キャラクターネーム:サクラ   作:薄いの

22 / 35
さいきょうのかいふくまほうのようです

人には誰しも、譲れないもの、プライドというものがある。

例えばそれは特定の分野における自らの自負であったり、積み重ねた功績によるものだ。

 

そしてそれは仮想世界の落とし子たるサクラであっても例外ではない。

 

季節は十二月。肌を撫でる風は冷たく木枯らしが枯れ葉を転がしている。

吐く息は白く、サクラの首には見るからに柔らかそうなマフラーが幾重にも巻かれている。

 

「……今日こそは、負けない」

 

小さく呟いたサクラはその手を覆う手袋を外し、ポケットへと仕舞いこむ。

途端に指先にかじかむような冷たさが訪れるがその瞳に迷いはない。

その代わりとばかりに握られているのは一本の虫取り網。

 

冬着にマフラー、そして虫取り網とサクラの装いは季節外れなことこの上なかった。

 

なぜか竹槍が鉄の槍よりも強く、大量の属性付与を施したクリスマスツリーが生半可なユニーク装備を上回るような出鱈目な世界。

当然のように、そこから訪れたサクラにとっては例えそれが傘であっても、竹箒であってもましてや虫取り網であってもサクラにとってはあらゆるものが武器であり、装備品だ。

 

サクラの様子を眺めていた一匹の獣は呆れたように塀の上から軽やかな足取りで飛び降りた。

しかし、その瞳に込められているのは剥き出しの警戒心。

未だかつて一度もなかったほどの真剣さを見せるサクラを警戒してのことだ。

 

今までに幾度となく下してきた相手。それを見やり、その獣は尻尾をしならせて四肢に力を入れる。

その頭部には屹立する耳、そして、若干乱れ気味の毛並み。

 

―――その姿は紛れも無く、一匹の猫だった

 

最初に動いたのはサクラ。恵まれていない身体能力のままのサクラによるあらん限りの跳躍。

サクラの振りかぶった虫取り網では当然のように捕獲には至らない。

 

幾多の戦場を駆け巡ったその猫にとっては止まって見える程の動き。

大きく距離を取ることもなく、小刻みにバックステップとサイドステップを駆使してそれら避ける。

 

同時に気づいてもいた。次に目の前の子供は奇怪な術を用い、本気で自らを狙い始めるだろうことも。

 

「『フェアリーブレス』」

 

網を振り下ろしたままの体勢。サクラはそれを持ち上げることもなく強化された身体能力を以って再びの跳躍。

猫が元居た塀の上へと着地したサクラはそこから飛び降りるかのように網を振りかぶりながら猫の頭上へと跳ねる。

 

猫の双眸が捉えたのはサクラのおおよその着地点と網が振り下ろされるであろう円の範囲。

冷静なその頭は僅かな悪戯心と共に僅かにその円から逸れた場所へとその身を置くことを決断する。

 

「……あぅっ」

 

眼前に落ちた網。サクラの驚愕の表情を余所にその場から大きく跳ねた猫の後ろ足はサクラの後頭部を軽く足蹴にし、その後方へと降り立つ。

その表情は甘い甘いと言わんばかりに澄ました表情だ。

 

それ故に小さな獣は気づかない。サクラの手に新たに握られているモノに。

 

スリングショット。要するにパチンコだ。

駄菓子屋に売っていそうなチープな代物。傷つけようとしている訳ではないのでゴム紐にはなにも込められてはいない。

玩具でなければ狩猟具として用いられる代物であるソレはサクラが用いることでその使い道を大きく変える。

 

『フォーカス』。弓術士基礎ツリーに存在するそのスキルの効果はクリティカル率アップ。

サクラが唯一取得している魔法使い以外の戦闘技能ツリーこそが弓術士。

ステータスも殆ど降っていない、更には肝心のスキル自体も殆ど取得していない。

その上、無手で発動可能の魔法と比べれば使い勝手は遥かに劣る。

 

それでも捉えるということに関しては弓術士はピカイチの性能を誇る。

遠距離からターゲットを惹き、自らに到達するまでに殲滅するのが弓術士のスタイル。

故に、到達までの時間を遅らせるスキルも存在した。

 

引き絞られたそのパチンコにはいつしか深緑に染まる球体が込められている。

 

「……捕らえて。『ワンポイントウェブ』」

 

放たれた深緑。それを大きく目を見開いて避けるべくその場から駆ける小さな獣。

だが、その球体は飛来の最中にその有り様を大きく変える。

 

まるで球体が中心から切り裂かれたかのように広がる。

幾多の隙間を残しつつも空中でそれは未だサクラの片手に収められたままの虫取り網のように変化する。

 

