キャラクターネーム:サクラ   作:薄いの

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喋るのは好みじゃなかったようです

サクラは現在黒、白、ぶち、その他諸々のバリエーション豊かな猫たちの玩具にされていた。

ペタンとテディベアのように床に座り込んだサクラは至る所猫まみれ。

襟元に入り込み前脚を引っ掛けて満足げに鳴く、袖口を噛みながら引っ張るなどやりたい放題。

当然、サクラが最初にこの世界に来た時に着ていた桜色のローブは毛だらけ。

挙句の果てに杖を街中で持ち歩くのは怪しすぎるという理由で与えられた〈聖竜の杖〉が収められた竹刀袋には子猫が顔を突っ込んで遊びだす始末。

 

「なんというか、凄く懐かれてるよね」

「ここまでいくとサクラちゃんが全く羨ましいと思えないの…」

 

当たり障りのない言葉を選ぶすずかと頬を引き攣らせるなのは。

月村家のお茶会に招かれ、初めて対面したサクラとなのはであったが、当然のようにサクラちゃん扱い。

同じくサクラちゃん呼びのすずかは自然に受け入れ、アリサとサクラは特に気にもしなかった。

 

「飼われてる同士の仲間意識かしらね」

 

アリサはサクラに対して地味に酷かった。

毎回自宅の犬に襲撃を受けた結果、唾液まみれ、毛だらけになっているサクラには慣れていた。

どちらかというと動物に懐かれているというよりは同族意識を向けられているのだ。

 

「…ん、ユーノ。こっち」

「きゅっ、きゅー!?」

 

無表情のサクラはフェレットのユーノを引っ掴んだまま左右に揺らし、尻尾を猫じゃらしのように扱っている。

なんとなくで猫じゃらしにされているユーノだが、本人は飛びかかってくる猫に捕まらないように必死だった。

最近になって食物連鎖という単語を知ったサクラは非情であった。

 

「…ユーノ、野生の本能が足りない」

「アンタも野生の本能は足りてないと思うわよ」

 

生存競争には勝ててもサクラは現代社会には勝てないだろうと判断したアリサ。

 

「…サクラ、やっぱりぽんこつ」

「きゅきゅっ、きゅー!」

 

最近ぽんこつが口癖になりつつあるサクラ。

サクラがユーノを左右に振ることをやめたことで一層盛んになった肉食獣とのじゃれあい。

それから逃れる為にユーノも必死で身をよじる。

唐突にピクリとサクラの拘束が緩む。ユーノはこれ幸いとばかりにサクラの手から逃げ出し、逃走する。

 

「ユ、ユーノ君、えと…私、ユーノ君を追いかけてくるね」

 

逃げ出したユーノに追従するように慌てて駆けていくなのは。

サクラは硬直した姿勢のまま固まっている。

 

「サクラちゃん、いきなり固まってどうしたの?」

 

先程までは無表情ながらも楽しげに遊んでいたサクラが硬直したことを疑問に思うすずか。

サクラは竹刀袋に顔を突っ込んだままの子猫を優しく引っ張りだしている。

 

「…アリサ、来た」

「サクラ、来たってまさか…」

「…ん、凄く近い」

 

事情の分からないすずかは一人、置いてけぼりを食らっている。

 

「えと…来たってなにが来たの?」

「なんというか、そうね…モンスター?」

 

凄く近いという言葉に驚愕しながらもすずかに答えるアリサ。

 

「アリサちゃん、もうお日様は高くなってるよね」

「別にあたしが寝ぼけてるって訳じゃないわよっ!」

 

寝ぼけてるなどという不本意過ぎる評価を避けたいアリサは必死で説得を始める。

五分ほど説得を続け、やっと理解を得られた所で両者は一息吐く。

ちなみにサクラはぽつねんと一人寂しげに足元にじゃれてきた猫に構うだけだった。

 

「…サクラ、行っていい?」

 

とてとてとその場から立ち去ろうとするサクラの襟首をアリサが引っ掴む。

 

「待ちなさい。敷地内なら飛んでも構わないんだからあたしも連れて行きなさい」

「…危ない、よ?」

「もしかしたらなのはが巻き込まれてるかもしれないでしょうが」

 

それだったら自分だけでも先に行ったほうが良かったのではないかと思うサクラ。

 

「それになにかあってもサクラが守ってくれるんでしょう?」

「サクラ、凄く頑張る」

 

アリサからの全幅の信頼に瞳をキラキラと輝かせて即答する阿呆の子サクラ。

そのまま二人は玄関に向かって歩を進めていく。

 

「…『フライング』『フェアリーブレス』」

 

光の翼を背中から出現させるサクラ。

サクラはそのまま背中からアリサに抱きつく。

 

