VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた 作:七斗七
活動休止が決まってすぐ、ライブオンから私たち三期生に謝罪があった。
どうやら意地でもスケジュールを詰め込もうとする光ちゃんとそれを止めたい担当マネージャーさんとの間では、日々熱い攻防戦が繰り広げられていたようで、今まではなんとか体を壊さない線を死守していたらしいのだが、この度は目測を誤ってしまい大変申し訳なかったとのこと。
だがこの話、光ちゃんに詳しく話を聞くとライブオンの管理ミスだけが原因なわけではないことが分かった。なんと、今までの経験上このまま日々のスケジュールに歌の練習を追加するとマネージャーさんから絶対NGが出ると察していた光ちゃんは、苦肉の策でそのことを報告していなかったのだ。
それだけ1周年記念を良いものにするために練習してくれたということだが、これはいけない。最終的に、光ちゃんも担当マネージャーさんにごめんなさいして、この件は丸く収まった。
光ちゃんも今回の件で担当マネージャーさんがどれだけ体を心配してくれていたのかが伝わったはずだ。信頼関係はより深まったはずだからもうこのようなことは起こらないだろう。仲良きことは美しきかな。こんな時だからこそ良いことを見つけよう。
そうそう、光ちゃんの活動休止期間中、もう1つ良いことがあった。
「んーー!!(グリグリグリグリ)」
「あははっ! もう光ちゃん、髪の毛が擦れてくすぐったいですよ」
今までの時点でも私たちにかなり距離感の近かった光ちゃんが更に懐いたのだ。
今回の件は三期生全員の友情を更に深め合うことにも繋がった。よって光ちゃんはより深く三期生のことを信頼するようになったということなのだが……自意識過剰かもしれないが私に向けられているものはましろんやちゃみちゃんのものに比べてスケールが違う気がする。
活動休止期間が始まった最初の一週間、光ちゃんは自責の念に駆られてか明らかに元気がなかった。
今回喉を治すのは勿論だが、そもそも過密スケジュールだったことには変わりがないため、この機会に体も休ませようということになっている。
ずっと張り付く可能性があったのでSNSの更新も最小限に制限されている。だけど明らかに落ち込んでいる光ちゃんを見て、私はこれじゃあ体もメンタルも癒えないのではないかと心配になった。
喉は治療中なので声を使う通話はあまりよくない。チャットで応援してくれているライバーは沢山いるが、こういう時こそ直接のコミュニケーションが活きるものだ。なので私は週に数回、家が近いこともあり、時間に余裕がある日に光ちゃんの家に遊びに行くことにしたのだ。
私が行かない日にも、前に光ちゃんと出会ったときに知り合った藍子さんも来てくれていたようで、光ちゃんはみるみる名前にふさわしい本来の明るさを取り戻していった。
あの喉を壊した日に直接会っていたのも私だし、きっとそういう経緯もあってここまで好意を向けてくれるようになったと思うのだが……ここで新たな問題が発生してしまう――。
やばい、この子元気すぎる!
もうね、積んでるエンジンが違うんだろうね。
メンタルが回復してからというもの、退屈とのことで一緒にゲームをするのは勿論のこと、一つゲームが終わるたびに次のソフトに移り、更に次のソフト、その後はいきなりパタパタと家のどこかに消えたかと思ったら持ってきたトランプやボードゲームでまた遊ぶ。
永遠に終わらないあそぼー攻撃に、もはや私は元気な子供に振り回される親の気分を味わっている。切り忘れの時に光ちゃんのママになりたいみたいなことを言った覚えがあるが、まさかこんなところで叶うとは思っていなかったよ……。
この前なんてバ〇ルドーム持ってきたからねこの子。メンタルは戻ったとはいえまだ喉は治療中。最近小声の会話は許されたが、遊んでいても大声は厳禁だ。
片方は声を出さない状態かつ二人でやるバ〇ルドームは虚無ゲーの領域なのではないだろうか? いや、キラッキラの目で取り出してきたから断れるわけもなくやったんだけどさ……。
でも声が出せなくてもどんなゲームでも、私と一緒に遊ぶ時の光ちゃんはとても楽しそうで、頻繁に抱き着いてきたり頭をグリグリしてきたりして感情を表現してくれた。
大変だと思いながらも、それが嬉しい私もいて、なんだかんだ楽しんでいたのだが――私は気が付いてしまう。
え、これ休養になってなくね?
遊ぶことでメンタルが回復したのは喜ばしいことだが、これは遊び過ぎではないか?
