キャラクターネーム:サクラ   作:薄いの

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ツンデレを拗らせたようです

記憶のない幽霊とはサクラ風に言えばどの程度のレアリティなのだろうか。

目の前の光景は間違いなくそれよりも珍しいのだろうと学校から帰宅したアリサは思考を一瞬巡らせて、その思考をすぐさま放り投げた。

 

膝枕や添い寝は世間では専門店が出来る程需要があるというニュースがアリサの脳裏によぎる。

相も変わらずこの国はちょっと、いや、大分おかしい。

 

「でも、流石にこれはないでしょうよ」

 

アリサからすれば懐かしさすら感じる全身を包む桜色。

サクラの全身をすっぽりと覆うだけでは飽きたらず、足首まで伸びた丈の長いローブ。

しかし、問題はその膝の上に乗っている存在だ。

正座のまま手をせかせかと動かしているサクラの膝からはだらりと金髪が垂れ下がっている。

 

「ぁふ…さくらぁ。くすぐったいよぉ」

 

甘ったるい、どこか甘えるような響きを伴った声がアリサへと届く。

特に意図はないのだろうがその声はアリサに苛立ちを感じさせるには十分な威力を持っていた。

 

「…動くと、やりずらい」

 

サクラは指先に摘んだ綿棒を困ったように虚空に彷徨わせる。

耳かきだった。紛れもなくアリサの目の前で広がっている光景は耳かきだった。

幽霊もどきに果たして耳かきをする必要なのかはアリサからすれば甚だ疑問だったが。

シアはそもそも体の中がどうなっているのかすら分からない完全なブラックボックス。

なんとなく怖いので特に調べてやろうともアリサは思わないのだが。

 

そんなことよりも問題は目の前で繰り広げられているコレだ。

どう控えめに見てもいちゃついているようにしか見えない。

どんな経緯でこんなことが起きているのかは知らないが納得が行く筈がない。

アリサが小学校で真面目に勉強を、落書きを大量生産している間に楽しそうにしやがってという完全な私怨だった。

 

「物理ね。そろそろこの似非幽霊へのツッコミに物理を用いる時が来たのね」

 

瞳を閉じて考えこむアリサの頭の中で人外に効きそうな、又は効かなそうなあらゆる単語が飛来する。

――塩、十字架、ニンニク、玉葱、銀の弾丸。

アリサの脳は暴走と迷走をひたすらに繰り返す。

 

「岩塩で思いっきり殴ったら上手く成仏してくれないかしら」

「撲殺だよ!それ間違いなく撲殺だよ!」

 

聞き逃したら二度目の浮遊霊ライフを迎える羽目になりそうな単語がシアの耳に届いたことで、そこでようやく帰宅したアリサに気づいた。

どうやらシアは首の皮一枚繋がって消滅は免れたようだった。

 

「…ん、アリサ、おかえりなさい」

「えぇ、ただいま」

 

平常通りに嬉しそうに表情を綻ばせるサクラに僅かな癒やしを感じながらアリサは答える。

それから数秒ほどで無感動な瞳に戻ったサクラは綿棒を再び膝の上のシアの耳へと向ける。

 

「あー。サクラ、深いよ。ちょっとだけ痛いかも」

 

くすぐるように侵入してきた綿棒が最奥まで届いたことを感じ取ったシアの表情が渋く変わる。

 

「…少し、難しい。濡らせば、楽?」

「うーん。そうかも?」

 

サクラの脳裏に一瞬の閃きが訪れる。

考えの赴くままにサクラは未だに綿棒の未使用な反対側を口に咥えて唾液で湿らせる。

そして、水分を含んで幾分か柔らかくなった綿棒の先端を再びシアの耳の中へと滑らせた。

当然寝転がったシアの視界からはその行為が見えることはなかった。

 

「あーうー。…いい感じかも」

 

問題があるとすればアリサからすれば見えていたどころの騒ぎではなかったことだろう。

 

幾らなんでもサクラは知り合いに甘すぎるのではないかと。

もうちょっとこう、淡泊に接してもいいのではないかと思わずには居られなかった。

しかし、アリサ自身に淡泊に接するサクラを想像したら脳内の自分は三日目の朝を迎えた所で心が折れたので口には出さない。

胸の辺りまでもやもやとしたものがせり上がってきたので蕩けた顔をしながら口の端からよだれを垂らしたシアを軽く足蹴にする。

 

「なんで私蹴られてるの…」

「アリサ、危ないから今は駄目」

 

サクラが窘めるような言葉を放ったことによりようやくアリサは足を止めた。

相も変わらず不機嫌なオーラを放ったままだがサクラがアリサへとストップを掛けるのは初めてのこと。

納得はいかないがひとまず矛を納めることにする。

 

「…で、なんでこんな訳の分からないことしてるのよ」

「膝枕は青春のオプションと聞いて。私の失われた青春の絶賛穴埋め中なのですよ」

「失われた青春よりも失われた記憶の方探しなさいよ!」

「見つかる目処が立たない記憶よりも目の前の楽園だよ!……はふぅ」

 

サクラはよほど集中しているのか一切口を利かず、指先へと全神経を傾けていた。

耳かきなど当然した経験のないサクラは本人なりに必死のようだ。

 

「一応言っておくけど膝枕って普通男女逆なの分かってる?」

「またまたぁ。私がそんな初歩的なミスを……えと、冗談だよね?」

「…本当にそう思う?」

 