「…アリサ、飛…うきゅ」

「待って待って待って、サクラちゃん!」

 

今まさに飛び立とうとしていたサクラは首に回された手に言葉を遮られる。

引っ張られたすずかの腕によってサクラの首は着々と締まっており、表情は苦しげだ。

 

「私も乗せて行って!」

「正直もう乗る所がないわよね」

 

自然と乗り物扱いされているサクラの表情は微妙に悲しげだ。

 

「ま、まだ肩車があるよっ!」

「…諦めて根性出して頑張りなさい、サクラ」

 

この二人の言によって肩の上にすずか、腕にアリサを抱えた奇妙すぎる団子状態のサクラが出来上がった。

三位一体なのに負担が全てサクラ一人に行っているので、当のサクラは必死である。

本気の羽ばたきと共にサクラは空に舞い上がった。

 

「凄い、凄いよサクラちゃん、本当に空を飛んでるよ!」

「…すずか、はしゃぐと、お、落ちる」

「高さが足りないわよ、サクラ」

 

興奮するすずかと揺らさないように頑張るサクラ。

そして、いつにない低空飛行に不満気なアリサ。

サクラがよろよろと安定しない飛行を繰り返していると唐突に三人の視界が灰色に包まれる。

 

「えぇっ、なにこれ!?」

「…サクラはこの光景に見覚えある?」

「…見たことない、不思議」

 

封時結界。ユーノによって張られたそれは本来サクラ以外の二人は超えられない筈の代物だった。

それによって位置を正確に捕らえたサクラは結界の中心に向けて加速していく。

 

「みゃぁお」

 

そこに居たのは一匹の猫であった。

だが、サイズが段違いであり、小さなビル程度は余裕である。

歩くだけで周囲の木々をなぎ倒してる。

 

「…鮫島、子供の成長、早いって言ってた」

「アレは早いってレベルじゃないわよ」

 

あのサイズの猫の世話をしていたら普通の家庭は食費だけで潰れるのではないだろうか。

そう思わずにはいられないアリサであった。

 

「…なのは、飛んでる」

 

サクラの視線の先には足元から小さな翼を出して浮遊するなのはの姿。

 

「そんな馬鹿なことが……飛んでるわね。なのはが」

 

いい加減ファンタジーには慣れてきたアリサだが、親友すらファンタジーの権化と化している光景には流石に現実逃避しそうになった。

しかし、なのはが杖を構え、肩にユーノを乗せながら浮遊する姿を見てしまえば認める他なかった。

 

「にゃっ!?なんで三人が結界の内側に居る…というかその体勢なんなのっ!?」

「えっと、小さいけど魔力を感じたサクラはともかく他の二人は入ってこれる筈ないんだけど…」

 

なのははアリサ、サクラ、すずかがくっついた団子状態の三人を見て驚愕する。

そして、きゅっ、きゅーと愛嬌を振りまいていたユーノが饒舌に喋り出す。

お互いにツッコミ所満載の状態であった。

 

「ユーノ君、喋ったね」

「…もしもペットが喋ったらどうなるだろうと思うことはあっても喋らない方が可愛いことってあるのね」

「…ユーノ、残念」

 

アリサとすずかはまた一つ大人になった。

喋るマスコット派と喋らないマスコット派の対立は根深いのである。

 

「みゃぁ」

「…サクラ、なんだかあの猫、近づいてきてるんだけど。まさかとは思うんだけど、あの巨体でじゃれついてくる気じゃないわよね」

 

アリサの全身の血が引いていく。

ズシンズシンと地鳴りを起こしながらこちらに駆けてくる巨大猫の瞳は敵意あるソレではない。

だが、生身であれとじゃれあったらどう考えても死ぬ。

 

「…『シェルプロテクション』」

 

アリサの疑問には答えず、自分を含めた三人の体を光の膜で覆うサクラ。

もはやこれだけで返答としては十分だった。

 

「サクラちゃん、逃げて、逃げて!」

 

肩に乗ったままサクラの頭をペシペシと叩くすずか。

飛行するサクラに向かって今にも全身のバネを用いてジャンプ攻撃を仕掛けてきかねない巨大猫に背を向けて、サクラはなのはの元へ逃げ出した。

 

「なんでサクラちゃんこっちに逃げてくるの!?」

「なのは、アンタはこっちが届かない高さまで飛ぶな!こっちは不安定すぎて高く飛べないのよ!」

 

猫じゃらし感覚でじゃれようとしてくる巨大猫。

本気で命の危機を感じているアリサ、すずか、サクラ。

そして理不尽にもそれに巻き込まれてしまったなのはの追いかけっこが始まった。


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