VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた 作:七斗七
『……ごめんなさい、これも自分の主張の押し付けだって本当は分かっているの。教えるなんて言ったけれど、本音を言ってしまえばこんなのが理解なんてされないって分かっているわ。それらしく本能とかいいながら無機物の例を出しているとかもうめちゃくちゃよね、結局は当てつけなのよきっと』
え?
饒舌に己の思想を語っていたかと思いきや突然我に返ったかの様子で謝罪をするチュリリ先生。その姿に、またもや私は呆気に取られてしまった。
『先生ね、人に性愛を覚えることができないの。先生の性愛が向けられるのはいつだって人類以外に対してだったのね。言ったでしょ? 先生はね、皆さんと違って宇宙人なのよ』
どこか遠い眼をして、これが本当の自己紹介とばかりに自分のことを話し始めるチュリリ先生。
『――人間は嫌いなのは本当だけどね』
最後にそう言って『あはは』と笑う先生。私もコメント欄もどう反応したらいいのか分からなかったが、今はそのクマや光の無い瞳がやけに似合って見えた。
『はい! 次の質問ある人ー! 本当になんでもいいよー!』
気を取り直してとばかりに質問返答へと戻る先生。
反応に困るのも事実だが気になることが多いのも事実、コメント欄に再びちらほらと質問が流れ始める。
コメント
:人間嫌いならどうしてライブオンに入ろうと思ったんですか?
『え? 暴れたかったから』
「「「ぶっ!!」」」
あまりに直球な返答に見学組3人揃って吹き出してしまった。
「なんか暗い話したと思ったらまたライブオンに戻りましたね……」
「いやいや、確かに暴れることを楽しんでいるライバーさんもこの箱にはいるかもですが、それをデビュー配信で包み隠さず言うってどうなのですよ……」
「おやおや、あばれる君達がなにか言っているね」
「「お前が言うな!!」」
「知ってる? あばれる君って身長180くらいあってラッパーだったこともあるんだよ。ちなみに聖様も身長180くらいでファッカーだったことがあるよ」
「「もで繋げるな!!」」
「理不尽を感じる」
コメント
:www
:これはあれだ、極限にまで煮詰めて凝縮したライブオンって感じ
:あーなるほど
『もーここまでのマイノリティになると世間での肩身が狭くて狭くて……そんな時に、そういえばライブオンってVTuber事務所あったな、先生ならいけるんじゃ!? ってなってね! もう何もかも疲れ切っていたし、こんな生き方続けるくらいなら世論とか恥とか全て捨てて暴れ散らかしてやりたくなったの』
「ど、どんだけ正直なんですかこの人!」
「正直というかこれもう自暴自棄になってるんじゃないのですよ~? あと少なくとも私は世論も恥も捨ててる訳じゃないのですよ~」
「私もですよ。それはライブオンの中でも聖様くらいです」
「はっはっは、なにを言うか、聖様は世論に恥を晒すことで気持ちよくなることだって可能だよ。こんな恥ずかしい姿の私を見ないでってね」
「心配しなくても見ないし見たくもないですよ」
「見ろよ」
「さっき見るなって言ってたのに!?」
「だって聖様の恥ずかしい姿だよ?」
「聖様に恥ずかしくない姿ってあるんですか?」
「見たことないのですよ~」
「うーん後輩が生意気で非常にお股に悪い」
コメント
:もう賛否とか知るかって感じだな
:これからどうなるんやろ……期待と不安が半々……
:質問です! 先生は腐女子ではないんですか?
:あー、こういう逞しい妄想ってそっちのお姉さま方のイメージあるよな
:↑すっごい言葉選んでて草
『違うと思うかな、先生の妄想にはNLが多いし。BLもいけるけどね、GLもーまぁ物によってはいけるかな。あと、これは先生の想像になっちゃうし個人差もあるんだろうけど、腐女子の人達の中には先生みたいに天井と床とか元素記号でカップリングを妄想できる人もいるみたいだけど、それって無意識に脳内で人に変換してるんじゃないかなって思うの。先生の場合は元のままで妄想しているから……あと正直な話同じって言うと怒られそう』
コメント
:最後が全てだろwww
:天井と床……? 元素記号……? ぇ……?
:大丈夫、知らなくてもいい世界だよ
『あ、もうすぐホームルームが終わっちゃうね! それじゃあ最後に、ちょっと感謝を伝えたいライバーさんが居るので、見ていると信じてちょっとだけ時間貰うね』
あまりに濃い時間だったため失礼ながらようやく終わるのかと一瞬安堵したが、どうやらまだ続きがあるようだ……。
でも感謝を伝えたい? デビュー配信で? どういうことだろう、まさか他のライバーさんの以前からの知り合いだったりするのかな?
