VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた   作:七斗七

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チュリリ先生からの相談

「匡さんが病みました」

「ぇ?」

 

 朝方、急にチュリリ先生から電話がかかってきたので応答すると、突如そんなことを言われた。

 

「え、病むって、匡ちゃんが?」

「はい」

「そんな、なんで匡ちゃんが……あんなに元気な子なのに……はっ!? ま、まさか昨日の私が作ったランク表でDだったことがショックで!?」

「あの謎ランキングにそんな効力あるわけないでしょ」

「はい」

 

 あまりに的確な一言に一瞬立場が逆転してしまったが、数回咳ばらいをして姿勢を正す。

 これは、どうやら真面目な話っぽいな。

 

「一体何があったんですか?」

「……匡さんがね、気づいちゃったみたいなの。ライブオンは悪じゃないって」

「ほぉ? とうとうアンチじゃなくなったってことですか? それは……むしろいいことなのでは?」

「それは一概に言えないわ。だってそれに気付くってことは、今まで自分がやってきたことが間違っていたって突きつけられることでもあるでしょう?」

「……確かに」

「特に……自分が好きなモノの為だけに周りを攻撃していたという事実は、自分が正義であると信じていたあの子には相当堪えたみたいね」

 

 匡ちゃんのデビュー初期、私を交えたコラボで、あの子が晴先輩と交わしていた議論を思い出す。

 匡ちゃんはクリーンなモノを美徳と考えており、個性入り乱れるライブオンのことをクリーンではないと批判し、それを正す為に五期生になったと豪語していた。

 だが、晴先輩は匡ちゃんの話を聞いたうえで、それは匡ちゃんの持つ隠されたものを探求することが好きなフェティシズムの正当化であり、ライブオンへの攻撃は的外れであると指摘した。

 最終的には、匡ちゃんはしばらくの間ライバー活動を通してライブオンを体感し、その上で自分の意見を見つめ直してみる、という結論に落ち着いていたはずだ。

 遂にその答えが出た、ということなのだと思うけど……。

 

「うーん……でもあの匡ちゃんが病むなんて、未だに信じられないのですが……」

「……卒業式」

「はい?」

「匡さんが通っている学校で、少し前に卒業式があったみたいなのよ。つまり三年生のあの子も卒業生になるわけで、周りの空気とかが影響して、どうしてもこれからのことを考えてしまうじゃない? あまり心の整理がついていない段階で、半ば強制的に自分と向き合わざるを得なくなったんだと思うわ。だいぶ前から私達とライバー業一本でやっていくという方針自体は決まっていたの。大学進学も勧めたんだけど、学業とライバー活動の両立は体力的にもう限界って言われてね。ただ、今になってはこの件も相当響いていそうね」

「あー……ちょっとタイミングが悪かったんですね」

「それに、あの子はまだあまりに若いから……人生経験も足りないし、精神的にも未熟なのよ」

「そっか、どれだけライバーの才能があったとしても、匡ちゃんはまだ高校生ですもんね……」

 

 自分の高校卒業時のことを思い出す。同級生だった皆が色々な進路に別れていく中で、私もその中の1人であるはずなのに、なぜか皆においていかれる様な気がして、言いようのない不安に包まれたことがあった。

 それに、匡ちゃんはライバー業を進路として選んだ、十中八九他に同じ進路の同級生はいなかったはずだ。きっと当時の私の比にならないくらい不安は大きかっただろう。

 そのタイミングで、自分がライブオンは悪だと言い続けてきた主張は間違いであり、むしろ自分の我儘を押し付けていただけと気づく。更にはそのライブオンは自分の進路先ときた。すごい状況だが、悩むのもまぁ分かる。

 正直な話、私達ライバーで今までの匡ちゃんの行いを気にしている人はいないだろうし、匡ちゃんの若さなら少し立ち止まるくらい人生においてさほど影響は出ないのだが、あの子は常に真っすぐかつ本気だからなぁ……だからこそより悩んでしまうのだろう。

