スクライア一族。
ユーノの生まれ育った一族であり、遺跡発掘を生業とする一族である。
そして、ユーノ・スクライア主導で発掘されたロストロギア、『願いの叶う宝石』ジュエルシード。
しかし、輸送中の原因不明の事故により、二十一個のソレが海鳴市に散らばった。
その事に責任を感じたユーノは自らそれを収集するべくこの世界に降り立った。
しかし、力及ばず今にも力尽きようとしていた時、彼は一人の少女と出会った。
「要するにユーノ、アンタがジュエルシードとかいう危険物を海鳴市に撒き散らして回収に困っていた所で魔法の資質があったなのはを巻き込んだってことでいいのね?」
アリサが怒気を垂れ流しているのを感じ取ったのか、なのはの肩に乗ったユーノが震えている。
「そうだね。それに関しては僕も非情に申し訳なく思っているよ。…そ、それにしても僕はサクラの使っている魔法についても聞きたいんだけど…その光の翼からも魔力を全く感じないし術式も全く分からないんだけど…」
即死級の猫パンチをグライダーのように翼を傾けて避けているサクラについて言及するユーノ。
「アンタの世界、ミッドチルダの魔法は一種のプログラムなんでしょ?」
「うん。デバイスっていうなのはのレイジングハートのような発動媒体を用いるのが魔導師の常識なんだけど…バリアジャケットもないし、サクラの杖は違うよね?」
「…ある意味あれはプログラムだけど考えるだけ無駄だから諦めなさい」
「えと、非殺傷設定とかは…?」
「そんなものがあったら経験値が入らないでしょうが」
なにを言っているんだと言わんばかりのアリサの態度にユーノがフリーズする。
ゲームクライアントのプログラムの魔法と言うのはいくらなんでも問題だらけだった。
「…サクラ、もうレベル上がらない」
当然の如くサクラの返答もズレていた。
アリサに速攻で封印された広範囲攻撃魔法など、使い勝手の悪い魔法が多数存在するのがサクラである。
広範囲攻撃魔法。つまりゲーム内ではない今となっては『敵味方問わず範囲内は全て攻撃するのだ』。
こんなものどうしろというのだ。
「サクラちゃんにはその…封印ってやつが出来ないの?」
「サクラにも確かに魔導師の素質はあるんだけど、とても実用レベルとは言えないんだ。バリアジャケットの展開も出来るのか怪しいくらいかな」
すずかの問いにユーノが答えたことで、サクラの伸び代が完全に消え失せたのがこの瞬間であった。
心なしか高度が下がったのをアリサとすずかは感じた。
「サクラは感じ取る才能がないんじゃなくて才能自体が足りなかったのね」
無意識にアリサがサクラの傷口をえぐる。
「…サクラ、だめだめ」
サクラの新たな自嘲語録が増えた。
それと同時に背後を駆けてくる巨大猫の元へ無数の光の礫が奔った。
礫は巨大猫に直撃し、その巨体を横倒しにする。
「魔導師一人と…えと、なんだろう…ジュエルシードは頂いていきます?」
光の礫を放った主は、泰然としようした態度を貫こうと思ったのだろうが、明らかに失敗していた。
金色の髪に鎌状のデバイス、バルディッシュを携えた少女、フェイト・テスタロッサ。
その視線は一瞬団子状態を続けるサクラたちに向き、すぐさま気まずげに逸らされた。
「今あの子、あたしたちから目を逸らしたわね」
それは誰だって逸らす。フェイトだって逸らす。
その視線は自然と普通の魔導師である、なのはの元へと向かう。
「えぇっ、なんで私なの!?」
「あの状態の三人になにかが出来るとは思えない」
ごもっともである。
しかし、それは三団子の中心がサクラでなければの話だが。
フェイトがなのはにバルディッシュを向け、再び光の礫を放つ。
「…『セイントギア』」
現れた旋回する歯車をサクラは礫の進行するルートに合わせて縦に設置する。
盾として礫を受け止めた光の歯車は空間に溶けるように消えていく。
「…お団子さんは魔導師?」
「…ん、サクラはサクラ」
フェイトに残念すぎるあだ名を付けられたサクラ、もといお団子。
