晴と話したことを脳裏に意識させていた。そして遂に気づいてしまう――

 ライブオンのライバーは確かに癖が強くはあるが、悪ではないし、ましてや世の中にとって危険になどならない。

 そう確信した時、匡のメンタルは崩壊を始めた。

 

 じゃあこれまで自分の支柱となっていた信念は汚れていたものだったのか? この体は嘘まみれだったのか?

 じゃあ自分はどうすればいい? 攻撃したライブオンにいる資格などあるのか? 自分の居場所はどこにある?

 このままではダガーちゃんと先生にも迷惑をかけてしまう、一体どうすれば……どうすれば……。 

 

 ――匡はまだ目を背けたままだったが、その中には、あの時覚えた危機感と焦燥感、その正体の姿もあったのだろう。

 

 匡は考えれば考える程ネガティブな思考に憑りつかれ、自室に引きこもるようになったしまった。 

 やがてそれにすら耐えられなくなった匡は、同期に助けを求め、彼女たちの協力である程度冷静な思考が出来るまでメンタルを回復させることが出来た。

 そして、少しでも良い未来を求め、今一度晴と話をし、気になるライバーから話を聞いてみることをアドバイスされ、今日に至る。

 

「と、言うわけなのだが……」

「なるほどねぇ」

「ふむ」

 

 今日、匡は2人の先輩から話を聞くことが出来た。ライブオン二期生の宇月聖と、四期生の山谷還である。

 意外な人選に見えるかもしれないが、匡には選んだ理由がある。この2人は、それぞれ人間関係で過去に問題を抱えていたことがあるライバーなのだ。

 人間関係は現在の匡にとって悩みの一部でもあり、そして人間関係に悩んだうえでそれを克服し、現在自分らしくあるこの2人には、何か参考になる話が聞けるのではないかという予感もあった。

 

「どうしたらいいか、何かアドバイスを貰えないだろうか? あっ、ごめんなさい、こういう時はしっかり敬語を使うべきですよね」

「いや、いいんだ。口調を変えられると、まるでこのまま匡君が消えてしまうように思えてしまうから、そのままの方が嬉しいよ」

「還はそもそも敬語を使われる人間性を持ち合わせていないので問題なしです」

「そ、そうか?」

 

 匡の話を聞いて、普段では考えられない程真剣に思案を巡らせる聖と還。

 

「要は自分はどうしたいのかってことだよね……いいねぇ、思春期だねぇ」

「還はこんな多感な時期の尊い女の子にアドバイスをすることが、あまりにも恐れ多いのですが……」

「そんなことはない! 今は本当に些細なものでもいいから気づきが欲しいのだ」

 

 困惑する還だったが、聖はまるでお先にどうぞとばかりに言葉を発しない。

 還はしばらく唸ると、決心がついたかのように話し始めた。

 

「じゃああの……いいですか?」

「頼むのである!」

「……還って、実は昔は漫画家だったんですよ。まぁさっぱり売れていなかったので、漫画家を目指していたって言う方が正しいのかもしれませんが」

「それは聞いたことがあるのである」

「そうですか? よく知ってますね。配信でたまに言ってますから、隠していることでもないんですが」

「アンチ対象である以上、ライブオンのライバーのことは調べ上げているのである」

「それは立派……なんですかね? まぁそんなわけで、これがですね、たまに配信で言うとリスナーさんとかからめっっっちゃバカにされるんですよ。お前に出来るわけないだろってノリで」

「むっ、酷い話である!」

「いや、それ自体はいいんですよ。実際ダメダメでしたし、バカにされることでウケて人気が出て就職が遠ざかるので、むしろありがたいですね。今の話で重要なのは、目指していたって部分です。柄でもないんですけどね、当時は本気で目指してたんですよ。この夢が破れたらこの人生に価値はないってくらいの熱量で。寝る間も惜しんでネームのネタ考えて、手が疲労で激痛の中原稿を描き続けて、そんな時期があったんです。でもダメだった」

「……………………」

「当時は絶望もしました。でも、今の私は自分が恵まれてないなんてことは思っていません。当時は漫画家じゃない自分には何もないって思っていました、でも今の私は漫画家じゃないことを後悔していません。VTuberやって、バブバブやって、漫画家目指した過去をバカにされて、そんな生活に充実を感じています。つまりーなんといいますか……人間ってそんなものなんだと思います」

