VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた   作:七斗七

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ガクガクブルブル4

「それでは」

「ん。気を付けて」

 

 店を出た後、今一度飛鳥さんに頭を下げる。

 これでお別れなのは少し寂しいが、もう仕事に行かなければ。

 

「「あれ?」」

 

 そう思い歩き出したのだが、その方向が飛鳥さんと重なってしまった。

 

「飛鳥さんもこっち方面に用事ですか?」

「ん……私もこの後少し仕事があって」

「そうですか……」

 

 まぁ別段不思議に思う話ではない。離れるのも変なので二人並んで歩き始める。

 でも……まずいな。素敵な人と一緒の時間が増えるのは嬉しいが、事務所がもう近い……。

 細心の注意を払って身バレを警戒すると、このまま一緒に建物に近寄るのはまずいな。

 この人なら万が一知られても秘密にしてもらえるかもしれないが、あまりペラペラと話すのもライブオンのVとしてのポリシーに反する。

 ……よしっ。

 

「顔隠す……お酒飲む……コント……アイドルは意味分からないけど今思えば声も……いやいやまさかね」

「あの、私こっちなんで!」

「へ? あ、ああそっか。うん、じゃあバイバイ」

「はい!」

 

 なぜか小声で独り言を呟いていた飛鳥さんに声を掛け、わざと目的の道から外れる。

 勿論行き先を変えるわけではない。少し遠回りして一緒の状況から脱しようという算段だ。

 飛鳥さんと別れ、一人歩く。えっと、ここを曲がってその先を曲がれば、そんでもっかい曲がれば事務所に着くな。

 ふふふ、完璧な作戦だ。これぞVの鑑。

 

「よし到着っと。それじゃあお仕事頑張りますか!」

 

 気合いを入れて事務所に入っていく。

 そしてライブオンの事務所の受付まで着いたのだが――

 

「あれ?」

「ぇ」

 

 なぜかさっき別れたはずの飛鳥さんが居て、先に受付をしている。

 状況を理解できずまぬけな声を出して首を傾げる私と、その声に振り向き私に気づいたっきりピタッと固まってしまった飛鳥さん。

 ?????? 

 私たちの間の時間だけが世界から切り離されたように止まる中、飛鳥さんの受付を担当していた職員さんが私に気が付き……。

 

「あっ! 淡雪さん! どうもどうも、いらっしゃったんですね! 聞きましたよ、ご体調は……ってあれ?」

 

 そう挨拶してくれた後、飛鳥さんの方に視線を向けてこう言った。

 

「もしかしてエーライさんと一緒にいらっしゃったんですか?」

 

 それを聞いた私が驚きの表情を飛鳥さんに向けたとき――飛鳥さんはエーライちゃんとして床に崩れ落ちていた。

 

「ゲロ吐きそうな時点で気が付くべきだった……」

「ゲロから私を連想しようとすんな」

 

 そんな彼女を見て、やっと私は事態を全て理解したのだった。

 

 

 

 事務所の一室。そこにはニヤニヤした私と、その私にほっぺたをムニムニされている飛鳥さんことエーライちゃんの姿があった。

 

「ねぇねぇエーライちゃん? だーれが毒を盛ったのかな? 誰を許せないのかな~? 誰を尊敬しているのかな~? ねぇねぇねぇねぇ?」

「ぅわうっざ。早く自分の顔殴ったらどうです?」

 

 話を聞くに、どうやら私とエーライちゃんは全く同じ仕事の用事が似たような時間に入っていたようだった。

 だがそこはライブオンたる私たち。普通なら事務所で出会うところを奇跡に等しい偶然の積み重ねでお互いの正体を知らぬまま道端で出会い、そのまますれ違いコントのような会話劇を繰り広げ、締めに事務所でネタ明かしという過程を踏んだわけだ。

 正体がエーライちゃんだと分かれば、喫茶店で話していた先輩と言うのは十中八九私のことだ。罪悪感があるのか私がなにをしても睨んで文句を言うけど抵抗はしないのがおもしろい。

 いい……強気な女が悔しそうにしながら屈服してるのっていい……最初は軽い気持ちでやったが癖になりそうだ……。

 

