ISの世界に来た名無しがペロちゃんと命名されてから頑張る話   作:いつのせキノン

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ツイッターや活動報告でも言いましたが注意して読んで下さい。特に後半。何がとは言わないけど。


My heart

 遠くから反響する波の音を聴きながら水面を掻き分けて空気に触れる。まだ高い体温のままの頬を冷たい海水と風が冷やしてゆく。

 

「……………………はぁ…………、」

 

 篠ノ之束。テンション低め。

 

「……何でかなぁ……何でやっちゃたかなぁ…………、」

 

 うぁぁぁぁ…………と、か細くて情けない声をあげながら再び海に沈むように潜る。何度も思い出される記憶。ついさっきの出来事がフラッシュバックしまた頬が熱くなり、バクバクと心臓が高鳴った。

 原因は全部わかっている。極々自然な流れで、ペロちゃんがくーちゃんに……その、あーん、ってやってたのだ。それを見たとき、誤魔化しようもなく、羨ましい、なんて、思っちゃったり…………。

 あと、ちょっとくーちゃんに嫉妬した。無意識にあんなことをしてもらえるなんて、くーちゃんらしい。

 ペロちゃんもペロちゃんだ。平気であんなことしておいて嬉しそうにしてたクセに、束さんが意を決して頼んだら急にしおらしくなっちゃってさッ!!

 そうだよ、束さんだって色々あるんだよ色々!! 箸も1つしかなかったんだから食べさせてもらうなんて当然……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………当然、なんだろうか。

 別に、あのまま渡して貰って1人で食べることだってできた。現にペロちゃんはそうしようとした。でも、それを拒否してしまった。

 今思えば、なんてがめつい奴なんだろうと過去の自分を罵りたくなった。全部が普通? わがままを押し通して、普通なのか?

 ペロちゃんは優しい人だ。指示したことは何でも忠実に、確実に、望むがままに一生懸命やってくれる。

 それに……………………()は、それにつけ込んで自分のワガママを押し通しただけのものではないのだろうか。()はその事実に甘えようとした、どうしようもない人間なんじゃないか。

 思えば思うほどに後悔がズキズキと痛みを残した。

 あの時は嬉しさともどかしさと恥ずかしさが入り交じって何も考えられなかったけれど、後から客観的に見れば最低だ。

 

 ――――()は、何をしてるんだろう。

 

 考えて、考えて、考えて、出てくる事実を無理矢理押さえ込もうとしている()がいる。

 

「……もしかして、嫌われちゃった、かなぁ……」

 

 再び浮上して真夏の空を見上げ、無意識に呟いていた。

 

 それだけはあってほしくなかった。もしそれが本当なら、当然のことかもしれないけれど、でも本当に本当なら…………多分、()は耐えられない。

 

「……どうしてなのかな……、」

 

 その気持ちは、否定できない。いや、否定したくない。明らかにしたくなくて、だからなんとか隠し通しておきたくて、でも、もうそれは限界に来ていて…………。

 

「……………………好き、か……」

 

 瞬間、内側からまた熱が出たように熱くなった。水が干上がっちゃうんじゃないかと錯覚するくらいに。

 

 ――――いつからだろう、こんな気持ちになったのは。

 最初の出会いは、間違いなくお世辞にも良いとは言えなかった。興味本意で手元に置いたのは、純粋に気になったから。その気になるということも研究対象としての評価から来るものだ。

 

 では、何故――――?

 

 

 

 

 

 

 ――――嫌われたくない。

 

 どうしようもなくワガママな本心を吐露して、しかしずっしりと重いものがいつまでも自分に乗っかっているように思えた。

 ペロちゃんのことを考えれば考えるほど胸が締め付けられる。それが苦しいのか、それとももどかしさからくるのか、わからない。

 らしくない自分に呆れてくる。このままではペロちゃんやくーちゃんに顔向けなんかできるわけがなかった。

 

 …………もうちょっと泳いでよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後の時間もそろそろ4時になろうとしてる。俺はと言えば気分転換に泳いでいたが区切りもいいので一旦帰還する。

 浜から上がると周りもちらほらと片付けを始めてる人達が出てきた。そろそろ頃合いだろう。

 パラソルのところに戻るとくーちゃんがタオルにくるまってボーッと海を眺めていた。

 

「やー、ごめんよくーちゃん、荷物番任せちゃって」

「いえ、私も休憩できて良かったです」

「もう一泳ぎする?」

「大丈夫です。そろそろ片付けもしないといけませんし」

 

 まぁ確かに、それもそうだ。

 