 少しずつ事態に理解が追い付いてきた。

 

「ちなみに、どれくらい病んでいるんですか?」

「私もびっくりしたわよ。一週間程姿くらませたかと思ったら、次会った時には突然情緒ぶっ壊れたから」

「えええ!? それ大丈夫なんですか!?」

「今はダガーさんセラピーのおかげである程度落ち着いているわ。でもずっと何かを考えているような状態ね。配信はやめておいた方が良さそう」

「そうですか……」

「あとつい先日、晴さんとも改めて話したみたい」

「偉すぎる……結果は?」

「晴さんから、気になったライバーに片っ端から相談してみることをお勧めされたみたい。色んな人の話を聞いたうえで、今後のことを考えてみなさいってことね」

「なるほど、あくまで自主性尊重ってことですか、晴先輩らしいですね」

「……私は少し気に入らないわ、匡さんがあんなに悩んでいるのに……」

「おぉ?」

 

 先生が小声で言った晴先輩への抗議。一見同期想いが故の発言に聞こえるが、私にはそれが違和感として引っかかった。

 

「こほんっ。そこでです。今日淡雪さんを頼ったのは、ダガーさんの件を解決した貴方の対応力を見込んでのことです。どうすればいいかアドバイスを貰えないかしら?」

「ふむ……」

 

 なるほど、私に回ってきたのはそういう経緯か。 

 うーん……そうだなぁ……なかなか繊細な話だから私も悩むけど…………。

 

「…………匡ちゃんに関しては、傍観が一番ですかね」

「は、はいいぃ!?!?」

 

 まぁこの答えになるかな。

 

「あ、貴方それは酷いんじゃ……分かってるの!? このままだと、あの子ライブオンをやめる可能性すらあるのよ!?」

「ええ、勿論理解していますよ」

「ならなんで……も、もしかして匡さんのことが嫌いなの? 確かにちょっと想像力豊か過ぎるし発想がガキなところはあるけど、私なんかとは違って根は本当に尊い子なのよ! アンチだなんて言ってるのも、危害を加えたいとかじゃなくて、だからその、嘘まみれの世界だからこそ逆にあの子みたいな子が評価されるべきというか、ほら! この前なんかね! 私がいつか日本の年金受給は120歳からとかになってそうよねとか言った時には」

「ふふっ、大丈夫、分かっていますよ。私も匡ちゃんと、出来れば交友を深めたいと思っています」

「ならなんで……」

「だって、ここで何かアクションを起こしたとしても、きっと匡ちゃんの為になりません」

「ぇ?」

「想像してみてください。じゃあここでライブオンを匡ちゃんの理想とするクリーンなVハコにするとします。きっと大混乱が起きて、匡ちゃんはあの性格ですから結果的に更に苦しむことになるでしょう。じゃあ今度は、私達が今のタイミングで匡ちゃんに優しい言葉をかけて引き留めたとします。でもそれだと問題を先送りにしただけで、真剣に悩んでいる匡ちゃんへの冒涜ですらあります。先送りした先でこれ以上匡ちゃんの心と人生を傷つける結果になろうものなら目も当てられません」

「……………………」

「匡ちゃんは、きっと今自分と向き合い、自分とは何かを知ろうとしています。成長しようとしているんです。そこに私達が出来るのは、匡ちゃんの迷いを少しでも軽減できるよう、むしろいつも以上に、これが! 私達が! ライブオンだ! と胸を張れる活動をして、最終的に匡さんの出した結論を受け止めてあげること。きっとこれがベストだと思うんです」

「……………………本当にその通りね。ごめんなさい、変に熱くなってしまって」

「と! ここまでは匡ちゃんへの対応策の話です!」

「はい?」

 

 先生が素っ頓狂な声を上げたが、私は更に一度手を叩いて、明確に話の流れを変える。

 