「……そんなもの?」

「こんな時でも自分は投げやりな答えになるのかとうんざりはしますけどね。何やらかしても生きてる限り何かしら次があるんですよ。なにより匡ちゃんは若いんだから、次の選択肢は無限大です。ずん〇もん状態なんです。赤ちゃんにだってなれるかも」

「いやそれは別になりたくないが……」

「勿体ない……まぁそんなわけで、還は別に何かを死ぬ気で頑張れーとか言うつもりないです。てか自分がやりたい、やらなきゃと思ったことなら誰でもそれたくさんやるでしょ。周囲に合わせてやりたくもない、やる必要性も感じていないことに手を染めようとするから、頑張りが足りないなんて言われる人が出てくるんです。だから頑張るなんて概念還は持ち合わせていませんね。なぜなら還は赤ちゃんなので」

「…………なるほど」

「…………えっと、還からは以上です。ほら聖様! そっちの番ですよ! 交代です!」

 

 柄にもない真面目な話にもう照れくささに耐えきれないとばかりに、聖に回答権を押し付ける還。

 

「そうかい? 聖様は還君らしいなーと思ったから、もっと聴きたいくらいなんだがね。あと一時間くらい頼むよ」

「2、3発ぶん殴りますよ?」

「すまない、フィストファックは専門外なんだ」

「心配しなくても顔面ドストレートですよ」

「な、なななななにとんでもないプレイの名前出しているんだ! き、ききき規制しなければ!」

「あ、そうだ。ふと前に気になったことを今ので思い出したのだが、どうして匡君の名前って一般的な『正』じゃなくて『匡』の方なんだい? 調べたのだが、意味もあまり変わらないようじゃないか」

「え!? そ、それは……その……………正だとそれは……なんかいやらしいから……」

「「思春期だ」」

「う、うるさい! そ、そんなことより、聖様の答えを早く聞きたいのである!」

 

 変な話題になってきたので、匡は話題を変えようと聖に強引に話を振ったが、聖はうろたえる様子もなくそれを受け入れた。

 

「承知した。実はね、もう一言に纏めてあるんだ、聖様からはこれだけ――――悩めよ思春期少女! 大丈夫、どんな選択をしても、未来の自分はこんなはずじゃなかったーなんて言ってるものだよ!」

 

 こうして、匡の話し合い第一弾は終わりを迎えた。

 匡は、通話が切れた後も考える。

 還と聖の話は、それぞれ似ているようで、でも少し違う気もした。

 それは当然のことだ。人間、思っていることはそれぞれ違う。経験による変化は勿論、本を正せば生まれた瞬間でさえ、人は完全に共通した思考を持たない。

 人は結局バラバラだ。

 

「…………どうして人間ってこうなのだろう」

 

 匡はこの事実を直視しようとすると、なぜか妙な胸騒ぎに襲われた。

 加えて、聖と還は決して匡にこうしなさい、という明確なアドバイスはしなかった。あくまで決めるのは匡に委ねる。これは晴も同様だったことだ。

 それが彼女達の人間性であり、最大限匡に配慮してくれているからだということも匡は理解しているし、時間を割いてくれたことを心から感謝している。

 ただ、それでも思ってしまうのだ――――『確かな正解が欲しい』と。

 この時はこう動けばいい、それが定まっている事象が匡は好きだった。いや、好きというより安心した。テンプレートがあり、誰もがそれに従って動いている光景を見ると、えもいわれぬ安心感に包まれた。匡にとって、通っていた厳重な校則が敷かれた学校は、妄想癖による天国と同時に、まるで陽だまりのような場所でもあった。

 それでも、もう自分はその陽だまりには戻れない。今は自分はどうするかを考えなければならない。匡は胸騒ぎに襲われながらも思案を続ける。

 

「――――ん?」

 

 ――そんな状況に追い込まれたことが、不幸中の幸いだったのかもしれない。

 

「どうして私――それに安心していたんだ?」

 

 ようやく匡は、自身のブラックボックスに触れた――

 

