VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた 作:七斗七
「すぅ……すぅ……」
ふと目が覚めると、目の前では有素ちゃんが規則正しい寝息をたてて気持ちよさそうに眠っていた。
時刻は日付が変わってから少しといった具合、どうやら私は寝ていた途中で起きてしまったみたいだな。
寝ている場所が普段と違うからだろうか? 体がまだこの就寝環境に慣れていないのかもしれない。
まぁ眠気はあるからこのまま再び目を閉じていればそのうち眠れるだろうが、それにしても喉が渇いたな。
……よし、お水を一杯だけでも飲んでくるとしよう。このままでは喉の渇きが気になってなおさらうまく寝られなそうだ。
有素ちゃんを起こさないように静かに体をベッドから下ろし、部屋を出る。
「あら?」
「ひゃ!?」
一階のキッチンへと向かう廊下を歩いていると、急に背後から声が聞こえてきた。
電気が消された暗闇の中でのことだったためらしくない声を上げてしまったが、振り向いてみるとそこには有素ちゃんのお母様が寝間着姿で立っていた。
「あ、ああ、お母様でしたか」
「ええ、こんな時間にどうしたの? もしかして眠れない?」
「いえ、喉が渇いたのでお水を頂こうかと。お母様は今からご就寝ですか?」
「うん、そうよ。旦那は先に眠っているけどね」
「そうですか……」
それっきり会話が途切れてしまう。なんとも言えない気まずさを感じていると、お母様は少し考えた様子を見せた後、「そうだ!」と小さく声を上げた。
「ねぇ、せっかくだしお互い本格的に寝る前に二人で話でもしない?」
「話ですか?」
「ほんの少しだけだからさ、お水飲みながら! ね?」
「ええ、勿論大丈夫ですよ」
お互い食事にも使ったテーブルで用意した飲み物と共に向かい合う。
「話っていうのはね、歩はちゃんとうまくやれているのか気になるの」
開口一番お母様が発したのは親御さんとしての心配の念だった。
「ほら、あの子って私が言うのもなんだけど癖が強いじゃない? ちゃんと馴染めてるのかなーって気になってね」
その表情と口調は完全に子を心配している親そのものだ。あれだけエキセントリックな方でも、やっぱり我が子がかわいいことには変わりないのだろう。
「現状は問題ないと思いますよ。有素ちゃんは四期生なので私も完全には把握しきれてないですが、問題が起こったなんて話は聞いたことがないです」
「ほんと? よかったぁー! 歩って私たちの血を受け継いでいるからか本当に無尽蔵の元気を持っている子でね、まぁそんなところも可愛くはあるんだけど、まだ足りないまだ足りないってひたすら己の心を満たすものを追い続ける傾向があるのよ」
「それはなんというか、すごく納得です」
「でしょー? だからちゃんと周囲に馴染めているかママ心配で心配で……なんだかんだ今日まですくすく育ってくれたから心配性になりすぎなのかもしれないけど」
「はははっ、きっと大丈夫ですよ。少なくともライブオンは普通の人が逆に浮くくらいのカオス環境ですから、主観にはなりますが有素ちゃんは楽しそうにやってますよ」
「それなら安心したわー! ほんと子育てって難しくてね、必ずの正解がないのよ。だから昔ああやってあげればよかったのかなとかあれでよかったのかなとか、今でも考えたりしちゃうの。……ってごめんね、なんかただの親ばかみたいになっちゃった」
「いえ……」
「えっと、つまりはね? 歩がいま私やパパのことをどう思っているのかが気になるのよ。そうだ、歩と年齢が近い淡雪ちゃんならなにか分かったりしない?」
矢継ぎ早に紡がれる言葉はどれも子を想う愛に溢れたものだと、聞いているだけではっきり分かった。
だけど私は……その質問に対してこんな返答をしてしまっていた。
「私は……すみません、なにも分かりません。分かりたくても分からないんです。あまりにも……育った環境が自分と違いすぎて」
酷く曖昧で答えられた側も困ってしまうようなダメな回答。でも、言わずにはいられなかった。
――心を覆いつくした靄を口から吐き出したくて仕方がなかった。
「淡雪ちゃん」
「え?」
言った後にもっと違うことを言うべきだったと後悔が襲ってきたのと同時にそれは起こった。
優しく、ただただ優しく、繊細なガラス細工を包み込むかのように、私はお母様に抱きしめられていた。
「あの……」
「ごめんなさいね。もしかすると私は淡雪ちゃんにとってあまり気分の良くない話をしてしまったのかもしれない」
「え、いえそんな! 私こそ変なこと言ってしまい申し訳ないです!」
「ううん、いいの。人間って繊細な生き物だから」
そういう話をしている今も私はお母様に抱きしめられ、背中と後頭部をゆっくり撫でられていた。
「あの~……なぜ私は抱きしめられているんでしょう?」
「んー、私がしたいからかなー」
「えぇ?」
「ねぇ淡雪ちゃん、少し聞いてね」
「はい?」
抱きしめつつも私の体からほんの一歩分離れたお母様は、今度は優しい目で私の目をしっかりと見据えていた。
「淡雪ちゃんの話は歩から毎日のように聞いているわ」
「あ、あはは、どんな話が飛び出たのか考えるだけでも恐ろしいですね」
「ふふっ、心配することないわ。私は淡雪ちゃんがどれだけユニークで、面倒見が良くて、多くの人に愛されているかを知っているつもり」
「ぁ」
再び体がお母様の胸元へ引き寄せられる。
「だからね、淡雪ちゃんは立派なんだよ、皆のスーパースターなの」
その言葉を最後に、数分間私は優しく抱きしめられ続けた。
私はこの状況に未だ戸惑っていたけど――でも、不思議と安心していた。
それは、私が今まで知らなかった感覚だった――。
その後、抱擁から解放された私は、お母様と別れ再び有素ちゃんの眠るベッドへと戻り、目を閉じた。
今度の眠りは、ちゃんと朝まで覚めることはなかった――。
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