「そう言えば、束さんはまだ帰ってないみたいだな」

「そうですね、私がここにいる間は一度も見てないですが……」

「片付けつつ様子見だな。俺が連絡しとこう。あの人なら多分何かしら通信手段あるだろうし」

 

 と、言う訳で片付けよう。と言っても公衆の面前でパラソルを量子化する訳にもいかないので畳んでまとめる程度だ。くーちゃんは一旦更衣室に行って着替えてもらおう。

 

 ……で、束さんへの連絡なんだが。実は昼の1件から口を聞いてないので連絡しにくい。俺も迂闊だった、これならくーちゃんに頼んでおけば良かったと後悔してる。手遅れだからこその後悔、面白い言葉だ。いやこんな現実逃避してる場合じゃないんだが。

 とにかくくーちゃんを待ってるわけにもいかないので連絡しよう。

 ISの量子通信システムのみを起動して束さん宛てに通信を飛ばす……………………出ない。

 

「何かしてんのか……? いやでも……、」

 

 束さんのマルチタスクは一般人が到底追い付けない境地にある。俺でもバックアップなしじゃ追い付けない。

 そんな束さんが出ないのは意図的なものか、はたまた本当に出れない状態なのか。後者であることは滅多にないのだろうが……。

 

「探してみるか……。……もしもしくーちゃん」

『はい、何でしょうか』

「俺ちょっくら束さん捜して来るから待っててくれ。もし束さんが来たら連絡頼む」

『了解しました。お気を付けて』

 

 さて、束さんが何らかの方法で定期的に発している俺とくーちゃんだけが受信できるパルスを解析すれば大体の方向性は割り出せる。取り敢えず東の方へ行ってみようか。

 

 

 

 5分ほど散策してあっさり見つかった。さっきの場所から大分離れた、少し隔離されたような岩場に囲まれた砂浜の、波打ち際の大きな流木に背を預けて座っていた束さんを見付けた。何だろう、珍しく元気がないように見える。どう言葉をかけたら良いものか……。

 …………思い付かんな。下手に変なこと言うと昼のアレ意識してるんじゃないかとおもわれかねない。それってあれじゃね、変態? まごうことなき逮捕されるアレだわ。いちいちそんなことに後ろ髪引かれるとか、俺ってば小心者だな。

 

 何をうじうじしてんだ、いつも通りでいいじゃんか。それでいいんだよ。その方が俺らしい。

 

「束さーん」

「っ……、ペロちゃん……、」

 

 声をかけるとビクッと肩を震わせて恐る恐るこちらを振り返る束さん。その様子だと連絡は意図的に遮断してたかな。

 

「そろそろ冷え込むから帰ろうずー。ほらこれタオル。くーちゃんが荷物んとこで待ってる」

「え、あっ、うん……ありがと……、」

「いやぁ、いい1日だったよホント。くーちゃんも楽しんでくれたし、久々に俺も楽しめた。束さんにゃあ感謝感激だよ」

「そう、かな……、」

「そーそー。誇って良いんですぞ、束さん」

「うん…………、」

 

 …………すんません、この人ホントに束さん? 元気が取り柄な束さんとか前に言ってたのにまるで別人じゃあないの。中身違う人って言われたら信じるレベルに等しいよこれ。

 

「取り敢えず旅館に戻ろうぜい。夏でも夕方は冷えるっけさ」

 

 そう言って踵を返した…………んだが、数歩歩いて束さんが来てないことに気付く。

まだ立ち止まったまま俯いて歩いていなかった。

 

「具合でも悪いのか?」

「……全然……、そういうのじゃ、ないんだ……」

「でも見るからにらしくないぞ束さんよ。俺だって心配だし、そんな悲しい顔してたらくーちゃんがどんな反応することやら……。もっとパーっと、元気にいきましょうや、な?」

 

 ほれパーっとッ、と声をかけてみるが…………こりゃダメだ。仕方あるまい。

「…………束さん」

「な、なに――――ひゃぅっ……」

 

 じれったくなって、束さんの手をとった。逃れようとしてるのか、らしくない弱々しい抵抗で逃げ出そうとするのを止める。

 

「束さん、こっちを見てくれ。顔が見えないんじゃ話もできない」

「っ、…………な、何なの……?」

 

 恐る恐ると言った感じで束さんが少し顔を上げた。その表情は今までで見たことないくらい、悲しげなもののように思えた。

 