 

 

 ほぼ同時刻――匡の更に裏では、もう一つの事柄が動いていた。

 『彼女達』の内のもう1人、チュリリである。

 チュリリは淡雪のアドバイスに従い、匡が声をかけたライバーと関わりの強いライバーを選び、事件について話を聞いてみることにした。

 なのだが――

 

「絶対に引き留めるべきだよ!!」

「……………………」

 

 事情を聴いた二期生の神成シオンによる、提案を通り越して完全に言い切った主張を前にして、人選を間違ったかもとチュリリは頭を抱えていた。

 

「にゃ、にゃあにゃあ(まぁまぁ)シオン、一旦落ち着けよ」

 

 それを見越して、シオンを制止するのは、同じ二期生の昼寝ネコマ。この2人が今回のチュリリの話相手だ。

 

「だって、このままだと匡ちゃんライブオンを辞めちゃうかもしれないんでしょ!? そんなのママ許さないんだから!!」

「だから落ち着けって! ごめんなチュリリ先生、シオンってこういう時割と単細胞だから……」

「いえ、いいのよ……8割が無駄な要素のビジネスメールに比べれば、簡潔でイラつきはしないから……」

 

 そうは言いつつも、苦笑いを隠せないチュリリ。

 確かにアドバイスや意見を求めてはいたのだが、シオンの直情っぷりは、意見を求めた側のチュリリが落ち着けと言いたくなるものであった。

 

「シオン、こういう場合って当人達の心情を尊重することが大切だったりするから」

「えーでもぉ!」

「分かった分かった。じゃあ一旦ネコマから先生と話してみるから、それを聴いた上でもう一回考えてみな」

「はーい……」

 

 慣れているのか、うまくシオンをコントロールしたネコマに、チュリリは感心してしまう。

 それと同時に、苦労しているんだろうなぁと憐れみの念を感じたのは、五期生におけるチュリリと立ち位置が似ているからなのかもしれない。

 

「それにしても、淡雪ちゃんがこれを提案したのか……意外なようで……らしくもあるかな」

「あの人、一体何者なの? ストゼロで頭トんでるように見えて急にまともになったりで、もう先生にとって意味不明な存在なのだけど……」

「にゃはは! まぁそういうやつだからな! ……それに、最近のあの子は、なんか達観してるようにも見えるからな」

「達観?」

「にゃ。トラブルに常に巻き込まれてきたからなのか、昔と比べて別人みたいに成長していてな。……今回みたいに物事を俯瞰している姿を見ると、なんか晴先輩みたいだなーとか思ったりするんだよ。後輩なのにすげーなーって」

 

 まだライブオンに入って日が浅いチュリリにとって、それはあまり実感の湧かない言葉ではあったが、淡雪という存在がライブオンで大きな影響力も持つ存在であることは理解できた。

 

「まぁ今それはいいか、話を戻そう。話を聞いた限り、ネコマが言いたいのは淡雪ちゃんの意見の延長線だ。先生は、まず自分と向き合うべきだな」

「またそういう……」

 

 性根が東京の路線図のごとくひねくれているチュリリには、その意見は耳にしていてこそばゆいものだった。

 

「だってそうだろ? ネコマが話を聞いている限り、先生はどうしたいのかの部分がまるで無かった。せめてどうしたいのかで悩んでいるのかくらい分からないと、ネコマ達は誰に向けたアドバイスをしたらいいんだってなるだろ?」

「それは……まぁ……」

「だから、先生がやることは、人のことよりまずは自分のこと! だな」

「あの、私からもいいかな?」

 

 シオンの先程とは違った落ち着いた優しい声色を聞いて、ネコマとチュリリは頷いた。

 

「これは他ならぬ昔の私のことでもあるんだけどね……自分の想いを理解していない人間が、誰かに想いを渡す資格はないと思うの。きっとそれはものすごく失礼なことで、相手を傷つけることに繋がりかねないから」

 

 ――その言葉は、今までそのあまりにも変わったセクシャリティから世の中と同じかそれ以上に自分という存在を嫌い、目を背けてきたチュリリにとって、傷跡に沁みこむ消毒液のように感じられた。