「ここからはチュリリ先生のことをお話しましょう!」

「せ、先生?」

「はい。この件に関して、先生はどうしたいんですか?」

「え? それは、今言ったように傍観が正しいと」

「それは私の意見ですね。先生はどうしたいのかが聞きたいんです」

「えぇ…………」

 

 突然の私からの質問に戸惑い、しばらく黙りこくってしまう先生。

 なるほど、匡ちゃんが晴先輩なら、きっと私が向き合うべきなのは先生の方なんだな。

 

「…………やっぱり淡雪さんが言った案が正論に思えるわ」

「正否はどうでもいいんです。先生がどうしたいのかが聞きたいんですよ。ぶっちゃけ私の意見なんてそれに比べたら無視してもらっても構わないです」

「????????」

 

 とうとう脳内が?で埋め尽くされてしまったようだ。

 どう説明したものかなぁ……。 

 

「えっと、さっきの先生の晴先輩への抗議で感づいたんですが、きっと先生にはこの件に関して、やりたいことが既にあるんですよ」

「そ、そんなことないと思うわ。本当にすごく悩んでいるのよ?」

「それは否定しません。ですが、きっと先生は匡ちゃんのことだけじゃなく、自分がどうしたいのかも同時に悩んでいるのだと思うんです」

「……………………」

「匡さんと先生はきっかけや原因が別にしても、仲良く同じことに悩んでいるのだと思います。『自分は何なのか?』って」

「そ、そんな思春期みたいなこと……匡さんならまだしも私は先生名乗ってるくらいの年齢なのよ?」

「社会に呑まれて自分を見失うこともありますよ。私が提案した合理的な手段に納得しそうになったのは多分そのせいです」

「合理的なのだからそれはしょうがないんじゃ?」

「……ライバー活動を続けてきて分かってきたことがあるんです。きっと人間ってそんな単純な生き物じゃないんですよ。今の世の中では、あらゆる場所で合理的、最適化、コストパフォーマンスなんて言葉が散見され、それが素晴らしいこととされています。子供ですら理論を求める時代になりました。それは生産性という観点ではきっと正解です。でも全方位で正しいわけでもない。だって、私達のライバー活動には縁が薄い概念だと思いませんか? でも、私達のことを好きと言ってくれる人達は確かにいるんです」

「……………………」

 

 本格的に考え込んでしまう先生。

 

「そこで! 私から先生にアドバイスです!」

「?」

「先生も匡ちゃんと同じように、色んなライバーに話を聞いて、自分が何をしたいのかはっきりさせましょう! 匡ちゃんの声をかけたライバーと縁のあるライバーを選ぶのなんて良さそうですね、ライブオンはライバー間での影響が強いハコですから、きっといい意見を貰えると思いますよ」

「……………………」

 

 またしばらくの間考えていた先生だったが――

 

「――分かったわ。ありがとう」

 

 待った先で、しっかりとそう言ってくれた。

 

「それにしても驚いたわ」

「何がですか?」

「淡雪さんって、本当に先輩なのね」

「喧嘩売ってます?」

「だって、先生からすると年下だし、いつもがあの調子だとね……無言でストゼロ二本渡されたらどうしようかと思ってたのよ?」

「しないわ! 匡ちゃんに至っては未成年だし!」

「ふふっ、なんとなく貴方がなんで慕われているのかが分かったわ。人のメンタル不調をバカにするような人じゃなくて良かった、話を聞いてくれてありがとう」

「……晴先輩のアドバイスをパクっただけです」

「ツンデレでもあるのね」

「先生にだけは言われたくないわ!!」

 

 こうして、突然の電話は終わった。

 ここからは彼女達の出す結論を待つことになる。私に出来ることは精一杯ライバー活動をすることくらいだ。

 

「――それにしても」

 

 電話が切れたスマホを机に置き、椅子の背もたれに深くもたれかかる。

 数秒後、今度は右手を天井に向けて翳し、それをただ見つめ続ける。

 

「これが私か……」

 

 やがて、ふとそんな言葉が、私の口から漏れていたのだった。

 


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