「……何か、悩みがあるんだよな。俺には言いたくないことが。そうじゃなきゃ、そんなに拒絶するようなことをする筈がないんだ」

「ち、ちがっ――、」

「いいや、違わないね。言っただろ、()()()()()って。それがダメなんだ。それじゃあダメなんだ。そんなことをしてちゃ…………皆がダメになる」

「……? 何を、……?」

「いいか、束さん。俺は何だ? 俺は何者だ? 俺は誰だ? 知ってるよな?」

「そ、れは……、」

「じゃあさ、くーちゃんはどうだ? クロエ・クロニクルがどういった存在なのか、説明できるか?」

「くーちゃん、は…………、」

「俺はな……、俺とくーちゃんはな、束さん。束さんの衛星だ。篠ノ之束を母星とするたった2つの衛星なんだ。地球と月が常に一緒にあるように、永遠と共に廻り続けるように。

 

 

 

 

 

 ――――血の繋がってない家族なんだ」

「ッ…………!!」

「星が公転軌道を描くのは、万有引力によるものだ。互いが互いを引き付けあって初めて向心力が生まれて星は廻る。これってさ、同じじゃないかと俺は思うんだよ。お互いに支え合わなきゃいけない、そんな風に」

「……うん……」

「でもさ、今日のことで俺は少し思ったんだ。俺は、もしかしたら束さんが嫌がることを知らず知らずの内にしちまったんじゃないかって。そしたら、何だ、急に世界が窮屈に感じた。束さんが一切口を聞いてくれなくなって、俺から離れてくんじゃないかって…………正直怖かった」

「………………………………、」

「引力を失った衛星は1人、どことも知らぬ暗闇を、星明かりを頼りにさ迷うしかないんだ。いつしかその灯火も消えて、永遠の闇に飲み込まれるかもしれない。ブラックホールに飲み込まれて、真っ暗な中を滅茶苦茶に転げ回るかもしれない。そう考えるとゾッとすると思わないか? …………同じなんだ。束さんという母星が引力を失えば、俺たちはバラバラになっちまう。俺も、くーちゃんも、束さんだって、1人になる。それは嫌だ。耐え難い苦痛だ。俺は独りだから」

 

 そうだ。俺は、元は天涯孤独だ。束さんがいなかったら、人知れず、誰も知らないところで独りで息絶えてたに違いない。

 

「卑怯かもしれないけど。それに、すげぇ今更だけど。ありがと、俺をここにいさせてくれて。くーちゃんに会わせてくれて。束さんに会えて。()()()のことは何も覚えてないけど、俺は最高に楽しい。だから、謝らせてくれ。もし、何か気付かない内にしでかしてたとしたら…………ごめん。それで、許してもらえるなら、これからも俺を傍に置いてほしい。勿論、くーちゃんも一緒に。俺は、少くとも俺の気持ちは、皆と一緒にいたいんだ。無論ずっと」

「うん……、」

「申し訳ないけど、束さんがいないとダメなんだ。いつも中心に篠ノ之束がいないと、俺はダメだから……」

「……うん。そう、だね」

「それで……ああ、束さんの抱えてることを吐き出すのは当人の自由だから俺に言わないでくれて構わないよ。くーちゃんの方が言いやすかったりするかもだし。ただ、もし耐え難かったりだとか、苦しかったりしたら、絶対に助けになる。どんなことでもいい、どんな願いだろうが我が儘だろうが、俺は力になってみせる。それは約束する」

「…………うん。……ありがと、頼もしいね」

「そうか? こんなの当たり前だけど」

「そっか。それは、ペロちゃんらしい」

 

 くすっ、と。小さく束さんが笑みをこぼした。

 

「…………はぁ、やっと笑った。全く、世話のかかる惑星さんだこと」

「むむっ、それは納得行かないなぁ。養ってあげてるのは()の方なんだけど?」

「はてさて、普段から料理掃除洗濯片付けをしてる人はどこのどいつだったかなぁ?」

「へぇ、わざわざ周りの環境を提供してる人にその態度、顔がデカいねぇ? ……………………ふふっ、あははははっ」

「……ははっ、こりゃいいや、全く、()()()()()だな」

「えへへっ、()()()()()だねっ」

 

 2人して、笑った。そりゃもう、思いっきり。今まででの鬱憤を全部吹き飛ばすくらいに。

 

「ホントっ、らしくなきゃダメだね、ホントにダメダメだ。自分がバカらしくなってくるね」

「おや、科学の天才が自らをバカとは……言い得て妙だ。かははっ」

 

 本当に、本当に。

 

「…………帰ろっか」

「……ああ、それもそうだ。くーちゃんが待ってる」

 

 図らずとも、肩を並べて歩き出す。束さんも笑顔で、俺も多分だらしなく笑ったことだろう。この時は最高にいい気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――無意識に手を繋いで歩いていたのに気付いたのは、くーちゃんに指摘されるまでだった。


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