「肉、魚、野菜…っと買いたかった物は揃ったんやけど…」
車椅子を転がす彼女、八神はやてにとって買い出しは中々の苦行だ。
買えば買うほど車椅子を転がす腕には力が必要になる。
――だが、今回はそういったことが問題ではなかった。
「…あかん、めっちゃ見られとるやん」
それも、ただ見られているどころではない、具体的には車椅子の真横で中腰になった少女からの視線がはやてに突き刺さる。
これまでに気まずそうに目を逸らす人、気を使ってさり気なく手伝いや車椅子を動かす道を作ってくれる親切な人。
様々な人々に出会ってきたがこの反応は初めてだった。
なによりもその少女は外見からして突き抜けていた。
柔らかそうな桃色の髪にどことなく眠たそうにとろんとした瞼。
はやてと同年代、もしかするとはやてよりも更に幼いかもしれない容姿。
そして何よりもはやての目を引いたのは―――。
「ちびっこメイドさんはなかまになりたそうにこちらをみている!」
紛れも無く少女が纏っているのはメイド服だった。
足元までスカートが伸びる正統派のメイド服はちょっと目立つとかそんなレベルの代物ではなかった。
ちびっこメイド、もといサクラはそこで初めて先程まで車椅子を真剣に観察していた瞳をはやてへと向けた。
「…ロケットパンチとミサイルはどこ?」
なにかを期待するような視線と共にサクラは尋ねた。
「んな物騒なもんが車椅子にあるかーッ!」
はやては即座に大声を上げながらツッコミを入れた。
スーパーの生鮮コーナーにはやての叫びが響き渡った。
ここまで車椅子に歪んだ期待を寄せられたのは生まれて初めての経験だった。
「…んぅ?スキルツリーはレーザー特化?」
ポムと右手を左の掌に重ねながら呟く少女。
ここで雷鳴と共にはやての脳裏に稲妻が奔った。
それと同時にある考えが浮かび上がってくる。
「…とうとうわたしの元にもエロくてアホの子なピンク髪チョロイン枠の不思議ちゃんメイドが訪れた」
属性がインフレを起こしていたが、残念ながらエロいこと以外は大体合っていた。
「わたしは実は物理特化のステータスなんよ」
はやては不思議ちゃん属性は基本的に神出鬼没なレアエンカウントだと認識していた。
よく分からない段階で現れて会話が終わればいつの間にか消えているのだ。
という建前の元、興味本意でサクラの会話に乗ってみる。
「…茨の道、サクラは尊敬する」
よく分からないが尊敬されたようだ。
嘘は付いていない。ソロの車椅子ユーザーには筋力は必要不可欠。
とりあえずちびっこメイドの名前は確保したのではやては小さくガッツポーズ。
「まぁ、好きでこれに乗ってる訳やないけどなぁ」
はやては自嘲するように笑う。自力で歩けるに越したことはないのだ。
それが叶わないことは自分でも分かっているが。
「…むぅ。違うの?」
「足が病気で乗ってるだけやね。わたし以外にそういうこと言うのは不味いなぁ。気ぃ付けんとあかんよ?」
下手をすればサクラの物言いは煽っているように聞こえかねない。
本当に悲観している人からは怒りを買ってしまうかもしれない。
それは避けねばならないと思い、はやては微笑みを浮かべながらも忠告する。
はやてにはサクラの言葉に悪意や害意が存在しないのはこれまでの会話で十分に分かっていた。
「…足、動かないの?」
「医者に見せてもサッパリというのは流石にビックリやったけど今となっては慣れてしもたなあ」
何度見せても原因不明、足だけで済んだことが幸いと考えるべきかと頭を悩ませるはやて。
それとは対照的に無機質な瞳をはやての足へと向けるサクラ。
「…サクラ、魔法使い。……間違えた。メイド」
「一体どんな間違いをすれば魔法使いがメイドになるん?」
不思議ちゃんを加速させるサクラを笑いながら眺めるはやて。
これは想像以上の逸材だとはやては確信した。
「…まじかるなメイド?」
「頑張れば深夜枠アニメに食い込むことが出来そうやね」
はやては夕方枠は厳しいと判断した。
サクラの方向性は若干ニッチな度合いが強すぎたのだ。
「サクラ、実は病院よりもみらくる」
買い物籠から手にした魚肉ソーセージの束をふるふると振るいながら語るサクラ。
「個人的にはメイドの服で買い物してる時点でわたしの中ではミラクルが増量中」
至極もっともな台詞だった。
久方ぶりに訪れた刺激溢れる人物との会話に、はやては頬を緩ませる。
