キャラクターネーム:サクラ   作:薄いの

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管理局期待の新人(御年××歳)のようです

 たおやかな指先が毛先を撫でる。

 微かに肌を撫でる感触がどこかくすぐったくて彼女は一つ鳴いた。

 

 一言で言えば妙齢の女性が穏やかな顔つきで猫の額を撫で付けている図。

 どこにでもありそうな一幕。

 

 そう、なんら突っ込むところはないのだ。

 

――撫で付けられている猫がリーゼロッテであり、女性がプレシア・テスタロッサであること以外は。

 

「そういえば、ありがとうねはやてちゃん。全く困ったものだわ。この子の面倒も見て貰っちゃって」

「気にせんでください。わたしも楽しかったんで」

 

 プレシアが表面上だけは穏やかな笑みを浮かべ、それに倣うようにはやてがロッテへと笑顔を向けた。

 

「ロッテ、良かったなぁ。うちに帰れるんよ」

 

 

 

―――ねぇ、なんの話!? 本気でなんの話よ!? うちってどこ!? なんでこんなところに管理局期待の新人(御年××歳)が居るの!? しかもなんで隙を突いて私を台所の三角コーナーに溜まった生ごみを見るような目で見てるの!? なんなのよこの家出した猫を引き取りに来ましたみたいなやりとりはァ!」

 

 

 

 ロッテはキレた。静かに心の奥底でキレた。

 意味がまるで分からない。

 八神家の居間で自宅同然に寛ぎながら近頃ハマっていた濡れせんをもしゃもしゃと貪っていたロッテだが、シグナムに首元をひっ捕まえられ唐突に玄関に連れ出されたと思えばこの仕打ちである。

 

「なるほど。彼女がお前の主か。確かに生活面には問題はあるものの能力で言えば優秀であろうお前の主に相応しい魔力量だ。意識を凝らせば小さなスパークが散っているかのような雷の魔力まで感じるぞ」

 

 シグナムが納得するかのように呟いた言葉がロッテの耳に届いた。

 誤解である。あと、痛い。凄く痛い。

 この新人(御年××歳)、先ほどから笑顔でロッテを抱き、ごくごく小規模のスパークをぶち当ててくるのが非常に痛い。雷の魔力を感じるどころじゃない、直接ぶち当てに来てる。

 基本的に魔法の極端な使用は難易度が高い。一の規模で発動する魔法の規模を〇,一の規模まで縮めるのは非常に繊細な制御が必要になる。

 気を抜けば空気中に霧散するかしないかの密度の魔力球を生成し、維持するような緻密な制御で嫌がらせをされているのだと思うとどうしようもなく虚しいものを感じる。

 

「……わしゃわしゃ」

 

 広口のポケットからガシャガシャと音を鳴らして一本の櫛を取り出したサクラは電気によってクシャクシャになった毛をどこか弄ぶように梳きだす。

 舌打ちが聞こえる。見上げれば真顔だったプレシアが一瞬で繕ったような笑顔を作った。女って怖い。ロッテは強く思った。

 

 そもそもの話、自分が一体なんの恨みを買っているのかが分からない。精々の話、下手打てば世界を一つ喰い荒らす、処理しようもない危険物がこの海鳴の地にあり、特に対処法も分からないので不貞腐れてぐーたらしていたぐらいだろうか。

 

―――それか!

 

 それである。

 

 名ばかりの監視任務として娘たちとの安寧の時間。

 しかし、蓋を開けてみれば人間辞めた方の娘の微妙な対応。その上自分と娘たちが住む土地は「闇の書」というとんでもない爆弾が埋められている有様。

 過去に「闇の書」が世界にどのような爪痕を残したのかを知らないプレシアではない。そんな場所に娘たちを置いておけるほどプレシアは暢気ではなかった。

 「生存」という一点に置いてサクラ以上にしぶとい存在などまぁ居ないことを踏まえても絶対の安心はない。まして相手は長い時を経てあらゆる魔法を喰い尽くしてきた魔道書だ。

 

 翠屋にて「ロッテという猫の使い魔」の話を聞いた時から嫌な予感はしていたが完全な飼い猫と化しているということにプレシアはぷっつんした。――働けこの駄猫、と。

 プレシアはロッテを再びきゅっと抱き寄せると顔を向き合わせた。

 

「ひに!?」

 

 有り得ない鳴き声と共にロッテは硬直する。

 ハイライトの消えた濁り切った瞳がロッテを真っ直ぐ見つめていた。

 

「タダで食べるご飯は美味しかった? リーゼ……いいえ、ロッテちゃん。うふ、うふふふふ。そうよね。ごめんなさいね。あなたはロッテちゃん。ただのロッテちゃんだものね。私の猫ちゃん、可愛い可愛いロッテちゃんだものね」

 

―――誰だ! コイツの調書に「更生の余地あり」って書いたヤツ!

 

 体を掴む掌が異常に冷たく感じる。

 もう嫌だ。コイツ嫌だ。

 ロッテの心は早くも折れ掛けていた。

 

「――そういえば」

 

 プレシアが言葉を切る。

 その瞳からは相も変わらずどろりとしたなにかを感じた。

 

「リーゼア……アリアちゃんはどこ行っちゃったのかしらねぇ」

 

 穏やかな笑みだった。

 だが、薄皮一枚剥がせばそこに居るのは狂喜のマッドサイエンティストである。

 

〈―――言ったらコロス〉

 

 ロッテへと非常に切羽詰まった念話が届いた。

 嫌なのだろう。というか、そもそもの話、ぐーたらの極みを堪能していたのはロッテだけである。アリアは割かしあちこち飛び回って多忙な毎日を送っていた。ぶっちゃけ冤罪である。

 まぁ、流石のロッテといえど、アリアを売るような真似はしない。ここで足を引っ張るという美味しい展開にも若干後ろ髪を引かれるものがあるが、しない。

 

「……まぁ、いいわ」

 

 プレシアは途端に興味を失ったように一瞬だけ色のない瞳をサクラに抱かれているロッテへと向けた。もはや、怖いとかそんな次元ではない。

 

「あ、あの!」

 

 はやての伺うような瞳がプレシアへと向いていた。

 

「ロッテの飼い主さんいうことは不思議な力、持ってるんでしょうか?」

 

 どうやらこの駄猫は颯爽と魔法バレをかましたらしいと判断するプレシア。また一段階ロッテの評価が下がった。ロッテの評価さんはもう地面にめり込んでいる。

 

「……そうね。まぁ、ほどほどにはあるわね」

 

―――嘘吐けっ!