『こほん! えー、三期生の心音淡雪さん! 貴方のおかげで先生はいまこの教壇に立っています! その節は話題に出していただき、誠にありがとうございました!』
―――へ?
「淡雪君……」
「おい……テメェ……またテメェなんか……」
「え? へ? ……ゑ?」
……………………。
「はあああああああああああぁぁぁぁーー!?!?」
コメント
:淡雪ィィィィお前の仕業か嗚呼ああアアァァァぁ!!!!
:wwwwwwwwwwwww
:まさかデビュー前の女の子まで手に掛けるとは……
:ストゼロあるところに淡雪あり
:シュワちゃんは絶望した女のところにいってストゼロを注入する正義の味方ストゼロライダーだから
:当然のように男は範囲外で草
:手口が完全に人の闇につけこむ悪の組織側なんだよなぁ
:ライダーもなにもむしろ乗っ取られてる側だろ、ストゼロが淡雪ライダーなんや
:ショ○カーなんでバイクに改造した淡雪に乗る擬人化ストゼロのイラスト描きます
:ライダーじゃなくてバイクの方に改造されるのか……
:VTuber心音淡雪は改造バイクである!(本家ナレーター風)
:であるじゃないんよ
:ストゼロを燃料にして走るぞ
:1L422円は流石にきついっす
:ライダー――返品!
:お前もう特級呪物でいいよ
「はい!? なんで私!? 知らない知らない! こんな人知らないから! 大体私の知り合いなんてライブオン関連以外ほぼいないし!!」
……いや、ちょっと待てよ、話題に出していただきって言った?
『先生ね、もともとライブオンどころかVTuber自体よく知らなかったの。だからきっと淡雪さんがいなければこのまま社会の藻屑と化してたわ! ……まぁ、直接の知り合いではないんだけどね』
出会ったことがあるという前提で、改めて今までのこの先生の言動を思い返した時、私の記憶の中である出来事が引っかかった。
『ある日私と同じような人はいないかってSNSを調べていたらね、なぜか淡雪さんの切り抜きに辿り着いたの。えっと、確か「ライブオン常識人組」って配信の切り抜きね』
そう、だってそれは、忘れようのない鮮烈な出来事だったから――。
『その切り抜きで淡雪さんがね――』
まさか――まさかこの人――ッ!!
『レンタルビデオ屋でム〇キングにBLを見いだしていた先生の話をしてくれていたの!!』
「やっぱりあいつかああああああああぁぁぁぁーー!!!!」
ああ、私は覚えている、『王道イケメンのヘラクレスオオカブトとガチムチのエレファスゾウカブトのカップリングたまらないわ~! 逞しくいきり勃ったオスのシンボルが荒々しくぶつかり合って相手の急所を狙い合っている……やっぱりム〇キングは最高のBL物ね!』、そう言っていたあのお姉さまの姿を……。
でもまさか……まさかその話をしただけで五期生として入ってくるなんて誰が思うんだよ!!
コメント
:驚愕の正体発覚である
:あったなぁそんな話笑
:てかあの時は昆虫専の腐女子かと思って唖然としたのに、実物はそれよりすごくて草
:あわちゃんはライブオンのスカウトでもやってるの?
:最後に草を取り戻してくれたのは紛うことなきライブオンのエースですわ
『その配信でライブオンを知ったから先生は面接を受けようってなったの! そしてこれからは真実の愛、言い換えるなら「概念的愛」の授業をしていくからね! よし! それじゃあ時間が来たから今日はこれでおしまい! ありがとうございましたー! キーンコーンカーンコーンー♪』
学校定番のチャイムを口ずさみながら画面外へと退室していくチュリリ先生、そのまま配信は終了となった――。
「……とりあえず私の信頼を裏切ったライブオンを爆破しに行きますか」
「その前にテメェを爆破してやるよ」
「なんで!?」
「フフン ペニバンを付けるとすぐ濡れやがる まってろよ、すぐに淡雪君を見つけてやるからな」
「レザーのモヒカン男みたいなこと言ってる!?」
大丈夫かな……この先生と私仲良くなれるかな……。
『よっと、あー、あー、あー』
「「「……ん?」」」
先生が退場した後、数分間感想を言い合ったりなぜか私が責められたりとわちゃわちゃ過ごしていたのだが、突然このまま終了すると思っていた配信から声が聞こえてきた。
あれ? この声先生じゃない。 というか聞き覚えあるぞ、これもしかしてダガーちゃんじゃ?
『よし、聞こえてんな!』
『こらダガーちゃん! ちゃんと挨拶をしないとダメではないか! えー皆の者、ごきげんよう。偉大なる宮内家の娘にしてアンチライブオン、宮内匡だ』
匡ちゃんも!? え、何事!?