アリサが全く笑っていない表情のままで問いかけるとシアはふっと視線をアリサから外す。

 

「いや、その…途中から、じゃなくて割と最初からなんとなく違うような気もしてました。なんとなくサクラに言ってみたら本当にしてくれそうだったから流されたというか…あ、あっはっはー!」

 

アリサの中の疑惑が完全に確信へと変わった瞬間だった。

清水やすずか、そしてシアに至ってまで、なぜに事ある毎にサクラを狙ってくるのか。

マスコットか。マスコットポジションなのか。このままで果たしてサクラは大丈夫なのだろうか。具体的には五年後、十年後。そんな風にアリサが一人、思い悩んでいるとサクラが大きく息を吐く音が周囲へと広がった。

 

「…ん、終わり」

「うぁー!もうちょっとだけー!」

 

駄々をこねるようにシアはサクラの膝の上に乗せた頭を起点にころころと転がる。

瞳に困惑の色を乗せたサクラは再びシアの後頭部に掌を添える。

 

「……分かった。もうちょっとだけ、する?」

 

数秒も持たずにサクラは折れた。

こうなることを確信していたシアは口元に手を当ててニヤリと笑んだ。

サクラは甘デレ、アリサはツンデレと退屈しない環境はシアの精神を日々図太いものへと鍛えあげていた。

 

「とりあえずシア、アンタにはそろそろ上下関係を躾けてあげなくちゃいけないと思ってたのよね。これはいい機会だわ」

「ふっふっふ。魔法使い見習いの今の私をそう易易と躾けられると思ったら大間違いだよ!」

 

自信満々のシアを横目にアリサは制服のポケットから一枚のカードを摘み上げる。

それを目にしたシアの表情がみるみるうちに凍っていく。

 

「なんで私のコントラクトカードをアリサが持ってるの…ですか?」

 

それは紛れも無くシアの本体や依代とも言えるコントラクトカード。

自然とシアの口調も丁寧になる。

 

「寝室の机の上に置きっぱなしだったわ」

「……えと、サクラ?」

 

シアは壊れたブリキ人形のようにギギギとサクラに向けて首を動かそうとしてやめる。

今そんなことをしたら綿棒が大変な所に突き刺さってしまう。

 

「…着替える時に置いたの忘れてた。いつも持ってるの、結構邪魔」

 

幾らなんでも邪魔はないだろうと一人絶望に浸るシア。

ハイライトの消えた瞳のシアを余所にサクラは言葉を続ける。

 

「次は、気をつける。お財布に入れて、スーパーのポイントカードと一緒ならきっと失くさない。でもシア、ポイントで召喚コスト減らない。サクラはがっかり」

「それはそれでどうかと思うんだよ。というか私って召喚コストあったんだね……」

「多分、時間で回復する分の殆ど持ってかれてる。シア、結構重量級」

 

重量級という言葉がシアの心に深々と突き刺さる。

慌ててサクラの膝からシアは頭を起こしたが、決して体重が重い訳ではないのだと自らに言い聞かせて立ち直ろうとする。

しかし、そこにアリサが容赦のない追い打ちをかけた。

 

「ちょっとこのカード、牛乳に浸けてくるわ」

「アリサ、お願いだからやめて!絶対にそれ、生臭くなっちゃうから!」

「いい気味だわ。むしろ望む所ね。それとも額縁に貼り付けてやればカードに戻った時にそのまま封印出来るのかしらね」

 

アリサの冗談混じりの脅しにシアが本気で震える。

このお嬢様なら本当にやりかねない。そもそもサクラ関連でアリサを弄ったのが失敗だったのか。

目の前で繰り広げられる会話に不思議そうに口を挟んだのはサクラ。

 

「…アリサも耳かき、する?」

 

サクラは正座のままローブの膝の部分をぽむぽむと叩く。

その姿はアリサから見ればある意味恐ろしいほど魔力とも言えるものを秘めていた。

このまま流されてしまってもいいんのではないかという考えが首をもたげる。

いや、しかしこのまま流されては目の前の似非幽霊に示しが付かない上に弄ばれるネタを提供する羽目になってしまう。

 

「…別に、そんなことする必要はないわよ」

 

辛うじてアリサの口から言葉が絞り出される。

 

「……ん、分かった。少し、残念?」

 

言った本人も残念な意味が分からないのか首を傾げながらサクラは呟く。

そんな未だかつて見たこともない反応を目の当たりにしたアリサは無言のまま部屋の壁の方向へと足を進める。

そのまま己の心の赴くままに額を強かに壁に打ち据えた。

ゴツンと鈍い音が部屋全体へと響き渡る。

 

「…アリサ、大丈夫?」

 

アリサによって唐突に行われた謎の自傷行為にサクラは困惑する。

心配そうなサクラの声にアリサは出来る限り気丈に振る舞おうとする。

 

「えぇ、全く、これっぽっちも問題はないわよ」

 

アリサは全く声音を変えずに言うが、誰がどう見ても問題だらけだった。

現にシアですらその表情を引き攣らせている。

 

「いや、これは重症だよね。色々な意味で」

 

結果的にシアの非常に小さな呟きは誰にも届くことはなかった。




シア(天真爛漫)サクラ(甘デレ)アリサ(ツンデレ)
を書きながらシアの設定を固めていた結果がこれ。
次回ストーリー進行予定。多分。

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