「えと、サクラ、でもジュエルシードは貰って行くよ」
バルディッシュの矛先をサクラへと向けるフェイト。
だが、当然アリサを抱えたままのサクラにはそんな格好良い真似は出来ない。
「…サクラ、別にジュエルシード、要らない」
「そうね。ユーノはともかくあたしたちは持ってかれても特に困らないわよね。なによりサクラの魔法には非殺傷設定とやらがないのにサクラに戦うように頼むつもりもないしね」
「でも、家の子を攻撃されるのは困るかな…」
ユニコーンに食べさせたら大きくなるだろうか程度の認識のサクラには特にジュエルシードへの執着はない。
サクラの魔法を人を傷つける為に使って欲しくないと内心思っているアリサも同様だ。
すずかに至っては飼い猫が攻撃されるのは見ていられない一心。
「この子を攻撃したことはごめんなさい…直ぐに封印する」
すずかの言葉に申し訳なさそうに頭を下げたフェイトはバルディッシュを倒れ伏した猫へと向ける。
「待って三人共!困るよ、僕が凄く困るよ、な、なのはっ!」
ユーノが慌ててなのはに視線を向けるとそこには肩で息をしながら地面に膝を付くなのはの姿。
結界内へと平然と侵入してきた三人。
なぜか巻き込まれた巨大猫との長時間の追いかけっこ。
新たな侵入者の金髪の少女による、唐突な攻撃。
なのはの精神的、肉体的、更には慣れない魔導師としての長時間の魔法の行使によって疲労はピークに達していた。
当然、幾多のパッシブスキルにより、自然回復量が底上げされているサクラのMPはそもそも『フライング』『フェアリーブレス』『シェルプロテクション』の併用程度で尽きる訳がなかった。
「…みゃぁ」
フェイトからバルディッシュを向けられている巨大猫は不安そうにこちらを見下ろしていた。
すずかもまた、不安そうにそれを見つめる。
「なんとかしてこの子から痛くないようにジュエルシードを出してあげることって出来ないかな」
結局すずかが不安に感じている点はそこだった。
ふとサクラの脳裏に犬のモンスターと戦った時の記憶が蘇る。
「…ん、サクラ出来るかも。おいで」
地上に降り立ったサクラはアリサとすずかを遠ざけると巨大猫に呼びかける。
のそのそとサクラの元へと近づいてきた巨大猫はベロリとサクラを舐めあげる。
「…サクラ、おいしくない」
巨大な舌で舐め上げられたサクラは一瞬で涎だらけになっていた。
前脚を折って顔を近づけてくる巨大猫にサクラは手を伸ばす。
「…『シール』」
サクラは掌に現れた紫色の球体を巨大猫の額に収める。
それと同時に巨体は一瞬で縮小し、元の子猫の姿へと戻る。
足元に転がっているのは『シール』の紫色の球体の中に封じられたジュエルシード。
平常通りの効果なら、三十秒ほどで『シール』の封印効果は切れる。
それでも、痛みを与えずにジュエルシードを排出させられることに気づいたサクラは子猫を抱えながら満足気だった。
「良かった!サクラちゃんありがとう」
「うにゃっ!?全部終わっちゃってる!?」
「サクラ、とりあえずアンタはお風呂に直行ね。帰りはサクラがべとべとで飛べないから屋敷で使ってる方で帰るわよ。すずか、なのは、どこでもいいからサクラを掴みなさい」
まだ汚れていないサクラの背中を引っ掴みながら言うアリサ。
サクラは一人ショックを受けているが、すずかとなのははアリサと同様にサクラのローブを掴む。
「…サクラ、目が痛いのは嫌…『テレポート』」
サクラの足元に人一人覆える程度の魔法陣が現れ、くるくると回転し始める。
二十秒ほどで段々と魔法陣の回転が加速し始め、光を放ちだす。
「えと、サクラ、ばいばい!」
「…ん、ばいばい」
フェイトが慌てて手を振る姿にそれが見慣れたエモーションだと気づいたサクラは一瞬きょとんとしつつ、同じように返す。
光が止んだ先には四人の姿はなく、一人の魔法少女の姿と完全に忘れ去られた小動物が一匹。
そして、魔法少女の手の中には『シール』の封印効果の解けたジュエルシードが収められていた。