その様相はまさに『蜘蛛の糸』。

そう形容する他なかった。為す術もなく、それに捉えられる哀れな一匹の猫。

油断がなかったとは言わない。これまでも軽くあしらって来た相手だ。

いつも戯れに遊んであげている。その賢すぎる猫からすればその程度の認識だった。

 

「くっ!殺せ!」と言わんばかりにその猫はサクラを睨みつける。

そのありったけの敵意の込められた視線にサクラはたじろぐ。

 

「……そんなに、睨まないで欲しい。痛いことはしない」

 

目の前の子供が容赦なく自分を保健所に放り込むために奮闘していたのだと思い込んでいる猫の視線は未だ厳しい。

サクラは困ったように一歩ずつスキルの網に捕らえられたままの猫へと近づく。

 

「きっと出来る、はず。『リカバリーフォグ』」

 

サクラの両腕を中心に光の粒が周囲へと広がり始める。

その表情は真剣味溢れるもの。

サクラの体温を下げるはずの木枯らしはその役割を果たさず、その額に一滴の汗が伝う。

徐々に光の粒はその拡散を止め、両の掌を中心に集い出す。

 

その光景に思わず捕らえられた猫は感心する。

無数に広がる小さな粒。その一つ一つが制御下にあるのならどれほどの集中力が必要とされるのか。

並大抵の精神ではそれをこなすことが出来ないことも容易く理解出来た。

 

複数操作の極地とも呼べるソレが為すのは光の御手。

回復魔法をひたすらに極めた先に至る一つの到達点。

 

本体ならシステムに設定された魔法やスキルを歪め、変えることは出来ない。

しかし、それはサクラの『元居た世界』での話。

鍛え上げたステータスによるパワーゲーム以外の力の用い方。それは異世界の魔導師によってサクラにもたらされたもの。

 

サクラの瞳が輝きで満たされ、穏やかな本来の表情を取り戻す。

 

「……出来た。『サクラのかんがえたさいきょうのかいふくまほう』。これならきっとはやての足も治せる」

 

光り輝く掌。同様に期待に揺れるその瞳が猫へと向けられる。

哀れな小さな獣の脳裏に『治験』という単語がよぎった。

保健所よりは遥かにマシだが嫌なフラグが立った、もしくは立てた気がしてならない猫は『ワンポイントウェブ』を喰い破ろうとその牙を立てるがビクともしない。

 

「ん、大丈夫。痛くはない、はず」

 

信用ならないことこの上ない台詞を吐いたサクラがその掌を猫へと近づける。

インフォームド・コンセント。つまり参加者本人の自由意思など存在しなかったのだ。

 

全力で逃避を試みようとする小さな被験者。

しかし、無情にもその不安を煽るように煌々と煌めく指先がとうとうその毛並みに触れてしまった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「どうもこうも却下以外ないんやけど」

 

はやての白い目がサクラへと突き刺さる。

若干悲しそうなサクラの表情が気にかかるがこれだけは許容する訳には行かなかった。

 

「……そう。サクラはとても残念」

「ごめんなぁ、サクラ。しかしわたしにも譲れない一線があるんよ」

 

はやての視界に収まっているのはある意味で危険すぎる状態の一匹の猫。

なんと表現するべきか、倫理的に非常に危ないのだ。

 

端的に言ってしまえば『リカバリーフォグ』とは空間という名の水で薄めることが前提とされている範囲回復魔法。

肉体的な癒やし。更には精神的な癒やしすら内包し、対象に微量の快楽すらも与えられるが故にリラクゼーション魔法などと不名誉な呼ばれ方すらされている。

もしも薄められるべきソレを一点に集中し、相手に直接触れさせればどうなるか。

 

サクラの両腕で抱かれている一匹の猫は手足をピクピクと震えさせ、口の端からは涎が溢れだし、サクラの服を汚している。

瞳は与えられた快感に完全に蕩け、既に力を失ったはずのサクラの指先に時折触れるだけで軽い痙攣を起こす有り様。

 

「こんな風に生き恥を晒すのはちょっと嫌や」

「……サクラは全く使えない魔法を生み出してしまった」

 

はやてはガックリと肩を落とすサクラを慰める言葉を探る。

こんな代物でも副作用が酷すぎるだけで効果自体は真っ当なのだ。

副作用だけでもなんとかならないだろうかとはやては頭を悩ませる。

むしろ副作用をメインに、と考えた所ではやての脳裏に天啓のように閃きが訪れた。

 

「せやったら攻撃に使ってみたらええんやない?こう、触ったら勝ちー!みたいな」

 

このはやての発言によってこの日以降、複数の被害者が生み出されることとなる。

「言い訳をさせて貰えるなら甘く見ていた」と後のはやては沈痛な面持ちで語る。




尊厳的な大事なモノを失うナデポっぽいナニカ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。