確かに気分転換にはなっているのかもしれないが、私の思う休養とはもっとゆったりしていて落ち着いたものだ。
特に光ちゃんはショートスリーパーなはずだ。それは体質の問題なのかもしれないが、私としては休養中くらいしっかり睡眠をとってほしいと思ってしまう。
なのでどうしたら光ちゃんにもっと落ち着いて体を休めて貰えるかを考えたところ、そういえば光ちゃんが喉を壊した日、私は歌の練習もあるが、それと同時にマッサージをしてあげようと考えていたことを思い出した。
未だに勉強したことは覚えている。なので手軽にできる肩のマッサージを提案してみたところ、光ちゃんは笑顔で勢いよく何度も首を縦に振って了承してくれた。
「それじゃあ始めますね……あー、結構凝ってますね」
「っ!!」
「あっ、痛かったですか? 痛みで声が漏れると喉に負担がかかってしまうかもしれませんね、力弱めますか?」
「……ううん、そのままでいいよ」
「えっ、本当ですか? ……分かりました。じゃあもし痛い時があっても声は出さないようにだけ注意していてくださいね」
こうして肩のマッサージは始まり、終わった時には光ちゃんの顔は熱を帯びたように赤く染まり、体はぐったりと脱力していた。
あれ? 脱力するのは分かるけどなんで顔赤いんだろう? もしかして気持ちよくなかったのかな? 一瞬そう不安に駆られたが、なんとこれがめちゃくちゃ好評。
その日の夜、光ちゃんはびっくりするほど深い眠りに入ることができたらしく、翌日自分でも信じられないくらい快調だったらしい。
どうやらあの顔の赤さは気持ちが良かっただけのようだ、よかったよかった。
そしてこれをきっかけにして、光ちゃんは私にマッサージをねだるようになった。
だが連日肩ばかりやるのもどうかという話になり、光ちゃんにどこをマッサージしてほしいか聞いたところ、返ってきた答えは意外や意外『足つぼ』だった。
腰とかだと思っていたので予想外の答えが返ってきて若干困惑した私だったが、光ちゃんの為、私は必死になって足つぼマッサージのやり方を勉強した。
「いいですか? 足つぼは痛みが伴う可能性が高いです。喉のことがありますから、もし大きな声を出したらすぐにやめますからね!」
「うん! お願いします……はぁ……はぁ……」
いざ始まった足つぼマッサージ。光ちゃんはもしもの為に口を自分の両手でしっかりと塞ぎ、私の施術に耐えている。
……今更だが光ちゃんの容姿は陽キャそのものだ。そんな自分は一生関わることはできないと思っていたタイプの女の子の足を直に触っている――しかも施術が進むにつれて光ちゃんはまたもや顔が赤くなり、しかも今回は声を出さないように必死に両手で口を押さえながら――
……なんだかいけない気分になってしまいそうだったが、これも大切な同期の為、心を無にして最後まで真剣にマッサージに取り組んだ。
今回の結果だが、前回と同じく顔の赤らみとぐったりとした様子にプラスして、両手を外した光ちゃんの口元にはうっすらとよだれが零れてしまっていた。
まさかそこまで気持ちがいいとは……もしかすると私にはマッサージの才能があるのかもしれない。
そして自分のマッサージに自信が付き、楽しさも見いだし始めた私に、光ちゃんが求めた次のマッサージ、それは――
「これやってほしい……」
「これは……」
スマホで見せてくれた画面に映っていたのは、マッサージを受ける人がうつ伏せで寝て、その背中を施術者が踏んでマッサージするという変わったタイプのものだった。
えっと、これをしてほしいってことは、光ちゃんが私に背中を踏まれるということだよね? いいのだろうかそれは……。
いや、それよりも――
「うーん……この前の足つぼの時も少し思ったんですけど、このレベルになると素人の私では良い施術ができるか分かりません。専門のお店に行ってプロの方にやってもらう方が良いのではないのでしょうか?」
純粋にそう思って聞いたのだが――
「……淡雪ちゃんに踏まれたいの」
「ぜひヤラせていただきます」
光ちゃんに耳元でそう言われてしまった私は、考えるよりも前に承諾を口にしてしまっていたのだった。
なんで急にそんな扇情的なことを言い出すんだ光ちゃん!?
いや待て、冷静になれ、あの光ちゃんだぞ? 特に深い意味はないはずだ。
これはあくまでマッサージ、マッサージなんだ! 心を無にして、光ちゃんの体をほぐすことだけを考えるんだ!
そう肝に銘じ、またもや私はマッサージのコツを勉強し、そして後日いざ実践!
「うん、これを使えば私の体を支えることができそうですね。それじゃあ始めていきますね」
「よろしくぅ! はぁ! はぁ! はぁ! はぁ!」
踏む場所と足に体重を乗せすぎないよう細心の注意を払い、マッサージを進めていく。
そしてマッサージが終わった時には――
「――――――――」
だらしなく舌をはみ出させながら口を開き、白目がちになった目で放心している光ちゃん、まさかのアヘ顔であった。しかも時折ビクンビクンしている。
信じられない……あの光ちゃんがこんな状態になるなんて……。
「間違いない……私はマッサージの天才だ……」
自らに秘められし才能に気が付き、謎の高揚感を覚える私なのだった――
こうして日々は過ぎていき、いつの間にか光ちゃんの活動休止期間も折り返しを過ぎ、復帰の時が段々と近づいていた。
今日は私ではなくちゃみちゃんが光ちゃんの家に遊びに行っている。三期生のグループチャットで私が遊びに行っている話を聞いたちゃみちゃんが、私も行きたいと立候補したのだ。
あのちゃみちゃんが自ら立候補するなんて、やはり相当光ちゃんのことが心配だったようだな。ましろんも行きたそうにしていたが、遠方なこともあって流石に厳しかったらしく、悔しそうにしていた。
ちゃみちゃんはもう着いているころかな。ふふふっ、ちゃみちゃんのことだから、光ちゃんのあまりの元気さにワタワタしてそうだなぁ。
「ん?」
そんなことを考えながらスマホの予定を確認し、今日はのんびり過ごせそうだなーとかのんびり考えていた時、ちゃみちゃんから通話がかかってきた。
どうしたのだろう?
「はいもしも」
「あ、ああああああ淡雪ちゃん!!!!」
私がもしもしと言い切るより前に、ちゃみちゃんの明らかに慌てた声が被さってきた。
「ど、どうしたんですかちゃみちゃん?」
「あ、貴方、なっ、なっ、なっ」
「??」
「なんで光ちゃんをドMに調教しているのよおおおおおぉぉーー!?!?」
「――――――は?」
スピーカーから聞こえてくるちゃみちゃんの絶叫。
え? ……んん?
……………………。
「はあああああああぁぁぁぁぁーー!?!?」