 

 ロッテは抱かれながらぷらぷらとぶら下がった前脚をぷるぷると震わせた。コイツがほどほどにあるで済むなら管理局員はこんなに苦労していない。

 震える前脚をサクラが引っ掴んでにゃーにゃー言いながら招き猫のポーズを取らせているがこれは些細なことだ。

 

「……使い方、教えて貰えたりせんでしょうか」

 

 プレシアは目を伏せ、考える。

 情報が、情報が足りない。もっと情報を引き出す必要がある

 

「変なことを聞くかもしれないけれど、貴女、闇の書って言葉に聞き覚えは?」

「……あります」

「……当然よね。今代の闇の書の主だものね」

「知っとったんですか」

「……えぇ、この猫はついでよ。ところで、闇の書の歴代の主がどうなったか知ってる?」

「知りません」

「全員なんらかの形で闇の書に殺されたわ」

 

 はやてはその言葉に目を見開いた。

 ――闇の書に殺された。冗談であって欲しいのに胸の奥へとすんなりとその言葉は入り込んだ。はや

 

「ま、待て!闇の書に殺されたとは一体どういうこと――」

「黙りなさい、駄犬」

「わん」

 

 子犬形態のままプレシアに喰ってかかったザフィーラがたった一言で沈黙する。一度プライドをへし折られた狼は脆かった。

 

「……それって」

「貴女は放置すれば死んでいたはずの人間よ。死因は闇の書に魔力だけでなく生命力を枯渇させて死ぬ。討伐されて死ぬ。闇の書を完成させて死ぬ。冗談でなく、どれがあってもおかしくはなかったわ」

「と、討伐……?」

「そう、討伐。そうすれば貴女の次の闇の書の主が現れるまでは次元世界は平和よ? 闇の書はどうあっても誰かを、なにかを傷つける」

「……そんなことない! だって、だってわたしは、みんなに助けて貰った! だから、だから……」

「そうよ。"助けて貰った"のよ。この子にね」

 

 プレシアがサクラへと一瞬だけ視線を向けた。

 

「……ごろごろ」

 

 サクラにお腹を撫でられてなぜかふてぶてしい顔を晒しているロッテとプレシアの視線がぶつかる。

 

「に、にゃぁ」

「ロッテちゃんは可愛らしいわねぇ」

 

 額に青筋が立っていた。

 ロッテの脳は「可愛らしいわねぇ」を「いい加減にしないと鍋に入れて煮込むぞ」と正しく変換した言葉の意味を捉えた。

 

「この子が闇の書を押さえこんでいるから貴女には魔力が漲っている。逆にこの子が居なければ貴女は魔力どころか命を保てすらしないわ。そんな状態でも魔法が欲しいの? 憧れるだけにしておきなさい。幸い、闇の書が主から吸い出す魔力はそれほど多くない、封印が解けてもある程度は常人と同じように過ごせるでしょう。だけどそれは貴女が魔法を行使しないという前提があってこそだと知りなさい」

「……」

 

 はやては口を噤んだ。

 その通りだった。全てが順風満帆。望んでも望んでも手に入らなかったものが次々に手に入る。今の自分は考えが足りなかったのだと。

 

「……厳しいことを言い過ぎたわね。いい? どうしてもと願うなら貴女を闇の書の呪縛から解き放ってあげるわ」

「……へ?」

「闇の書をこの世界から消し去ってあげる」

「そんなこと、出来るんですか?」

 

―――そんなこと、出来るはずがない。

 

 ロッテは知っていた。父と慕うグレアムがどれほど思い悩み、苦しんでいたか。計画を直前になってサクラとかサクラとかサクラとかに邪魔されてどれだけ胃潰瘍に苦しんだものか。好きだった珈琲もブラックで飲むと胃がシクシクすると飲めなくなってしまったというのに。

 

「えぇ、そうね。魔道炉を暴走させて次元断層を引き起こすだけの簡単なお仕事よ。そうね、私の持ってる時の庭園を使って虚数空間を生み出して庭園ごと沈めるわ。はぁ……さいっこうね。この子の封印の魔法、いいわぁ。これを使えば魔素が存在せず、魔法の使えない虚数空間に永遠に闇の書が漂い続けるのよ? 封印がなければ放り込む前に所有者にくっついて戻ってきちゃいそうだけど封印して一度虚数空間に飲み込まれればもうお終い。魔素や魔力を動力源とする道具なら抗う術はないわ。いっそのこと、管理局に保管されてるロストロギアを纏めて全部捨てちゃってもいいんじゃないかしら?」

 

 下手をすれば幾つもの世界を滅ぼす最悪の災害、次元断層を引き起こすことをなんとも思っていない悪魔の姿がここにあった。




やっと出来た。
今日か明日中にもう一本。
なんかオリジナルで懲りずに男の娘投下してるかもしれませんが、サクラはよとか突っ込まないであげてください(白目)

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