リスナーの戸惑いも気にせず、アバターまで表示し、いきなり会話を始める2人。
『いや~さっきの先生のデビュー配信俺も見たけどさ、あれはだめだよなー』
『そうであるな。リスナーを置いてけぼりにしたり突然情緒不安定になったり、言語道断である』
『ほんとダメな先生でごめんなー?』
「いやいや、絶賛聖様たちも置いてけぼりにされてるんだけど……」
「……あっ! これ、もしかして、癖が強すぎたチュリリ先生のフォローに来たのではないのですよ~?」
「なるほど! 同期のことを考えてきてくれたってことですか! てぇてぇなぁ」
『本当にチュリリ先生はダメダメなのである。時間割作らないとすぐ生活リズムボロボロになるし、食器は溜まるまで洗おうとしないし』
『なー! 洗濯物の分別は適当だし、渇いた服はしわしわのままで着ちゃうし』
「……フォローしてなくないですか?」
「むしろ追い打ちしているのですよ~」
「いや待て、そうじゃないだろう? 今の会話には重要な要素が含まれていたじゃないか!」
重要な要素?
聖様の言葉に首を傾げた時、コメント欄がざわざわしていることに気がついた。
コメント
:なんでそんなことまで知ってるの!?
:よくご存じで(ニヤニヤ)
:もしかして一緒に住んでる?
!? そ、そういうこと? そういうことなのか!?
まさかこの3人、そんな文句を言えるくらいめちゃくちゃ仲がいい!?
『いや、一緒には住んでない。けど俺同じマンションで部屋隣だからよく入り浸ってる』
『宮内は実家暮らしだが、あまりに先生がだらしないからよく偵察に行くのである』
『それにしても今日まで長かったなー、やっと五番隊が全員揃った!』
『普通に五期生でいいのである。でも長かったのは同意であるな、宮内とかダガーちゃんがデビューした後は決まって先生病み期に入ったりして大変だった……』
この2人が仲がいいのはなんとなくこの一月で察していたけど、あの先生とも仲がいいのか。
でもそうだよな、よくよく考えれば私たちにとっては今日が先生との出会いでも、今回の五期生のデビュー方式だとこの2人は既に相当長い時間一緒にいたってことだもんな。
……んーそれでも意外だ、あの先生がなぁ。
『でもさ、まー少しはあの先生にもいいとこあるんだよ、ほら、案外真面目だったり』
『そうであるなー』
『コラアアアアアアアアアアァァァーー!!!!』
「「「!?」」」
仲がいい理由に納得はしてもそれでも意外だなと思いつつ2人の緩いテンションの会話を聞いていたのだが、急に切羽詰まった怒号が聞こえてきて思わず体を強張らせた。
『あ、先生おかえりー』
『なぜ戻ってきた? 先生の出番もう終わりであるぞ?』
『貴方達の出番がある方が聞いてないわよ!! 配信終わって別部屋に移って、ようやく一息の缶コーヒー。そうだ、せっかくだし配信閉まる前に自分で開いてみよーってスマホで見たら貴方達が出ててコーヒー噴き出したわ! ぜぇ……ぜぇ……』
『まぁ落ち着けよチュリリリ先生』
『リが多いわよ!』
『そうであるぞ、チュリ先生が不甲斐ないから宮内とダガーが出てきてやったのではないか』
『貴方たち事務所までの付き添いとしか言ってなかったじゃない! 後今度はリが足りない!』
『まぁそうカッカすんなよチュリリリリリリリリリリリリリリリリリrrあ、噛んじった』
『やはりチュリリ先生の本名呼びは発音が厳しいであるぞダガーちゃん』
『そんなあほな本名じゃないわ! 変な設定付けるな! ああもう恥ずかしいから余計なこと喋らないの! もう配信は終了なんだからこっち来なさい!』
『おおっと、そんな引っ張るなよー』
『そんなに焦らなくとも、ちゃんと予定通り帰った後にお祝いパーティーはするであるぞ』
『だからそんなこと言わなくていいのよ!!!!』
コメント
:完全にただの仲良しさんで草
:お? もしやツンデレか?
:本名churrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrとかかな?
:パーティで草、人間嫌いとは?
:な、なんだったんだ?
余裕のない先生の声にも相変わらず緩く対応していた先デビュー組だったが、無理やり部屋から引きずり出されたのか声が遠ざかっていき結局フェードアウトしてしまった。
そしてそのまま配信も終了――
……最後までどころか延長戦まで理解が追い付かなかったデビュー配信、しかもかつてないほど強烈な個性を持った新人の仲間入りだったが――
「あれだね、なんとかなりそうな気はしてきたね」
「ですよ~」
「そうですね」
匡ちゃんとダガーちゃんのおかげもあり、全て終わってみればそう頷く私たちがいた。
こうして三者三様、ライブオン五期生全員のデビューが終了したのだった――