 チュリリは俯き、そのまま言葉を発することが出来ない。否定したかったのかもしれない。反論したかったのかもしれない。だがそうは思っても言葉には出来ないことが、シオンの言葉がチュリリにとってクリティカルなものだったことを証明していた。

 そのまま無言の時間が流れる。

 チュリリにとってその時間はやり場のない憤りに苦しみ、ネコマにとっては気まずさに苦しむものだったが……どうやらシオンは少し心境の方向性が違ったようだ。

 

「えっとぉ……えへへ……なんかあれだね…………恋愛相談みたいな回答になっちゃったね! キャー!」

「「は?」」

 

 ……………………。

 

「はああああああぁぁぁぁぁぁーー!?!?!?!?」

 

 シオンの明らかに空気を読まない発言に、最初はチュリリとネコマが同時に疑問を返し、数秒遅れてチュリリの絶叫が場の緊張感を切り裂いた。

 

「あ、貴方なに言ってるのよ! これはそんな俗な話じゃないから!」

「えーそうなのー? 私はチュリリ先生は匡ちゃんのこと好きなんだろうなーって思ってたんだけどなー?」

「ば、ばっかじゃないの貴方!! 誰があんなガキのこと!! はぁ、やっぱり地球人ってその程度よね! 絶望した! 恋愛事でしか物事を測れない地球人に絶望した!」

「それは違う先生なんじゃないかな……」

「それに、そもそも先生は人間に性愛を覚えることができないの! セクシャリティがまるで違うのよ! そんな私があの子を好きになることなんて、あるわけないでしょ」

「にゃ? それは違くないか?」

「え?」

 

 今まで一緒になってシオンに呆れていたネコマが、チュリリのその言葉には反応を見せた。

 

「別にセクシャリティ違っても好きなもんは好きだろ。ネコマはシオンも聖も好きだが、こいつらみたいに同性に興奮なんてしたことないぞ」

「――――――――」

 

 ネコマが当たり前のように放ったその一言は、チュリリの心臓を鷲掴みにした。

 その後、話し合い自体は終わっていたのでそのまま解散となったのだが、その最中もずっと、チュリリの様子はどこか挙動不審だった。

 そして通話が切れた後、チュリリはふと昔のことを思い出していた。

 それは、ライブオンの五期生に合格し、説明会の用事で匡とダガーに初めて会った日のこと。

 当時のチュリリは、暴れてやりたかったからライブオンに入ったという経緯の通り、今以上に自暴自棄な状況だった。

 そんな中出会った2人の年下の女性。チュリリは最初相手にもするつもりも無かったが、あまりにもしつこく話しかけてくるので、大人げなくあしらい続けることの罪悪感に耐えられなくなり、仕方なく交流を持つことになった。

 そしてそれ以降も、チュリリはこの2人と交流を拒むようなことはなかった。

 なぜか? 普段は考えもしないことをますますとチュリリは掘り下げていく。

 ダガーの場合は単純だ。そのあまりに子供なままの純真さがチュリリの腐った心でも分かってしまい、ダガーといるとイライラしていることがバカらしくなった。それが心地よくもあった。

 じゃあ匡の場合は? 匡はダガー程純真ではない。あの妄想癖からも分かる通り、純真なように見えて匡は様々な考えを巡らせている。似ているようで匡とダガーは明確に違う。

 匡との初対面時をチュリリは思い出す。ダガーと共にあしらい続けられながらも話しかけてきたその姿を。

 ――口先ではダガーと一緒に友好的な言葉を発しながらも、手が震えていたその姿を。

 

「そうだったわね……ふふっ」

 

 チュリリは、自分でも驚くほど優しい笑みが零れた。

 チュリリが匡を拒まなかった理由、それはダガーとは違う、もう一つの子供らしさが彼女にはあったからだ。

 そしてそんな匡を見る度に、チュリリは重ねてしまうのだ。まだ希望なんてものを捨てていなかった、同じ年代だったころの自分を――

 放っておけなかった。放っておけるわけがなかった。匡には自分のようになどなってほしくなかったし、その姿が救いでもあったから――

 宮内匡は――流れる真水のように繊細で、滴る血のように危うい子供らしさを持っていた――


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