「みらくるにおまじない、掛けてみる?」
「メイドさんのおまじないなら本当にご利益がありそうやね」
ふんすと胸を張りながら問いかけるサクラになんとなく付き合ってみようという気になったはやて。
カラカラと車椅子を回転させるとサクラの前へと車輪を転がす。
サクラは相も変わらず魚肉ソーセージの束を握ったままその先端をはやての足首へと向ける。
「…『リカバリーフォグ』」
サクラの小さな呟きと同時に小さな光の粒がはやての足元を包み込むように薄く展開される。
使用回数が少ない、又は使うこと自体が危なすぎるスキルとは違い、サクラが日常的に使用している一部の魔法やスキルについては細やかな調節が可能になっていた。
その中でも普段はリラクゼーション施設代わりに利用されている哀れな魔法である『リカバリーフォグ』。
活用方法は非情に残念だが、本来は一度の使用での総回復量はサクラの魔法の中でも随一だった。
「…なんか足元に粒みたいなのが舞ってる気がするんやけど気のせいやろうか」
残念ながらそれは気のせいではない。
光を放つ自らの足を呆然と眺めるはやてはおもむろに足へと力を入れてみる。
「…冗談、やないみたいやね」
ピクリとはやての意思に反応し、ゆるやかに起き上がる膝。
目の前で起こった嘘のような状況に瞼を擦るが状況は変わらない。
「…あっ」
しかし、光の粒が消滅するとぷるぷると震えていた膝がストンと落下する。
それをサクラは悲しげに見つめていた。
「治って、ない?」
目前で起こった光景は治癒の魔法に絶対的な自信を持っていたサクラの自信を打ち砕くに足る出来事だった。
だが、それでも効かなかったのは治癒の魔法のみだ。
「…『ディスペル』、『リフレッシュ』」
呪いやバッドステータスを解除する『ディスペル』。
毒や麻痺などの状態異常を回復する『リフレッシュ』。
それらの魔法は効果を発揮したエフェクトすら発生せず、空振りへと終わる。
「…サクラ、やっぱりぽんこつ」
数分後、サクラは膝を抱えるようにその場にうずくまっていた。
戦えないのは別にいいのだ。そもそもプリーストはそのようなロール、つまり役割を担っていないのだから。
しかし、治せないというのはヒーラーとしてのサクラの挟持を見事に打ち砕いていた。
「…って、いやいや、スーパーで床に座り込むのはあかんやろ」
床に座り込む子供メイドという珍しすぎる光景を買い物客は発見しては目を丸くし、逸らすという行動を繰り返す。
「…ぽんこつサクラはやっぱり、駄目駄目」
瞳からハイライトの消え去ったサクラは明後日の方向を向いてほうと溜息を吐いた。
放っておけばどこまでも暗黒面に堕ちていきそうなサクラに危機感を感じるはやて。
「あっ!あーっ!荷物がとっても重いけど誰か手伝ってくれへんかなー!」
はやては苦肉の策として露骨にチラチラとサクラへと視線を向けながら大声を出す。
「出来れば物凄く仕事の出来る優秀なメイドさんとかがええなー!」
「ん、サクラが持つ」
豆腐メンタルはプリンのような弾力を以って復活を遂げた。
どうやら「優秀な」という言葉がサクラの琴線に触れたようだった。
「…なんか凄く面倒くさいメイドさんを引っ掛けてしもた」
引っ掛けたことを別に後悔している訳ではないが口に出すとスッキリした。
そこでサクラはふとなにかに気づいたように目を見開いた。
「おまじない、秘密にしないとサクラが怒られる」
今更だった。とんでもなく今更なことだった。
はやては自らの顎に手を当てて考える。
暫し考えたはやてはニヤリと笑みを浮かべながら口を開いた。
「げっへっへ。お嬢さん、秘密にしてて貰いたきゃ誠意ってのを見せなあかんよね」
わざわざスケベ親父のような言葉をチョイスする辺りにはやての性格が窺えた。
「…ん、誠意?」
きょとんとした表情のサクラを満足気に見やり、はやては言葉を続ける。
「わたしと友達になってや」
なんとなく照れくさくて変なことも言ったが要するにそこだった。
その言葉にサクラはパァッと表情を明るくして満開の笑顔を咲かせた。
「ん、サクラは友達!」
「そかそか」
ここまで喜ばれるとは思わなかったはやては面食らう。
それでも悪いことじゃないと思い直して頬を緩ませる。
「…でもサクラ、お嬢さんじゃなくて男の子」
メイドだとかおまじないだとかよりもその言葉にはやてはここ最近で一番の衝撃を受けた。
ピンク髪への熱い風評被害