「そういえば淡雪先輩って自分のことアイドルだと思ってるんすか?」

「それ以上あの件に触れようとしたらこのままキスして一生離れませんよ」

「ドキッとして心臓止まるかと思いました」

「あなたのドキッはどこから?」

「私は恐怖から」

「私はニラマレシチュから」

「あんたのは聞いてない」

 

 それにしても、本当にこの子がエーライちゃんなんだなぁ。

 今にして思えば動物やメタル好きな点やホラゲーが嫌いな点など、エーライちゃんだと分かる要素が山ほどあったことに気が付く。

 でも、外ではまさか出会うと思わないから気が付かないし、正直今目の前の女性がエーライちゃんだと分かっていても……本当か?と疑いの念を感じてしまう。

 

「……エーライちゃん、だいぶイメージ違いますよね。ほら、やっぱり組長ではあっても容姿とか喋り方とかでおっとりした印象あったので」

「まぁ自分でもそう思いますけど……動物好きでおっとりした人になりたかったんですよ。あと組長じゃない」

「なるほど、自分がなりたかった姿にvirtualの世界でなろうと思ったんですね」

「まぁそんなところです。メタルとかも好きだし自分に似合いそうだったんでリアルではそっちにいきましたけど、もう一つの自分が持てるのなら女性らしい人になろうと。子供のころの夢にも毎回『動物園の園長さん』って書いてましたし」

 

 は? やば、とんでもない萌えキャラじゃん。属性盛りすぎだろ。一人五等分○花嫁じゃん。

 えっと、エーライちゃんの中から五つ選ぶなら、動物園の園長・メタル系・天然・イケメン・ホラー苦手かな。

 プラスしてヤーサンの組長・ヤッパ・ドス・チェーンソー・ホラー系という人体の五等分が得意そうな花嫁要素もあるというね。

 ……あれ?

 

「エーライちゃんってチェーンソー使ったことありましたよね?」

「ねぇよ。なんで質問がある寄りスタートなんすか。てか先輩のせいでエーライに素の私が混ざって今キャラが大変なことになってるんですけど? 反省してください」

「あれはほぼエーライちゃんの自爆な気が……」

 

 なかったらしい。まぁチャカとか入れておけばいいだろう。

 

「なんか失礼なこと考えてません?」

「なんでですか?」

「今の質問と、顔がアーニャの変顔みたいになったからです」

「褒めんなよ」

「失礼。それじゃ可愛すぎましたね。渋井丸拓男みたいな顔してました」

「シブタク正直すこだけどあの顔はいやですね……」

 

 うん。でも話すうちにだんだんとエーライちゃんと一致してきた感覚あるぞ。

 やっぱりツッコミとか言葉のチョイスとかが一緒なんだろうな。

 

「あれですね。コンビ組んでるのにちゃみちゃんと全てが逆って感じなんですね。アバター交換したらギャップがピッタリなくなりそうです」

「なに勝手にコンビ組んでることにしてるんですか。というか淡雪先輩ちゃみ先輩と同期ですよね? 彼女止めてあげてくださいよ」

「あれ、もしかしてまだ一日に何通もチャット送られてる?」

「いや、それは止まったんですけど、代わりに毎日のように動物系のコスプレをした自撮りが送られてくるようになったんですよ」

「かわいいじゃないですか」

「かわいいですけど同時になんか虚しい気持ちになるんですよ。どうしてこんな人にって」

「エーライちゃんがイケメンなのが悪いかと」

「知らないですよそんなの」

 

 実際私も結婚申し込みそうになったからな。ちゃみちゃんの気持ちも分からなくはない。

 そうやって話していたら、部屋のドアが開き、サインを書く予定だったグッズを持った社員さんがやってきた。

 さて、ここからは仕事の時間だ。

 二人でせっせとサインを書きまくったのだった。

 そして仕事を終わらせた帰り際、鈴木さんにこんなことを言われた。

 

「マナさんの卒業配信での出演順番決まりましたよ!」

 

 そう、考えると落ち着かなくなってしまうためあまり意識し過ぎないようにしていたが、もうその日がすぐそこまでやってきていたのだった――。


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